「対中・ロ日本外交を問う」

■ 【座談会】
「対中・ロ日本外交を問う」

       司 会: 羽原清雅(元朝日新聞政治部長)
       出席者: 石郷岡 建(日本大学教授)
            篠原 令 (日中ビジネスコンサルタント) 
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【羽原】 昨年の末には北朝鮮、今年は1月に台湾、3月にプーチン大統領が返
り咲き、秋には中国の新しい主席が決まり、11月にアメリカ、それから12月
に韓国と、まさに国家首脳の人事の年になっています。

 この1年間は、見定めつつ進む年かなと思いますが、日本との関わりが深い中
国とロシア、それぞれの専門家であると同時に、現地に在住して、長く研究をさ
れて、優れた分析の著作を、お持ちのお2人からそれぞれ自由にお話しして頂け
ればと思います。

【石郷岡】 私事ですが家族旅行でパリとモスクワに行き2日前に日本に帰って
きました。ということで、ロシアの話をしなくてはいけないのですが、最初にヨ
ーロッパで感じたことを話します。

 まず、一般的なことですが、パリの日中の天気は最高気温が18℃か19℃で
した。夜は冷え込みますが、日中はかなり暖かでした。4日後にモスクワに飛ん
だのですが、モスクワ空港は全面的に白い雪で、凍りついたような大地でした。

 全然気候が違う。気候が違うということは、まったく、国のあり方も違うとい
うことを強く感じました。どういうことかと言うと、パリでは色々な人がいて、
いい面も悪い面も、個人主義が非常に栄えているなと思いました。

 でも、ロシアに入って、飛行場や地下鉄構内を歩くと、まったく違う様相です。
やっぱり社会全体が一致していないと、この雪にはとても勝てない。パリ的なも
のは、無理だなという感じでした。

 そして、私の第一印象は、パリは人心が荒れていると思いました。モスクワ
は、それほどでもない。人心が荒れていると感じた理由は、パリ全体が落書きだ
らけなのです。数年前のニューヨークみたいな感じでした。

 どうも、フランスは上手くいっていないという雰囲気が強い。有名な百貨店も
ガラガラで、誰も居なくて、明らかに客が入っていない。ルーヴル博物館の近く
に免税店がありますが、家族3人で行ったら、凄い数の中国人で溢れていました。

 昔、日本の女性観光客がブランドものを求めて殺到すると、フランス人の店員
が商品を投げて、それに向かって女性が群がったという話がありましたが、その
雰囲気が今度は中国人です。日本人専用って書いてあるフロアーに行ったら、日
本人はほとんど居ない。店員が、お前らはこの下のフロアーだというので行くと
中国人で凄い状況で、結局、出てきました。

 そこだけでなく、パリは、もう圧倒的に中国人が多く、中国の進出ぶりが非常
に印象的でした。

 続いてモスクワですが、私が今回一番感じたのは、圧倒的な物価高です。私の
娘の乳母さんをしてくれた人たちなど2人を呼んで、ご飯を一緒に食べようとな
ったのですが、メニューを見てビックリしました。

 とにかく高い。一応招待したので、一番安いイタリア・ワインを選んだのです
が、1万円です。結局、料理も高いのは頼まず、ちょっとした軽い物でごまかし
たのですが、それでも、終わったら全部で3万円。私が招待した2人は、ともに
年金生活者で、その値段を聞いた時に、立ちすくむ様な感じでした。

 パリとモスクワの比較ですが、両方とも中産階級が没落している。モスクワの
場合は、非常にリッチで、ワインが1万円だろうと3万円だろうと払える層と、
それがしだいに払えなくなっている中産階級がいて、さらに、全く関係のない貧
しい年金生活がいる。3層に分かれ、そして、中産階級の分極化が始まり、中産
階級の多くの人が貧しい層へとズルズル落ちている感じです。

 モスクワの街はキラキラしていますが、歪んだ感じがする。パリの場合はそう
いう感じではないが、いわゆる地元のフランス人の中産階級が落っこちていて、
もうダメだなという感じを強く持ちました。一生懸命仕事をしているのは移民の
人たちだけという印象です。

