―民主・自民の両党首選挙に期待はしないが―

■「二択」の政治から「調整」の政治へ  羽原 清雅

 ―民主・自民の両党首選挙に期待はしないが―


 民主党、自民党の党首選挙がほぼ同時に展開している。この原稿が日の目を見
るのは9月20日なので、数日前の状況で書くことになる。結果としての固有名
詞はわからないが、大筋ではハプニングなし、の想定である。「ひと」による判
断に引きずられないで書くにはこの時点も悪くないように思うが、「ビックリ」
の事態になったら改めて稿を起こしたい。

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 ≪結論から言えば≫
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 衆院選がらみで進む両党の党首選挙であり、また前回選挙のマニフェストが批
判のマトになっている折から、本来ならば ≪政策はどうあるべきか≫ が焦点
になるべきだろう。
 しかし、言いたくはないのだが、政治にロマンが感じられなくなった今、政策
以前に ≪現実の政治運営のあり方・手法・手口≫ について、各党党首、また
各政党はもっと語るべきだと思う。

 政局を切り換えるいいチャンスを迎えてはいる。しかし、外交では尖閣をめぐ
る日中関係、普天間やオスプレイ問題を抱える日米関係、内政では税制と福祉の
今後、震災後の復興、原発への対応、代替エネルギー計画など、多くの複雑な課
題を進めるうえで、党首選挙に臨んでいる与野党のリーダーたちの、一方的で威
勢のいい攻撃的姿勢でやっていけるのか。

 昨今の国会の応酬を見ていると、政策に対する批判や問題点の指摘よりも、ま
た論戦や賛否を問うよりも、審議自体の拒否や時間の引き延ばし、会議への出欠、
あげくは問責決議とその後の審議拒否、といった「国会技術」面での法案の未決
着や流産などが目立っている。

 こうした事態は、自民・社会両党の55年体制下でも多く見られたが、その当
時は野党の社会党は政権を握るだけの議席を持たず、また候補者も過半数を取る
だけの数を擁立できず、「万年与党」と「万年野党」の両極に分かれていて、多
数を制する自民党がどうなっても政権を手放すことはなかった。だから、社会党
に対して、国会運営などでのカネや人事ポストなどの取り引きも可能で、厄介な
事態も打開できていた。

 しかし、いまは違う。政権交代が現実のものになって、議席数からみて、どち
らの党に、いつ政権が転がり込んでもおかしくない。政権の担当が目の前にある
とすれば、その責任もきわめて大きくなってきている。
 だが、民主党は政権の維持に未熟、自民党は長期政権の反省もなく、「国会技
術」に頼っての応酬に明け暮れている。まずは、この反省に立って国会運営を改
革してもらいたい。

 つぎに、有権者・国民の利害や価値観が多様化した昨今、AかBか、正か邪か、
黒か白か、イエスかノーか、といったどちらか一方を選べるような時代ではなく
なっている。「AにもBにも納得できるものがあり、どちらにも問題があること
もわかる。どちらかに賛否を問われても、態度を決めかねる」といった考え方が、
世論調査や投書欄などでも目につく。

 消費税の増税問題にしても、「税金など上がらない方がいいに決まっている」
「でも、国家予算の半分を占めるような借金財政は改善すべきだし、孫や子の代
に莫大な借金を残すべきでない」と、どちらか一方だけに肩入れできないことに
悩む。

 原発問題も、①あれだけの被害を受け、いまも苦しむ現実、②いつ襲われても
おかしくない地震国日本という特別の環境、③政府や電力会社、そして学者らの
安全対応の不十分さ、④メドの立たない核燃料の再処理問題、⑤あるいは核廃棄
物の数万年にも及ぶという影響、などの視点からすれば、脱原発・反原発は当然
の方向だ。しかし、将来的に産業や家庭などの電力需要が充たされないための不
利益に我慢できないという側面があるのも確かである。

 とすれば、政治は代替エネルギーなどへの転換にもっと具体的に取り組み、脱
原発の方向に全面的に乗り出さなければなるまい。その一方では、経済環境や財
政事情の厳しさに迫られ、身動きしにくいのも事実だ。

 このように、民意やその選択肢は複雑化している。かつての「二者択一」です
んだ時代から、第三の道を求めたり、足して2で割ったり、の手法が必要な社会
状況になってきている。本来民意を投影すべき政治が、すでに時流についていけ
ない仕組みにしがみついているのだ。
 つまり、いま求められるのは<二者択一>の政治ではなく、<調整><すり合
わせ>可能な政治である。

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 ≪問題は小選挙区制にあり≫
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 過去5回にわたって「民意」を決めてきた衆院の選挙制度は、小選挙区制であ
る。この仕組みは、2大政党による政権交代を可能にしよう、というもので、有
権者はA党がダメならB党に政権を託そう、というものだ。たしかに、もっとも
らしさはあるのだが、民意の反映という点からすると、問題が多い。

