―見えざる貧困を暴く―

海外論調短評(57)  

もう一つのアメリカ:2012年 ― 見えざる貧困を暴く 初岡 昌一郎──────────────────────────────────

 創刊後1世紀半の伝統を持つ、アメリカ・リベラル左派の代表的週刊誌『ネー
ション』5月24日号から表題の論文を取り上げ、紹介する。筆者のサーシャ・
アブラムスキーは同誌の常連寄稿者の一人で、アメリカの貧困問題について論文
と著書が多数ある。日本で紹介されているアメリカの貧困問題に関する論説で、
彼の論考に基づくものが少なくない。

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 4700万人のアメリカ人が貧困線以下に
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 長年にわたって軽視・無視されてきた貧困と不平等という問題が、今や政治舞
台の前面に再登場するに至った。50年前、マイケル・ハリントン(著名なアメ
リカの社会主義者)がその『もう一つのアメリカ』という古典的な著作で、“目
に見えない貧困”を影から表層に引き出した。この問題が今や全国的に話題とな
ってきた。

 ウオール・ストリート占拠運動は広い支持をうけた。また、大統領選挙戦では、
「99%対1%」がこの問題に焦点を当てるスローガンとなっている。貧困者が
自らの問題にたいしてその声を上げるチャンスが再び到来している。

 筆者は昨年アメリカ南部と南西部を4500キロもドライブして回り、何百人
もの貧困者にインタビューした。経済は最近若干の伸びを見せているものの、労
働力の8.3%が失業したままである。数百万人は2、3年間以上にわたり失業
している。
 4600万人(460万人ではない)のアメリカ人がフッドスタンプ(食費補
助)受給資格をもつようになっている。これは4年前と比べて1400万人の増
加であり、年間の政府負担は650億ドルに上る。政府の何らかの援助なしに暮
らせない人はその倍にのぼるとみられる。

 しかし、これらの人々すべてに公的援助の手が届いているわけではない。サン
ディエゴでは有資格者の40%、デンバーでは46%、ロサンジェルスでは56
%がフッドスタンプ・プログラムを利用しているだけである。

 ネバダのようにかつてはブームに沸いていた経済地域も、大恐慌以来の失業と
ホームレスの水準に落ち込んでいる。フロリダ、アリゾナ、ネバダ、カリフォル
ニアなどの不動産ブームだったところでも、ゴーストタウンが続出している。貧
困は縮小しつつある中産階級にも忍び寄っている。

 貧困が広がるにつれて、自暴自棄の気分が全国に蔓延している。住宅債務危機
と長引く不況、多くの雇用部門の崩壊と失業増加によって、賃金と購買力が落ち
込んだままである。これまで比較的恵まれていた部門や地域でも、雇用の保障が
崩壊している。セーフティネットは穴だらけで、そこから落ちこぼれ絶対的な貧
窮に落ち込む人が急増している。

 貧困層の割合が不均等に高いのはアフリカ系とラテン系のアメリカ人である。
彼らの4分の1以上が、政府の定義する貧困線(1人当たり所得が年収11,0
00ドル以下、4人標準世帯で23,000ドル以下)にある。アジア系の貧困
者は12%、白人は10%弱である。白人中産階級はアフリカ系の20倍、ヒス
パニック系の18倍に上る。貧困層の大部分がマイノリティであるが、貧困はマ
イノリティ問題ではない。

 4600万人の貧困者のうち、貧困線の半分以下で暮らすものが2000万人
もある。アメリカの子どもの22%にあたる1600万人が貧困の中であえいで
いる。

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 医療費とローン ― 貧者を襲う二重苦
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 以上の数字だけでは全容はわからない。 このほかに何千万かのアメリカ人が
“生活賃金”家庭で暮らしている。彼らは公的給付を受給していないが、ぎりぎ
りの生活で借金生活に転落するリスクを抱えている。

 一例をあげると、67歳のウオールマート(世界最大のスーパーマーケット・
チェーン)電話交換手の年間賃金は23,800ドル(約160万円)で、税、
医療保険や社員持ち株購入(退職金積立)などを控除すると、年収手取りはわず
か15,887ドル(約127万円)となる。そのうちかなりの部分が保険でカ
バーされない医療費に回される。そうすると食費にも事欠く有様である。