 そして、中産階級がおかしくなっているのは、フランス、ロシアだけでなく、
日本も含め全世界的な光景だと、私は思いました。

 モスクワでは、30年も40年も前の学生時代の友人たちが集まってくれまし
た。その中にチェコとスロヴァキア出身者がいたのですが、チェコ出身者が、ヨ
ーロッパはおかしくなっているという話をしました。「右の政権が来ても、左の
政権が来ても、どうも上手く行かない。何をやっても上手く行かないんだ。民主
主義はダメになった」という話を盛んにしていました。その話を聞きながら、そ
れは、日本と同じじゃないかと、私は思いました。

 私の感じでは、全世界で経済システムが、どうもうまく行っていない。右とか
左とかいう概念そのものが、非常に分かりにくくなっている。経済がうまくいか
なくなると、右も左も同じ様なことを言うだけで、結局、その出口が見えてこな
い、という状況が全世界的に覆っている。結果的に中産階級が落ちこぼれるとい
う非常に危機的な状況にある。

 これは、これまでのように、社会民主主義的な経済にするのか、それとも、市
場経済重視の経済にするのか、という様なことでは、割り切れない何か別な出口
を探さないと、世の中おかしくなるぞという感じを1週間の旅行で感じました。

【篠原】 中国も、心情的な所から話しますと、去年までは非常に元気があった
のですが、今年になって1月、2月と中国に行ってみたら、皆が政治のことを話
すと、とにかく、安定、安定ということを言い始めるのです。

 裏で大変なことが起きているのではないか。というのは次の18回党大会の指
導部とか、全人代、政協の上の方に誰がなるかというのが、普通であれば、去年
の秋ぐらいに、だいたい分かってくるのですが、未だに分からない。少なくと
も、習近平の党総書記・国家主席と、李克強の首相は確定したとみんな言うけれ
ど、それ以外はまだ全部、流動的なのです。

 とにかく、政治の話をすると皆が、安定しなきゃ、安定しなきゃと口にする。
よっぽど、何か裏で大変なことが起きているのではないかと上層部に詳しい人た
ちは、今年の始めぐらいから感じていたらしい。

 それが今回やっと、重慶のトップの薄煕来の失脚があったのですが、水面下で
はもの凄く熾烈な戦いが起きていたらしい。それで今、仕事なんかで行きます
と、10月の党大会が終わるまでは何もしないという意見がある。これは例えば
何か大きな投資をしても、その後で政策がひっくり返って、投資がダメになると
いう考えです。もう1つは、とにかく急いで大きな取引なら取引をしないと、
10月以降、もの凄い引き締めが始まって、景気が後退し、お金が動かなくなる
恐れがあるというのです。

 いずれにしても、やるなら早くして欲しいし、それでなければ10月以降、状
況を見極めてから動いた方がいいと、現状に対する不信感というのを、会う人会
う人みんな口にする。ロシアもそうですが中国はやはり、2012年問題の中
で、非常に大きな変わり目を迎えていると思います。

 今年は日中国交正常化40周年ですが、日本の対中認識というのか、中国との
関係の取り組み方が非常にお粗末です。たとえば、2月の初めに日中友好7団体
というのが、中国へ行った。普通だと7団体が行くと、これまでは国家主席が必
ず会っていたのです。ところが今回は、胡錦濤国家主席、温家宝首相とも会わな
い。初めてそういう待遇に出くわした。私もちょうど北京に居たので、翌日の主
要な新聞を買って見たら、その7団体が来たことを1行も書いていない。

 普通であれば、チャイナデイリーという、英語の新聞には国内ででないことも
出るんですが、それにも全く出ない。要するに、完全に中国側からみたら、日中
友好を言っている雰囲気ではない。7団体が来たことに対して、1つだけ、環球
時報という人民日報系の新聞が、自分の記事ではなく、産経新聞の引用として、
団長の軽さを書いていたが、日中関係には今まで何もしてこなかった人が、団長
で行っても中国での知名度ゼロでは何の影響もない。

 産経の記事をただ翻訳して載せただけで中国政府の公式論評は一切なく、全く
無視されている。それを、これまで日中友好に関わってきた人たちが、日本に帰
ってきて実は、今回行ったけど、中国側から非常に冷遇された。あるいは大変だ
ったというのを誰も言わない。

