―大転換期にはいった西欧近代文明世界―

■今、世界で何が起こっているのか。 武者小路 公秀

―大転換期にはいった西欧近代文明世界―

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1.西欧普遍主義の終焉による転換期時代の開幕
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「今、世界でなにがおこっているのか?」という疑問に対して、大まかに言っ
て二つの答え方がある。一つは、3・11大震災、地球温暖化から9・11事件
後の反テロ戦争、リーマン・ショックに至る天災と人災に世界諸国の政府が対応
に忙しい。しかし、しばらくしたら1990年代のままの世界に戻るだろう。と
いうマス・メディアに出ている答え方。もうひとつは、今、世界歴史の一ページ
が捲られようとしている。そういう大転換期の時代だという答え方である。この
小論は、後者の立場に立つ、あくまでも一つの見かたである。

 岩波文庫にも翻訳の出ているイマヌエル・カントの「恒久平和のために」とい
う世界的名著がある。国連がその提案の主要部分を実行している。近代主権国家
が市民の安全を保障する大構想を示している本書について、その邦訳者を含めて、
カントのユーモアが分からず、本当に永遠の平和が、このカントが描いた国際平
和構想のもとで保証されていると信じている。

 しかし、カントはこの本の冒頭で、「恒久平和のために」というのは、自分が
墓地で見かけた墓碑銘であることを記している。ユーモアをもって、自分の提案
しているのは、当時の西欧を中心にして確立されていた主権国家の協力のもとで
どのように国際平和を実現できるかについての提案であって、「恒久平和のため
に」というような墓碑銘に記すのに良い理想的な「恒久平和」など実現できない
し、そのことについて自分は関心がないことをいっているのである。

 実は、今日起こっている大転換は、このカントが当時の西欧で完成期にはいっ
ていた啓蒙主義の時代に考え出した国際平和の仕組みが、その平和を作り出す力
を出し尽くし、その正統性も次第に風化して、すでに末期的症状を呈している。

そういう時代に適した新しい「恒久平和のため」だけれども、現在の世界の条件
を計算に入れた平和の構想である。カントが想定し、国連が実現した主権国家や
その構成する国際機関つまり国連が中心になって実現される平和は決して「恒久
平和」ではなかったことが、いろいろな兆候から読み取れる時代に入っているの
である。

 カントが念を押したように、近代国際社会の「平和」は恒久ではない。つまり、
今起こっているのは、国家と市民の間に交わされているはずの安全保障契約が効
力を失われかけている状態がはっきり姿を現したということに他ならないのであ
る。
この「契約」では、国家が軍事力と警察力という「正統な暴力」、つまり
「殺人をする権利」を独占する、市民はこの「暴力」の国家による独占を認めて、
国家以外の武力を持つ団体は解体するが、そのかわり国家がその市民の安全のみ
ならず、その人権や福祉も保障するという契約だった。カントはこの契約が恒久
平和のもとになるものではないことを十分承知の上で、これを基盤とする国際平
和の在り方を示したのである。

 今、とくに開発途上諸国では、近代国家の成立とともに自分の軍事力を放棄し
たはずの「非国家」主体が、自分たちがその領域内に住んでいる主権国家が、自
分たちの人権も安全も保障してくれないことに対抗して、宗教単位、エスニック
集団単位などで、それぞれ独自の軍事力をもつようになっている。先進工業諸国
でも、反テロという名目、そして市民の安全を守る名目で、自衛組織が編成され
て、市民と認めていない移住労働者などを監視したり攻撃するなどして、マイノ
リティの不安全状況が拡大している。

 いうまでもなく今日でも、国家や国際機関の役割がなくなったわけではない。
しかし、ウェストファリア体制が16世紀に確立された西欧においても、今日で
は地域統合が進んで、主権国家のかなり多くの権限が、欧州人権裁判所など、欧
州規模の諸機関に移管されている。したがって、純粋なウェストファリア型の主
権国家は、事実上開発途上諸地域にも先進工業諸地域にも存在していない。かな
り乱暴なことをいえば、ウェストファリア型の大国は、日本くらいかもしれない。

 カントの現実主義的な国際秩序モデルが理想像を描き出しているウェストファ
リア体制のほころびは、国連の強化などの対症療法的な手当てでは到底現状回復
ができないところにまで広がっている。その意味で我々はポスト・ウェストファ
リア体制の入り口に立っているということができる。この新しい体制がどんなも
のになるのか、誰れにもわからない。しかし、少なくとも我々世界の市民がどの
ような構想を選び、どのような行動を取るかで、この新秩序の輪郭が描かれるこ
とはたしかで、そのことをわれわれは認識しておく必要がある。

 ウェストファリア体制の終焉は、しかし、上記の国家機能の減衰だけによって
生じているものではない。主権国家の国際政治・軍事秩序における機能変容とと
もに、その背景になっているグローバル市場の国際経済・国際金融的な機能の変
化についても理解する必要がある。いま、世界諸国のなかでも、平等な主権を持
っているはずの中小諸国は、グローバル政治経済の中で、自分たちより大きな経
済力を持つ巨大多国籍企業との経済競争に負け続けている。

 ウェストファリア条約のときに成立して、啓蒙思想が人権の支え手として選ん
だ主権国家は、事実上、巨大多国籍企業の利害関係にうまく取り入ることで、そ
の国際経済競争力を維持する必要が出ている。そこで、近代主権国家が、その領
域内の人々を市民としてその安全と権利、福祉を保障するとされてきたけれども、
西欧近代の主権国家も、その市民の福祉などを配慮するよりも、巨大多国籍企業
との競争・協力に力を入れる必要が出てきているのである。

 グローバル金融競争に歯止めをかけることを市場の自由競争への障害として、
国家による規制の全面撤廃をもとめる新自由主義、いわゆるネオリベのグローバ
ル支配の結果、「福祉国家」という、カント以来、かつては近代国家が目標とす
る理想的な国家など、もはや夢にも描けないようになっている。この傾向は、資
本主義経済が、生産力中心の余剰集中から、投機的な金融商品市場における独占
率拡大競争を競うというような、スーザン・ストレンジが的確に命名している
「賭博場資本主義」に変容してしまったことの結果であるといえよう。

 グローバル経済格差を埋めることが困難な世界経済の不均等成長は、すでに生
産を中心とする1970年代までのケインズ流の国際資本主義のもとで始まって
いたけれども、1980年代以来の新自由主義のもとで、回復が不可能なまでに
定着してしまっているのである。本稿は国際金融危機について論ずることを目的
としておらず、筆者も金融論の研究者ではないため、詳述は避けるが、18世紀
以来科学技術への研究投資による急速な工業化を推進してきた資本主義が今日、
息切れ状態に陥っていて、資本主義生産経済が末期的な症状を呈しはじめている
ことは疑いを入れない現実である。

 1990年代のラテン・アメリカとアジアの開発途上地域の金融危機に始まり。
2000年代には、米国に端を発するリーマン・ショック、最近のギリシャ・シ
ョックでさらに広がっている先進工業地域の金融危機、さらには現在の西欧中心
の財政危機のもとで、雇用の縮小を前提にした経済成長さえもできない。労働市
場の緊縮を前提にした先進工業諸国家の財政投資で金融危機の出現を先に引き延
ばす延命資本主義経済が世界を風靡する時代に入っている。

 国家財政が破産するデフォルトを回避するためには、新自由主義の大原則も完
全に破られている。そして、先進工業大国中心の金融統制と金融機関を中心とす
る大企業へのカンフル注射的な財政支援が金融企業中心の大企業に財政援助を集
中させている。その反作用として、援助を受けた国では、負けだしたら国のデフ
ォルトを引き起こす「勝ち組」大企業の繁栄をよそに、注入されたカネの返済の
ための緊縮財政が「負け組」市民に強制されて、「勝ち組」と「負け組」の格差
が拡大の一途をたどっている。

こうして国家の破産を先に延ばす延命策の結果、開発途上諸国だけでなく、先
進工業諸国でも貧富格差の拡大に対して、米欧諸国でも抗議デモや座り込みが多
発している。要するに、グローバル投機金融のみが拡大して、労働市場が縮小し
ているのである。

 もっとも、新自由主義グローバル経済を回復させるために、先端技術の開発に
活路を求める動きは、地球温暖化を遅らせるグリーン・エコノミーという形を取
って現れてはいる。
しかし、大量消費を前提にする大量生産が今後も続けられる
としても、遺伝子組み換えによる世界の農業をアグリ・ビジネスによって置き換
えようとする米国を中心とする巨大多国籍企業の活発化、原子力発電を維持・強
化しようとする日本財界と政府の動きなど、末期的症状のグローバル資本主義は、
環境を破壊するばかりでなく、世界の大部分のローカル共同体も破壊し、慢性的
な貧困のもとで不安全な生活を送る人々の数を増やすばかりである。

 このように、政治・軍事の面でのウェストファリア体制の崩壊現象と並行して
いる経済・金融の面での資本主義経済世界システムの崩壊現象が進行している。
このような現象は、この論考の最初で記したように、一過性の現象ではない。

 しばらくすれば、世界は1970年代までの右肩上がりの成長経済に支えられ
た国際的な安定と平和を回復するという楽観的な見通しもないわけではないが、
本稿では、そうではないという立場で今全世界で起こっていることの意味を読み
とることにしたい。なぜなら、近代国家の危機と現代グローバル金融の危機は、
16世紀以来、右肩上がりな「進歩」「近代化」に成功していた西欧中心の近代
世界が持続不能になっているしるしでしかない。

 そんなわけで、上に記した国際政治・軍事、世界経済・金融の末期的な症状が、
もっと広くまた奥の深い、西欧近代文明の終焉を意味すると考えるべきである。
このことについては、イマヌエル・ウォーラースティンの2011年2月にダカ
ールで開かれた世界社会フォーラムで行った発言によく現れている。「今日、わ
れわれは一つの時代の終焉を迎えている。過ぎ去ろうとしているこの時代は、い
ろいろな名前で呼ぶことができるけれども、そのひとつとして、西欧中心の普遍
主義の時代と呼ぶことができる」と述べている。

 そこで一つの問題が出てくる。なぜ「西欧中心の普遍主義」の時代の終焉が、
近代国家と世界市場の末期的症状という形をとっているのか、という問題である。
このことを説明するために、我々は「西欧近代」の普遍主義が近代国家と世界市
場との結びつきを前提にしていることについて考える必要がある。まず確認しな
ければならないことは、今日の日本に暮らす我々にとって、我々の生活が、西欧
近代科学技術と西欧近代法によって支えられているということである。

 我々の衣食住には、日本古来のものが沢山ある。しかし、日本古来の衣服にも
化繊製のものもあるし、西欧の技術によって大量生産もされている。日本古来の
食糧の多くは、トラックや、汽車、飛行機によって運ばれ、食卓にのる前に、冷
蔵庫に保存されたり、電気レンジで調理されるものが多い。住環境にしても、団
地のコンクリ家屋だけでなく、日本風に建てられている住宅にも、電気の照明、
ガス・上下水道も、西欧から移転された技術を利用している。

我々の生活のもとになっている生産システム・消費システム・廃棄システム・交
通システム・労働システム。教育システム・医療システム・社会保障システムな
どは、すべて西欧の普遍主義を取り入れた近代国家の基準や統制、官僚指導、法
制度に基づいている。

 その意味で「西欧発信の普遍主義」は、我々の便利な市民生活を支えている。
我々は近代法治国家のもとでの公教育を受け、民主主義的な政策決定と市民とし
ての安全を保障され、世界市場の経済原理と金融原則に基づいている生産と消費
の配分を受けたり、さまざまなサーヴィスの受給関係のなかで生活している。 
 

