「ある日曜の出来事」を読んで

■【オルタのこだま】

「ある日曜の出来事」を読んで           岩田 尚子

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  この度のオルタ5月号の「ある日曜・・」を読みましたが、私が障害者の親
でもなく、ヘルパー(2003年の春に資格をとり、その秋から地元の小さい営業
所とあのコムスンで翌年春まで非常勤としてですが・・)として僅かでも働い
た経験がなければまた別の感じ方もあったのでは・・とも思うのですが、何回
読み返しても、"介助"を依頼した男性側に悪意の存在を感じてしまいます。

いつものヘルパーさんの急な休みにしては手袋等準備がよすぎるように感じま
す。それとかつて外出した際に男性ヘルパーさんに介助してもらった時に排泄が
うまくいかなかったという経験があるのなら、同居している家族の方がそのこと
を熟知していなければならないはずで本当に介助が必要な人なら、いつものヘル
パーさんも急の休み、家族も留守の時にどうしても外出しなければならない時と
いうのは、自分の体の不調を誰かに訴える時だけなのでは・・と思ってしまいま
した。日本という国がマイノリティーに冷たいということはイヤというほど感じ
ていますが、それは障害児者の家族の中に「できるだけ障害は隠したいが、都合
のいい時 だけ障害を盾にして大目にみてもらいたい・・」という人がいるから
だと思います。

この度の「ある日曜日の・・」を読み、思い出してしまったことがあります。
  もう12年も前のことになりますが、さいたま市が大宮市だったころ市が主催す
る"障害児者スポーツ大会"に参加した時のことです。当時12歳だった最重度の知
的障害を持つ我が家の長男が(現在でも全くの有意語も持たないほど重いので)ト
イレに行きたいことを前ではなくおしりを押さえて教えるので、小さい方は一人
でできても大のほうは綺麗におしりがふけないので空いていた車イスマークのつ
いているトイレで息子に用を足させていた所(鍵はかけずにあけたままで)、しば
らくしてやってきた車イスの方とその介助をする成人女性二人に「ここは私達の
使う所」と大声で怒鳴られたことは今だに忘れられません。

"障害児者スポーツ大会"と大きく看板をだしてある会場ですらそのありさまで
す。その日から私は障害児者の最大の敵は、「障害のこととか知らない健常者
ではなく、考え方主観の違う、同じ障害を持つ者の家族」という思いを抱くよ
うになりました。この思いは今も変わりません。投稿者の方に何事もなかった
ようでそのことには安心しましたが、「自分の意思もきちんと伝えることので
きる男性なら、本当に介助がなければ排泄できない状態なら、まして家族もあ
るのならヘルパーでもない人に排泄の介助を頼むことがないように十分話をし
て、対策をとって生活されているのではないでしょうか」と言いたいのが正直
な感想です。

                (筆者は、さいたま市在住)

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