「いきいき福祉会の20年」の成果と期待

「いきいき福祉会の20年」の成果と期待
〜コミュニティ・オプティマム福祉を拡げる協同労働にチャレンジ〜

荻原 妙子

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◆はじめに
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 社会福祉法人いきいき福祉会特別養護老人ホーム「ラポール藤沢」建設20年のプロジェクト1日目、専務理事小川泰子さんから私への言葉は、「生活クラブとしてラポールの20年を総括してね」というものでした。・・絶句。「いやいや総括は当事者“いきいき”にしかできません」反論むなしく、プロジェクトメンバーのワーカーズ・コレクティブの皆さんの真剣なまなざしに背中を押されることになり、「生活クラブの」は少々重すぎるところで、1988年に加入した「私の」ラポールを書かせて頂くことに致しました。

 1991年生活クラブはその20周年記念事業での、特別養護老人ホーム建設を運動化、2年にわたるカンパ活動。ラポールに掲げられる「7萬人の信頼」。特養を拠点にした福祉のオルタナティブとしての参加型福祉の実践・・について、改めて資料をひも解くことになりました。

 生活クラブ神奈川は2014年で創立43年目、初期の運動を牽引したリーダーの多くは団塊の世代で、いま介護の当事者と言える年齢になりました。組合員の37%が60歳以上。組合員は、就労しつつ、子育て、家族の介護に向き合う、また家族一人ひとりも、経済優先のグローバリゼーション社会において、格差拡大・非正規雇用の増大・就職困難など、家族それぞれがさまざまな悩みを抱える状況にあります。福祉ニーズは20年前よりはるかに多様で身近な課題となって迫っているのです。税・社会保障の一体改革、2015年の社会保障制度改革が示され、新しい働き方や支援のしかた、福祉のあり方が求められますが、実践するのは一体誰なのか、と考えるとき、生活クラブ運動グループが80年代より取り組んできた参加型福祉の実践を、いまこそ活かす時と思うところです。

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◆生活クラブ神奈川のたすけあい福祉の歴史
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 生活クラブ神奈川は1971年にみどり生協として設立。この年ハンバーガーショップやカップヌードルの登場、大量生産・大量消費・大量廃棄を背景に、消費者が安全や環境への配慮を求め食べる力で生産に参加する共同購入運動が共感を得、その力は共同購入から全生活自治したいという運動に拡がりました。決定づけたのは1979年の合成洗剤追放直接請求運動です。目の前に拡がる生活課題(手指の湿疹、川の泡立ち、合成洗剤で魚が死ぬ)に対し、生命や環境への有害性を課題として打ち出した合成洗剤追放の直接請求は、取り組み全市の議会で否決されました。暮らしや命を守るためには、自分達で課題を明らかにし対案提案する運動を起こさなければ変わらないと気付いたことが、環境だけでなくその後の多くの運動の基盤となります。

 80年代組合員の多くは団塊の世代でした。日本の高齢者福祉はというと、1960年頃まで3%未満だった高齢化率は少しずつ上昇し、加齢・高齢に伴う支援ニーズが顕在化し、1963年老人福祉法が制定されます。当時の高齢者行政は国が決めた最低基準による特養施設を中心とした措置型福祉。施設型は国の基準・ガイドラインにより全国どこでも画一的な福祉措置を受けられます。これは施設(供給者)に合わせた福祉といえます。しかし高齢者福祉先進国では、高齢・病気・障がいなど個々の状況・希望に合わせ住み慣れた我が家で豊かな生活が送れる在宅福祉が充実していました。

 厚生省も在宅福祉をもっと自覚的にやろうと1989年にゴールドプラン(10年戦略)を提案、老人福祉法が改定され、日本でも個々のニーズに合わせる介護に向かいます。在宅生活を支援するためにはディサービスやショートステイサービスなどが必要ですが、当初公的サービスでも充分でなく、そんな頃1987年生活クラブは組合員の要望により、民間初のディサービスを川崎市麻生区で始めます。生活クラブのたすけあいは、既に1985年に家事介助ワーカーズの「グループたすけあい」が活動をはじめており、1986年には独自の共済制度(エッコロ共済)を立ち上げ、福祉にアマチュアの組合員が、家事援助から身体介助へ進む大きな一歩だった「生活リハビリクラブ」が、配送センターの一部を活用し、ワーカーズ・コレクティブを主体として戸手、葉山、鴨居と数年で拡がりました。