 ひとつは、価値観の多様化、社会構造の複雑化によって、発想も利害もさまざ
まになっている。有権者の年代も高齢層の増大が、将来を生きる若い層の意向を
生かしていないこともある。これを、一方のみを支持せよ、ということ自体にム
リがある。

 ほかにも、この制度には矛盾が多く、例えば多くの死に票が出る問題、世襲的
政治環境を生み出しやすい問題、2人に1人の当選で人材が出にくい問題、など
がある。政権交代が可能になると、政党は現実化して、ロマンを失い、幼稚なま
まだと小さい争いごとに熱中して大局を踏まえなくなる。ここでは、そうした指
摘にとどめたい。

 ただ、選挙制度の改革には数年以上の歳月が必要になる。この際、政党関係者
を除いた選挙制度審議会を再発足させて、本格的な検討に入るべきであることだ
け言及しておきたい。

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 ≪ねじれ国会は当たり前≫
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 衆参各院の選挙は別々に行われることが多いので、国会での「ねじれ」自体は
おかしいことではない。むしろ、政権交代が比較的簡単に行われる以上、「ねじ
れ」にどのように対応するかが大切だ。

 衆参両院の多数議席を占める政党が異なる、つまり各院を制する政党が与党と
野党別々になる場合、「ねじれ」が生じて、野党が一方の院で強硬に反対すれば、
法案などは成立しなくなる。悪法には阻止できることになるが、必要な法律や制
度的措置が遠のき、国民の生活に影響することにもなる。

 「決めない政治」の批判が民主党政権に向けられるが、それはそれで確かだが、
しかし「ねじれ国会」の取り組みが「決めさせない政治」をもたらしていること
も指摘せざるをえない。

 先の国会での野党のように、「解散」や「問責」ばかりにこだわり、法案そっ
ちのけの対応が当たり前のようになると、政治は前に進まない。それで、「野田
政権下での法案成立の実績は低い」と責めてみても、その基本的責任は政権党に
あるにしても、それだけではすまない。野党としての責任もまた問われなければ
ならない。

 そこで必要なのは、双方の意見、主張をおおいに闘わせて、双方ある程度の譲
歩、妥協、互譲の調整を図り、第3の道を開くとともに、国民各層にその討論を
通じて、説得力を持ちつつ、理解を求める姿勢である。必要なら、秘密会談や水
面下の動きがあっていい。大政党が各方面で利害をともにするような、いわゆる
「大連立」ではない、政策の一致点を見出すための、いわば部分的な政治手法で
ある。

 現状は、与野党ともに幼稚なままで、そのあたりの手法や慣行、取り決めがで
きず、進歩や改善が見られない。民主党は「話し合おう」と再三呼びかけるが、
そこには互譲の雰囲気が出ていない。一方の自民党は、政権を担当した長い経験
があり、返り咲きを狙う立場にも拘らず、いずれ野党化した民主党の「被害者」
になりかねず、その最大の被害者が国民である、という自覚が乏しい。

 国民は、そのことをすでに体験しており、だから政治・政党・政治家への蔑視
が定着してきている。

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 ≪民主党の責任≫
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 政権を握った以上、まずは民主党の力量のなさが問われる。
 政党としての統率力の弱さは、相次ぐ離党騒ぎに見られるし、それ以前に政党
として方針を打ち出すまでの論議と納得が不十分であるところに示されている。

 さまざまな意見の持ち主の集合体とはいえ、組織政党である以上、リーダーは
原理原則をしっかり持ち、きちんとした論理を組み立てておく責任がある。新興
未熟の政党とはいえ、そこに所属している政治家は組織に一定の忠誠と規律の順
守がなければならない。リーダーとしてのだらしなさが、個人的感慨でもの申し、
混乱のタネを蒔く風潮をみなぎらせるのだろう。

 この党はやがて政権の座を退くだろうが、野党に戻ったら「人材の育成」、
「政党として、また政党人としての身構え」、「長期的理念と実現可能な政策の
調整と整理」、「『権力』と国民意識の乖離の扱い」などについて、イロハから
作り上げるべきだろう。これらの点で失政の償いをしない限り、長期政権の「非」
の部分を反省しようとしない自民党と同じ轍を踏むことは間違いない。これまで
のままでいくなら、2大政党時代の破滅は決して遠いことではない。

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 ≪自民党の弱まる原因≫
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 総裁選挙たけなわの自民党ながら、メディアは5人の候補者をめぐって「世襲」
「見えない具体策」「似たり寄ったり」などとして、そのリーダー選びにあまり
期待の様相を見せていない。相も変わらずゲーム感覚以上には出ていない。