 多分、私は中国国内の水面下での権力闘争が色々あって、日本にまで気を使う
暇がなかったという原因もあると思いますが、これはやっぱり民主党政権になっ
て、外交全般、特に日中外交というのは、完全にメルトダウンしている。

 先日、民主党の輿石訪中団というのが仙谷・山岡など10人ぐらいで行った。
自分たちは、習近平に会ったから大成功だと言っているし、新聞も好意的に報道
をしていました。ところが、この団は今回、胡錦濤からは完全に無視された。輿
石はどうして無視されたのかとカンカンですが、この訪中団をセットしたのは中
央対外連絡部で、今の部長は江沢民の甥っ子なのです。

 名前は、王家瑞というのですが、どうして彼が中央連絡部の部長になったかと
いうと、多分、数年前の権力関係で江沢民が無理矢理押し込んだと思うのです
が、胡錦濤はそれを未だに切れない。ちょっと前の話に戻ると、彼が中央連絡部
の部長になったときの人事に、最初は皆、今まで全く党の外交とか取り仕切って
きた人ではないのに、なぜこの人が突然出てきたのか分からなかった。江沢民の
意向だとだんだん分かってきて、皆、なるほどとなったんです。

 その時に、前任の中央連絡部長だったのが戴秉国さんで、戴秉国さんは、中央
連絡部から外交部へ移される。外交部で一応格下だけど、次官をやり、その後、
国務委員ということで返り咲きます。戴秉国さんが中央連絡部長を解任された時
に、当時3人いた副部長のうち自分の腹心の部下2人を連れて外交部に移っちゃ
った。

 そのうちの1人は今、北朝鮮大使になっている劉洪才で、もう1人は外交部の
常務次官になっている張志軍で、この2人は戴秉国さんの腹心の部下で、劉洪才
さんは日本にも長く居たし、日本語も上手で、張志軍さんは、戴秉国さんに一番
信頼されている部下です。

 そういう人が全部、中央連絡部を離れてしまっている。野中広務氏のときか
ら、日本の政治家と中央連絡部の窓口をやっていた李軍という日本担当がいます
が今回行ったら、この人がどっかの国の大使に出されるというのです。

 だから、中央連絡部は、完全に戴秉国とか胡錦濤の息のかかった人を全部外に
出しちゃった。そこの部長が、輿石訪中団を招いたというのは、これは胡錦濤か
ら見れば、勝手にやれよということになる。習近平が会ったのは一応、党と党の
関係で呼んでいるから会ったんでしょうが、それだけ見ても非常に習近平の力関
係が落ちたなって気がしています。

 そういうことがあって、訪中団が行っても、民主党の中には、中国の内部事情
が分かっている人は1人も居ない気がします。これはちょっと遡ると、2009
年の暮れに小沢一郎訪中団が行っていますが、小沢訪中団を受け入れたのが、王
家瑞中央連絡部長なんです。その時はまだ、共青団も一緒に受け入れをしてい
て、小沢一郎が無理を言って百何十人の国会議員と胡錦濤国家主席と写真を撮ら
せたのです。

 それが後に中国国内では問題になり、共青団では担当者が首を切られました。
それでもまだ民主党は、中央連絡部の今の部長のルートでやっている。民主党と
共産党の交流がうまく行っているというのは、民主党が非常に誤解している。

 中国側から見たら、そんな団はもうどうでもいいという様な位置づけです。本
当でしたら、国交正常化40周年の皮切りに民主党の代表団が来たら、胡錦濤は
当然会っていいはずですが、入り口が間違っている。そういう状況を今の民主党
の政治家たちは、全く認識していない。これは非常に問題だと私は思います。

 小泉時代に日中関係は非常に悪くなって、5年間ぐらい、落ちる所まで落ち
た。2005年には反日デモがあり、あれも経済界にはかなりダメージがあった。

 2006年に安倍訪中団が行った時は、氷を砕く旅といった。その翌年には温
家宝首相が日本に来て今度は氷を溶かす旅。2008年には胡錦濤が久しぶりに
日本に来て、それでやっと今度は暖春の旅ということで、日中関係が良くなるか
と思ったのです。2009年に民主党政権が出来て、中国側も当初は非常に期待
した。