 日本をはじめ非西欧諸国・諸地域で「近代化」と呼ばれてきたものは、このよ
うに具体的な形で我々が西欧から伝授された科学技術と法律・政治・経済・金融
制度などの受容過程のことである。「近代化」は今、当然のように我々の生活を
支配しており、われわれはそれを有難いと考えないくらい当然の成り行きとなっ
ている。しかし、この「近代化」過程で、西欧発信の普遍的な文明を受け入れた
ことについて、ただ有難いといって感謝することのできない現象も起こっている。

 そして、そのような現象の中に、近代国家が必ずしも我々市民の安全を保障し
ているばかりでなく、脅かしている面もあるとか、世界市場の競争のために得を
するかわりに、貧困生活を強いられるワーキング・プアなどの問題が、特に最近
世界各地で噴出している。そして地球温暖化などの生態系の破壊や、原発事故に
よる被曝の危険性の問題も出てきている。

 これらの諸問題は、「近代化」を否定せず、西欧の普遍主義を承認し、近代国
家の法制度の枠や、世界市場の科学技術に基づく生産を強化することでの解決を
求めることができる。今日のメディアなどは、その方向での、環境問題、国際金
融問題、労働問題などへの対応策を議論している。筆者も、人権関係、生態系関
係の市民活動に参加しているので「西欧中心の普遍主義」にドップリ浸かってい
る日本市民の一人ではある。したがって、西欧中心の普遍主義の時代が過ぎ去ろ
うとしていることに諸手を挙げて歓迎するものではない。

 特に、西欧覇権諸国が、この「普遍主義」を非西欧世界に伝達したことは、人
類史上で西欧文明の貢献であったに違いない。科学技術の移転は人類全体の生活
水準を上げることに役だった。また、「人権」という概念を非西欧世界に伝えた
ことも、非西欧諸文明の中で差別されていた人々にとって、疑いもなく良いこと
であった。しかし、近代西欧文明が、いわゆる「啓蒙主義」の時代に形成した
「普遍主義」は、同じ時代に形成された近代国家を単位とする国際社会や世界市
場中心の資本主義経済と切っても切れない深い関係性を持っていたことを見過ご
しにしてはならない。

 それは、以下の三つの問題がその背後にあるからである。第一には16世紀の
近代化が、それ以前の基軸宗教(3000年前から2000年前にかけて、古代
帝国の専制と古代貨幣経済の出現に対して起こった創唱宗教)によって非道徳と
して信徒に禁止していた「権力慾」と「貪欲」という悪徳を近代文明の中心に据
えたことがあげられる。

 16世紀に起こった近代国家の確立は、政治人 homo politicus というもっぱ
ら権力を追求する「権力慾」の塊という人間類型を前提にしており、近代国家の
勃興と同時に成立した世界市場経済は、「貪欲」を一切の行動の動機とする経済
人 homo economicus という人間類型なしには成立しなかった。

 この二つの人間類型は、それ以前の支配的な人間類型であった、ものを「作る
人」 homo faber と「あそぶ人」 homo ludens を、権力闘争・経済競争の道具
にかえてしまったのが、今日の悲劇の始まりであった。「作る人」は職人として
の誇りを否定されて、労働者として搾取され、「遊ぶ人」は性と暴力を中心とす
るサーヴィス産業の金の卵にされてしまった。

 2011年夏、タイ国のチェンマイで、新自由主義グローバル経済にたいする
仏教とキリスト教との協力について対話がおこなわれた。そこで確認されたこと
は、仏教もキリスト教(正確にはその前身のユダヤ教も、政治的には古代帝国が
成立して、経済的には貨幣が出現した時代に、民衆特に貧しい人々の味方として
生まれている。したがって、過去2000年から4000年前に機軸宗教が生ま
れた時代と同様に、巨大な帝国と無敵の金融とが並存している。

したがって、仏教とキリスト教とは、その信仰上の相違をこえて、権力慾に支え
られたグローバル覇権体制と貪欲な新自由主義に対してともに立ち上がるべきだ
ということが決議された。

 第二に、自然の破壊と収奪が西欧覇権諸国の植民地主義に支えられて進んでき
た。西欧における資本主義の誕生は、英国のエンクロージャ-によって説明する
西欧発信の古典的な歴史解釈によって無視されてきたが、スペインによるラテン・
アメリカからの金や銅などの金属や、香料を始めとする植物の収奪に始まり、イ
ギリスなどによる綿花などのモノカルチャーによって、非西欧諸国民の植民地主
義支配と奴隷制とともに進行した。

 資源面では貧しい西欧が資本主義を発展させてきたのには、このような非西欧
世界の豊かな鉱物圏・生命圏の収奪があった。(同時に非西欧地域の民衆が安価
な労働力、貴重な消費人口となったことも忘れられない。)そのことは、201
0年、名古屋で開かれた生物多様性条約締約国会議でも南の国々によって主張さ
れた。

 第三に、ウォーラースティンが指摘した西欧の「普遍主義」には、人権など非
西欧世界が学ぶべきものが確かにあった。しかし、それと同時に、西欧による非
西欧世界の植民地化が16世紀から今日まで続いている背後には、西欧の歴史的
使命として「普遍主義」の全世界的な普及という思い上がった主張が控えている
ことも今日の問題の根になっている。そして、なによりも大切なことは、外発的
に外から押し付けられた考え方は、たとえ正しく役立つものでも人々に受け入れ
られない。内発性こそが一切の普遍性の大前提だということである。

 キプリングが言っていたとされるように、いわゆる「白人の負い目」として、
植民地主義の正統化となった西欧「普遍主義」の普及は、日本のように、自分が
植民地化されないために周辺諸国を植民地侵略する「対抗植民地主義」の例も合
わせて、近代化の名における侵略は平和に生存する諸国民の安全を脅かす支配で
あった。その大前提は、「進歩」=「開発」の概念とこれを支えた段階説、西欧
を人類歴史の頂点におく発展段階説である。

 これは、オーギュスト・コントの「三状態の法則」アニミズム(正確にはフェ
ティシズム)の未開社会、宗教の支配する中世社会、科学が支配する近代社会に
始まり、マルクスの生産手段の所有を手がかりとする原始共産制社会・奴隷社会・
封建制社会・資本主義社会・社会主義社会・共産主義社会。ロストーの反共産主
義的な停滞的な前近代社会・離陸・近代社会までいろいろな形をとってはいるが、
いずれの場合にも西欧啓蒙主義をもとにする普遍主義的な認識論と価値とをもと
にして非西欧諸社会が、やがては、いちおう普遍主義文明に編入されることを前
提にしている。

 問題は、この西欧社会を頂点とする歴史の進歩。つまり「開発」の神話の過信
性が、今や現実によって否定され始めているということである。問題は非西欧諸
国が反植民地主義の立場の延長線上で、西欧の「普遍主義」の押し付けに反対し
始め、西欧でも、この非西欧世界の問いかけに答えて、西欧と非西欧を包み込む
グローバルな問題提起の嵐が吹き荒れていることであろう。この「普遍主義」の
傲慢さに対する否定の嵐が、一方ではナチズム、ネオナチズム、反米・反西欧テ
ロリズムなどの南の右翼ニヒリズムの形で、他方では北の内部における左翼ポス
ト・モダニズムを中心にして、世界各地域で吹き荒れている。

 そのきっかけは、反テロ戦争。中東の反植民地主義独裁の限界。リーマン・シ
ョック以後の貧富の格差拡大。3・11大震災時の福島第一原発爆発事件などで
あったり、多様ではあるが、結局は「西欧」に端を発した普遍主義を非西欧に押
し付ける植民地主義の最後の形であるグローバル植民地主義、つまり新保守主義・
新自由主義のもとでのグローバル化の「成れの果て」であるという共通項でくく
ることができる。

 ところで、「西欧普遍主義」の限界は、このような社会運動においてだけでは
なく、人権という啓蒙時代以来の西欧普遍主義の最も進んだ法理念・法制度にお
いても現れ始めている。

 人権における西欧普遍主義を超える試みとして、現在国連の人権理事会で進行
中の「平和への権利」の制定過程がとくに注目に値する。この新しい人権は、ア
メリカと西欧そして日本の反対にかかわらず、とくに反植民地主義的なラテン・
アメリカ、アフリカそしてアジアの国々の支持のもとで進んでいる。そこに「西
欧普遍主義」を乗り越える新しいしい突破口になるのではないか、ということで、
かなり立ち入った形で、この「平和への権利」について考えることにする。

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2.西欧普遍主義を超える新しい地平線:「平和への権利」
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  「平和への権利」宣言案のもとになっているサンティアーゴ宣言は、その第一
条で、「個人、集団、人民は、正当な、持続可能な、継続する平和への不可分の
権利を有する。この権利によって、個人、集団、人民は、この宣言に明示された
権利の担い手である」という形で、「正統な持続可能な継続する平和」を、人権
を保有することが国家とその構成する国際社会によって認められている「個人」
のみならず、あらゆる人間集団と人民にも認めている。

 一般に権利が主張されるのは、これが不当に否定されているときに限られる。
そして、これまで、近代世界を支配してきた主権国家が、人権を所有するとみな
してきたのは、ウェストファリア条約以来、国家が認めていない国家以外の人民
その他のアイデンティティを持つ集団が除外されて、国家が唯一認める「個人」
という主体だけであった。

 今日、「個人」のほかに、「集団」と「人民」が「平和への権利」の保有者と
して名指しされているのは、この権利を主張する国々や人民、集団が、「平和」
の権利を国家や国際社会によって侵害されていることを実感しているからである。
そして米国や西欧諸国および日本がこの権利を否定しているのは、これらの国々
や、その市民たちが自分たちの「平和」が侵害されているという実感を持ってい
ないからである。

 自分たちの「平和」が犯されているという実感は、国際的にも国内的にも支配
層(いわゆるエリート)にはあり得ない。なぜなら、自分が所属しているコミュ
ニティよりも強い外部の力が働いて、それまで「平和」に暮らしていた自分の生
活が、コミュニティの外部の力のためにできなくなったという経験をする被支配
層の人々には、いくらでも、そのような経験がある。自分たちが平和に暮らして
いるところに外部から入ってきてその「平和」を破るのは、軍事介入や植民地支
配をする大国の政府であり、国際的な石油利権や原子力発電利権だったり、国内
の民主的でない政府や、市場競争を市民の利害に優先させる財界などである。そ
して、そのような被支配層の特定集団や個人の「平和」が破られるのは、軍事的
な人災や、津波のような天災であれ、「恐怖」を引き起こす場合と環境破壊と金
融危機とが齎す貧困状態のような「欠乏」の形をとることもある。

 この「平和への権利」が人権思想史上で大変大事なのは、このような人権をめ
ぐる国際関係、正確には南北関係がひっくり返しているからである。つまり、こ
の「権利」を認めない国々は、これまで普遍的「人権」について世界の中で常に
指導的な立場をとり続けてきた「民主主義先進工業諸国」であり、これを推進し
ているのは、これまで、普遍的「人権」先進諸国によって「人権」を守っていな
いと主張され続けてきた国々なのである。

 つまり、この「平和への権利」について、本当にこれを認めて貰えないと生き
ていけないと感じているのは、どうしても、先進工業諸国の人々ではなくて、非
西欧・旧植民地諸国の諸国家と、個人、集団、人民だということができる。

 たとえば、「平和への権利の教育の権利」(第2条)と、「人間の安全保障の
権利」(第3条)は、国連の諸機関の中で、米欧諸国ではなく、日本が活躍して
きた分野である。つまり、普遍的な個人の人権だけですべての「人権問題」を解
決できる主権国家体制がよそから入ってきた非西欧国日本では、「平和への権利」
が必要だという感覚が十分にある。

