―ネオコン路線の挫折と小泉・安倍外交の破綻―

■アメリカ覇権の終焉と技路に立つ日本

―ネオコン路線の挫折と小泉・安倍外交の破綻―

                           久保 孝雄
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■「パクス・アメリカーナの終焉」
 世界中が「平和な世紀を」と願った21世紀の幕開けを、血塗られた門出に変
えてしまったブッシュのイラク戦争が、開戦いらい満4年を迎えている今、この
戦争の歴史的な帰結がしだいに姿を現してきた。それは何よりも「パクス・アメ
リカーナの終焉」(ワシントン・ポスト紙、船橋洋一、週刊朝日、3,9))で
あり、アメリカの世界覇権の劇的な崩壊の始まりである。そして、ことごとに
ブッシュに追随してきた小泉・安倍外交の惨めな破綻である。
 
米ソによる東西冷戦が終わった後、唯一の超大国となったアメリカは、比類
なき軍事力を背景に一極支配体制を築いてきたが、イラク侵攻の大失敗を契機
に大きく崩れ始めてきた。開戦いらい14万人規模の軍隊(これに7万人の民
間軍事要員が加わる)と4、300億ドル(約50兆円)の戦費を投入し、
3、186人の戦死者(他に英134人、伊33人など)と2万3,924人
の負傷者(以上、3月5日現在)、帰還兵の3割を占めるPTSD(心的外傷後
ストレス症)患者などを出しながら、止むことのない武装ゲリラの激しい抵抗
によって、今や政治的、軍事的な破局を迎えつつある。
 
侵略を受けたイラク国民の犠牲は、はるかに悲惨かつ甚大である。アメリカの
ジョンズホプキンズ大学の推計によると、武装ゲリラ、民間人を合わせたイラク
人の死者は開戦いらい3年間で65万人に達するという(イギリス医学誌ランセ
ット、06.10.11)。さらに、180万人の市民がシリア、ヨルダンなど
の隣国へ脱出したほか、国内難民も200万人近くになる(日経、2.8)。古
代文明の遺跡が数多く残る国土も破壊し尽くされてしまった。にもかかわらず治
安は最悪の状態で、宗派対立も激化し「内戦状態」に移行しつつあると見られて
いる。アナン国連事務総長(当時)をして「フセイン時代の方がましだった」と
嘆息させるほどの事態になっている。
 
しかも、イラクへの先制攻撃の大義名分だった大量破壊兵器は存在しなかった
し、テロ組織アルカイダとのつながりも証明できず、イラク侵攻の根拠はすべて
崩れ去っている。ブッシュ大統領もイラク戦争が誤った情報に基づいていたこと
を認めざるをえなかった。まさにイラク侵攻はアメリカの「国家犯罪」ともいう
べきものであり、イラク市民への無差別攻撃や非道な検問、拘束、イラク兵捕虜
への野蛮な拷問などを考えると、最高司令官であるブッシュ大統領の行為はまさ
に戦犯に値するといわざるを得ない。最近、前マレーシア首相マハティールが、
ブッシュを戦争犯罪人として裁く民間法廷を開設したのは象徴的な動きである。


■画期的なアメリカ中間選挙


 かつて、開戦時に80%の支持率でブッシュを熱狂的に支えたアメリカ国民も、
イラク戦争が大義なき戦争だったことを知ってブッシュ批判をつよめ、支持率は
30%まで急落している。さらに、戦死者の増加による反戦、厭戦気分が全米に
広がり、昨年11月7日の中間選挙でブッシュを地滑り的敗北に追い込んだ。ア
メリカ国民はイラクからの撤兵を要求し、ブッシュの単独行動主義や先制攻撃戦
略を否定したといえる。ネオコン路線になびき、右に振り切っていたアメリカの
世論の振り子は、12年ぶりに真ん中へ戻ってきたように見える。アメリカ民主
主義の健全な一面がまだ生き残っていたことを証明した選挙結果だった。
  
中間選挙でアメリカ国民が下した歴史的審判は、ブッシュ大統領の登場いらい
世界を覆っていた「反テロ全体主義」化の暗雲に一条の光を射し込むものであっ
た。「帝国」化したアメリカは単独行動主義や先制攻撃戦略によって世界を威圧
し、世界覇権を確立したかに見えたが、アフガニスタン、イラクへの侵攻でアラ
ブ、イスラム世界を反米に駆り立てたばかりか、アメリカの「裏庭」の中南米に
まで反米の嵐を巻き起こしてしまった。同盟国イギリスもふくめEU(欧州連合)
にも反米、嫌米機運が高まってしまった。イギリスBBCが33カ国で行った世
界の主要国に対する好感度調査によると、好感度が最低だった国はアメリカだっ
た(船橋洋一、前掲誌)。
 
