―振り子政局下のオセロ国会―

■劣化する日本の政治      羽原 清雅

  ―振り子政局下のオセロ国会―
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 政治の劣化がますます目立つ2012年だった。
 懸念されるのは、2大政党制によって政治の方向が大きく揺らぐ現状にあっ
て、本来の「民意」が生活を律することにもなる政治に反映できるか、という点。

 2005年の「小泉劇場」選挙で、自民党は比例分の得票率38.2%(民主
31.0%)、小選挙区分47.8%(民主36.4%)にもかかわらず、総議席では61.7%
(民主23.5%)を占めた。2009年の「政権交代」選挙では、民主党が比例分得票
率42.4%(自民26.7%)、小選挙区分47.4%(自民38.7%)で、議席占有率は
64.2%(自民24.8%)だった。そして、今回の自民党は比例分得票率27.6%(民
主16.0%)、小選挙区分43.0%(民主22.8%)なのに、議席は61.3%(民主
11.9%)だった。得票と議席の大きな格差、第1党と第2党とのギャップは、国
民主権の表明といえるだろうか。

 民主主義を体現するという選挙制度のうえでこそ<多数支配>が許容されてい
るが、じつはそうなっていない。「形式的民意」はあるが、実質に近い「民意」
とは別ものが<多数支配>という虚構を許すことになっている。

 つまり、その内実は
①投票者の半分もの「死に票」の存在
②本来は全有権者一人1票のはずが、その半分以下の有権者を抱える選挙区が少
 なくないという、いわゆる違憲状態の「民意」の格差
③政党の獲得得票率と議席数とがかけ離れた間接民主主義の欺瞞
④小選挙区で落選して比例制で当選扱いというダブルスタンダードの矛盾
⑤さらに価値観が多様化する政党乱立のなかでの2大政党優遇の不平等
などの問題を抱えており、「民意」が正しく選択、反映されてはいない。あくま
でも、選挙制度上作られた形式的な「民意」でしかない。

 にもかかわらず、勝ちは勝ち、として政局のイニシアチブをとる。
 この「振り子」のような政権交代によって、3、4年で政策が変えられる。非は
非、可は可でいいが、十分な議論もないままに政策の継続性、一貫性が断たれが
ちだ。
原発問題、国債増発、政府・日銀関係などがそれに当たる。本質的な「民意」に
沿うかどうか、ではなく、形式だけの「多数の民意」によって決定される。おも
しろくもないオセロゲーム、である。

 それだけではない。先の国会で見られたように、東北大震災と原発事故の対応
に迫られながらも、生活に密着した重要な法案が修正協議もせずに時間稼ぎによ
って流産し、またスキャンダル攻撃や揚げ足取りなどに時間を浪費して本質的な
論義を回避するなど、「民意」を侮るケースがきわめて多かった。「決められな
い政治」の未熟さや組織内統率の乱れなど、政権党の状況がまず問題だとして
も、しかし「決めさせない政治」を演出する野党の姿勢も政権実績のある「大人
の政党」のとるべき道からはずれている。

 こんご、野党転落の民主党が報復として、これまでの自民党的対応を重ねるか
どうか。もしそうなら、またも有権者を失望させ、政治離れを加速させよう。さ
らに、2大政党制の「ムリ」を示すことで、民主党の復活はなくなるだろう。

 また、自民・公明政権が相変わらずの身勝手を続けるなら、やはり2大政党制
の破綻を見せつけることになるだろう。とくに、7月の参院選挙で自公政権が勝
ってねじれ国会を解消し、右寄り路線を突っ走るならば、改めて「民意」とはな
にか、を問い直さなければなるまい。

 つまり、価値観が多様に分かれ、社会状況や利害が複雑に入り組む時代に、A
かBかといった二者択一型の決着では済まされず、調整や修正による謙虚なバラ
ンス協議が求められる。人為的な、制度による政党二極化への矛盾や反発が、今
回の多極化した政党乱立を生み出しており、これも選挙制度の矛盾から派生した
といえよう。

 利害や判断の異なる政党が、話し合い、激論を交わすことで結論を示す。結果
的には、三方一両損、全面撤退もあろうし、第三の道を見出すこともあるだろう。

 改めることは、容易ではない。だが、進まなければ、政治はさらに劣化する。
もう限界に達しつつあることを示したのが、今回の衆院選挙と政権交代劇だった。
 長期的には、諸問題の発する現行の選挙制度を再検討すること。6回にわたる
衆院選挙で問題点を暴露してきた小選挙区比例制について、政党や政治家を排除
した選挙制度審議会を設置して、前述した矛盾や欺瞞を洗い直したらいい。議員
定数を減らせばいい、という程度の問題で済ませるわけにはいかない。

 それらの諸点を検討したとしても、数年はかかる。あと1回の衆院選挙はやむ
を得ないとしても、中期的な課題としては不可欠である。ただ、すでに小選挙区
制のもとに当選してきた国会議員が多数を占めるなかで、足場を崩しかねない検
討の場など設けたくないのがホンネなので、容易ではない。

 本来なら、メディアは「勝ちは勝ち」として現実に追従するだけであってはな
らない。問題点を見抜き、文字にしなければならない。今回の選挙の制度的ひず
みについても、その分析、あるいはそのデータを提供すべきだが、その視点の記
事は各紙ともにきわめて乏しい。政権交代があると、いかにも前向きであるかの
ように、その一点に集中して人事や政策変更など目前の問題にのみに突っ走る。
与党の民主、野党の自民のそれまでの振る舞いがどうであったか、選挙制度の矛
盾はどうだったか、などは過ぎ去った出来事で終わらせてしまう。自戒を込めて
いうのだが、相変わらずかつての非を引き摺っている。

 短期的には、政権の座に戻った自民党は、長期政権時代とともに野党時代もふ
くめて、問題の所在を分析し、反省材料を示すべきだ。安倍総裁は「3年前の自
民党とはちがう。反省を総括した」というが、その痕跡はほとんどない。小選挙
区制は自民党の場合、党執行部の発言力を強めており、だからこそ誤謬は誤謬と
して正していく姿勢が必要なのだ。「右向け右」では、よくない。

 ついでながら、政権にあやかる公明党も「下駄の雪」に甘んじることなく、多
勢を占める自民党のブレーキの機能を発揮すべきだ。口先の言葉で逃げるのでは
なく、少なくとも立党の構えからものを言わなければならない。「一枚岩」政党
であるからこそ、権力におもねない基軸を示すべきだ。

 もう一方の民主党だが、政権担当能力の乏しさや政党としての未熟さを見せ付
けたのだから、議席激減は「民意」の当然の報復だった。問題は今後、どのよう
に立ち直るか、だ。イロハからの出直しとして、政党人としての自覚と責任、政
策具体化までの環境整備とブレーン機能の充実、風任せではない選挙態勢、人材
の確保、そして自民党に対峙しうる姿勢と視点の徹底、などがこなされなけれ
ば、あとは消えていくしかあるまい。野党に始まり、野党に終わった社会党の轍
を踏むかどうかの岐路に立ったことが自覚できるのだろうか。

 田中政権下での小選挙区制導入の動きを取材し、全国各選挙区の獲得得票数を
もとに各党別の予想当選者数を試算、分析結果を掲載したことがあるが、当時指
摘した「数」の矛盾にとどまらず、いまの実態は議員や政党の「質」の低下にま
で及んでいる。これ以上の制度による政治の劣化は、なんとか回避する方向にも
って行きたい。

         (筆者は元朝日新聞政治部長)