「平和への権利の教育」は日本政府が日本市民の提案を受けてヨハネスバーグ環
境会議で提案して受理された、
「持続可能な開発教育(ESD=Education for Sustainable Development)の国連
の10年」で提案している環境・社会・経済の現在の持続不能状態を克服する
「教育」そのものである。また「安全と健康な環境の権利」(第4条)は第3条の
「人間の安全保障の権利」とともに、日本が国連のミレニアム開発目標実現に向
けて強調している「人間の安全保障」そのものの権利である。

 日本が、この二つの点で普遍的人権だけでは、社会を住みやすくできないとい
う米欧先進国とは違う南の国々と波長があうことの例証でもある。もちろん、そ
のことと日本国政府代表が「平和への権利」を支持する票を投じることとは別問
題である。なぜなら日本国政府の伝統的な立場は、人権を「文明国の証し」と捉
えているので米欧諸国とともに、「平和への権利」を否認することが日本国外交
の大原則にかなっているからである。

 このように「平和への権利」は、米欧諸国の個人主義とは異質の共同体・共同
社会の平和を守ることができないと、そのコミュニティで暮らすすべての個人の
人権が守られていないという感覚がある。そのような感覚は米欧の個人主義社会
では、あっても社会の進歩を遅らせる反動的な感覚だという共同体否定の信仰が
ある。このように、日本を含めて人権「先進国」とかなり異なる安全感と持続性
の感覚と異なるコミュニティの平和の感覚が、「平和への権利」の背後にあるこ
とをまず認めてかかる必要がある。

 「平和への権利」のさまざまな条文から、この「権利」が南の個人、集団、人
民が実感している「平和でない状態」の様々な問題を対象に取り上げていること
がはっきりした。北の国々がこれまでに開発してきた人権とは、かなり違ったと
ころに重点があるということができよう。

 しかし、この「平和への権利」の長い前文を読んでみると、そこには、これま
での半世紀に国連でとりあげられた「平和」についての決議や「平和」に関係の
ある人権についての決議が列挙されていて、この「権利」が決して国連における
平和と人権についての法制定過程からかけはなれたものではないことが明らかに
なる。

しかし、そのような国連決議と並んで、実は「アジア人権憲章」からの引
用と思える項目が発見できる。それは、人権のなかで一番大切な「生命の権利」
が「平和への権利」の前提であるという項目である。

 実は1990年代に、香港の「アジア人権委員会」という人権NGOが中心に
なって、アジアの人権法学者・弁護士・人権活動家がアジア各地で会議を開き、
インターネットでも議論を重ねて、「アジア人権憲章」を作成した。この憲章は
アジアの市民の人権に関する考え方の集大成であるが、その基礎には、世界人権
憲章にかかげられた人権の普遍性を確認するという原則と、アジアにはアジア独
特の人権の理解があり、アジア人権憲章によって、現行の人権法をさらにより普
遍的でより豊かなものにしたいという原則とが並んでいる。

 そして、世界人権宣言が自由権などを前提にしているのに対して、アジア人権
憲章では、むしろ「生きる権利」=「生命権」を一切の人権の根底にすえている。
そうした上で「平和の権利」を「平和に生存する権利」と同じと見なして、これ
を「生命権」から直接流れ出てくる人権としている。

そして、平和に生存するた
めには、独自の文化価値を持つ「文化権」、その文化を自分の思想で解釈するこ
とで、そこに初めて「思想の自由」が人権として登場してくる。今、国連人権理
事会で研究されている「平和への権利」は、まさにこの「アジア人権憲章」の線
で解釈することで、その深い意味を捉えることができる。

 「平和への権利」と「平和的生存権」との関係をもとにして、「平和」を、西
欧からの外発的な人権伸長政策の隠れた植民地主義を摘発する立場で定義するこ
との意義は上で十分説明した。つぎに、この「平和への権利」が、西欧啓蒙思想
から継受している個人中心主義への修正に貢献するものであることを指摘したい。

日本国憲法前文の「平和的生存権」は、アジア人権憲章のなかで「生きる権利」
=「生命権」と関連づけられることで、単なる反植民地主義の人権から、西欧覇
権諸国による植民地主義の前提になっている西欧啓蒙思想の個人中心主義への厳
しい批判の人権になることも確認する必要がある。

 なぜなら、近代西欧で生まれた人権は、個人を単位とする場合に私有権を前提
として確立したものである。そのことは、人権思想の確立について大きな影響を
もったジョーン・ロックの人権論に明確にあらわれていた。ロックによれば、人
権を持つ個人は、あくまでも私有財産をもって、生産活動を営むことが前提であ
ると論じていた。

 その理論をもとにして、ロックは、生産活動をしていないアメリカ先住民(イ
ンディアンとよばれていた)の土地を英国からの移住農民が占拠して生産活動を
営むことを認めていたのである。これに対して、生命権を人権の根底に据えるこ
とは、次の三つの理由で今日、欠乏を免れて平和に生存するうえで、大変重要で
ある。

 まず、「私有権」をもとにする「自由」権は、「自由市場」を絶対視する自由
経済、自由競争万能主義の基になっており、この自由競争万能の思想が、グロー
バル化した金融資本主義のもとで、貧富の格差、開発活動の「受益者」と「受苦
者」の格差を拡大しているのである。「生命」の権利は、そのような私有権をも
とにした個人主義を前提にしない点で受苦者の権利の擁護についてより有効な思
想的・倫理的な基盤になる。

次に、「生命」権、「いのち」の権利は、必ず親から子供へと「いのち」が受け
継がれる生命の再生産過程を前提にしている。

 しかも、この再生産過程において、個人は常に集団のメンバーとして集団の再
生産から切り離せない存在である。近代社会を支配する個人主義には、良い面も
あるけれども、一人ひとりの人間が「平和に暮らす」うえでの、コミュニティの
重要性が見落とされがちになる。

 もちろん、伝統的な共同体の中には、家父長主義などの封建的で人間の尊厳を
無視する傾向もあるので、個人の権利を無視して、無条件に共同体ばかりを大切
にするのも誤りである。しかし、今日までの人権には共同体の中で個人の尊厳を
確立することが不十分である側面があり、その結果「平和に生存」することがで
きないことが非西欧諸国の近代化・西欧化のなかで起こりがちであることも見逃
せない。

 第三に「生命」の権利は、当然人間以外の生命体を大切にする。1990年代
の環境運動は生態系への重視のなかで「生命」とその「多様性」を大切にする必
要性が強調されるようになっている。この多様な生命体によって構成されている
生命共同体を尊重するべきことは、1992年リオでひらかれた環境サミットで
国家間の合意が得られないために市民が編纂した「地球憲章」の大前提になって
いる。

 このことの大切さが、ようやく環境問題が浮上したことで認められたが、それ
までは西欧中心の進歩「経済開発」や16世紀以来西欧諸国の覇権の人間中心主
義が正当性を独占していた。つまり、人間が他の生命体を自分の都合に合わせて
勝手に「支配」「制御」する人間中心の自然理解が、今日の世界の「持続不可能
性」を増大させてきたのである。

 その意味で、「生命」権を人権の中心に据えることで「平和への権利」が、
「持続可能な自然環境の権利」(第13条)を強調していることは注目に値する。
なぜなら他の生命体とともに地球の生命圏を構成している「自然環境」の権利が
クローズアップされるからである。これを人間の側から捉えた場合に、この自然
の権利は個人、集団、人民の「安全と健康な環境の権利」(第4条)という形を
とることになる。

 この「自然との共生」への回帰は、西欧普遍主義によって「克服」されると考
えられ、西欧啓蒙思想が否定しようとしてきた前近代の封建思想の基礎にあった
コミュニテリアニズムの「進歩」、そのまたもとになった「未開」社会のアニミ
ズムの伝統的な考え方に対する西欧普遍主義の再評価の動きの一端でしかないと
いうことができる。詳論は避けるが、この自然環境の権利は、最近、中部アメリ
カで、先住民族の大統領イヴォ・モラーレスのもとにある「ボリヴィア多民族国」
では、「母なる地球(または大地)」の権利法の制定への動きが高まっている。

 「母なる地球」は、先住民族の言語では「パチャ・ママ」と呼ばれているが、
人類全体の母である地球に、「平和への権利」のなかで「持続可能な自然環境の
権利」と呼ばれている権利に対する一切の侵害を許さないということで、たとえ
ば天然ガスの独占権をもっている多国籍企業に対して、これをパチャ・ママの名
において多民族国家に所有権を移転して、国家がパチャ・ママを擁護する役割を
果たす「平和への権利」の適用をしようとしている。これなどは、いのちを一切
の現実よりも重要視する西欧で成立した人権思想には見られない人権思想が生ま
れているのである。

 われわれは、先住民族の伝統的な知恵をもとにする、人間に限定されない「人
権」が生まれていることを、ウォーラースティンのいう「西欧普遍主義」の終焉
に出現している希望に満ちた新文明への門戸と考えることができる。先に触れた、
イーヴォ・モラーレス先住民大統領のもとのボリヴィア多民族国家の例に限らず、
エクアドールなどにも先住民族の伝統知に基づく新自由主義グローバル金融の危
機に対抗する、反植民地主義的な動きがあらわれている。

 ヴェネズエラとキューバに21世紀とともに湧き起こったいわゆるボリヴァー
ル革命は、いまやシモン・ボリヴァール以来のスペインと先住民族の混交によっ
て生まれてきたメスチソ混血文化を超えて、いまやスペインによる植民地支配以
来の自然破壊と自然資源の収奪に対するスペイン支配以前のインディオ先住民族
文明を今日の西欧植民地主義政治経済の末期症状が現れているところでの、西欧
普遍主義を補完する新しい非西欧的な普遍主義の萌芽とみなすことができるであ
ろう。

 先に触れた「平和への権利」にしても、スペインの植民地主義に端を発する反
植民地主義の動きであると見ることができる。

 「人権」が、西欧近代文明のなかで初めて議論されるようになったのは、コロ
ンブスのアメリカ「発見」の結果、アメリカ大陸の先住民族が、霊魂をもってい
る人間であり、キリスト教徒でなくても、人間としての尊厳を備えていることが、
ヨーロッパの「文明人」の間の激論の結果であった。

それから500年たった時点で、この激論が展開されたスペインの人権学界が中
心になり、コロンブスが発見したカリブ海の国キューバが国連人権理事会で「平
和への権利の提案国になったことは人権思想史のこの反植民地主義的な方向での
西欧普遍主義の超克という新しい思想を開く大事件であったということができる。

 この「平和への権利」がアジア人権憲章の平和への権利とその背後にある生命
の権利の考え方を採用したのは、決して偶然起こった考え方の一致ではない。そ
れはむしろ東アジアにおける反植民地主義と中央アメリカにおける反植民地主義
との間にある生命の権利と平和に生存する権利に関する共通認識が読み取れる。

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3.3・11大震災で日本に生まれた「平和への権利」への関心:
広島・長崎・福島
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ところで、日本国憲法のもとで生活する日本市民にとっては、このアジア人権
憲章が「平和に生存する権利」を「平和権」と同等の人権としてとらえているこ
とをも、付け加えて理解することができる。このように、「平和への権利」を
「アジア人権憲章」の「平和権」と、さらに日本国憲法前文の「平和的生存権」
とも繋げて解釈することで、本稿の筆者は、「平和への権利」を反植民地主義の
人権であるという考え方に到達している。その理由をここで説明しよう。

 まず、日本国憲法前文の「平和的生存権」を取り上げて、これが反植民地主義
の人権を規定していることについて説明する。この「平和的生存権」は、日本国
憲法前文の中で、日本が過去の植民地侵略の反省をして、国際社会のメンバーに
復帰したいということの関係で、日本の植民地侵略によって侵害した権利として、
「恐怖と欠乏を免れて平和に生存する世界諸国民の権利」を承認するとしている。

 したがって、日本国民が平和に生存する権利のように解釈されがちなこの権利
は、日本国民にも認められるけれども、第一義的には「世界諸国民」とくに日本
の植民地侵略によって「平和に生存」することができなくなった人々の権利であ
る。

