「国連に国連特別報告者の調査報告の不採用と再調査を要求する」

【投稿】

国際連合に国連特別報告者の調査報告不採用と再調査を要求する

岡田 一郎


 国連人権理事会の「児童の人身売買・児童売春・児童ポルノ」に関する特別報告者、マオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏は、2015年10月19日から26日まで日本を視察し、日本の児童虐待等について調査し、調査結果について日本記者クラブで記者会見した。ブキッキオ氏はこの後、詳しい調査結果をまとめて来年3月に国連人権理事会に提出し、その調査結果にもとづいて日本政府に勧告が行われる予定である。
 日本でおこなわれる児童虐待やその対策について外部から有益な意見がもたらされることは望ましいことであるが、記者会見の内容を検討する限り、ブキッキオ氏が日本の児童虐待の実態を正確に把握しているとは到底言えず、日本の児童救済政策を歪める勧告が出されることが予測される。そのため、国際連合に対してブキッキオ氏の調査報告の不採用と他の報告者による再調査を要求するものである。(ブキッキオ氏の記者会見の内容については、「国連 児童の性的搾取に関する特別報告者会見 通訳文字起こし」『すちゃもく雑記』(2015年10月26日)http://d.hatena.ne.jp/beniuo/20151026 を参照にした。2015年10月30日閲覧

 ブキッキオ氏の記者会見の問題点について、あまりにも多過ぎるので、箇条書きで指摘していきたい。

◆ 一、何の根拠もなく日本の女子学生の多くが援助交際一歩手前の行為をおこなっていると語ったことである。ブキッキオ氏の英語を聞き取った人物によると、ブキッキオ氏は「援助交際は女子学生の間で広まっており、約13%の女子学生がJKお散歩やその他の表面上は無害な活動に関わっています。しかしこれらの活動は事態がどんどん発展してしまうと深刻かつ極まりない行為に繋がりかねない」と述べているという。(https://twitter.com/beniuo/status/660273827788681216 2015月11月1日閲覧

 通訳は「例えば例としては援助交際があります。これは女子学生の3割は現在援交をやっているというふうにも言われているわけでございますし、最初は非常に罪の無い形で始まるわけです、JKお散歩といったようなものに見られるように。しかしこれは事態がどんどん発展してしまうと深刻かつ危険きわまりない行為に繋がりかねないと言うことであります」と訳しており、明らかにブキッキオ氏の意図を誤解した訳をおこなった。3割の日本の女学生が援助交際をしているという訳は多くの人びとの憤激を呼び、後にブキッキオ氏はJ−CASTニュースと外務省を通じた山田太郎参議院議員(日本を元気にする会)の問い合わせに対して、通訳が thirteen を thirty と聞き間違えただけであり、実際は13%と述べたと回答した。(「国連担当者が『日本の女子学生の30%が援交経験』根拠は不明のまま、記者会見で『いいかげん発言』」『J−CASTニュース』(2015年10月28日) http://www.j-cast.com/2015/10/28249188.html?p=all 2015年10月30日閲覧)(https://twitter.com/yamadataro43/status/659976811829399553 2015年10月30日閲覧

 しかし、13%の女子学生が援助交際一歩手前の行為をしているというのもにわかに信じ難い数字である。山田議員は外務省・警察庁・厚労省に女学生の援交率に関する調査をおこなっているか問い合わせたが、政府としてはそのような調査をおこなっていないという回答が返ってきたという。(https://twitter.com/yamadataro43/status/659566670441275392 2015年10月30日閲覧
 ならば、ブキッキオ氏は日本政府も把握しない調査をどこで知ったのだろうか。J−CASTニュースはブキッキオ氏に問い合わせた上で次のように報じている。「会見で話した内容は彼女が日本滞在中に面会した関連団体などの調査に基づくものだとしたが、具体的にどういう調査か把握していなかった」『J−CASTニュース』(前掲)ブキッキオ氏は自分がヒアリングをおこなった団体から聞いた数字を鵜呑みにしたまま、その数字がいかなる調査によるものかを精査することなく、記者会見でまるでそれが真実であるかのように語っていたのである。
 ブキッキオ氏はあくまでも個人的見解のつもりで語ったのかもしれない。しかし、彼女が国連の看板を背負っている以上、記者会見を聞いた各国の記者たちはそれが国連で調査した数字だと思い、世界に発信するだろう。その結果、世界中の男性たちが日本の女学生を貞操観念の緩い存在と認識して、日本の女子学生が危険にさらされた時、彼女はどのように責任を負うつもりなのか。

