「アテネオリンピック」をJリーグ理事三ツ谷洋子さんに聞く

■アテネオリンピック」をJリーグ理事三ツ谷洋子さんに聞く                          加藤 宣幸

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・加藤    お話に入る前に少し三ツ谷さんの御仕事について説明 してください。ジヤーナリスト出身でJリーグ創立以来、ただ一人の 女性理事であり、世界女性スポーツ連盟の日本代表であることなどは 承知しているのですが、代表取締役をされている株式会社スポーツ21 は何をする会社ですか。 

・三ツ谷   スポーツの仕事にかかわって34年になるのですが、 最近は「街づくりとスポーツ」に焦点を絞っています。一人でも多 くの国民がスポーツに親しむにはどうするかを考え詰めていたので すが、スポーツ施設が身近なところ、生活圏の中にあれば誰でも身 体を動かしたくなるのだから、スポーツ施設をスポーツをする人、 利用する人(観客も含めて)の立場からつくることをアドバイスす る仕事をしています。 施設は当然スポーツをする人、利用する人のためにつくられるも のと考えられますが実際は違うことが多いのです。御存知のように ワールドカップのとき、いくつもスタジアムがつくられましたが、 空いた国有地があるから、あそこを使おう、隣の県は5万人収容だ から、こちらは7万人にしょうという調子で後の事も考えずに首長 の記念碑として莫大な資金を使って箱ものをつくってしまう。 計画を立てる時の担当者はヨーロッパまで視察に行ったが2年ご とに役所の人事移動でいなくなってしまう。 つくられた施設も婦人用トイレが不足して行列になる、ロッカー ルームは小さい、ドービング検査室はないといった具合でいざ使っ てみるとサー大変ということになりがちです。とくに生活圏から遠 くにつくられたスタジアムは利用者がすくなく維持費がかさむから 壊すほかないなどと悲惨なことになる。 こんどのアテネで好成績を上げたオーストラリアは地域スポーツ クラブと施設の組み合わせが良く出来ているのです。あちらから 帰ってきた日本人が向こうでは自然に身体を動かしたけれど日本に 帰ったらその気にならなくなったと言っていました。

・加藤    オーストラリアの話が出ましたが、たしか三ツ谷さ んはシドニー大会にも行かれました。これと比較してアテネ大会は どういう印象ですか。とくに警備は厳重を極めたらしいですが。

・三ツ谷   勿論、9.11以前と以後は違いますね。男子サッカー はアテネから215km離れたテッサロニキというところで試合があ りました。私はJ・リーグ役員の一員としてバスでの移動が多かっ たし、それに、ギリシヤではサッカーの人気がないのか会場はガラ ガラでしたから、あまり緊張感はありませんでした。テッサロニキ からアテネには飛行機で入りましたが、空港の検査もモスコー大会 の時にカメラのシャッター押してみてくださいと言われたのから比 べても、そんなに厳しい感じではなかった。

・加藤    シドニーと比べてアテネでは日本の選手が活躍した と思いますがその理由には何があるのでしょうか。

・三ツ谷   それは、それぞれの競技団体の長期計画がうまく結 果に結びついたからだと思います。  スポーツはいきなりお金があれば強くなるというものではなく短 い時間では選手は育たないのです、10年計画で取り組むわけです。 たとえば女子レスリングは20年かけてようやくあそこまできたので すよ。そういうことがたまたまメダルにつながったということで しょう。  なお、特筆すべきことは、合宿もできる国立科学スポーツセンター というのをつくったことです。これはスポーツ強化システムとして は世界一の機能をもつオーストラリアに学んだものですが、オース トラリアも以前、ぜんぜんメダルが取れなかったことがあって、ナ ショナルセンターをつくり、各地に拠点をつくって取り組みシド ニーでメダルをとったのです。  男子体操の場合、オリンピックで使う同じメーカーのものをセン ターに入れて練習し結果につなげています。また、水泳の北島の場 合、センターでライバルの泳法などの弱点を解析し、そのデーター を平井コーチに送って戦術を立てたりして成功しています。

・加藤    水泳などで選手選考の方式を変えて成功したという 説もありますが。
・三ツ谷   そうですね。選考基準をクリ-ンにして一発勝負に したのです。  その時に勝てない選手は連れて行かないことにした。  多分、シドニーのオリンピックの後だと思うのですが、文部科学 省がスポーツ振興計画というのをつくり、とにかくチヤンピオンを つくろうじやないかという方針になった。それまでは、強くても、 弱くても、マイナーのもにも、メジヤーなものにも均等に、広く薄 く資金を撒いていたのです。それでは強くならないだろうというこ とで、重点種目のランク付けをして強いところに厚く資金を投入す ることにしたのです。そういう方針にそって日本オリンピック協会 (JOC)は種目別に配分をきめ、それぞれに北京オリンピックま でに幾つという目標数値を設定した。それまでは数値目標というも のを出したことがないのです。日本の仕組みというか役所系のとこ ろは、頑張りますとは言うけれど、責任を負いたくないから数値を 出さなかった。それを変えて数値を示し、それに予算をつけて、メ リハリつけたのがうまく機能したのではないでしょうか。

