「マネー・トークス」

海外論潮短評(86)

「マネー・トークス」―金融機関の詐欺的用語法にご注意

                                                  初岡 昌一郎


アメリカのインテリ向け月刊誌『ニューヨーカー』8月号が「マネー・トークス」という、エッセイを掲載している。これは軽妙なタッチで、ウオール・ストリートや、ロンドンのシティなど金融界のあくどい犯罪的な取引手口を批判している。そのさわり部分を簡単に紹介する。このエッセイは言葉のプレイを駆使しているので、日本語の紹介ではその味を出し難いのが残念。

筆者のジョン・ランチェスターはイギリス人フリー・ジャーナリストで、英国で知識人に最も読まれている日刊紙『ガーディアン』の常連寄稿者。多数のノンフィクションのほか、小説も書いている。

意味不明な用語を駆使する現代の「金融神官」たち

古代エジプトの最重要なミステリーは、ナイル川の定期的氾濫であった。小麦の収穫量は洪水の規模に左右された。水量が少なければ飢饉となり、過多だと災害。徴税額さえもその年の水位に基づいていた。洪水とそれによる収穫量について神意を告げるために、神官が複雑な儀式を執り行った。チャレンジを受けることのない彼らの権力が、極めて安定的な社会の中心に位置していた。

しかし、神官は詐欺的行為を働いていた。彼らは、ナイロメーターという水位測定装置を隠し持っていた。この道具は河岸の寺院に置かれており、神官と支配者のみが立ち入りを許されていた。そこには、何世紀にもわたる洪水の正確な記録が保管されていた。これが神官と支配者に権威を与え、エジプト支配の不可欠な装置となっていた。

今日の世界においても、一種の神官たちが幅をきかしている。密かな計算に基く、精巧な数式と言葉で捲し立て、市民を煙に巻き、脅かしている。アウトサイダーにとって、金融の領域は昔のナイル・ゲームのようなものだ。「QE2に関するM3のインパクト」、「サプライサイドの影響」、「ETFの事前決済」、「サブプライム・ローン」、「REIT」,「CDOとCDS」などについて、金融関係者が語る場合、彼らはあたかも現代の神官である。

何を言われているのか理解できないので、騙そうとしているのか、ただ無駄口を叩いているだけなのか、話を分かり難くしているだけなのか、素人は判断に苦しむ。金融用語には曖昧なところがあり、真実を隠蔽しがちである。根底にある事実が複雑なので、用語が複雑なことも事実である。2008年の金融破綻が、「中間的RMBS」とか、「統合的CDO」など、さらに難解な用語を生み出した。

用語に透明性と汎用性が欠けていることは、必ずしも悪意によるものだけではない。類似の例は食品やワイン業界にもみられる。料理用語には調理人仲間だけで通用する言葉がある。仲間内の符牒は会話を簡潔に運ぶのに役立つ。複雑な説明を簡単な字句や単語によって容易に流通させる。

金融用語もそのような作用を持っていることは否定できない。それは有効かつ効率的であるが、排他的かつ内向なものである。包括的な概念が短い語句の中に圧縮されており、素人には不可解だ。また、わかりにくい婉曲話法がしばしば用いられ、不都合な点に煙幕が張られている。

少し前のドイツ銀行の例を挙げると、『エコノミスト』は「周辺的ユーロ圏政府国債の保有は、緩やかな減量化によって手傷を軽減しうる」と分析した。この意味は、以下のようなことである。「ドイツ銀行は、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリア、アイルランドなどのユーロ圏弱小国の債券を多く抱えているが、それを即座に売却するよりも、債務が満期になるまで保有し、その間、買い増しをしないことでパニックを回避し、損失を緩和させうる」。

金融マンは仲間に用語を解説する必要はないし、語りかけるそのほかの人にたいしても解説をする習慣がない。その行為自体によって、既にハナから顧客を圧倒し、優位にたっている。

私的な経験からわかったこと

私の父は、香港上海銀行で働いていた。その頃の銀行は、2008年に世界の金融を破綻させた、派手で無責任な現代的投資銀行とは違っていた。銀行の取引先の多くは中小企業で、起業のための小口資金も貸し出していた。金融取引を理解するためには、さらなる解読を必要とする金融用語を知る必要があった。それでも、父が金融界にいることから、お金のことがわかるという感覚を持っていた。