 したがって、この権利は平和主義にもとづいているようにいわれているけれど
も、平和主義以前に反植民地主義をもとにした権利概念である。そして「恐怖と
欠乏を免れ」という具体的な説明は、植民地主義的な関係のなかで、ある植民地
支配国家が支配している人々の「平和な暮らし」を戦争や圧政の「恐怖」と収奪
と搾取の「欠乏」という形で侵害することを「平和的生存権」の侵害としてとら
えることができる。

 「広島・長崎」における日本国民の被爆体験は、米国による日本の両都市に対
する核攻撃が、日本国家による周辺諸国と諸国民に対する平和的生存権の侵害の
結果であることを確認した上でも、なお正当化できない日本人民の「平和に生存
する権利」の侵害であった。

しかし、日本国とその国民(人民)とは、日本国家の植民地主義・帝国主義を認
め、その違法性を確認して「平和的生存権」を日本国前文で特に確認したのであ
る。その意味で、「平和的生存権」は、本来、単なる「平和主義」の観念ではなく、
日本国家がみずから犯した植民地侵略の罪を認めた反植民地主義・反帝国主義的
の価値意識に根差す「人権」である。
 
  この反植民地主義・反帝国主義的な「平和的生存権」と「平和への権利」を3.
11東日本大震災に際しての被災地住民について認めることは、表面的には日本
国家との間に植民地関係にない東北地方の人民に適用することになり、論理的な
一貫性がないように思われるかもしれない。しかし、植民地主義を常識的な昔の
植民地だけに限らないで、今日のグローバル時代について、この時代に独特な
「植民地的な状況」についての理解を深めることができるはずである。つまり、
「平和への権利」が犯される状態をグローバル化時代の「植民地主義」と定義す
ることが可能になる。

 つまり、人々(個人。集団。人民を含めて)が、国家や国際組織、多国籍企業
など、グローバル秩序を支配する諸機関によって、その「平和への権利」を侵害
されることを「グローバル植民地主義」と定義するができる。そうすることで、
この主義を植民地支配国と植民地にされている国との間の国家間従属関係に限定
するウェストファリア体制を前提にする規定よりも、「植民地主義」を広く解釈
できるようになる。このことを「平和への権利」の大事な役割として注目する必
要がある。

 この解釈は、要するに国家関係のみならず、多様なレヴェルのコミュニティ間
において、「平和に生活している人々」の平和な生存を外部からの介入によって
破壊することとして、植民地主義を再解釈する視点である。この拡大解釈は、対
象となる人々やその集団に関わりなく、「外部からの介入」がきっかけで、一定
の人間集団が「平和に生活する権利」を奪われることを古典的な植民地主義・帝
国主義と本質的に同じである新しいグローバル化時代の植民地主義と捉えること
になる。

 「外部からの介入」が「平和」を乱す状況に対して、これを許さないことが
「平和への権利」の基本的な反植民地主義の重要な本質であるということができ
る。こう理解することで、「平和への権利」は、今日のように伝統的な植民地が
ほとんどなくなっている時代にも、特定の人間集団に対して、その「恐怖と欠乏
から免れる」可能性を奪うことを、同一国内でも禁止しているということになる。

このように、16世紀のウェストファリア条約がきっかけとなって、西欧で発生
した国家中心の個人の人権も、国家中心に植民地主義を定義することを止めるこ
とで、グローバル植民地主義を、ある個人、集団、人民の「平和への権利」の侵
害に拡張して理解することで、新しい人権の考え方が生まれている。
 
  実は、3.11大震災を一つの具体的な事例とすることは、グローバル植民地
主義と、これに対抗する「平和への権利」の仕組みを理解するのに役立つ。この
大震災では、地震とそして特に大津波が引き起こした「天災」と、その規模を
「想定外」と規定して東京電力が正当化しようとした福島第一原発事故という
「人災」とは、特定の個人・集団。人民の「平和への権利」を犯していることが
明らかである。

 具体的に「平和への権利」の人権基準が東日本大震災の被災者の、個人的にも
集団的にもあてはまることをここで確認しよう。それぞれ、説明を必要としない
ほど自明なので、ただ列挙することにする。「人間の安全保障の権利」(第3条)
、「難民状態の権利」(第7条)、「強制された移住に対する効果的補償」(第
10条)、「発展の権利」(第12条)、「持続可能な自然環境の権利」(第1
3条)、「被害を受けやすい集団の権利」(第14条)、「平和への権利を実現
する義務」(第16条)。以上の通りである。

 「平和への権利」が明確な権利の定義できない曖昧な権利概念であるという先
進工業諸国の人権関係者の異論は上記の具体的な権利のリストによって打ち消さ
れる。

 しかも、この「平和への権利」という人権の侵害は、日本国家の工業生産を支
えるエネルギー源として原子力発電を選択した際に、すでに予想できたものを国
家の経済開発の効果との比較で「総力戦」国家日本が許容すべき範囲の犠牲であ
ると考えていたことを否定することができない。

 その意味で、「広島・長崎」の被爆と「福島」の被曝との共通性を見つけよう
とするときに浮き彫りにされるのが、どのような人々であれ、国家の目標実現の
犠牲とすることを禁止するのが「平和への権利」だということである。見かけ上
関係がはっきりしていない、この一連の権利も、福島原発事故を始めとする東日
本大震災の被災者に当てはめてみると、皆おなじ弱者の内発人権努力を、様々な
方向から支えようとしていることが分かる。

 そして、いずれの方向からも、相手にしているのは、グローバル植民地主義に
競争・対抗する対抗植民地国家、特に日本のような「総力戦」国家なのである。
この強大な政治権力と巨大な競争力を持つ経済主体の連合によるグローバルな圧
力に抗して、弱者集団の「平和への権利」を守ろうとする動きが日本市民の間に
生れているのである。

このことの背後で、グローバル時代の植民地主義と戦う民衆が頼りにできる人権
法のシステムが「平和への権利」という形で生まれていることが、この動きの将
来への可能性を開く原動力となっていくことが期待される。

そしてメディアによって隠蔽されがちなグローバル植民地主義の実態を、反論で
きない明白な形で可視化するのにも、この「平和への権利」は役立とうとしてい
るのである。

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4.人権の第4世代が開くポスト西欧普遍主義の文明
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人権の「世代」という考え方がある。1970・80年代に、第三世界が「発
展権」を主張して、個人ではなく、第三世界の国々の人民がその貧困の状態を克
服できるように、国際社会特に先進工業諸国がそれが可能なように努力する責任
があることを主張した。

 これに対して、先進工業諸国の人権法専門家は、人権を個人にではなく人民に
求めることはできないと反対したが、1986年には、公式に国連がこの人権を
認める決議を行った。この権利について、UNESCOの Karel Vasak が、人
権法が閉じられたものではなく時代とともに進歩するという立場で、自由権を第
一世代、経済・社会・文化権を第二世代、発展権という人民と国家単位の集団権
を第三世代の人権とよんだ。

 これに対して、われわれは「平和への権利」を中心にして、いまや人権の第四
世代が生まれているということができる。たとえば生物多様性条約が先住民族コ
ミュニティはじめ自然と共生する伝統的な生活をおくっているローカル・コミュ
ニティの伝統知を「尊重」することを国際法の公文書で認めたことが特記される
であろう。これは普遍的に特定の価値」ないしは特定の集団の持っている価値を
承認するという興味深い方式の人権の考え方である。

 もうひとつ注目すべき例は「平和への権利」における「人間の安全保障」の人
権化である。そもそも「人間の安全保障」は、国連で「人間の安全保障」
(Human security)が、人権(human rights)、人間開発=発展(human development)
とともに、国際関係の原則として採用された。

 もともと、現実の不安全状況を解く姿勢を強調するので、人権の普遍性とは相
互補完的な関係にあると解釈されてきたこの概念が、「平和への権利」の一つと
して人権化されたことは、人権の普遍性を要求しない形で生まれている第四世代
の人権の典型例である。特定の人間集団の特有の安全価値や、固有の不安全状態
を大切にしている「人間の安全保障」について、人権としての普遍原理の適用を
主張する点で、これまでの人権概念とは異なる異色の概念化である。

しかし、これは日本国憲法の「平和的生存権」の反植民地主義を適用するという
意味で「平和への権利」の中心に据えられてよい権利でもある。

 人権理念の普遍性よりも、固有の歴史状況の影響のもとで生まれるそれぞれの
集団の持っている特有の価値意識にとくに注目することを求めている例はこれに
止まらない。2011年にも人権理事会で検討中であるロシア政府提案の「人権
と伝統的価値」についての研究が続いている。

これらの人権は内発性・主体性を主張する権利であって単なる集団権ではない。
とくにこれまでの西欧啓蒙主義の個人主義、普遍主義のみを人権とする傾向を否
定するような動きの現れなのである。

 このような新しい動きのなかでも、とくに注目すべきことは、「平和への権利」
のすべての条項に当てはまる二つの大原則があるということである。それは、
「平和への権利」のそれぞれの主体が、普遍的人権を含む外部からの外発的な基
準設定によって、その「平和的な生存」状態を破られることへの拒否である。も
う一つの原則は、国家とか多国籍企業などのより強大な勢力に対して、より脆弱
な主体の自発性を、一切に優先させて守ろうという弱者最優先の原則である。

 この動きは国際的に非西欧諸国と諸国民が始めた人権制定運動の動きであると
ころにも新しさが感じられる。外部から採用を迫ってきた外発的な人権伸長に対
しても、外発性をしりぞけて、自主性を主張する内発的な権利を主張しようとす
る被植民地状態を経験した諸文化において、それぞれの主体が自ら闘いとって確
立する「平和への権利」を個人、集団、人民の各レヴェルで確立していこうとい
う動きである。

 さきに挙げた生物多様性条約8条項の例に立ち帰って、この特徴を説明しよう。
これまでも、先住民族の人権が国連人権委員会と理事会で進められてきた。しか
し、それは先住民族が人間であるから、人間としての権利があるという議論に限
られていた。

 生物多様性条約では、むしろ、これまで西欧「先進諸国」で「未開」とされて
きた先住民族に先進工業諸国の人々にはない「伝統的な智慧」があり、生命とそ
の多様性を回復するためには、その智慧を尊重すべきであるという形で、先住民
族であるが故の権利を認めている。尊重するまでにはいたっていないが「平和へ
の権利」でも、弱い立場にある人々が、その固有の生活のスタイルを尊重されて、
エンパワーされることを主張している。

 西欧で啓蒙思想のもとで生まれた抽象的な普遍性を外から持ち込むよりも、一
定の集団の固有性をもとにその固有の権利を定義しようとしているのである。こ
の動きは、実は国連で世界人権宣言が決議されて以来の人権委員会の活動の中で、
すでに始まっていたのである。

 国連の人権委員会では、抽象的な普遍性を人権に認めている「普遍的人権宣言」
(日本では「世界人権宣言」と誤訳されている)から、様々な特殊状況の中の普
遍的人権への注目点の移動が進んで行った。女性、子供、移住者その他、特定の
集団に固有な権利を定義することは、1960年代以来90年代にかけて進行し
てきた傾向である。

しかし、これまで個人の権利しか認めていなかった国際人権学界が、集団全体、
たとえば難民コミュニティや移住者コミュニティの「平和的生存権」を「平和へ
の権利」のなか(第7条、第8条)で認めようとし始めているのである。

 これまで、非西欧後進国の外発的な人権開発を助けるという口実のもとで、米
欧植民地主義勢力の介入の正統化が行われてきた。その最近の形態が、「人道介
入の権利」である。これに対して、第四世代の人権は、内発性を重視して、多様
な文化のそれぞれの個性を大事にする人権運動が起こっているのである。