・加藤    女子の活躍が目立ったと思うのですが。

・三ツ谷   女子が目立ったというのは実は、シドニーオリン ピックの時に女子の参加人数は、かなり男子に近く、女子は41%で したが、メダルの数では逆転していた。その時はまだ女性の人数が 少なかったので女子が強いと論調はなかったのです。今回は団体種 目のアジア予選で女子がどんどん勝っていった。団体種目だと一気 に選手の数が増えますよね、たとえば、バレーボール、バスケット ボール、ソフトボール、ホッケー、サッカーなんか予選を突破して いった。男子が出ることができない種目で女子はオリンピックに出 ていたから、それで一気に逆転したのです。今回の参加人数は女子 が55%、メダルも勿論女子が多い。そして大会の前から人数が逆転 したのは目に見えていたから、あらためて女子は凄いのだなという 認識ができた。 

・加藤    オリンピックと報道問題についてお聞きしたい。と くにサッカーに絞ってみても事前に期待を煽りすぎて結果と差がで ているようなのですが。

・三ツ谷   それはありますね。

・加藤  その後、決勝戦など見ると素人眼に見ても日本は世 界のレベルとまだ差があるのを感じましたが。実際はどうなんで しょうか。

・三ツ谷   そのことでは、たまたま昨日、前のサッカー協会会 長の岡野俊一郎さんに会って、男子は残念でしたねと挨拶したら、 外国の人から「日本の男子サッカーは弱くなったね」と言われたよ と言っていました。そのとうりで、シドニーの時は予選リーグは勝 ち抜いて決勝トーナメントに出ているのです。決勝トーナメント1 回戦で負けてはいるんですが。今回は予選リーグで負けてしまって いるから、シドニーにより記録は悪いのです。結果を見れば一目瞭 然、弱くなっているので、見た所もそうなるのです。  アジアの試合できわどく頑張ったのですが、アジアのレベルは南 米とかヨーロッパのレベルと比べるとまだかけ離れているのです。 結局アジアでは他の国が強くなって日本はちょっと弱くなった。あ れだけ、接戦で勝ったことは素晴らしいけれど最初のパラグワイ戦 を見ると全然レベルが違うということです。  それとマスコミの騒ぎすぎの部分があって、騒ぐのもよいのです が、サッカーの主人公のチームなり監督は冷静に分析して戦略を立 てなくてはならないのです。     いままでのオリンッピックではマスコミが期待値で言ってしまう、 このレベルでは、かなわないけれど、もしやメダルが、というのが いつの間にかメダル確実というように膨らんでしまうのです。いま まではそればっかりだったんですが、今回は期待以上の結果だった んで空振りが少なくて、逆に言うとサッカーだけがそういう結果に なったとも言えます。  だから、大会のたびにマスコミが過大な期待を煽るから白けてし まうことになる。

・加藤  そう言う点では女子サッカーは前評判が高くなかっ たけれど試合見ていてもなかなか見ごたえがあったと思うのですが。

・三ツ谷  そうです。最初のスエーデンなんかは世界のトップで 優勝候補に上がっていましたから、それに1-0で勝ちましたし、 あの試合は、ギリシヤに行って最初に応援に行ったのですが選手も 落ち着いていましたし、大変素晴らしいかったですよ。女子の場合 はベスト8ですからこれはほんとに良い結果だと言えます。

・加藤  これからJリーグも女子サッカーを大いに応援して いくのでしょうか。

・三ツ谷  Jリーグと女子サッカー、全日本チームとの関係は会 社でいえばサッカー協会が親会社というか本社でJリーグは子会社 なんです。子会社の事業がリーグ戦、ナビスコカップ、チャンピオ ンシップとかなんです。Jリーグの各クラブが抱えている選手が全 日本に選ばれる。そしてワールドカップとかオリンピックは本社 (協会)の事業なんです。だから直接Jリーグの事業ではないので すが、それに選手が参加しているから応援しましょうとなる。女子 も同じです。

・加藤   記事で読んだのですが女子の場合、大変な生活しなが らやっていて強かった。  Jリーグは金持ちなのだから恒常的に応援すればもっと強くなり、 女子が強くなればフアンの層も広がり、ひいてはJリーグにもプラ スになると思うのですが。

