■ 海外論潮短評(51)    初岡 昌一郎   

―アメリカの終わりか ― 不平等と社会的衰退―

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『フォーリン・アフェアーズ』誌最新号(2011年11/12月号)は、表紙
に「アメリカの終わりか」という大見出しを掲げている。内政と外交を考察する
2本の主要論文を収録しているが、前者をここで紹介する。筆者のジョージ・
パーカーは、現代のアメリカで代表的ジャーナリストの一人。政治、国際、社
会、文化の広い分野において記事、論評、分析を所属する高級週刊誌『ニュー
ヨーカー』を始め、『ニューヨーク・タイムズ』、『ハーパース・マガジン』、
『ネーション』などリベラル系紙誌に精力的に発表している。


◆破られた「アメリカの約束」と社会経済的なバランス ― 両極化する政治


 過去30年を振り返って見ると、少なくとも高等教育を受けた人々と社会階層
上位20%にとって、生活は表面的に大いに向上した。しかし、社会経済構造を
掘り下げてみると、健全な民主的社会を支える諸制度が腐朽状態にあり、崩落し
ている。あらゆる情報を容易に入手できるのに、最も根本的な諸問題は未解決の
ままにいつも放置されている。気候変動、所得不平等、賃金の低迷、教育水準の
低下、インフラの劣化、報道レベルの劣化などの改善には進展が見られない。

 技術革新は目覚しいのに、進歩が全般的には見られない。昨年、ウオール・ス
トリートの会社が、シカゴ商品取引所とニューヨーク証券取引所を繋ぐ光ファイ
バー回線敷設のために、1200キロの側溝が農場や山河を横断して掘削され
た。このインフラ建設には3億ドルが投下され、高速・高容量の通信が可能と
なった。しかし、シカゴとニューヨーク間の旅客列車は1950年代よりもほと
んど変わらない速度で走っている。しかも、少なくとも政治的に見る限り、わが
国は高速鉄道建設の能力を持っていない。

 iホーンはグレードアップできるのに、道路や橋梁が修理できない。ブロード
バンドを発明したが、国民にそれを普及することができない。iパッドで300
のテレビチャンネルを見うるが、過去20年に20の新聞社が全ての海外支局を
閉鎖した。タッチ・スクリーン方式の投票機械が装備されているものの、昨年は
有権者の僅か40%しか投票していない。200年以上前の市民戦争以来のいか
なる時代よりも、現在は政治が両極化している。

 今日、マッカーシー時代の個人攻撃や、1960年代の街頭行動に類するもの
は見あたらない。しかし、当時は政治、ビジネス、メディアにおいて、とりまと
める能力のある制度的組織的な勢力が存在していた。それはエスタブリッシュメ
ントと呼ばれていたが、それが最早存在しない。根本的な諸問題を実際的に解決
する能力を世界は期待して、アメリカの俗物性や高慢さを許容してきたのだが、
いまやその様なことは不可能に見える。


◆不文律としての国民的契約 ― 社会的コストの富裕層による負担


  1978年頃からアメリカは劇的に変化した。高インフレ、高失業、石油価格
高騰により、ペシミズムが広がった。衰退感に反応して、1930-40年代に
構築された社会的な諸制度に人々が距離を置くようになった。それらの制度は
「混合経済」と呼ばれることもあったが、「中産階級民主主義」でもある。それ
は、労使間の、そしてエリートと大衆の間の成文化されない社会契約であった。

 これらの制度が第二次大戦後の経済成長の成果を歴史上かつてないほど広く配
分し、繁栄を国民が共有するのを保障した。1970年代には、企業経営者は企
業従業員の最低賃金の約40倍を得ていた。ところが2007年には、それが
400倍になっていた。労働法と政府の政策は労使のパワーバランスを均等に保
ち、高賃金と経済的刺激の良好な連関をもたらした。税制は私的に蓄積しうる富
の量を制限し、世襲の富豪が層として形成されるのを防止していた。

 いまや5年毎に発生しているバブルだが、かつては公的規制機関がそれを阻止
できるほど強力であった。大恐慌以後レーガン時代に至るまでは、体制的な金融
危機が一度もなかった。銀行業は安定しており、退屈なビジネスであった。