 生活クラブはこの後1989年、協同組合方式による福祉の専門生協にチャレンジし、ワーカーズを主体とする福祉クラブ生協として独自に発展していきます。

 また、1991年20周年記念事業の一つに社会福祉法人を取得し、生協としてはじめての特別養護老人ホーム建設をめざし、組合員カンパを運動化、1994年特別養護老人ホーム「ラポール藤沢」を建設します。団塊の世代が高齢者となる2012年以降にむけ、当事者本位の福祉を描きめざしました。

 生活クラブ運動の福祉は、このワーカーズによる協同組合型の福祉(福祉クラブと生活リハビリクラブ)と、社会福祉法人による福祉、そして単体のワーカーズが地域で必要に応じて多様多数自在に展開するたすけあいの3つの流れで進みました。

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◆特養のコミュニティ・オプティマム
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  生活クラブ運動グループ福祉協議会(1992年設立)のもとの「藤沢在宅福祉支援システム研究会」は、96年に報告書「『ラポール藤沢』と地域福祉〜参加型福祉が拓くコミュニティ・オプティマム〜」をまとめ、はじめて“コミュニティ・オプティマムとしての地域福祉”、“参加型福祉のワークシェアリングモデル”、“待機型福祉ネットワーク”、“コミュニティワーク”などを提起しました。サービスを利用する一人ひとりがかけがえのない独自の人間としてその尊厳が尊重される、生活の継続、自己能力の活用、自己決定、選択の自由等を原則とした特養づくりが始まりました。

 いま超高齢社会となり4人に1人が高齢者(2012年24.1%)、16%が介護支援を要し(64歳までの要介護3%要支援1.2%、75歳以上の要介護21.9%要支援7%:2009年)、まちには介護保険事業者の事務所、ディサービスへの送迎車に出会わない日はありません。1980年代の“老い”は、家族が面倒をみる、そしてみ切れなくなった高齢者は老人病院や特養へ。そこでは薬づけ、ベッドへの拘束、雑居部屋、高くせまいベッドなど、介護がしやすい閉じられた空間があり、そうされると多くの高齢者が寝たきりになる。(1985年大熊一夫朝日新聞記者の潜入ルポ「あなたの“老い”を誰がみる」等より)

 いま、自治・自立と言っていても、私たちの老後はそうなのか。生活クラブ組合員が20周年記念事業で福祉を取り上げ、措置型福祉の象徴であった特別養護老人ホームを、ありたい生活の場として、また住み慣れた家で過ごす時の在宅ケアの拠点として、描く必要がありました。それが7萬人の信頼としてカンパに結びついたと思います。

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◆ありたい生活の場、在宅ケアの拠点とワーカーズの価値
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 特養に入居する高齢者は、家庭ではなかなか介護しきれない加齢による障がいが進み、施設に入居せざるを得ない環境にあります。しかし、特養は病院ではなく介護施設であり、入居者には地域の人々が立ち寄る大きな家として、また近隣の人々が在宅で生活するためのサービスを提供する場としてあってほしい。国の基準・ガイドライン、ナショナルミニマム、シビルミニマムの福祉水準にたずさわる特養でのコミュニティ・オプティマムは、入居する高齢者が施設に閉じ込められるのではなく、地域とつながり生活する場となってほしい。

 ガイドライン遵守による居住スペースの確保や、介護者の資格取得者数だけでは人の暮らしが豊かであるとは言えず、人は人とのつながりの中で豊かな暮らしを送ることができると考えると、施設でのコミュニティ・オプティマムは、生活を支えてくれる介護者や地域との関わりが重要になります。その時施設介護の一翼を担いつつ、生活技術を駆使し、入居者の立場にたつ生活を維持する支援をおこないつつ、地域とのつながりをコーディネートできるのが、地域市民で組織されるワーカーズ・コレクティブが特養へ参加する大きな価値ではないでしょうか。同時に、おそらく経済合理性、効率化に引っぱられる介護・特養経営を牽制し、利用者の立場に立つという任務も持っています。在宅で暮らす高齢者が、必要に応じて利用できる身近さは地域の人が受付にいたり、出入りすることから生まれます。このワーカーズの存在こそが、ラポールが多くの特養を尻目に、注目されてきた所以ではないでしょうか。