 フランスのドビルパン首相は「米国はイラクで失敗した。私は03年に<軍事
的手段でイラク問題は解決しない>と言った(が、これは正しかった)・・イラ
クが民主化され,平和になったら(米軍が)引き上げると言うのはばかげている。
そんな日は永遠にこない」と主張し、ドストラブラジ外相も「イラク問題の唯一
の解決法は,08年までに駐留の外国軍隊がすべて撤収することだ」と述べ、米軍
の早期撤退を求めた(朝日,2月7日)。派兵に応じた有志連合も半数近くに激減
し、崩壊寸前である。最大の派兵国イギリス(7100人派兵)も年内に半数を撤退
させると発表している。アメリカの孤立と苦悩は深まるばかりである。


■自壊するネオコン路線


 アメリカはイラクの泥沼に足を取られ、反米機運の世界的高まりのなかで世界
各地で威信を低下させており、中国の勃興、インドの台頭、ロシアの復活、EU
の存在感の高まりなど、パクス・アメリカーナの解体過程の進行にも有効な手だ
てが打てない状態である。ロシアのプーチン大統領は2月10日、ミュンヘンの
国際会議で演説し「アメリカはすべての分野で国境を越え、自分たちの意思を他
国に押しつけている」と批判し、「これを警戒して大量破壊兵器を持ちたいと言
う国が増えている・・・核拡散の問題はアメリカの対外政策にも原因がある」と
の考えを示し、さらに「一極支配の世界は受け入れられないだけでなく、不可能
だ」と述べて国連への結束を訴え、アメリカの「一極支配」に反対する姿勢を明
確にした(NHKニュース,2月11日)。
 
アメリカの威信低下は、同盟国イギリス、日本の政治的、外交的衰退によって
も加速されている。最近のブッシュ政権は、「悪の枢軸」と名指し、武力侵攻の
可能性を否定しなかった北朝鮮、イランに対しても外交交渉重視にシフトせざる
を得なくなっている。この2月、北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議が進展した
のは、米朝2国間による金融封鎖解除をめぐる交渉が進展したことによるし、イ
ラクの治安回復にイランの協力を求める姿勢に転じつつあるのも、ネオコン路線
を維持できなくなっているアメリカの新しい模索の現れである。


■イラクを議論しない政治の退廃―小泉・安倍「幼稚」外交の破綻


 イラクからの米軍撤退を求める声は、民主党が上下両院で多数を占めたアメリ
カ国内はもとより、世界中で高まっているが、ブッシュはこうした声に耳をかさ
ないばかりか、08年までに戦闘部隊の撤収を勧告した超党派諮問機関「イラク研
究グループ」(ISG)の報告書(12月8日)も拒否して4万人規模の増派を決定
し、国内外からの厳しい反発にさらされている。
 
ブッシュ追随が裏目に出て、支持率が2割を切り始め,政権維持が困難になっ
て引退を予告せざるを得なくなったイギリスのブレア首相も、間接的ながらイラ
ク戦争の誤りを認め始めているが、ひとり日本政府はいまだに「イラク戦争支持
は正しかった」との見解に固執している。自衛隊派兵の責任者である小泉前総理
も何ら良心の呵責(かしゃく)を感じていないようである。最近の世論調査によ
ると、日本国民の75%が「イラク戦争は誤りだった」と答え、69%がイラク
戦争への「協力を見直すべきだ」とし、イラク特措法を延長して自衛隊のイラク
派遣をつづけることにも「反対」が69%を占めている(朝日、3.15)。日本
国民もブッシュのイラク戦争とこれに追随、加担してきた小泉・安倍外交への批
判を強めていることが分かる。
 
しかし、国会論戦をみると(政治とカネのスキャンダル追求も結構だが)イラ
ク戦争をめぐる国の進路をかけた激しい論戦がまったくないのは何とも異様で
ある。イラク戦争への認識、加担の是非,イラク派兵の責任などについての突っ
込んだ議論がほとんどない。世界情勢への深い洞察や政治に対する誠実さや責任
感が微塵(みじん)も感じられない、驚くべき政治の退廃である。
 
ブッシュのペット(ポチ)と見られていた小泉首相と後継の安倍首相の「幼
稚」外交によって、国際政治における日本の威信と影響力は衰退しつづけてい
る。小泉首相の靖国参拝を機に「政冷経熱」となり、5年間も首脳会談が途絶
え、アメリカから「隣国と首脳会談も開けない日本は、アメリカにとっても利
用価値がない」(米国務省高官)とまで言われた中国,韓国との関係、伝統的
に良好だった中東イスラム諸国との友好関係の冷却化、ASEAN諸国の日本離れ
と中国接近など、日本外交の空転が目立つ。とくに北朝鮮の核開発をめぐる6
カ国協議では、核問題より拉致問題を優先するかのごとき日本の態度が、各国
の外交辞令以上の支持をえられず、最終場面ではいつもカヤの外に置かれてき
たのが実情である。
2月の核開発放棄合意後の作業部会(3月)で、米朝協議が順調に進展している
のに対し、日朝協議はまったく進展がなかった。
 