・三ツ谷  そうですね、サッカー協会のほうは、カテゴリー別に 強化していて、5種くらいに分かれているのです。トップチーム、 ユース、下のほうは少年まででそのなかに女子というカテゴリーも ある。Jリーグが出来た頃、私が理事でしたから1種から5種のな かに女子も入れてくださいと発言したのです。  実際に女子チームを持っているのは、ジエフ市原など幾つかのク ラブがあります。ただ今回のオリンピックにはそのクラブからは出 ていなかったのです。

・加藤   これからはアルビレックス新潟の成功ではないです が、各チームが女子をもってプロリーグでも出来ると良いですね。

・三ツ谷  ただ、女子のプロリーグは難しいのです。アメリカで さえ成功していません。  日本の沢さんという選手はアメリカのプロリーグに参加して何年 かやっていました。アメリカは女子サッカーが盛んで人気もあった のですがプロリーグは解散しました。日本でもLリーグというのが あったんです。ただ、親会社の経営が結構きつくなって持てなく なったんです。  沢さんは違うかも分かりませんが。今は昔のアマチュア選手みた いにみんなそれぞれが社員ですね。 

・加藤  ではJリーグが支援するのでなく協会がお金を持ってい て援助するわけですね。

・三ツ谷 そうです。あとは各クラブが女子のチームをもってやっ てくれればさらによいのです。

・加藤  ほかにギリシャの国などについての一般的な印象で御話 ありませんか。

・三ツ谷 ギリシャに行って思ったのは、テッサロニキという都市 はギリシャ第2の都市だそうですが、港町でアレキサンダー大王の 時代、紀元前4世紀頃は都があったようですが今はこじんまりとし たリゾート地なのですが、オリンピックの最中にカフエのTVがオ リンピックを放映してなかったりして、今までの開催国の風景とは 違っていてオリンピック好きではないような印象でしたね。

・加藤  古代ギリシャの知識は別として現代ギリシャについての 情報は余り伝えられてこなかったから色々と興味があるのですが。

・三ツ谷 今のギリシャは国民総生産などはヨーロッパでも下のほ うですが、ところがアテネは以前2回ほど行って、大きな都会で、 埃りっぽく、何かごちゃごちゃしていて余り良い印象なかったんで すが、テッサロニキは街が綺麗で清潔であったこととホームレスが いなかったのです。1回だけ街を歩いていたら乞食のような人に あったけれど全体的に貧しいと言う感じは受けなかったですね。  ヨーロッパはどこでもそうなんですが人生をゆったり楽しむとい う感じでした。ただ、ガイドさんに言わせるとEUに入って物価が 同じになってしまったので、昔はホテルの安さが売りだったのが駄 目になりお客さんが減ってホテル業は壊滅だと嘆いていました。バ スでテッサロニキからボロス(男子・女子サッカー5試合のうち3 試合あった)の会場に移動したのですが往復6時間かかりました が、オリンピックのために整備したのか道路もサービスステーショ ンも綺麗でした。

・加藤  開会式は素晴らしかったようですがご覧になりました か。

・三ツ谷 いいえ、開会式のチケットはプラチナチケットでなかな か手に入りません。1枚14万円で、さらにプレミアムがついて40万 円すると言っていました。開会式だけは毎回完売してしまうので す。シドニーとかアトランタはあまり面白くなかったですが、今回 はさすがギリシャ人の演出なのか古代ギリシャの雰囲気がそのまま でていて見事でしたね。ただ向こうの時間でも始まったのが8時半 とか9時でした。これは花火を効果的に使うためだそうです。

・加藤  入り方が柔道と水泳と調子がよかったこともあったで しょうが。今回は夜の遅いのに日本人もよくTVを見ましたね。 ・三ツ谷 そうですね。凄い視聴率でした。向こうに行っていて最 初女子の試合でスエーデンに1-0で勝った時、向こうでは日本の新 聞を翌日FAXで送られてくるのですが、その時に日本では夜中な のに13%も見てくれているんだとサッカー協会の人は皆喜んでいま した。

・加藤  そういう意味では日本にとって成功したオリンピックと言えるのでしょうか。

・三ツ谷 皆が活躍してくれたので関心をもってもらえたのだと思 います。あとは今回成績が良かったのは個人技スポーツなんで団体 スポーツは全然振るわなかったのです。それが日本の一つの課題だ と関係者は言っています。それと北京オリンピックで想定していた メダルの数は、もう、クリアーしてしまったのです。  ステップばいステップで立てた4年後の努力目標はクリアーして しまったので一度御破算にして新しい目標をつくり直しする必要が あるのです。

・加藤  JOCの補助金も20億円が25億円に増えるそうですね。

・三ツ谷 そうですね。勢いのある時に増やしてもらわないと、あ あいうことは2度とないかも分かりませんからね。(笑い)メダル 取りすぎると後が大変なのです。  追われる身で、強いところは全部研究されてしまいます。