 そうすることで、抽象的な普遍性だけを強調するこれまでの人権を補完する方
向で「平和への権利」を中心とする第四世代の人権が着々と法制度化の道を歩み
始めている。非西欧・開発途上諸国によって進められるこの新しい動きのなかで、
日本とその市民の参加が南の諸国や諸国民の間で期待されている。

すでに1945年の敗戦時に「平和的生存権」を承認することで世界の植民地支
配諸国だった国々のなかで初めて植民地主義が人権に反することを宣言した。

 そうすることで日本はこの第四世代の人権の思想的な先駆者になったのだ。し
かし、その国の政府が人権理事会で「平和への権利」を否定する米欧先進諸国に
組みしているのは大変残念である。日本で「平和への権利」についての理解が広
がり、日本が反植民地主義の立場を国内的にも国際的にも鮮明にする日が一日も
早く来ることを期待したい。

 この新しい意識の典型例をあげよう。今回の3.11大震災の際に起こった福
島第一原発事故について、広く国際メディアが報じているところでは、村上春樹
が、日本は広島・長崎の二回の原爆の被爆に続いて、今回福島原発事故での被曝
を経験した。われわれは、このことをもとにして、今後の日本の進むべき道を考
えようとしている。という意味のことを国際プレスに語っている。

 このように、今回の福島被曝は、1945年の広島、長崎の被爆とならぶ事件
とされている。この立場に立って本稿の筆者も参加している世界平和アピール七
人委員会は、同様に広島、長崎の被爆経験と今回の福島被曝経験とをもとにして、
広く核の軍事利用とともに原子力の「平和利用」も含めて「核のない世界」に向
けての人類的な共同行動を提案している。

 この「軍事」「平和」の区別のない「核」利用に関する新しい価値意識は、日
本が今日辿っている政治経済的な総力戦国家プロジェクトそのものを、1945
年に日本人民が選んだ「平和的生存権」という国家=市民プロジェクトの立場で
徹底的に批判・修正することをもとめるものである。1945年の敗戦とともに、
日本人民は新憲法を制定して、その前文において「平和的生存権」を「新憲法」
という国家プロジェクロの大原則として採用した。

 そして、核の軍事利用を断念した。けれども、1950年代には、「同盟国」
米国からの圧力も働いて、その「平和利用」を敗戦で困窮化した国家経済再建の
大前提とするエネルギー政策を、原子力発電が震災と津波の危険のもとにある日
本列島では、原子力発電所周辺の市民に危険を及ぼすから採用すべきでない、と
いう日本学術会議などの警告を無視して採用した。

 この核軍事力の断念とその平和利用とをペアにする当時の日本の選択は国際的
な基準に基づいて「合理的」であったかもしれない。なぜなら、「原子力平和利
用」は、当時の冷戦下では、米国の覇権のもとでの世界経済の統制を進める意味
で米国陣営に所属する国家の米国への協力の証にもなり、また国連の核拡散防止
政策で、核の軍事利用を断念する非核保有国にはその平和利用について支援する
というIAEAレジームへの先駆的な事例となったからである。

 ところが、今回の3.11東日本大震災に際して発生した福島第一原発事故は、
この「原子力平和利用」の国家プロジェクトが日本学術会議の警告どおり原発周
辺市民の平和な生存を脅かして「新憲法」で表明された「平和的生存権」の大原
則と相反することが明らかになったのである。

 少数であれ専門家の指摘した地震と津波が多発する日本列島の沿岸地域におけ
る原発施設の設置の危険性を冒してまでも、原子力発電を採用したことの日本国
家とこれを指導する政府の責任を確認して、福島第一原発の爆発事件の被爆体験
と、これに対する東京電力と日本政府との対策を批判して、原子力発電の全廃を
要求する広範な市民運動がいま日本に沸き起こっている。

 ところで、広島・長崎の被爆体験と、今回の反原発運動が問題にする福島(第
一原発事故)の被曝体験とは全くことなる歴史的な文脈のなかで起こった被爆=
被曝である。前者は、日本の明治近代国家建設以来の植民地主義の行きついた1
5年侵略戦争の最終段階での米国による核攻撃であった。

それに対して、後者は、米国からの政治・経済圧力のもとでではあったけれども、
あくまでも日本国政府が自ら選択して日本市民の被曝を齎したものであった。し
かし、この一見無関係な二つの事件には両者に共通する近代世界のなかの日本国
家の国家プロジェクトが存在しているのである。

 この国家プロジェクトは、西欧に始まった近代化=植民地化運動の対象となっ
たその周辺の国々、非西欧地域に特有な米欧諸国からの外発的な技術移転によっ
て近代化を急ぐ非西欧後発国に特有なプロジェクトである。これらの国々では、
国家の開発(軍事、経済、政治各側面での)を他の一切の政策課題に優先させて、
国民統合のもとで進める国家プロジェクトが採用され国民の人権や福祉などの無
視・軽視を齎してきた。

 この国家プロジェクトを名指すのに、本報告の筆者は、ラテン・アメリカで使
用されている「開発主義国家」(dessallorismo)という表現を用いる。この
「開発主義国家」プロジェクトは、近代化における先発・後発と無関係に20世
紀の国家プロジェクトの共通した別の特色に注目して、これを「総力戦国家」プ
ロジェクトと呼ぶことも行われている。

 その特色とは、20世紀における戦争が、参戦諸国家の一切の権力基盤、国民
の結束、社会資本の整備、軍事・非軍事の区別のない生産力、国際経済における
国家の経済・金融の占拠率など、すべてを動員して進められ総力戦であることに
注目している。問題は戦争時以外の時でも、常に「総力戦」の体制を解かないで
維持し続ける国家があって、この国家が「総力戦」国家となづけられているので
ある。

 この野口悠紀雄氏(「戦後日本経済」新潮社)山之内靖氏、ヴィクター・コシ
ュマン氏、成田龍一氏(「総力戦と現代化」柏書房)の用いている表現を参照し
て、今日の日本を支配している国家プロジェクトの特質を捉えることができる。
此処で取り上げる核の軍事利用と平和利用とを拒否しようとする新しい主張は、
要するに日本の「開発主義国家」プロジェクト「総力戦国家」プロジェクトに対
する全面的な否定・挑戦であるということができる。

 なお、本報告においてラテン・アメリカで生まれた「開発国家」プロジェクト
への全否定と同じ反植民地主義の運動として、現在の日本における反原発の動き
を捉えることは、のちに、現在同じ地域とくに中部アメリカに起こっている「開
発国家」プロジェクトを全面否定しようとしている「ボリヴァール主義」プロジ
ェクトとの対比に役立つからであることをあらかじめ明らかにしておく。

 今日の日本は1945年の敗戦時に反省・克服したはずだった明治近代国家形
成以来の反攻植民地主義を推進する外発開発型近代文明プロジェクトと、これを
国家規模で推進するための「総力戦」国家体制を、今日もなお改めていないこと
を前提にしたうえで、この体制に異を唱える市民運動として、「反原発」運動が
今日の日本で大きな盛り上がりを見せていることについて、その思想史的な意味
を問いたい。特に、「平和的生存権」を反植民地主義的な言説として、捉えるべ
きことを明らかにしていきたい。

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5.「平和的生存権」を手掛かりとするグローバル反「植民地主義」の新解釈
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世界平和アピール七人委員会の福島原発事故に関するアピールが指摘している
1945年敗戦時の日本の「新憲法」前文の「平和的生存権」が、「広島・長崎」
と「福島」とにおいて等しく侵害されていることが、本報告の中心的な関心事と
して浮上する。

なぜなら、日本国憲法前文で、世界の諸国民が「恐怖と欠乏を免れて平和に生
存する」権利があることを日本国家が認めるという宣言は、日本国家が15年戦
争において、より正確には明治近代国家の成立時以来の植民地主義的な行動によ
ってこの世界諸国民の権利を侵害してきたことについての反省として述べられた
ものである。

 「広島・長崎」における日本国民の被爆体験は、米国による日本の両都市に対
する核攻撃が、日本国家による周辺諸国と諸国民に対する平和的生存権の侵害の
結果であることを確認した上でも、なお正当化できない日本人民の「平和に生存
する権利」の侵害であった。しかし、日本国とその国民(人民)とは、日本国家
の植民地主義・帝国主義を認め、その違法性を確認して「平和的生存権」を日本
国前文で特に確認したのである。

 その意味で、「平和的生存権」は、本来、単なる「平和主義」の観念ではなく、
日本国家がみずから犯した植民地侵略の罪を認めた反植民地主義・反帝国主義的
の価値意識に根差す「人権」である。

 この反植民地主義・反帝国主義的な「平和的生存権」を、3.11東日本大震
災に際しての被災地住民について認めることは、表面的には日本国家とのあいだ
に植民地関係にない東北地方の人民に適用することになり、論理的な一貫性がな
いように思われるかもしれない。ここで注目すべきことは、植民地主義・帝国主
義と反植民地主義・反帝国主義との根本的な対立を、「平和的生存権」を基準に
して明確にすることの重要性である。

 要するに「平和に生活している人々」の平和な生存を外部からの介入によって
破壊することとして、植民地主義・帝国主義を単なる国家レヴェルの国際関係に
おける国家の主権ないしは民族の自主性の否定としてではなしに、対象となる人
々の集団に関わりなく、外部からの介入がきっかけで、一定の人間集団が「平和
に生活する権利」を奪われることを、古典的な植民地主義・帝国主義と本質的に
同じであると捉えることで、今日のように伝統的な植民地がほとんどなくなって
いる時代にも、特定の人間集団に対して、その「恐怖と欠乏から免れる」可能性
を奪うことを、新植民地主義・新帝国主義あるいはグローバル植民地主義・グロ
ーバル帝国主義と呼ぶことが可能となる。

 このように同一の国家の中においても、特定の人間集団が、その「平和的生存
権」を侵害される場合には、上で触れたグローバル植民地主義という新しい形の
植民地主義・帝国主義と規定することができる。実は、3.11大震災という津
波がとくに引き起こした「天災」と、その規模を「想定外」と規定して東京電力
が正当化しようとした福島第一原発事故という「人災」とは、特定の人間集団の
「平和的生存権」をおかしたことが明らかである。

 しかも、この人権の侵害は、日本国家の工業生産を支えるエネルギー源として、
原子力発電を選択した際に、すでに予想できたものを、国家の経済開発の効果と
の比較で国家が許容すべき範囲の犠牲であった。

 この意味で、「広島・長崎」の被爆と「福島」の被曝との共通性を見つけよう
とするときに浮き彫りにされるのは、どのような人々であれ、国家の目標実現の
犠牲とすることを禁止することが「平和的生存権」の本質だということである。
したがって、福島原発事件を新しい形の「平和的生存権」の侵害とみなすことが
できることになる。

 こうして、日本国家による伝統的な意味での植民地主義・帝国主義が、日本周
辺諸国の諸国家・諸国民に対して加えた「平和に暮らしていること」の権利侵害
をもとにして定義された「平和的生存権」は、広島・長崎の無辜の市民に対する
米国による核攻撃による「被爆」についても、日本国政府の「原子力平和利用」
による「被曝」についても適用できる反植民地主義・反帝国主義の人権原則であ
るということになる。

 世界平和アピール七人委員会の福島第一原発事故についてのアピールが指摘し
ているように、「平和的生存権」という反植民地主義の大原則を掲げて、日本は
その経済復興を核の軍事利用のみならずすべての軍備を法的には否定して開始し
た。それなのに、日本は「総力戦」国家体制を強化するために、高度成長路線を
推進しようとした。

 そして日本国家の生産力増大のエネルギー源を確保するために「原子力の平和
利用」を国家的なプロジェクトとして採用した。その結果が今回の原発事故であ
った。その意味で1950年代の日本国家の選択は、日本国民の「平和的生存権」
を犠牲にしてでも経済成長をとげようという、今から見れば、誤った選択をして
しまったものであるということになる。