アメリカのタイム誌は「安倍首相が(拉致問題にこだわり)一切の譲歩を拒否す
れば、日朝間の離反が続き、北朝鮮への積極対応に転じた米国との歩調にも乱れ
が生じる」と報じ、さらに、従軍慰安婦問題について「強制の証拠はなかった」
との最近の安倍発言に関連して「首相は一握りの日本人の拉致の清算を北朝鮮に
求める一方、何百、何千といわれる性的奴隷(慰安婦)に対する自国の責任に疑
問を投げかけているように見える」と述べ、このままでは「日本が(6カ国協議
で)取り残される危険があり、そうなれば金正日を喜ばせるだけだ」と指摘して
いる(読売、3.10)。拉致問題で北朝鮮の人権侵害を激しく攻め立てている
安倍総理が、日本の過去の恥ずべき大量の人権侵害の責任について、疑念を表明
したことに対し、中国、韓国、東南アジアはもとより、アメリカなどの国際世論
にも大きな反発が起きている。首相就任後、真っ先に北京、ソウルを訪問して首
脳会談を実現し、関係改善を図った自らの成果をも台無しにしかねない愚行であ
る。


■輝きを増す憲法9条―迫られる日本の選択


日本のとるべき道は、まず第1に、イラク戦争が誤った戦争だったこと、なぜ
それが起きたのかを検証し、ブッシュ路線に追随して自衛隊をイラクに派兵した
責任を明らかにすることである。防衛省が誕生し、海外派兵が本来任務に格上げ
された今、派兵の責任を徹底して明らかにしておくことが必要である。マハティ
ールの民間法廷はブッシュ、ブレアを被告人に見立てているが、自衛隊は戦闘部
隊でないということで、小泉はかろうじて戦犯指名を免れている。
 
第2は、史上最大、最強の軍事力を4年間(第2次世界大戦の長さに匹敵)も
行使しながら、イラクに平和と秩序を回復できなかったばかりか、事態をさらに
悪化させてしまったイラク侵攻から、必要な教訓を引き出すことである。つまり
武力によっては国際問題を解決することは不可能だということが、改めて確証さ
れたのである。憲法9条の改定や自衛軍の創設をめざす安倍内閣のタカ派路線が
いかに時代錯誤であるかを、イラクにおける「帝国アメリカ」の敗退から学ぶべ
きである。「イラクの悲劇」を通して「国際紛争解決の手段としての武力行使」
を禁じた憲法9条が、一段と輝きを増していることを知るべきである。
 
そして第3は、アメリカの世界覇権崩壊後の多極化する世界で生きる日本の対
外戦略を抜本的に見直し、立て直すことである。最近、政府はインド、オースト
ラリアとの連携強化に動いている。いずれも日本にとって重要な国だから関係強
化は当然であるが、将来の日米印豪の同盟構築をめざし、安保、軍事面での連携
強化を図っているのは、対中国牽制と言う意図がミエミエなだけに、印、豪側に
懸念を、中国側に警戒心を生じさせている。

 オーストラリアのハワード政権(保守党)は、ブッシュに同調してイラク派兵を
継続しているタカ派であるが、7割近いイラク派兵反対の世論に押されて支持率
が低下(39%)し、中国との提携重視の野党労働党(61%)に大きく水を開
けられている。今秋には総選挙が予定されているので、安倍首相と交わした日豪
安保共同宣言の行方は不透明である(産経、3,14)。
 
戦後60年、日本の対外戦略の不動の基軸だった日米関係は、今後より相対化
されるべきだろう。「21世紀は、中国とインドに率いられるアジアの世紀にな
る」(米国・国家情報会議報告書、05.1.16 共同)ことは間違いない。
中国が経済規模で日本を追い越す日は目前に迫っている。2040年ごろにはア
メリカを抜き世界一の経済大国になっているとみられる。そのときインド、ロシ
ア、ブラジルなどもトップグループに浮上してきているだろう。世界構造に地殻
変動をもたらしつつある最大の要因は、現代世界に強いインパクトを与えつつあ
る中国、インド、ロシアを抱えるユーラシアのダイナミズムである。しかもこの
3国は「アジア・トロイカ」という緩やかなコアリションで結ばれている。日本
はユーラシア世界の一員として、このダイナミズムにどう向き合い、対応してい
くのか、まさに戦後60年の次なる「百年の計」を急がなければならない。
 
その第一歩は、6カ国協議のテーブルを北東アジアの安保協議のテーブルに発
展させるために全力を尽くすことである。そのためにも、一日も早く「過去を清
算」して日朝国交回復を図り、南北朝鮮の平和統一に力を貸し、日中韓(統一朝
鮮)の間に相互理解と相互信頼のゆるぎない関係を築き、東アジア共同体への筋
道をつけるとともに、ASEANを含むアジア共同体構想に向けて一かつてEU
結成に当たって、ドイツが「過去との対決」に徹し、長年敵対してきたフランス
と和解し、近隣諸国の信頼を得る努力を重ねてきたように一「過去との対決」を
恐れず、近隣諸国のために「縁の下の力持ち」の役割に徹して信頼感の醸成に努
めていく覚悟を固めるべきである。
                    (筆者は元神奈川県副知事)
                                                 目次へ