 当時のアメリカのエリートたちは、今日ではほとんど見られなくなった責任あ
る役割を果たしていた。彼らは国の制度と利益の擁護者であることを自任してい
た。当時の銀行、大企業、大学、法律事務所、財団、マスメディアの指導者たち
は、今日の指導者ように腐敗しておらず、それほど強欲でもなかった。

 彼らは利害衝突を超えて国の統一を希求していた。今日健康保険制度と金融改
革に激しく反対してアメリカ商工会議所が闘っている様に、当時の実業界指導者
たちはニューディールに反対して闘ったが、後には社会保障と労働組合を容認す
るに至った。

 戦後改革は多くの不公正を残したが、特に黒人や女性には冷たかった。しか
し、その当時は、不公正を是正する道が開かれていた。強力な政府、開明的な実
業界、活発な労働運動が公民権運動の砦であった。


◆組織化された金融界の登場


  こうした社会的合意を壊す二つの出来事があった。最初は1960年代のこと
である。良く知られている若者の反乱とそれに対する強烈なバックラッシュが、
アメリカ人のモラルとマナーを永続的に変えてしまった。保守的な論客は、60
年代と70年代の社会的革命が80年代の経済的変容に道を開いたとみている。

 1933年から1966年までの約30年間に、消費者、労働者、投資家を保
護するために連邦政府は11の規制機関を創出した。1970年から75年の5
年間に、環境保護庁、職業安全衛生局、消費製品安全委員会をはじめとする12
機関がさらに追加された。これらを解体するする規制緩和が、レーガン以後の共
和党政権によって開始された。

 第二の出来事は、スタッグフレーションとオイルショックによってもたらされ
た、1970年代の経済停滞である。それがアメリカ人の収入を引き下げ、ベト
ナム戦争、ウオーターゲート、1960年代の混乱で弱められた政府への信頼を
さらに低下させた。それが財界指導者の警戒感を呼び起こし、レーチェル・カー
ルソンやラルフ・ネーダーなどの登場が、資本主義自体に対する攻撃とみる彼ら
の危機感を強めた。

 彼らは「ビジネス・ラウンドテーブル」やヘリテージ財団などのロビー・グ
ループやシンクタンクを組織し、まもなくブルックリン研究所などのコンセンサ
ス追求派を圧倒した。

 1971年には、ワシントンで登録されていたビジネス・ロビーは145で
あったが、1982年には2,445団体と急増していた。1974年には、登
録された政治活動委員会は600強で、1250万ドルを集めていた。1982
年には3,371団体となり、8300万ドルを集めた。

 1974年の中間選挙には7700万ドルが支出されたが、1982年には3
億4300万ドルが使われた。これら全てのカネが財界から出されたものでない
としても、その圧倒的部分を占めた。そして、その見返りは十分にあった。

 組織化された財界と保守派の運動が1978年以降活発化し、その頃から最富
裕層に所得の集中が進行した。この傾向は、経済の好不況に拘わらず、また大統
領が共和党か民主党にかかわらず過去30年間続いた。民主党も合法的な賄賂を
ウオール・ストリートに仰ぐようになっていた。民主党議員の中には、共和党と
共に投票行動で完全に財界に追随するものが少なくない。当時の共和党領袖、
ボッブ・ドール上院議員は「貧者の献金はないからね」と言い放っていた。


◆虚構にされたアメリカン・ドリーム


  不平等がその他のあらゆる悪弊の根源にある。無臭ガスのようにアメリカ社会
の隅々まで不平等がしみわたり、民主主義を掘り崩している。しかし、その根源
を発見し、元から閉めるのは不可能にみえる。多年に亘って、政治家たちと御用
学者は不平等の存在を覆い隠そうとしてきた。しかし、証拠が最早明々白々と
なっている。

 1979年から2006年の間に、アメリカの中産階級の課税後所得は23%
上昇した。貧困層の所得は僅か11%の増加であった。他方、最上位の1%富裕
層の所得は256%も急上昇した。国民所得における彼らのシェアは3倍とな
り、実に23%に達した。

 この不平等はグローバルな競争、安い中国製品の流入、技術革新などの基本的
なシフトの結果であり、不可避的なものであると論じる人たちがいる。それらの
要因が作用しているとしても、決定的なものではない。ヨーロッパでも同じ変化
が生じているが、不平等はアメリカのように拡大していない。決定的なファク
ターは、政治と公共政策、税制、支出の優先順位、労働法制、規制、選挙資金
ルールである。問題の根源は指導者と制度にある。