 全米で貧困度が2番目、不平等指標が6番目にあるニューメキシコ州では、道
路が悪くてスクールバスが入れない地域も少なくないし、水道もない地区がある。
こうしたアフリカの最貧国的状況に住む人々は13万人にも上る。

 貧困と不公平が国内政治の前面に近年押し出されてきたが、これに対抗する反
税反公共支出の右翼保守派キャンペーンも声高となっている。全国的な失業と貧
困の数字が記録的に高止まりしているのに、オバマ大統領は中間階層防衛の公約
を繰り返すだけで、包括的貧困対策を議会に提出していない。

 昨秋、ウオール街占拠運動が始まると、議論の方向が急旋回した。民主党はこ
の運動に飛び乗ろうとした。再選をねらうオバマ陣営は不平等の拡大を叫び、課
税の累進性強化を打ち出した。オバマ大統領は貧富格差の増大が現代の基本的な
問題で、中産階級の運命をこれが左右すると宣言した。「労働者が家族を養い、
住宅を持ち、老後を安心できるかどうかが問われている」就任後の3年間よりも、
少なくとも口先では大統領がラジカルになっている。

 共和党も所得格差の拡大に関心を寄せざるを得なくなっているが、富裕層が生
活補助を受給するのを禁止する法案など、バカげた、見当違いの対策を出してい
る。しかし、金持政党というイメージが債務となっていることに気が付いている
者もいる。

 ロムニー共和党候補は、予備選中に反対派から企業の買収と合併で労働者を犠
牲にして大儲けをしたと攻撃された。ロムニーはこれまで、彼の巨額な蓄財をダ
イナミックな手腕の証拠と誇ってきたが、最貧層に関心を払ってこなかったこと
を認めざる得なくなって、躓いた。彼も最近は社会的なセーフティネットの必要
も口にしている。次回の総選挙では、共和党が何千万人ものアメリカ人の闘いと
生活を理解できないことの報いを受けるだろう。

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 ウオール街占拠運動で問題が浮き彫りに
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 この占拠運動は、貧困と金権政治に焦点を当てるのに政治家たちよりも効果を
上げた。しかし、その主張を国民に浸透させるのに苦闘している。この運動を支
持している貧困者はまだ少ないし、参加している者はさらに少数だ。貧困者自体
はそれを生み出しているシステムや政治をほとんど理解していないし、意識も薄
い。彼らの関心は日々の糧に向けられており、生き残ることに追われている。

 疎外された貧困者の行き場のなさや受動的な孤立感はこれまでもたびたび指摘
されており、今に始まったことではない。ハリケーンによって被災し、政治から
見捨てられたニューオリンスのラテン地区の住民は自らの力に頼るしかない。そ
こにはもはや商店、教会、学校はなく、無残に破壊された住居の並ぶ街区だけだ
が、数キロ先の商業区は観光客で繁栄を取り戻し、災害を受けなかった白人富裕
層の住宅街では平常の生活が続いている。

 災害以前のニューオリンスでは、アフリカ系で5歳以下の子どもの50%が貧
困ライン以下で暮らしていたことを人口統計局データが示していた。その数字は
恐るべきほど高いものであるが、災害後では統計数字が65%以上となっている。

 同じような孤独と貧困は、そこから1000マイル以上離れた、テキサス州西
南部でも見られる。メキシコのユアレスとテキサスのエルパソ市を繋ぐ国際橋を
超えて、何万もの移民や観光客が毎日往来する。厳しい官憲の目をくぐってアメ
リカに入り込んだ多くのメキシコ人が鉄条網に囲まれた収容所に入れられている。
この中で真夜中から屯して待つ労働者たちは、運が良ければ午前3時に手配師に
拾われ、テキサスやニューメキシコ各地に日雇いで送り込まれる。

 運よくアメリカに密入国した移民は、誰もが働きたがらないところで、極貧の
農園労働者となる。彼らはタダの食事と寝る場所、お仕着せ服を与えられ、衆人
の敵意の中でこき使われる。機械が農園労働をますます代替しているので、彼ら
の賃金は下がる一方だ。それでも労働者は供給過剰で、農園労働者は最悪の状態
に置かれている。時給8ドル(約640円)程度で雑用をこなす臨時労働者もす
くなくない。収穫期の重労働は長く働けないほどきつい。

 占拠運動はこのような最下層労働者を包含していない。彼らはどうのように一
生懸命働こうと、99%にも入れない。エルパソ地域の季節労働者の平均賃金は
年6000ドルで、連邦貧困所得基準にもはるかに満たず、貧困ラインからも遠
い。