・加藤  次の北京はどうなるのでしょうかね。話題は少し違いま すが、この間の中国でのブーイング騒ぎについてはどうお考えです か。

・三ツ谷 あれはですね、向こうに行っていたサッカーの関係者に 聞くと、街のなかでは中国の人たちが選手にサインを欲しがった り、握手してくれとか、写真を撮らせてくれとか結構友好的だった のが会場に入ると扇動する人がいるらしくて、何か面白がって、あ あなってしまったのではないかと言っていました。  サッカーにはある程度つきものの点もあるのですね。昔、あれほ どひどくないけれど韓国に行った選手に聞いたことがあるのです が、日本人が行くとほんの20年くらい前ですがソウルで石を投げら れたと言っていました。   最近では逆に面白かったのは、韓国が負けてしまい日本が頑張り ましたよね、そしたら韓国の人たちが日本の活躍を思わず応援した という話が結構あるのです。  テッサロニキでホテルの前にチケット売り場があるのですが、そ れを見に行ったら、たまたま、韓国の若いサポーターが5・6人いた のです。テッサロニキのスタジアムで韓国の試合があるので来てい ると言うのですが、私と「ぴあ」の社長の奥さんと2人でいたのです が韓国語解からないので奥さんが「ピヨンジュ」と言ったら、そし たら向こうの一人が「ヨンサマ」というので皆で大笑いしました。 それだけの話なのですが、ワールドカップでお互いに歩み寄って、 応援し合うみたいな雰囲気が出来、それに今度の「冬のソナタ」 ブームでさらに身近に感じられるようになって全然、気分が変わっ てきている。

・加藤  中国のブーイングも相手の国歌斉唱に起立しないとか、 いただけないけれど  サッカー観戦にはフリガン騒ぎなどある程度のことはあるんですね。  中国も4年のうちには、もっと変わると思いますね。

・三ツ谷 変化は早いですよ。今年2月に上海に行ったのです。上 海で日本と韓国と中国のリーグのトップが争う試合があって、昨年 は日本でやり、今年は中国、来年韓国でやる3カ国持ち回りなので すが、上海でやるとき、ちょうどアジア選手権があるのと重なっ て、あまり盛り上がらないから日本からJリーグ役員は行ってくれ ということで行ったのです。初めて行ったのですがビルの林でもの すごいところですね。六本木が゛100個ある感じでした。

・加藤  サッカーの3国対抗試合みたいのが野球でも何でもあら ゆる競技でやればよいですね。政治的なことは日本がイニシアチー ブをとると問題もあるけれどスポーツは積極的にやってアジアのレ ベルが上がればよいと思う。そしてその中で日本も強くなっていく ことですね。 ・三ツ谷 今回イラクについては日本も資金援助から用具の寄付な ど、いろいろバックアップしました。私もJリーグ役員としてサッ カーに関わるようになってサッカーというスポーツは随分インター ナショナルなスポーツなのだというのを感じました。プロ野球みた いに日本の国内だけで完結しないのです。つねに全世界の全体を見 ていかないと取り残されてしまうのです。ヨーロッパのチームに選 手も行っているし、世界のレベルに合わせるように指導者も研修に 行ったりしている。国の壁も低くなっていて、世界基準でしか成り 立たないのです。  それから、サッカーの世界統括団体の国際サッカー連盟(FIF A)がいつもどうやったら世界のサッカーが強くなっていくか戦略 があるのです。たとえばヨーロッパで生まれて南米でもやってい る。アメリカでワールドカップ開催したのですが、あれはキッシン ジヤーがアメリカに持ってきて、アメリカの南は盛んですが北はそ うではないのでアメリカに根着かせようとしたのです。ただし、そ のあと、男子のサッカーリーグはうまくはいっていません。  そういうことで、こんどは、アジアが強くなるためには、日本は 経済大国なんだからイニシアチーブをとって、やって欲しいと期待 されているのです。  こんどのイラクチーム支援などは、その表れで素晴らしかったの ですが、スポーツは政治家が出来ないことを可能にし、影響力も大 きいのです。

・加藤  北東アジアでも大いにスポーツ交流をやってもらいたい ですね。

・三ツ谷 アジアは他の地域と違って国の数が多く、宗教・政治な ど難しい問題があるだけにスポーツ交流のもつ意味は大きいと思い ます。

・加藤  本日は長時間有難うございました。  

※ 三ツ谷洋子 略歴 慶応大学卒。産経新聞記者を経てフリー・スポーツジヤーナリスト。 内外スポーツ事情取材。 1980年「スポーツ21エンタープライズ」を設立、代表取締役就任。 1996年「スポーツ21フアシリテー研究所」を開設、所長就任。 Jリーグ理事として長年の貢献が認められ1999年度日本プロスポーツ 大賞功労賞受賞。現在、Jリーグ理事、などの他公職多数。   

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