 公共政策以上に根本的な問題は、アメリカのエリートたちのモラルと姿勢の長
期的な変容である。1978年以前でも、40%の労働力を削減しながら、経営
者が何百万ドルのボーナスを自分に出すことは違法ではなかった。しかし、その
ような恥ずべき強欲を発揮し、ボディガードに囲まれて行動しなければならない
ような経営者は、当時いなかった。今日では、下々が生活苦に悩んでいるのに、
トップ指導者がグロテスクなまでの報酬を受け取る記事が新聞に溢れている。

 不平等拡大のこのような傾向が過去30年以上継続していることは、この悪循
環が通常の政治的手段で破れないことを示している。上層部少数者の手中にもっ
と多くの富が蓄積され、その影響力が拡大し、コネのあるものが優位に立つこと
で、彼らとその同盟者が社会的な対価を支払うことなく、拘束を逃れるのを容易
にしている。戦争も、技術も、不況も、歴史的な選挙結果でさえも、このプロセ
スをスローダウンしていないように見える。

 不平等が、万人にとっての機会均等というアメリカの公約を虚仮にし続けてい
る。不平等が逆立ちした経済を生み出し、カネの有り余るエリートたちは投機に
走る。中産階級は当然あってしかるべきものを買うためにローンを組み、債務に
追われている。これが、金融危機と大不況の一因である。不平等は社会を階級分
裂に追い込み、人々を出生状況によって階層的に閉じ込めてしまう。

 これはアメリカン・ドリームの放棄である。不平等が、学校、住居地、職場、
病院、乗り物、食べもの、健康状態の全てにおいて人々を分け隔てている。もの
の見方、子どもたちの将来、そして死に方さえも不平等によって分断されている。

 不平等が他人の人生を思いやることさえも困難にしている。1400万人以上
の人々が、多かれ少なかれ、常に失業している状況がこうして生まれる。不平等
は市民仲間の信頼感を失わせ、世の中をインチキ・ゲームとして斜に見させる。
不平等が、フラストレーションのターゲットとして移民と外国に怒りを向けるよ
う挑発している。

 アメリカのエリートたちと歴代政府が不平等の報酬を手にいれ、改革を目指す
ものに対して不信を煽っている。不平等が、大きな集団的な諸問題にたいする大
胆な解決を考える意思を奪い取っている。これの問題は、最早、集団的な問題と
みなされなくなっている様に見える。不平等が民主主義を揺るがしている。


●●コメント●●


  エスタブリッシュメントの良識的意見を代表すると見られている『フォーリ
ン・アフェアーズ』誌のトップに掲載されたこの論文は、最近のウオール街包囲
デモの背景をよく解説している。問題は根深く、大衆的抗議は政治的な解決を求
める広範な運動の口火になるかもしれない。

 ロンドン『エコノミスト』11月5日号は、「消えゆくアメリカ中産階級」と
いう論説を巻頭に載せ、中産階級の不満が来年の大統領選挙を左右すると見てい
る。この論説によると、国民の4分の3はアメリカが間違った方向に進んでいる
と感じている。オバマ政権を容認するものは45%だが、共和党優位の議会を肯
定するものは9%に過ぎない。しかし、メディアは共和党大統領右派候補の連邦
税全廃や「小さな政府」公約に焦点を当てて報道している。

 不平等の拡大、年金基金の危機、基礎教育の崩壊、失業の長期化などは新しい
ものではないが、オバマ政権は積極的な政策を展開できず、受身に回っている。
これが国民の失望と閉塞感を高めている。アメリカでもかつて革新派の第三政党
がかなりの影響力を持った時代があったが、疎外された多数派を代表する政党が
アメリカに存在しないことが問題とされることになりうるだろう、とエコノミス
ト誌は予言している。

 ここに紹介した不平等は、日本でも過去30年間に深く進行している。円高の
ために日常の必需品、特に食糧価格が安定しているために表面化していないが、
円安に転じて食糧価格が高騰すれば、社会状況は一変するであろう。不平等の拡
大を促進してきたアメリカン・ルールを日本にも導入するTPP協定への参加とい
う、政治的判断が批判的に問われているのは当然である。

      (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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