殆どの人はそのような利点を持っていない。金融や経済に直面する場合、彼らは戸惑い、困ってしまう。あたかも、理解する許可を得ていないかの如く。

10年程前、現代のロンドンについての小説を書き始めた時、この都市について理解しようと思えば、シティ(金融街)を理解しなければならいことが分かった。そこで、この問題にハマルことになった。表面的なストーリーの後背にある駆動力はお金の問題だった。そこで、実生活の背後にある金融界のパワーに関心をあらためて抱くことになった。

その後、マイクロソフト、ウオールマート、ルーパット・マードックについて書きまくっているうちに、経済記事に文化的なギャップがあることに気付いた。ビジネスに関する記事や論文は、ほとんどがその世界が偉大だと感心するエコノミストやジャーナリストか、あるいは、すべてが糾弾に値する欺瞞と考える、怒れる左派の批判者たちによって書かれていた。双方の側とも、対象の複雑性を踏まえておらず、物語の核心となるべき点が見失われていた。

本来の言葉の意味を逆転する詐欺的金融用語法

悩まされた金融用語を、「逆転用語」と呼ぶことにした。それは、本来の言葉の意味とは反対、もしくは非常に異なる作用を持たせるプロセスのことである。例えば、「ヘッジ・ファンド」を例に挙げよう。ヘッジとは、本来は保護するための垣根の意味だが、この用語は金融界でアウトサイダーにとって不可解なものとなっている。これらのヘッジ・ファンドを運用する“債券ゴロ”が、「ヘッジ」によって何を企んでいるのか一般には理解不能だ。

「ヘッジ」という言葉が経済的に使われ始めたのは、歴史的に見ると17世紀ごろからで、ギャンブルで掛金に限界を設定することを元来意味していた。丁度、実際の垣根(ヘッジ)が土地の境界を定めているように、利口なギャンブラーが負け込み限度額をヘッジした。

1949年に、社会学者から投資マネージャーに転じたアルフレッド・ジョーンズが、ギャンブルのより精緻な戦略を利用して古典的ヘッジ・ファンドを考案した。そのファンドは数学的な分析を応用して価格変動に賭け、プラス効果を生むことが想定されていた。しかし、現代の多くのヘッジ・ファンドはこのような戦略・技法をフォローしていない。

ヘッジ(保護)されないヘッジ・ファンドと安全でない債券(セキュリティ)

現在用いられている意味でのヘッジ・ファンドは、規制されていない私的資金運用を指しており、ほとんどが常に目新しい投資戦略を採用している。目新しくなければ、投資家たちがはるかに安上がりな投資先を見つける。ファンド・マネージャーは何らかの秘密の投資先があり、複雑な数学的アルゴリズムを駆使して一般的な投資よりも収益を上げることを仄めかしている。

ヘッジ・ファンドがほとんど規制されていないのは、販売対象者が運用を理解しており、損失を厭わない人たちだという擁護論がある。ファンド運用手数料は高く、2-20%に達する。つまり、投資額の2%を毎年運用料として支払い、ベンチマークを越えた利益の20%がさらに徴収される。しかし、これらのファンドはたいていヘッジ(保護)されていない。

ほとんどのヘッジ・ファンドは失敗に終わっており、その運用期間は平均約5年で解散している。2010年末に存在していた約7、200件のヘッジ・ファンドのうち、2011年には775件、2012年には873件、2013年には904件が失敗ないし解散した。3年間に約3分の1のファンドが消えたことになる。しかし、新しいファンドが生まれ続けているので、ファンド総数は減っていない。

債券化(セキュリティゼイション)という言葉がある。この言葉は安全性とか信頼性を確保するという響きをもっている。だが、金融界ではそういう意味はなく、債務などを資産として売買可能な債券に転化するプロセスを指している。担保が債券化され、自動車ローンが債券化され、将来の保険支払金が債券化される。未来の奨学金返済も債券化される。投資家は額面の一部を現金で購入し、返済期限を待って満額を回収することが想定されている。2010年のギリシャ経済危機では、政府がアクロポリスの丘の入場券収入見込み額を債券化することも検討した。