 総裁・首相が一度に5人も出るとは、よほどの人材豊富な政党か、と思わせた
いだろうが、そうはいかない。これまで政権を握った自民党では、「次」を狙う
顔見世の候補者が出たことはあったが、これほどいくつもの小粒ドングリの背比
べはなかった。今回、彼らの弁舌はいいが、その中身に具体性や切実感が伴わな
い。

 また、かつての自民党では、右から左まで、人材の幅の広さに魅力があった。
だが、最近の自民党の人材はきわめて狭く、似た者の風情が強い。今回の候補者
にしても、いずれも右寄りで軍事的国防に関心が強すぎる感がある。直面する内
政問題への具体性のある取り組みも見せていない。それに、「上から目線」の物
言いも気がかりだ。

 1選挙区1人、という小選挙区制のもと、幅のある人材が出にくく、幼いころ
から政治環境を見て育ったプロ的な世襲者が登場しやすい、という仕組みが大き
く投影しているようだ。

 もうひとつ、谷垣総裁の不出馬が典型的な自民党の問題点を示している。
 筆者はある会合で、「谷垣さんは総裁選から降りざるをえない」と申したこと
がある。野田首相問責決議案が参院に出され、これに自民党全体が同調したこと
で、そのように直感したわけだ。

 まず、消費増税と福祉面の一体改革についての民自公の3党合意に、ほかの野
党が反対して出した、3政党名指しの問責決議案に自民党自らが賛成に回った。
これは、政党史上かつてない事態だった。「衆院解散」を取り付けそこなったた
めの問責決議案だったとはいえ、大政党がなりふりかまわず、理非曲直をわきま
えずに争った責任は、総裁自身が負わなければなるまい。それで、谷垣氏の再選
どころか出馬はないな、と感じた次第である。

 筆者はもともと、国会終盤に「問責」を野田首相に突きつけたうえで、一票の
格差是正の公選法改正案、今年度予算に不可欠な特例公債法案について修正を求
めたうえ、それらの成立と引き換えに「解散」時期の確認を迫るのでは、と思っ
ていた。だが、意外にも粘りのない幕切れ、且つ矛盾した内容の「問責」同調だ
った。党内に論議がなく、1人を除いて全体が谷垣路線に乗ったことも驚きであ
った。

 ただひとつ感心したのは、石原幹事長が、解散を迫る谷垣・野田党首会談を2
人だけにして、自らは退席して「解散時期」の論議の責任をすべて谷垣総裁にか
ぶせ、総裁選出馬時の攻撃材料を抱えなかったことである。

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 ≪第3極の台頭≫
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 民主、自民両党への失望は、国民に第三極を求めさせる。
 これまでも、それぞれの政党に飽き足らず、「国民新党」「新党日本」「みん
なの党」「新党改革」「新党きづな」「減税日本」「たちあがれ日本」さらに
「国民の生活が第一」などが相次いで第3の道を求めて生まれた。原党への不満、
ひと旗狙いなど、動機はいろいろだが、選挙を経てもほとんどが大きくならない。
小選挙区制が大政党を守っている、とも言える。

 そこで第3勢力として注目されだしているのが、橋下大阪市長率いる「日本維
新の会」である。下馬評では、次期選挙で第3勢力としての力量が示せそうな勢
いだ。民主、自民両大政党への批判不満が、この党への期待をつないでいるとい
えよう。

 それはそれで、ひとつの民意の表明であるからかまわないのだが、気になる点
は、民主党の批判のひとつがマニフェストであったように、維新の会へのひとつ
の疑問は「維新八策」というおおまかでしかないスローガンの内容である。

 これにうたわれた旗は、まず憲法を改正しないと許されない内容や、国会で両
院過半数以上を握らないと法制化できない事項が多い。民主党が不可能な数字を
挙げすぎたり、提示しなかった政策にこだわったりして、批判を浴びるマニフェ
ストのように、具体性の欠如、曖昧模糊、威勢のみ、簡単には越えがたいハード
ルのある課題、などが目につく。橋下発言には、集団的自衛権の容認や改憲など、
自民党総裁選候補者たちに近いような物言いが増えてきているが、それで第3の
道たりうるのだろうか。

 政局転換の好機である。その先には、衆院選も待ち受けている。
 しかし、その前段である昨今の動向は、どうも民意からかけ離れているように
思われる。ということは、政権交代があっても、あまりいい方向での期待はでき
ないのではないか。

 「カゼ」「ムード」まかせ、うつろな威勢の良さ、アピール丸飲み、カラ宣伝
によるだまし、人気取りのうつろな物言い、などに乗せられると、先ごろの民主
党政治の非や、国会での低レベルの与野党抗争を繰り返すことになるだろう。そ
れに、選択したいような路線はほとんど出てこない。
 そうした状況が2、3年続くとなると、日本はどうなるのか。どうもさびしい
昨今である。
 (筆者は元朝日新聞政治部長・元帝京大学教授)