 このことが、現在、「反原発」運動に立ち上がった市民の批判の対象として浮
上してきたということができる。広島・長崎における被爆と並んで福島における
日本市民の被曝の問題を「平和的生存権」の観点でとりあげるとき、三者に共通
しているのは、日本国家によって日本市民の平和的生存権が侵害されていること
である。

 本報告で、このように植民地主義・帝国主義の概念を拡張解釈するのは、今日
のグローバル政治経済における貧富などの格差拡大と「受益圏」と「受苦圏」の
両極化を、16世紀以来の西欧覇権諸国の植民地主義のもとでの南北格差と連動
させて理解するために、この視点の確立が不可欠だと考えるからである。

 この視点は、広島・長崎と福島との切り離せない関係を確認するのに不可欠で
あるばかりでなく、ネオリベラル・グローバル・ガヴァナンスを支えている壮大
な虚偽意識の網の中で動けなくなっている民衆と知識人に、ネオリベラリズムが
「裸の王様」であることを悟って、これに反対する自信を持たせるのにも役立つ
からである。この自信こそが、ネオリベラリズムのグローバル覇権に対する反覇
権ユートピアの実現に向けた今日の世界民衆の動きを支えているのである。

 今回の3.11大震災の被害地域がたまたま東北地方という日本列島の中でも
日本古代国家の形成時以来、戊申戦争の時も、また最近日本の他の地域で歓迎さ
れていなかったウラニュームの濃縮などの再処理施設が青森県の六ヶ所村におい
て設立された時まで、常に周辺化され、「受苦圏」にされてきた地域であること
と無関係ではない。

 なお、広島・長崎の原爆投下についても、米国が、ドイツに対してではなく日
本にその核攻撃の標的を定めたことについても、米国の覇権世界の中で、日本が
非西欧の国家であったことが関係しているという解釈も行われているが、そのこ
との判断は行わない。それにしても、広島、長崎、福島の住民の平和的生存権を
中心にする場合、被爆者=被曝者は、加害国家の立場からすれば、いずれも「受
苦圏」に組み込んでもよい弱者集団であったということは明らかである。

このように、現在グローバル規模で起こっている新しい状況は、新しい意味の読
み取りをする人々が出てきたことと無関係ではない。

 今回の福島第一原発事故とこれに対する日本政府と民衆の反応の大きな相違、
特に「核の平和利用」を継続したい前者とこれを撤廃しようとする後者との間に
沸き起こった「国論」の両極化は、いままでの既成概念に凝り固まっている前者
に対して、この既成概念を無視する思想勢力が出てきたという思想の転換期に必
ず起こる現象の一つの例として注目する必要があろう。

 東日本大震災の直後、大震災からの復興の活動は、敗戦後に自民党政権下で確
立した第二次世界大戦敗戦後の新しい「総力戦」体制を再び総動員する形で、日
米協調を国際的な支えにして、日本の民主党政府によって推進されている。現在
(2011年7月上旬)「福島第一原発」事故がいまだに終結していない中で、
政府による被災地の「復興」のための諸活動が展開されている。

 政府は、復興のための有識者の意見を集めるために、五百旗頭真防衛大学校長
を議長とする東日本大震災復興会議を設立し、2011年6月26日にはその第
一回答申が出た。この答申は、本報告の分析対象となっていないため、詳論する
ことは避けるが、その原則の中に、特に「復興」と「日本再生」の同時進行を目
指すこと、その意味で原発事故の早期終息を求めること、そして特に、「国民全
体の連帯と分かち合い」で復興を促進することが明記されていることに注目した
い。

 もうひとつ見落としてはならないことは、今回の福島原発事故を「想定外」と
みなし、原発の安全性を強調して原子力の「平和利用」による発電に全力投球を
してきたことについての日本国家の責任の追及も、今後その安全性が保障されな
い場合における原発閉鎖の可能性には全く言及されていないことである。

 復興と日本再生の「同時進行」の原則は、被災者の安全、福利、人権ではなし
に、日本国家、特にその経済の再生を被災地の復興とを分離不能と宣言すること
で、「総力戦国家」としての「復興」国家プロジェクトが宣言されているとみる
ことができる。

原発事故の早期終結は、当然原発に基づく高度成長戦略を選んだことの可否、
事故の発生につながったことに対する評価をともなうべきであるが、原発中心の
エネルギー政策を「日本再生」のために維持すべきであるとする経団連など財界
の方針を考慮してである可能性も高いけれども、とにかくこれに全く触れられて
いない。

 特に、国民全体の「連帯と分かち合い」を原則としている背後には、1930
年代以来の「総力戦体制」を推進する「思想戦の言説空間」の重要性に対する配
慮が読み取れる。「平和国家」を標榜する日本が、このグローバル化時代に「総
力戦」にしがみつくのは不可解なように見えるかもしれないが、日本のパワー・
エリートは、新自由主義の支配するグローバル競争世界の中で日本が生き抜くた
めには、明治以来米欧の植民地化圧力のもとでとってきた、外発経済成長と非軍
事化した対抗的植民地主義とを組み合わせた「総力戦」国家として生きる道しか
ないと思っているのである。

 このことは、復興会議の例をとっても明白である。それは、東日本大震災から
の復興の政治・経済・文化の特色を見ればわかる。政治的には、日本国家のレヴ
ェルでの「総力戦」国家プロジェクトの政府=技術官僚中心の「上からの復興」
が試みられている。この点についてはすでに触れた。

 この技術官僚と財界に指導された「上からの復興」については、たとえば内橋
克人氏が、これを「復興ファシズム」への傾向として警戒していることに注目す
る必要がある。復興相に任命された松本竜氏が「暴言」問題で辞任した事件も、
その反証となる。この事件は、同氏が人権派であるために起こった「お上に頼る」
日本式「甘え」官僚主義の無責任体制の問題であった。

 本来、上位下達に慣れ、「上からの復興」を支えることしか考えていなかった
東北地方の県知事たちが、松本復興担当大臣を迎えて、その「上意」を聞こうと
していたことに怒った復興大臣は、いきなり被災者からの要請に基づく下からの
提案の提出を要求した。

そのため、両者の相互期待に大きなギャップが露呈されたのである。「暴言」は
このように復興を「上から」進めるか、「下から」突き上げて推進するかという
認識の違いから起こった問題であった。この「暴言」事件は上からの「復興」を
被災地に押し付けようとする「復興ファシズム」について政府部内にも反対意見
があったことを示しているのである。

 被災地で活動している市民活動家の間に、被災者を最重視すべき復興が国家中
心に進められていることへの反対が盛り上がっていることは驚くにあたらない。

経済的には「総力戦」経済基盤としての高度成長政策推進の「原子力の平和利用」
エネルギー政策の継続が、復興の大前提として想定されている。しかし、浜岡原
発について菅総理自らがその停止を勧告したことで、復興会議が触れることを回
避し、経団連がその公式の方針としていることを無視した声明を出したことにな
る。

 このことは、「総力戦」体制の綻びを露呈している。そして、このことが当然、
市民側からの「反原発」運動の盛り上がりを引き起こしていることが想定できる。

 なお、文化的には「思想戦の言説空間」における国民の「連帯と分かち合い」
を支えるイデオロギー、つまり政府や財界によってメディアに流される言説指導
に注目する必要がある。ここでは特に日本のメディアが一斉に報じた米国の「ト
モダチ」作戦が、1945年敗戦後の日本国家「総力戦」プロジェクトの基軸と
なっている日米協力を謳っていることに注目すべきである。米国発のグローバル・
スタンダードを受け入れた上で日本の国際競争力を高める国際競争型日本中心主
義が、今日の「総力戦国家」日本の一大特質であるといえるだろう。

 このような、グローバリズムのもとでの対米依存を認めながら、東日本大震災
からの災害復興をリードした日本中心主義の思想的な影響力の大きさを過小評価
すべきではない。「がんばれ!ニッポン」「ニッポン!ニッポン!」というメデ
ィアの掛け声や「日本の力」を信じているという発言などによって排外主義・人
種主義的な「日本中心主義」言論空間が形成されたのである。

 これに対して、反原発運動が生まれたことは、単なる原発の不安全性の認識だ
けに基づいて起こった動きではないことに注目する必要がある。その中でも、特
にここで注目したいのは、生態的・文化的側面からの反原発運動の根底にある発
想である。2010年の生物多様性条約COP10が切っ掛けになってつくられ
た日本CBD市民ネットワークの共同代表である高山進教授が三重大学の研究会
で「生物多様性条約COP10と東日本大震災を繋ぐ論理」と題して行った報告
の一節を引用して、その注目すべき発想の特徴を指摘しよう。

 高山氏は寺田寅彦の言説を引用した後で、「日本の国土は、(この)慈母の豊
かさにおいても、厳父の厳しさにおいても第一級、超一流であることを、COP
10と大震災の経験は私たちに教えてくれた。しかし日本社会は前者の特異な条
件を活かしきること、また後者の特異な条件に備えることも十分にはできていな
かった。

むしろ現行の技術体系や社会運営こそが慈母の豊かさを年々貧弱にし、
厳父が下す罰の大きさを誘導しているともいえるのである。そして今回の「原発
震災」(石橋克彦氏の用語)は、文明がより大規模な災害を誘導するとの寺田の
洞察を典型的に表す事態であったのだ。」

 ここで高山教授によって指摘されていることは、生物多様性条約の弱点になっ
ている西欧文明の生命観に対して伝統知への回帰による新しい哲学の生成への模
索という上記市民ネットワークの一つの思想的な拠点となった伊勢三河湾「生命
流域」作業部会の主張を代表している。

上記の政治・経済面の反原発運動と補完的な形で、「生命流域」圏のローカル
な自然と人間社会との共生を求めて、「総動員国家」としての「上から」、つま
り「グローバル・レヴェル」からの政治経済ガヴァナンスを退けて、それぞれの
地点での多様な生態系に対応する多様な文化の中で、人間と自然との共生を再生
産する伝統知に回帰して、農・林・漁業を根底にした新しいしかし開発中心主義
以前の智慧を生かした生態・文化的なローカル・コミュニティに根底を置く新民
主主義の形成を目指す文化的な反原発運動である。

 このように東日本大震災後の日本に現れている環境運動による「反原発」の主
張は、国際的には、生命と文化の多様性の回復をもとめて伝統知への回帰を求め
る中米の先住民族に先導されている動きと、国連を中心に起こっている「生物多
様性条約」と「生物多様性の十年」の動きという生命共同体を破壊してきた西欧
中心の近代化と植民地主義覇権に対する文明批判運動の流れのなかに位置づける
ことができる。

 以上、今日の日本において、3.11東日本大震災で発生した福島第一原発事
故問題をきっかけにして、国論が二つの極に分かれていることを指摘した。この
二極分解は、明らかに明治近代国家の形成期からの、「開発主義」「総力戦」国
家を擁護して、これをもとにした「復興」を図ろうとする国家プロジェクトを推
進しようとする一派と、これに異を立てて、日本国憲法の「平和的生存権」にも
とずく代替国家プロジェクトを提案する反対派との権力をめぐる闘争であると見
なすことができる。

二つの理念型に纏めて、この二つの国家プロジェクトを対比するならば、その代
表する利害集団として、日本国家のヘゲモニーを握る技術官僚・保守政党・財界
と、その覇権に対抗するかなり多様な反覇権勢力との対峙状況として捉えること
ができる。

前者の拠って立つヘゲモニーを支える政治経済制度としては、ナショナル・グロ
ーバリズムないしはグローバル・ナショナリズムに支えられた新自由主義的な国
家の国際競争力の拡大のための原子力エネルギーの「平和利用」を支えにした政
治経済秩序の再生産体制である。この体制は、現在地球的規模で展開されている
グローバル政治経済を受け入れる限り、一切の状況分析と政策決定の大前提である。