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 政治に届かない貧困者の声
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 貧富格差はますます拡大し、ガンのように社会を蝕んでいるのに、政治家のほ
とんどは富裕者を代弁しており、不平等の拡大に真剣に取り組んでいない。最貧
困層に安定した生活を確立しうる機会とディーセントな賃金をどのように確保で
きるかが、アメリカの直面する最大の挑戦である。

 全ての人が富裕で快適な生活を享受できないとしても、連邦政府が定義する貧
困ラインの半分以下で生活する人をなくすることは、もっとも豊かな国にとって
困難では無い筈である。このまま放置すれば、ますます多くの子どもが学校に行
けず、貧困と疾病から抜け出す道を見つけられなくなる。

 ささやかな向上と改善の希望は、とるに足らないものとしてこれまで政治的に
無視されてきた。その結果、1920年代以降経験されなかった最悪の不平等が
増大している。

 しかしながら、今やこれらの問題に焦点を当て、それを現代に不可避な問題と
みる考え方に挑戦するために、画期的な運動が高まっている。この運動はまだ若
く、組織だったものではない。しかし、活力がある。貧困の規模の大きさを認識
し、この難病に取り組む大戦略を発展させない限り、アメリカの民主主義文化を
再活性化できない。


●●コメント●●


 『もう一つのアメリカ』とは、1962年に出版され、話題となったマイケル・
ハリントンの著作のタイトルであった。この後の1964年、ケネディの後継者
となったジョンソン大統領により「貧困との闘い」が開始された。アメリカの貧
困問題を正面から取り上げさせるうえで、この著作とそれによって口火が切られ
た論議と運動が、民主党政府に大きなインパクトを与えた。

 1950年代のマッカーシズムという暗い時代を抜け出し、アメリカの社会主
義者が公然と発言し始めたことをこの出版物は示すものでもあった。社会民主主
義的観点から批判してきた共産主義が崩壊した1989年に、奇しくもハリント
ンは61歳で亡くなっている。最近のアメリカの知識人の間に社会主義・社会民
主主義に対する関心が高まっているのは偶然ではない。日本ではあまり知られて
いないが、アメリカにも社会主義の伝統があり、これが労働運動や民主党リベラ
ル派の中に地下水脈を形成してきた。

 アメリカにおける貧困問題は同国内外で最近注目を集めるに至っている。しか
も、その貧困度は、想像以上に深刻かつ広範囲なものである。米中両経済大国の
国内における貧富格差の拡大は、グローバルな貧富格差の途方もない拡大を映し
ていると読むべきである。アメリカや中国の貧富格差は確かに無視できない問題
であるが、脚下照顧が必要だ。同じ現象は日本でも進行していることに目をむけ
ざるをえない。

 5月中旬、労働ペンクラブ視察団の一員として、三陸沿岸の地震・津波被災地
を訪問する機会があった。住民の生活面での復興は遅々として進んでおらず、荒
廃した海岸部では、ゼネコンの建機が廃材を片付け、港湾と突堤の復旧準備に動
いているのを目撃しただけであった。

 住民の生活と雇用の基盤が根こそぎ奪われているのに、その再建の姿はおろか、
プランも目につかなかった。不便で隔離された場所にある仮設住宅に孤立して暮
らす老人たちの姿を直視できなかった。関係機関でも被災者の経済状態や貧困度
を調査していないし、具体的な実態をつかんでいない。貧困の実態は多くの場合、
水面下に隠れており、暗いニュースを嫌うマスコミの主流に紹介され、解明され
ることがすくない。

 日本における今日の貧困は、失業したホームレス、片親家庭、被災地域に限ら
れた問題ではもはやなくなり、構造的なものとなっている。最近のユニセフ(国
連児童基金)報告(朝日新聞6月9日夕刊)によれば、日本の子どもの貧困率は
先進35ヵ国中第9位で、14.9%の子どもが貧困にあるという。ちなみに第
1位はアメリカで、25.5%の貧困率である。

 世界が最も必要としているのは、核兵器や軍備拡大による国家や国境の安全保
障ではなく、すべての人の生活や環境を守る社会経済政策による人間の安全保障
である。資源配分と政策的関心の重点が、貧困根絶とすべての子どもの教育をは
じめとする、次世代の人間安全保障にもっと振り向けられるべきである。

  (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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