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◆ワーカーズ・コレクティブと職員の協同労働
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 ラポールには、専従職とは違う生活技術を駆使するワーカーズ・コレクティブが参加しました。専従職員とあたらしい働き方をめざすワーカーズが同じ施設で協同し、労働する現場としての多くの問題にぶつかり乗り越えてきた20年です。それはおそらく先駆的でありつつ、双方に努力のいる20年だったと思います。

 ワーカーズ・コレクティブは、1982年デポーを運営する主体として生まれました。組合員の活動と職員の労働の間にあり、協同組合に雇用されるパートタイマーでなく、自らの主体性で、働き方を自己決定し自主管理します。福祉領域では、85年の家事介護「グループたすけあい」、87年生活リハビリクラブのワーカーズ・コレクティブを皮切りに、2012年神奈川ワーカーズ連合会所属は126組織、4000人にのぼります。コミュニティ・オプティマム(地域最適条件の)福祉ではサービスは無限に広がります。自分が高齢になったとき必要なサービスは自分が払える価格(コミュニティ価格)であって欲しく、コミュニティ価格でいま提供しいずれ自分の戻るケアとして価値の交換ができる、それは公的領域やシルバービジネスでは到底できない地域の市民ならではのたすけあいが基本にあるからです。

 特養でのワーカーズ・コレクティブの生活技術と生活感覚、地域の市民としてのネットワーク力は、高齢になり住み慣れた自宅を離れ入所する高齢者を励まし、癒し、尊厳の尊重に力を発揮します。

 しかし一方、ワーカーズ・コレクティブの働き方は、それまでの労働のあり方とは異なります。雇用されない、自主運営・自主管理の働き方です。職員が2人で行う仕事を例えば10人が代わり合うこともあるわけで、入居者の命・生活を預かるうえでは、情報の伝達・確認をしっかり行わなければなりません。必要な情報はしっかり伝達し合わねばなりません。あたらしい働き方を周囲が認めるためには、それだけの実績を作る「覚悟」もまた必要です。

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◆参加型福祉の特養をめざして
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 資料をひも解きながら、ようやくここまで来ました。最後にいくつか課題も考えてみたいと思います。

 制度改革や社会福祉法人改革の進行と共に、今後の特養のあり方は難しいと言われます。介護度の高い高齢者が24時間365日生活する場として、地域の市民生活とつながるコミュニティ・オプティマムにこだわればこだわるほど、特養の運営は複雑になります。コミュニティ・オプティマム福祉は、職員だけではなく地域の市民であるワーカーズや市民の参加が必要です。ラポールにおける多様な主体の協同性を、法人として、ワーカーズ・コレクティブとして、職員として、どのように考えるのか。片やの主体であるワーカーズは法人に左右されない自立した組織として、いきいき福祉会の中でコミュニティ・オプティマムの推進力、法人への牽制力となることを自覚し共育しているのか。

 そしていきいき福祉会は、ワーカーズ運動や、コミュニティ・オプティマム、参加型福祉に理解共感を持つ職員を育成できているのか。異なる働き方の人たちが協同することは、相手を理解し、異なる相手が身近にいることを良しと思えて、新しい働き方の運動として取り組む意欲が必要です。おそらくいきいき福祉会に入ってくる職員は、『介護のプロ』ですが、ワーカーズ運動を知らない人が圧倒的に多いはず、パート労働との区別もつかないでしょう。そこにどう共感を作れるかは、不断の法人の働きかけ責任であり、ワーカーズ・コレクティブの腕の見せ所といえるでしょう。

 私がラポールに期待したいのは、ラポールがますます地域に拓かれ、見えやすい場所になることです。いきいき福祉会は特養から始まり、たくさんの福祉事業活動を展開する専門性をもち、地域の医療団体やワーカーズなど多くのステークホルダー(ラポールの関係当時者として、ラポールにかかわっている個人や団体)とのネットワークがあります。よってたかって地域を豊かにするためにラポールを活用しようとする多様な主体がネットワークしているのです。社会保障制度今の日本社会を見る時、人々が個に分断され、さまざまなセーフティネットが弱体化する危機感がありますが、地域のステークホルダーとの連携に力がつくことで、地域でのセーフティネット・安心した暮らしにつながると思っています。

 (筆者は生活クラブ神奈川・理事長)


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