◆「キャタピラー」◆◆「ANPO」◆

■【映画評】 川西 玲子

◆「キャタピラー」◆◆「ANPO」◆

                     
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◆「キャタピラー」◆


  今年のベルリン国際映画祭で、寺島しのぶが主演女優賞を取った「キャタピラ
ー」が公開されている。「実録・連合赤軍事件 あさま山荘への道程」で、もは
や誰も振り返らない連合赤軍事件を描いた後、若松孝二監督はさらに昭和史を遡
った。
  中国戦線で四肢を失った男が村に戻ってくるところから、話は始まる。男が勲
章を授けられ軍神として奉られる中、妻は介護を強いられることになる。もはや
食欲と性欲だけになった男と向き合う日々が続くのだ。軍神の妻として恥ずかし
くないよう気丈に振るまうが、重圧と疲れから次第に苛立ちを抑えられなくなる。
  そして関係が逆転する。かつて男は、子どもができない妻に暴力を振るってい
た。しかし今、男は妻がいなくては生きていけない弱者となり、妻が覆いかぶさ
ってきた時に初めて恐怖を感じる。そして戦場で自分がしてきたことを思い出す
のである。
 
若松監督らしく、体感的につくられている。頭ではなく体で観る映画である。
何しろ性と暴力を描いたら、この人の右にでる監督はいない。村に勤労奉仕でや
ってきた学生たちの溌剌とした姿を、妻がじっと見る場面には、失われた肉体に
対する無念な思いがエロチックに表現されていた。
 
冷静に映像作品として観ると欠点もある。メッセージが強過ぎて、ちょっと無
理矢理な感もある。だがそんな欠点も含めて、まさに若松監督の力技が生み出し
た映画だ。今の日本でこういう映画が生まれたこと自体、奇跡ではなかろうか。
  この映画は低予算で、スタッフは15人、メーク担当者もいなかったそうだ。撮
影期間は12日で、経費削減のため取り直しもないぶっつけ本番。撮影は朝の9時
から始まって夕方の4時には終わるという、合理的なやり方だったという。若松
監督が意欲的に映画を撮り続ける背景には、そういう持続可能な手法があったの
か。参考になった。
 
寺島しのぶにとって、カンヌでの受賞は励みになっただろう。 この役は彼女
にしかできなかったと思う。 正直、彼女は容姿だけで生きていくことはできな
い。一般受けもしない。そこが松たか子との決定的な違いである。そんな彼女の
脱ぎっぷりと熱演ぶりは、同性から見てちょっと痛々しかった。今回の受賞で自
信をつけて、さらに演技の幅を広げてもらいたい。
 
映画のラスト、エンディングロールと共に流れるのが、元ちとせの歌う「死ん
だ女の子」。昨今は映画の内容と関係のない歌を、タイアップだけのために流し
て余韻も何もぶち壊しにすることが多い。毎度腹を立てている私だが、久し振り
に映画の内容にぴったり合った歌を聴いてすっきりした。
 
若松監督は今、浅沼委員長刺殺事件を題材にした新作を撮影中だという。また
も私のツボにはまるチョイスである。昭和11年生まれ、73歳の日本人が現代社会
に向けて放つメッセージ。それが若松作品の魅力だ。
 
なお、18日(土曜日)の夜にテアトル新宿で、「キャタピラーヒット記念 若松
孝二オールナイト」が開催される。「キャタピラー」と「実録・連合赤軍事件 
あさま山荘への道程」というハードな二本立て。若松監督の他、両作品に出演し
た俳優たちが参加してのトークショーもある。詳しくはテアトル新宿のホームペ
ージで   http://www.ttcg.jp/theatre_shinjuku/topics/detail/987


◆「ANPO」◆


  もう一本、18日から「ANPO」も順次公開される。この映画は、60年安保闘争を
アーティストの体験と作品を通して描こうと試みた意欲作だ。政治運動を非政治
的な表現を通して語るのは、今までになかった斬新な視点である。
 
中でも舞台美術家の朝倉摂、演出家の串田和美、イラストレーターの横尾忠則
らの体験は、一般的な知名度が高い分、見ていてわかりやすい。檄文を書いて友
人らをデモに誘った17歳の串田和美、教師をしていて生徒を連れてデモに参加し
た朝倉摂、アメリカを風刺するイラストを描いて「TIME」誌に掲載を拒否された
横尾忠則が語る回想は、時代の熱気を今日に伝えてあまりある。
  私はこの映画を観て初めて、少なからぬ画家たちが安保闘争の体験を作品に残
していることを知った。また「怒りと悲しみの記録」という写真集や、「1960年
6月安保への怒り」というドキュメンタリー映画の存在も知った。是非観てみた
い。 
  この映画に難点があるとすれば、そもそも60年安保闘争を知っている人間しか
観ないだろうということである。つまり、私より上の世代しか関心を持たないだ
ろうということだ。その入口の狭さをどうするかだが、全共闘すら昔の話になっ
ているのだからどうしようもないか・・・。
 
監督は、日本生まれで日本育ちのリンダ・ホーグランド。英語字幕の制作者で
もある。彼女がこの映画の製作を思い立ったのは、仕事を通して日本映画を深く
知るにつれ、60年安保の経験が映画監督に大きなトラウマを残していることに気
づいたからだという。この点をもっと強調すれば、若い世代にも多少はアピール
できたのではないかと残念に思う。
 
ニューヨークタイムズの記者で、「CIA秘録」の著者であるティム・ワイナー
が登場して、次のように語る場面がある。「日本とアメリカの関係は、言うなれ
ば娼婦とヒモのようなものです」。言い得て妙というか、ここまで本質をはっき
り指摘されると声もない。この歪んだ関係はいつまで続くのだろうか。今年は新
安保条約調印から50年である。だがなぜかマスコミは、この問題に触れようとも
しない。
◆「ANPO」公式HP◆http://www.uplink.co.jp/anpo/

           (評者はメデイア評論家)

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