「マス・コミ」へのひとりごと

■「マス・コミ」へのひとりごと        木下 真志

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 「マスコミについて思うところを何か書いてくれ」と、編集部からの依頼を3
月末に受けた。「思うところ」の一部は既に昨年末の対談「2005年を振り返る―
マスコミはこれでよいのか」(『オルタ』24号所収、石郷岡建(日本大学教授・
元毎日新聞特別編集委員)、羽原清雅(帝京大学教授・元朝日新聞政治部長)と)
において吐露したが、おとなしくしていたせいか、もう少し何か言え、というこ
とのようである。

●1
 周知のように、コミュニケーション(communication)を大量(mass)に 行
うことが「マス・コミ」の元の意味であろう。
 英語の 「communicate」には伝達するという意味だけでなく、「話し合う」
という意味も含まれている。現在の日本のマスコミに最も欠如しているのは、こ
の姿勢であろうと小生は考えている。

 特にテレビは、(視聴率尊重の方針のために)低俗化の一途を辿っている。電
波を認可されたテレビ局が、(多くの視聴者が好むであろうとディレクターが判
断した)番組づくりに追われている惨状には眼を覆いたくなる。一例として挙げ
ると、昨年の総選挙で当選した自民党の1年生議員S氏の動向が頻繁に報道さ
れるが、情報として何の意味があるのだろうか。

 政治部の掘り下げの浅薄さも指摘できよう。かつて高名な政治学者が、日本に
は、政界部はあっても、政治部はない、と述べたが、これは現在でも当てはまる。
政界の有力者同士のAとBが、赤坂で秘密に会談したことや、首相の服・ネク
タイの色やメーカー名、落選議員の家庭生活をたまたまつけたテレビで見たこと
があるが、果たして国民が知る価値のあることなのか否か疑問である。
 政治部を名乗るのであれば、「政治」とは何か、一度再考していただきたい。

●2. 
 この問題について、偽メール事件を例に、もう少し考えてみたい。当初、マス
コミの多くもN議員や民主党前原代表(当時)の強気の姿勢を見て、信憑性の
高い「メール」と判断したのであろう。次第に、疑わしくなり、「偽物」だとの
情勢になると、今度は、N議員の責任、前原代表の責任を問う報道に一変した。
記者会見での高飛車な質問をする新聞記者の姿勢は、昨年のJR西日本の事故の
際、露呈した。その姿勢は、国家権力による「粛正」や「制裁」を感じさせるも
のがあり、不快である。正義感に満ちたものであるだけに不快である。記者の本
分は糾弾ではないであろう。

 偽メールには、N氏だけでなく、多くの記者自身も騙されたのではないか。自
分も騙されておきながら……と感じた者は少なくないであろう。大きく報道する
ことで、国会が空転し、今年度予算に対する実質的審議はほとんど行われなかっ
た。

 このような失態は、「政治」を報道しようとしているのではなく、政界の動向
を報道しているだけでこれまで済んできたからであろう。
 昨年9月の総選挙の際も、同様の危惧を持った。「注目選挙区」を意図的に作
り上げ、国民の関心が、一貫して、自民(小泉)VS民主党(岡田)ないし、郵
政民営化賛成派VS造反派に向くような報道に徹した。

 自民が勝つか否か、これは重要な問題であるに違いない。しかし、それも「政
界」の動向である。なぜ首相は郵政公社を民営化する必要があると判断している
のか、郵政民営化の問題点は、民営化による諸影響は、郵政職員の生活の変化は
等、知らなければならない情報が確実に国民に伝わったのだろうか。
 「今日のホリエモン」や「今日の片山さつき」は全国民が毎夜知る必要のある
情報だったのか。

●3.
 かつて、湾岸戦争の際、イラクのフセイン大統領(の指令でイラク軍)が破壊
したとされる石油コンビナートから流れ出たとされる黒い油にまみれた水鳥が
連日連夜、日本では報道された。フセインの非道さを象徴していると(アメリカ
が)判断したものなのであろう。こんなに酷いことをしているのだから、イラク
を攻撃してもいいのだ、と。この米軍の攻撃で、何人の罪もないイラク人が死ん
だことだろう。人を一人でも殺せば、殺人罪である。

 同じ過ちが、2001年9月11日後の、英米軍によるイラク攻撃の際も繰り返さ
れた。大量破壊兵器を持つイラクをたたかなければ…の世論づくりにマスコミは
荷担したのではないか。このときも、罪もないイラク人が何人も殺された。

●4.
 私が接触した新聞記者の中には、頼んでもいないのに、「載せてやる」という
意識・姿勢が鮮明な者がおり不快であった。その数は決して少なくはない。断る
と、「本当にいいんですか」という表情をしている。中には、出たくて仕方のな
い者もいるのかもしれないが、その横柄な姿勢はマスコミ関係者全体に感じる。
テレビ局もそうだし、有名出版社の総合雑誌の編集部にも感じる。「出なくてい
い、載らなくていいと思っている」人もいるのである。しばしばマスコミに好ん
で登場する学者は、そうしたマスコミの姿勢を見抜けない者かと疑う必要がある。
                        (筆者は高知短大教授)

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