 ですから、小沢訪中団が行った時には、中国は大サービスをして迎えたのです
が、それがもう2010年に入ったとたんに、段々ボロが出てきて、民主党の最
初の外務大臣は岡田で、次が前原、松本、玄葉の外相がなぜか、日中間に領土問
題は存在しないと突然口に出す。それがあって2010年の尖閣諸島問題が起こ
るんですが、自民党政府の時代は、72年の国交正常化以来、30数年間、中国
との関係を非常によくしてきた。尖閣問題は棚上げして漁船が近づいてもうまく
処理してきた。

 日中国交正常化の前は、社会党とか色々な民間の団体、あるいは財界の人たち
が、一生懸命国交正常化しようと友好運動をやってきたが国交正常化後はむしろ
自民党が主役になって、日中関係を非常に強固なものにしてきた。民主党政権に
なったとたんに全てが崩れさって、本当にメルトダウンして、何かやればボロば
かり出る。

 自分たちでは、日中外交やっているつもりみたいですけど、日中7団体にして
も輿石訪中団にしても、中国側から見たら全く評価されていないというようなこ
とを、日本側は全く分かっていない。まさに最低の状況の中で、今、国交正常化
40周年を迎えていて、今年どのような催しがあるのかは、今、経団連が中心に
なって取りまとめています。

 経団連の担当者に聞いてみたのですが、イベントしかないんです。例えば、香
港にAKB48が行って歌を歌うだとか、そのようなアイデアは色々な所から出
てきて、その度に40周年記念事業ですというお墨付きを頂いている。例えば本
当の意味で40年前を振り返ってみて、今の日中関係を今後どういう風に展開し
ていこうかという様なことを、まじめに考える雰囲気が全くない。これは日本の
民主党の若い政治家達が過去の日中関係の歴史を知らないというのが一番問題だ
し、とにかく外交音痴がそろっちゃっている。

 それから、中国は国内事情があって、40周年と言われても、自分たちの方が
あまり積極的に動けない状況があって、非常に最悪の事態で迎えた40周年だと
私は思っています。

【石郷岡】 ところで最近、習近平が訪米し、大歓迎を受けましたが。

【篠原】 習近平の訪米自体が、まさに権力闘争している真っ最中なのです。彼
が行っている時に、政治局会議を開いて重慶トップの部下を捕まえている。そう
いうことを知っていて行ったとは思えないから、習近平からすれば、やられたと
思っているかもしれません。

【羽原】 ちょっとパターンを変えて、ロシアの内政面での課題などを少しお話
し下さい。

【石郷岡】 パリに行ってなければ、非常に厳しい評価をしたと思うのですが、
パリに行った後だったので、ロシアもなかなか良いじゃないかという風に変わり
ました。

 それにも拘わらず、ロシアは大きな問題を抱えています。ただ、西側からの報
道では、12月4日の下院選挙で不正があって、「ロシアの春」だか「ロシアの
冬」だとかが始まるという報道にあふれたのですが、私は全く間違った見方だっ
た、と思っています。

 だいたい、自由と民主主義で全てを切って行くという考え方は間違っていると
思います。プーチンにとって、選挙が終わった後に涙を流した風景がありました
が、あれはやらせだと言われるのですが、私は、あれは本当に涙を流したと思っ
ています。それほど今回の選挙は厳しかった。その理由は、自由と民主主義にモ
スクワの市民たちが立ち上がったというわけではありません。

 実は、昨年11月にモスクワの大きなスポーツス・タジアムで格闘技の試合が
あった。ロシア人の選手とアメリカの選手が闘って、ロシア人が勝った。マッチ
ョなことが好きなプーチンがスタジアムにいた。試合後、リングに上がり、小泉
元首相が国技館でやったと同じように、「良くやった」と激励しようとしたので
すが、約2万人の会場の一角からブーイングが出て、そのブーイングがあっとい
う間に聴衆全体に広がった。

 その様子は、ユーチューブで全ロシアに流されました。映像見ると、はっきり
と「(プーチン)出て行け」という声が聞こえる。そこに来ている2万人の客の
大半は、自由とか民主主義を叫ぶ人たちではなく、どちらかといえばマッチョ大
好きの人たちです。民族主義者や保守的な連中で、プーチンの支持層だった人た
ちです。