 1980年代に当時のサッチャー英国首相がいったといわれている「現行のグ
ローバル経済以外の経済はあり得ない」と考える限り、日本のパワー・エリート
は、日本の外発的経済成長が米国の覇権のもとでの「総力戦」国家構想以外に道
がないと考えていても不思議ではない。しかし、この既成概念を否定する勢力が、
ポスト3.11日本で盛り上がっているのである。

そのよって立つ反覇権的な代替の政治経済制度としては、原子力エネルギーに
代わる再生可能な自然エネルギーに支えられた生態系との互恵関係にあるローカ
ル・コミュニティの自治を主張するラディカル民主主義政治経済制度の確立への
秩序変革運動、この両者の対峙状況を、複雑な現実を貫く二つの制度理念型とし
てとらえることができる。

 問題は、16世紀以来、非西欧世界の植民地化による鉱物資源・生物資源の収
奪によって支えられた資本主義が、その生産中心の時代から金融中心の時代には
いって、南北諸国内の格差余剰から金融商品をつくる財源と資源を得ようとする
グローバル植民地主義を、受け入れるかどうかの選択が、リーマン・ショック以
後の今日では十分可能になっているという「裸の王様」が裸だという虚偽意識の
虚偽性の露呈の時代に入っているのである。

 そして、前者を支えるイデオロギーとしては、「近代」西欧社会の金融資本主
義にむけての外発的な「開発」のために、米欧の啓蒙主義にねざしたグローバル
標準と、開発主義国家の「近代化」の証しとしての核エネルギー開発を採用して、
グローバル政治経済競争力を確保する模範的なグローバル国家になろうとする、
政治経済の標準化、統合化、大型化による右肩上がりの経済成長主義、これに対
する反覇権ユートピアとしては、生態系との共生を回復するための、伝統知の再
発見に基づく、日本列島の生命途文化の多様性を生かす内発的な社会発展による
ローカルな市民のコミュニティに基礎を置く知足経済、脱成長政治経済、つまり
多様化、分散化、小型化を志向する再生産重視のライフスタイルとこれによる経
済の社会への埋め込みを図ろうとする運動が、被災地支援の中で、日本国家が被
災者の権利や福祉よりも国家の復興を重視することへの怒りにささえられたラデ
ィカル民主主義を配することができるであろう。

 この経済成長主義の非現実性は、すでに1970年代初期の「成長の限界」論
で指摘されていたが、日本を含む非西欧諸国の「総力戦」国家は、右肩上がりの
経済急成長の夢を追い続けてきた。この虚偽意識の虚偽性はしかし、ポスト3.
11の日本で否定できなくなっている。
 
東日本大震災からの復興をめぐる日本の政府・財界と活動的市民との対峙状況
は、すでにリーマン・ショックへの対応や、TPP参加問題についても、これほど
鮮明な市民側の反対行動がなかっただけで、すでに存在していた。この日本国家
の分極化は、マクロ的な視点で捉えれば、その人間中心・商品化文明を帝国主義・
植民地主義で支える問題性を含めて、西欧近代化に徹底的に追従してきた日本国
家が、その国家プロジェクトの持続不能性を露呈してしまったというところにあ
るということができる。

 ここに西欧による植民地拡張の理論的根拠となり、今日でも北の「先進諸国」
が南の「新興諸国」に普遍的人権と民主主義と自由市場主義をグローバル・スタンダードとして外発的に押し付けようとしている発展段階説に基づく西欧指導下
の進歩の不可避性という虚偽意識が潜んである。「反原発」運動に立ち上がった
日本の市民は、この意識の虚偽性に目覚めて伝統知による西欧発信の科学的技術
知万能主義の悪弊の除去を考え始めているのである。

 その観点から上記の「開発主義」プロジェクトとそれへの代替プロジェクトを
比較するとき、両プロジェクトの根底にある捉えどころのない「想い」が伏在し
ていて、今日の日本社会の支配層とサバルタン(従属的)諸層とを貫いているこ
とに気づかされる。「捉えどころがない」とは、矛盾するプロジェクトつまり
「未来への投機」が、「総力戦」国家イデオロギーと「平和的生存権」ユートピ
アのなかに混在していて、これらを日本独特の「曖昧さ」のヴェールで覆い隠し
ているということである。

 この「捉えどころのない」想いをあえて表現するとすれば、次のようにいうこ
とができる。表面的な「曖昧さ」を次第に掘り下げて考えることにすると原発に
ついては「原発のない平和な世界」が欲しい。しかし、原発のおかげで確保され
ているこれまでの「豊かなライフスタイル」は変えたくない。その裏には、寺田
寅彦が指摘している自然の「優しさ」と「怖さ」とつきあっていくのに西欧合理
主義では駄目だと分かっているが、科学技術が作り出す「モノづくり」日本の力
は捨てがたいものである。

 グローバル化で競争力を作るために終身雇用・年功序列を犠牲にすることは仕
方がなかったけれども、今のように不安定な雇用関係の会社に尽くす気持ちは薄
れていかざるを得ない。民主主義と人権を大切にするのはよいが、そのような普
遍妥当のリクツではわりきれない人情など日本古来の美風も捨てがたい。アメリ
カの言うことばかり聞いているのもイヤだけれども、やはりグローバル化の中で
日本が孤立するのには不安がある。

 上で記した「総力国家」イデオロギーと「平和的生存権」ユートピアとは、上
記のような曖昧な庶民感覚をあえて分極化した東日本大震災のショックがあった
ことになる。そして、この分極化状況の下で、今、ポスト3.11の日本では、
16世紀以来の西欧による非西欧世界への普遍主義思想の外発的移転による植民
地化そのものに臣従して外発的開発への道を進んできた日本国家の「総力戦」プ
ロジェクトへの異議が申し立てられているのである。

 「反原発」運動は、このようなネオリベラル・グローバル・ガヴァナンスを支
える虚偽意識の虚偽性の暴露の運動であるということになる。それは絶対安全な
「原発神話」の虚偽性を暴くことで、ネオリベラル・グローバルの植民地主義の
彼方に、内発性を回復した多様な伝統知も動員して、グローバル政治経済をロー
カルな政治経済の現実のなかに再び埋め込むことで、新しい小型化・多様化・分
散化のグローバル世界をつくるという反植民地主義の動きを活発化するに違いな
い。

 その意味で、「原発」と「反原発」の二つの「神話」は、しかし日本だけで自
己完結する「思想空間」をはるかに超えた地理的には世界規模、歴史的には16
世紀以来の広がりをもっている。なぜなら「開発国家」「総力戦国家」日本は1
6世紀以来、西欧文明と取り組んで西欧大国にならった植民地支配国になること
で、そこから西欧文明国の一員になろうと努めてきた。

 その植民地主義の「罪」を一時悔いて「平和的生存権」を認めた日本国家も、
分にあった足るを知る「平和国家」になる代わりに、新自由主義グローバル競争
で勝利者となる経済成長を原子力の平和利用によって実現しようとして、これが
バブル期までかなり成功していた。

 その神話、特に「原発神話」は、今回の津波という自然の猛威によってその虚
偽意識としての正体が露呈されてしまった。そこに新しい「反対神話」として
「反原発」神話が今日本に広がっている。この神話は単なる「原発神話」イデオ
ロギーを否定する「反原発」ユートピアではない。はるかに複雑な政治経済、社
会文化、そして生態系に広がり、今日まで現代日本の国家プロジェクトの下で曖
昧にされてきた西欧植民地主義に基づく外発的な「進歩」「近代化」「グローバ
ル経済参加」の諸矛盾について明白な選択を迫るユートピアなのだ。

 今日のグローバル化世界の中で、日本国家の繁栄と、その繁栄によって保障さ
れている日本国民の幸福を支えているとしている外発的な開発への信仰の物質的・
制度的・政治経済的な基盤の脆弱性が3.11大震災と津波の天災を人災で拡大
させてしまった福島原発爆発によってサバルタン諸階層の日本市民の曖昧な態度
を否定している。

 いままで、反対しても仕方がないとされてきたグローバル国家の外発開発の道
が、決して市民の平和な生活を保障するものではないことが分かってしまった。
日本国家の繁栄と自分の小さな幸福が一体だという「総力戦国家」の大前提とな
る「信仰」が崩れてしまったのである。

 西欧から伝わってきた外発的な科学的技術と技術官僚の指導の下の「国づくり」
、人命を確率計算の対象とする危機管理を含む技術官僚による国家の権力拡大、
大量化、標準化、集中による大量生産・大量消費・大量廃棄の経済成長への神話
であり、その反対として生まれたのが、自然と共生する伝統知を中心にした内発
的な智への回帰だ。

足るを知り、量よりも質を選び、多様性を評価し、権力も生産も消費もローカ
ル・コミュニティの自然を巻き込んだ分散型地域主義をもとにした市民コミュニ
ティの意思に国家が従うことで平和に暮らせる国土を創ろうという「神話」が生
まれているのだ。

 「原発神話」は、「総力戦国家」のイデオロギーを媒介にして、かつての日本
帝国の「帝国主義」「植民地主義」の延長線上で成立したものである。そして、
現在これに対抗して生まれてきた「反原発神話」は、グローバル化時代である今
日のグローバル・ガヴァナンスを受け入れながら、「反植民地主義」「反帝国主
義」の神話を継承しているということができる。

 「平和的生存権」はまさに、この継承性を保障する基本的な反「総力戦」国家
の価値原則に外かならない。もし、そうだとするならば、反原発運動の高まりは、
単なる「核の平和利用」による発電の独占体制の可否をめぐる政府と財界が作っ
てきた政治経済体制に対する市民の反対運動ではなくなる。より基本的な「総力
性」国家の正統性に関する基本的な疑問の表明である。そしてこの疑問をもとに
した近代日本国家に関して、その「総力戦」国家の諸行動についての歴史解釈を
正すべきことについての市民の自覚化であるということになる。

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6.グローバル反覇権運動の中の「反原発」運動
===============================================
 
近代日本、そして近代世界全体における新しい市民意識の自覚化過程として、
3.11震災をきっかけにして生まれている市民運動を巨視的な視点で、アジア
近代史のなかに位置付けてみよう。その際に一つの作業仮説を手掛かりにするこ
とが、幾何学における補助線を記す場合のように、必要になってくる。それは、
今日グローバル化した世界が、一つの大転換期を迎えているという仮説である。

 つまり、16世紀以来、世界史が、非西洋世界の植民地化による西欧化という
形の近代化を進んで、ついに米国の覇権のもとでの新自由主義的なグローバル・
ガヴァナンスの全地球的な普及という形での西欧文明秩序のグローバルな支配を
迎えたけれども、この西欧文明秩序の完成は、同時にその内部矛盾の露呈化と新
しいポスト近代=ポスト植民地主義を志向する市民レヴェルの反覇権運動の台頭
をもたらした。

本報告で取り上げる3.11大震災をきっかけにした「反原発」市民運動は、
このグローバルな反覇権運動の日本での発現にほかならないという仮説をわれわ
れは作業仮説としてとりあげた。

 この作業仮説は、今日の新自由主義グローバル政治経済が、16世紀に西欧で
はじまった近代世界の形成の動きが、今日地球的規模に達し、その内部矛盾を露
呈させている転換期にさしかかっているという仮説である。この近代化は、政治
的には西欧文明世界の主権国家中心のウェストファリア型植民地主義体制、経済
的には生産中心から金融中心に変質を遂げた資本主義市場競争経済、文化的には、
各種の発展段階説をもとにして、人類文明が進歩していて、その最先端にある米
欧諸国の文明覇権によって普遍的価値を実現する。

その現代的な現れとして、米欧「工業化民主主義」諸国のグローバル・スタン
ダードの標準化とガヴァナンスをグローバル規模で展開している世界のなかで、
今もグローバル化という形で進行しており、今後も長く続くという形で理解され
ている。