 J−CASTニュースによれば、1996年東京都生活文化局の調査で、男子を含む当時の中高生で援助交際を経験したことがあると回答したのは3.3%であり、97年のベネッセ教育研究所の調査では女子が対象4.4%であったという。これらの数字は女子高生の援助交際が社会問題化した時代の数字であり、そのような言葉がほとんど死語と化した今日、13%の女子学生が援助交際一歩手前の行為をしているというのは真実とは到底思えず、日本の女子学生に対する最大限の侮辱としか思えない。

◆ 二、児童の虐待製造物を見る行為自体を犯罪化することを提案していることである。万が一、他人から勝手に児童の虐待製造物を送られ、それを誤って見てしまった場合も罰するのか。ブキッキオ氏は誤って見た場合は無罪とすればよいというかもしれないが、故意かそうでないかをどうやって証明するのか。

◆ 三、マンガと児童に対する性搾取に関係があると自分は思うので検討しろと述べている。これは司会者からの質問に答える形で出た発言だが、ブキッキオ氏が記者会見に配布した英文資料には「ban manga of extreme child pornographic content」(極端な児童ポルノ的内容を含むマンガの禁止)と検討どころか禁止を求める文が見え、彼女は禁止ありきの検討を求めているようである。(http://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=16656&LangID=E 2015年10月31日閲覧

 2014年の児童ポルノ規制法改正の際、国会で創作物と性犯罪の相関関係を検討する条項について検討されたが、議論の末にマンガと性犯罪の相関関係を調査する条項は盛り込まれなかったという経緯がある。2014年6月4日の衆議院法務委員会で橋本岳議員(自民党)が述べているように、日本のようにマンガが広く普及し、誰の家にでもマンガがある所では、マンガと性犯罪の相関関係を立証するのは事実上不可能であり(拙稿「児童ポルノ規制法の改定について」『メールマガジン・オルタ』129号(2014年9月20日))、海外では両者に相関関係はないという研究結果も出ている。それに現在の日本ではマンガ表現は野放図におこなわれているわけではなく、過激な描写のあるマンガはわいせつ物として取り締まりの対象になっているし、出版社や同人誌即売会では自主規制もおこなっている。ブキッキオ氏はこうした事情を全くご存知ないらしい。不勉強と言わざるを得ない。そもそもマンガに関して何か提言をおこなうならば、出版業界からヒアリングをおこなうのが筋ではないか。日本の事情を理解した上で、それでも日本の国会の議論に自分は承服できないのでもう一度検討しろと述べているとするならば、なんという傲慢な態度であろうか。不当な内政干渉である。

◆ 四、文脈から児童買春のことを述べていると思われるが「罰則規定につきましても非常に軽い形になっておりましてせいぜい罰則がかされたとしても罰金だけにとどまる」と指摘している。あきれてものも言えない。児童ポルノ規制法では「第四条 児童買春をした者は、五年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する」と定めている。彼女は日本の法律の条文をきちんと読んでいるのだろうか。

◆ 五、児童(特に女児)に対する性的搾取は沖縄県で際立っており、沖縄県ではアルコールや薬物の濫用によって崩壊した家庭にいたたまれなくなった児童が家出をし、他に生活する手段がないので売春にはしるケースが多く、学校中退率や10代の妊娠も多いと述べていることである。沖縄県はアルコール依存・薬物依存・売春が横行する無法地帯とでもいうのか。児童ポルノ事件に詳しい奥村徹弁護士は「沖縄が多いという資料はないはずだが。誰がなにを吹き込んだんだろう?」と疑問を呈している。(https://twitter.com/okumuraosaka/status/658890307610746880 2015年10月30日閲覧
 ブキッキオ氏は上記の根拠不明の沖縄県の「現状」をもとに日本政府と沖縄県を非難しているが、そのような事案が沖縄県に多いという根拠をまず己が示すべきであろう。

◆ 六、児童相談所を「戦後、孤児を対象にして作られた施設」と述べているが、そうでないことは児童福祉法を読めば一目瞭然である。こんな基礎的な知識も持ち合わせていない人物が日本の児童虐待防止に関して有益な意見を述べられるとは到底思えない。

 以上のようにブキッキオ氏は記者会見を聞いただけでも、政府に統計結果を問い合わせるでもなく、日本の法律の内容や制定経緯を精査するわけでもなく、一部の関係者から聞いた、根拠があやふやな情報を鵜呑みにして全てがわかったような気になっており、真摯に日本で児童虐待に関する調査を行ったとは思えない。
 このような不真面目な調査に基づく勧告は日本の実態とかけ離れたものになることが今から容易に予測することが出来る。誤った調査は誤った勧告しか生み出さず、日本政府が国連からの勧告だからとそれに従った場合、日本の実情とはかけ離れた施策が展開され、現在、虐待に苦しんでいる子どもたちはさらに苦しむことになる。外務省は国際連合に対して、ブキッキオ氏の調査報告不採用と他の報告者による再調査を早急に要請すべきである。

 (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