他の金融操作と同じく、債券化も悪賢く用いることができる。いまでは良く知られている話だが、金融危機の前段階でローンの債券化が行なわれた。金融機関が様々な借り手にカネを貸す。そのうえで何万件ものローンを纏め、6%の利子つき債券として他の金融機関に売った

本来ローンとして金を貸した銀行は、もはやその貸し出しから利子収入を得ないので、借り手が返済するかどうかには関心がなくなる。銀行業務の前提である、返済能力のあるものにのみ融資するという基本が崩れた。融資リスクが本来の貸し手に残らず、債券化によって売買されるので、金融システム全体に拡散する。そして金融危機においては、不良債権から発生するリスクが制御不能に拡散し、損失がマルチ的に倍化する。
 
無知は肯定の一形態 ― 格差拡大の世界を黙視する結果に

セキュリティゼイション(安全化から転意して債券化)という言葉をみて、このような危険を類推することは、一般人にできることではない。この逆転用語法は作為的である。金融マンが「お得です」と商品を勧めるときは、彼にとって「お得」で、多くの場合、購入相手が損することを意味することになる。

「ベイルアウト」(金融機関の緊急救済)とは、非常の際、ボートの水を舷側から搔きだす意味の用語であった。これが転意して、破綻した金融機関に公的資金を注入する時に用いられている。危険なものを取り出すという意味が、重要なものをつぎ込むという、正反対の意味を持つ用語となった。「クレジット」(信用)も債務の意味に逆転した。「シナージー」(相乗作用)が人員整理の意味に用いられている。このように、金融の新実験や新テクニークにより、言葉が本来の意味とは全く異なる用法で使われだした。

ナイルメーターと同じく、神官とは知識と権威を独り占めにする職業である。現代の神官は「金の予言」を司る。「カネの言葉」は強力なパワーである。無理解は、同意の一形態となる。われわれが彼らの言葉を理解しないままでいるならば、今日の世界が動かされている方法、すなわち貧富格差を拡大させる方向に、白紙委任の署名をすることになる。これを食い止めようとする人々は、ナイルの水位を自分で測定する方法を学ばなければならない。

コメント

最近の世界経済の動向やアベノミクスの展開をみると、成熟する資本主義が「自己破壊のメカニズムを内包する」という、マルクス主義的な批判を想起せざるを得ない。

1920-30年代の大恐慌が金融破綻を契機として発生したことを教訓に、第二次世界大戦後の金融システムにビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)が組み込まれ、これによって危機管理が行いうるようになったといわれていた。確かに、戦後長期にわたる経済復興・発展期には深刻な金融危機が発生しなかった。

しかし皮肉なことに、ソ連型共産主義体制の崩壊により、グローバル資本主義体制が成立したといわれだしたのちに、深刻な金融・経済危機が1997-8年に発生した。それは、金融自由化が進み、外資が大規模に流入していた韓国、タイ、インドネシアなどを特に直撃した。それによって、これらの国においては政権が崩壊した。もっとも、混乱が強権政治の復活につながることなく、危機克服と安定化を求める声を強め、民主化の進展に道を開いたのは不幸中のさいわいであった。

新しいミレニアムの幕開けによる楽観的な気分を吹き飛ばしたのが、2008年の世界的金融財政危機であった。これは資本主義的金融の牙城、アメリカを揺るがし、欧州連合の弱い環である南欧諸国などの金融・財政を危機に陥れた。この時に金融危機を救ったのは、金融システム自体の回復力ではなく、国家と国家連合による巨額な公的資金の投入である。

マネーゲームの尻拭いが公的資金の投入によって行なわれ、危機を生んだ金融界の利己的なエリートたちが責任追求をほとんど逃れたことは、自己責任を建前とする経済的倫理に対する拭いがたいモラル・ハザードを生んだ。今日、EUが先導して、G20が金融破綻に対する公的資金投入に制限を設ける動きが出ているのは当然だ。

最近の選挙におけるアメリカ共和党の勝利が金融界とアベノミクス連を勢い付け、所得格差拡大と投機的経済運営を進める政治的無謀運転にさらなる拍車がかかるのが懸念されるとき、本論が指摘する金融用語の逆転用法に対する警告は状況を見据えるのに役立つだろう。
              (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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