 なお、この米欧中心の「近代化」は、主権国家中心の代表制民主主義、資本主
義競争市場経済、人権などの普遍価値を、非西欧世界に普及する「植民地主義」
的な外発的な開発観を人類の進歩における発展段階説の正統化のもとで進めてお
り、その際の進歩を主権国家間の権力バランスと、一切を商品として計算する経
済合理性の競争の場としての世界市場における権力と商品の論理を徹底すること
として捉えている。

 この「近代化」志向は、世界の非西欧地域の植民地化に始まり、今日の新植民
地主義、脱植民地主義時代にも、グローバル規模(つまり国際・国内の区別を越
えて)進行している。そして、この植民地主義的なグローバル・スタンダードの
押付を無条件で受け入れながら、国家の経済競争力を増大させて外発的な国家の
経済発展を図ろうという国家プロジェクトを持つ非西欧諸国家を「開発主義」国
家とよぶ。

 近代史における典型例に米欧植民地圧力に打ち勝つため「反抗植民地主義」を
採用して周辺諸国の植民地侵略を行った日本がある。この開発主義国家は、第二
次大戦での敗戦以後は軍事侵略を断念しながらも、新自由主義グローバル経済に
おける国家の競争力の最大化に向けて「総力戦」国家体制を米国の覇権的庇護の
もとで今日も維持しようとている。

 なお、日本以外でも、いわゆるBRICS新興諸国が、現在、新自由主義グローバ
ル経済の中で「開発主義」国家プロジェクトを推進しているとみなされているが、
このグローバル近代化は、1990年代のソ連崩壊以来の米国単独覇権の失敗
(イラク・アフガニスタン戦争)と、2000年紀初頭のリーマン・ショックに
はじまるグローバル金融秩序の崩壊という資本主義経済によって、それぞれの新
興国内部にネオリベラリズムに反するプロジェクトを持っている。

 しかし、その覇権イデオロギーであるネオリベラリズムは、さまざまな矛盾が
露呈するなかで、今日でも強力なグローバル体制の基軸として維持されている。
このような植民地主義的な覇権と反植民地主義的な反覇権との拮抗状況のなかで、
西欧におけるポスト・モダニズムの発生、ラディカル・デモクラシー、連帯経済、
伝統知の回復と生命・文化多様性の未来文明プロジェクトが提示されて、これを
中心に結集した反覇権的なグローバル規模の市民運動がグローバル植民地主義の
「近代化」イデオロギーに挑戦している。

 このような西欧中心の近代化に対する批判と修正要求の中心は、領域主権国家
の権力集中的集権と標準化政策に対して、ローカル・コミュニティに一定の自治
を認める下からの参加民主主義の要求、それぞれのアイデンティ集団の内発発展
の権利をさまざまな集団に認めることで、標準化の犠牲になっている生命と文化
の多様性の回復、伝統知の再発見とこれに拠る地域活性化の要求、一切を商品化
し金融投機の材料にする新自由主義グローバル経済の格差拡大をとめるために、
平等互恵の経済をそれぞれの地域の自然との共生を再生産する生活活動の中に埋
め込むことの要求などが、市民を中心とする反覇権勢力によって提出されている。

 今日の末期的グローバル政治・経済・文化への挑戦は、国際規模でも特定地域
でも進行している。国際的には、国連人権理事会と環境部門で起こっている。そ
れは、スペインとラテン・アメリカ諸国による「人民の平和への権利」確立のた
めの作業、およびロシアの提起した「人権と伝統価値」研究決議が、人権理事会
で採択され、生物多様性条約締約国会議COP10では同条約8条項をもとにし
て、先住民族など自然と共生する伝統的生活をおくる地域共同体の自己決定権の
尊重と、その伝統知の保護が議論されている。

 特定地域におけるグローバル植民地主義に反抗する地域活動としては中央アメ
リカにおける「ボリヴァリスモ運動」が注目をひく。特に先住民族出身のイヴォ・
モラーレス大統領のもとでボリヴィアは「多民族国家ボリヴィア」として諸民族
集団の高度の自治を認めるとともに、伝統知を基にした「母なる地球」(パチャ
ママ)の権利を守る法を制定して多国籍企業による環境の破壊活動を禁止し、新
自由主義を締め出す互恵経済を進めている」

 以上のように、地球的な規模で、グローバル植民地主義に反対する運動が市民
レヴェルのみならず、国連レヴェルおよび地域レヴェルで進んでいる。3.11
東日本大震災以後の日本における反原発運動も、このような世界的な規模でネオ
リベラル・グローバル植民地主義の覇権体制への反覇権の動きの一部とみなすこ
とができる。

 このように、日本における「反原発運動」は、現在もいまだに「総力戦」国家
体制を改めていない日本国家に対して、世界諸国民(日本を含む)の「平和的生
存権」を強調することで、反植民地主義的性格をもっている。歴史的に見て、西
欧に端を発した世界の植民地化の歴史の中で、コロンブスの「日本発見」の探検
によって最初に植民地化され、その収奪によって西欧における資本主義の形成を
支えた中央アメリカと、西欧からもっとも遠方にあって最後に植民地圧力を四方
から受けた日本において「平和への権利」と、その祖形となったとしてもおかし
くない「平和的生存権」が生まれたのである。

 この植民地化の動きの最近における最終的な形態であるグローバル植民地主義
に対抗する反覇権運動が、中米では先住民族の自然との融合の神話的表現である
「パチャママ」の権利主張をする巨大多国籍企業への対抗運動という形をとって
現れ、311以降の日本では、縄文期に遡る優しいけれども怒りを鎮めないと祟
りを受ける自然への配慮という形で発生しているのである。我々は、とくにその
ことを確認した上で将来への民主主義的な展望をたてるべきであろう。

 アニミズムの持つ知的創造性が今日の大転換の時代にもっとも必要とされてい
ることについては、すでに鶴見和子によって主張されてきたことであるが、31
1以降の日本での反原発運動とも連動した環境運動、特に生物多様性の激減を伴
う生態系破壊に注目する市民の発想のもとをただせば、そこに縄文時代への回帰
に直結する「伝統知」の再評価、再発見という知的創造性の目覚めがある。

 中米のボリヴァリスモ革命においても、単なる米国への反覇権の立場から一歩
前進して、アステカ・マヤ・インカ・マプーチェなどの諸文明を含むアメリカ世
界の先住諸民族の知恵の復権運動を支えにする西欧普遍主義へのオルタナティヴ
の主張が盛り上がっている。

 このようにして、ウォーラスティンのいう「西欧普遍主義」の終焉は、ただこ
れへの反対運動の盛り上がりという形だけではなくて、むしろ、「平和への権利」
を中心とする新しい人権思想の形成という建設的な形をとっている。しかも。こ
の動きには、西欧普遍主義と一体になって出てきた西欧中心の植民地主義と近代
化イデオロギーの発展段階説を全面否定する先住民族の知恵への回帰運動が出て
きているのである。

 ここでは詳論できないが、西欧普遍主義の克服にあたって必要なことは、先住
民族の知恵だけではなく、それをもとにして生まれた基軸宗教と基軸文明の知恵
の再評価も必要になっている。その際に必要になってくることは、非西欧諸地域
における新自由主義グローバル経済に同調することでその侵食作用を食い止めよ
うとする反抗植民地主義の総力戦国家への動きをどう食い止めて、先住民族の知
恵と非西欧地域の各文明圏の固有の知恵をどう摂取していくかということである。

 そこで、中華秩序において数千年間育まれてきた基軸諸文明の伝統的な知恵を
も再発見する必要がある。とくに東アジアを共通の「家」とするためには、東北
アジアでの中華世界を構成してきた中国・朝鮮・日本のもっている共通の知恵の
遺産を結集して、新自由主義グローバリズムへ対抗し新自由主義を克服する道を
見出す必要がある。

 この道の出発点は、「平和的生存権」の承認によって、自らの対抗植民地主義
を否定した日本を含め、またバンドン会議にさきだつ中国とインドとの共同声明
における、周恩来とネールの「平和共存」と「平等互恵」を含む平和五原則によ
って、中華秩序とインド・マンダラ秩序のピラミッド型の覇権体制を自ら否定し
た中国を含めて、中・韓・日三者が反植民地主義の立場で、西欧普遍主義のなか
の人権などの価値を認めつつも、各自が内発的な普遍価値を相互に認め合い、共
同で実現する姿勢をとる必要がある。

 経済発展への道を駆け昇りつつある中国と、この道を登りきれなくなった日本
との衝突の可能性が心配されている今日、日中両国の間で、中華秩序をバンドン
の反覇権主義に立ちかえって平等化した上で、共通の目標をたてる必要がある。
これについて、本稿の締めくくりとして、以下のように簡単にモデル化した形で
説明したい。

 中華文明の理想の世界として、毛沢東思想の目標とされている「大同」世界に
向けて、今日の植民地主義的なネオリベラル・グローバリズムの資本だけの似て
非なる「大同」、その実は世界における貧富格差を広げる「大異」秩序に対抗す
ることが、日中両国の市民に課せられた思想的な責務である。新自由主義グロー
バル・スタンダードの「大異」を排して、東アジアに「小異」を貴ぶ「小康」世
界を築くことで、古来、中華文明圏が求めてきた「大同」に到る道を歩む必要が
ある。

 一方日本では、反原発運動が志向する日本列島の生態系と文化との多様性を大
切にして「小異」を貴ぶ(つまり細かい違いを大事にし、そのローカルな違いを
切っ掛けにして平等互恵の交易・交流を進める)文明プロジェクトを構築する動
きが、3.11東日本大震災の際の福島原発事故がきっかけとなって、日本「総
力戦」国家プロジェクトを排する「平和的生存権」中心の「反原発」市民運動の
大原則となっている。

 「塞翁が馬」の故事にならって、日中両国は、東シナ海の領有についての政治・
軍事競争やグローバル経済の市場での経済競争を止め、福島原発事故という不幸
を転じて、東アジアにおける「小康と小異」に基づく反植民地主義の地域協力を
推進する可能性を模索するべきであろう。

 以上で縷々説明してきたことを考え合わせると、「西欧普遍主義」の超克に向
けて、われわれがなすべきことがはっきり見えてくる。

 それは、要するに、進歩=開発の段階説によって前近代ということで無視され
てしまった二つの「発展段階」、まず「未開社会」(日本の縄文時代)の知的創
造性を今日も持ち続けている先住民族の伝統知と、これに続く「古代」の基軸文
明の流れを今日に伝えている非西欧諸文明、東北アジアでは中華文明に含まれて
いる知的創造性の萌芽をもとにして、西欧植民地主義がつくりだしている「大異
世界」のグローバル・ガヴァナンスを否定・克服する格差反対の「小康」と多様
性破壊を克服する「小異」とを求める運動を、近世史のなかで西欧植民地主義の
二つの焦点となった中米と東アジアとで、立ち上げるべきだという明白な課題が
発見できるのである。

 もちろん、これに呼応する形で今新たに起こっている南アジアのヒンズー教と
仏教を含む文明圏、アフリカから東南アジアに広がるイスラーム文明圏、北氷洋
地域からニュージーランド・南米フエゴ島など全世界にひろがる先住民族諸文明
の動きなどの多様性を大切にして、これと反植民地主義的な連帯体制を築くべき
である。

 この反植民地運動の拠点として、新しい「小異を尊ぶ普遍主義を確立する拠点
を、中米とともに東アジアに構築することがわれわれ東アジア市民の今日の歴史
的な課題なのである。とくに日本列島に住む我々が、これまでの均質な日本人の
排他主義・人種主義を乗り越える新しい多様な普遍主義を確立することこそ、2
012年の年初めのわれわれの共通の課題とすべきであろう。

(筆者は国際政治学者・元国連大学副学長・
     大阪経済法科大学太平洋研究センター所長)

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