 プーチンは、自らの支持層の抗議の反応に、もの凄くショックを受けたと思い
ます。12月4日の選挙後に抗議のデモがありましたけど、プーチンにとってあ
れは全く、恐れる必要は無かった。怖かったのは、リベラルでもなく、知識人で
もなく、中産階級でもない、もっと下の方の人々が、どうも現在の体制に不満を
持っている。これは非常に恐ろしいことで、それで選挙に頑張ったという訳です。

 選挙結果を見ると得票率63%の圧勝です。じゃあ、「自由だ、民主主義だ。
ロシアの春だ。ロシアの冬だ」と騒いでいた人がどこに行ったかといえば、プロ
ロフというリベラル系の新興財閥の候補者に集まった。それでも得票率は10%
以下。リベラルを支持する人は全国民の1割にも満たないということです。

 歴代の世論調査を見れば分かることなのですが、「安定」を求める人は、ロシ
ア国民の8割です。「民主主義」を求める人たちは2割です。この数字はほとん
ど変わっていません。逆に言うと今回、民主主義支持の数は10%も取れず、も
っと減ったという結果になりました。やっぱり、ロシアでは民主主義よりも、社
会の安定を求める人たちが非常に多い。

 そのことは、プーチンが選挙期間中にしきりに言いました。「君たちは、ソ連
崩壊後の訳の分からない混乱や、生活格差がくるのを、また望んでいるのか」
と。そして、「いや、それは望んでいない」という人たちが圧倒的に出てきたと
いうのが選挙結果です。

 先ほど娘の乳母さんのお話をしましたが、その乳母さんらは1万円のワインを
飲みながら、「全世界が我々、ロシアを責めてひどいことになっている。我慢で
きない」としきりに不満と怒りを述べるのです。リベラル派への支持はなく、自
由や民主主義の話も出てきません。この乳母さんと同じ様に、「プーチンは出て
行け」と言いながら、実際には、プーチンへ投票した人が非常に多かったという
ことです。

 プーチンの支持率は、当初、およそ8割で、大統領のメドベージェフが10%
低くて7割ぐらいで、政府の支持率が6割ぐらいでした。プーチンは首相ですか
ら、政府のトップなのですが、その政府の支持率とプーチンの支持率が2割も違
うというのは変な話ですけど、プーチンの人物評価と政府の評価は分けていると
いうことになります。

 プーチンは、言ってみれば日本の天皇みたいな存在で、国家のシンボルです。
だから、なかなか批判を浴びない。批判を浴びるまでのところへいってしまった
ら、ロシアの場合、革命騒ぎが起きて大変なことになります。

 にもかかわらず、プーチンの支持率が、実は1年ぐらい前から落ちていまし
た。誰もあまり気がつかなかったのですが、プーチンの支持率は今年の始めに、
8割が6割に減り、政府の支持率は5割を切っていました。

 つまり、政府を支持している与党の支持率も5割を切るかもしれないというこ
とは、もう1年前に予想できたことだったのです。このことに、プーチンは非常
に危機感を持ち、与党の「統一ロシア」に対抗する「ロシア国民戦線」という変
な組織を作ったりしていました。

 そういう変な動きが去年の4、5月頃からあって、どうもプーチンはメドベー
ジェフを大統領の座から下ろすということを考え始めていたようです。つまり、
メドベージェフでは政権はもたない。5月、6月の頃は、まだメドベージェフも
次期大統領になる気があると言っていましたが、8月には沈黙を守り、9月の与
党の大会では、プーチンが「俺が大統領になり、メドベージェフは首相になる」
と宣言し、メドヴェージェフはこれを受け入れ、大会は終わりました。

 プーチンとしては、「俺が出馬すれば、また支持率が戻る」と思ったのではな
いかと推測しますが、その1ヶ月後の格闘技の試合で、観客のブーイングにあっ
た。つまり、人々はプーチンを支持しているように見えても、「もう、いい加減
にしてくれ」という感じがあった。

 つまり、都市層の中産階級が持っている不満と、それ以外の貧困層の不満は分
けた方がいいと思います。中産階級の不満というのは、貧困層から見ると、「お
前たち、散々甘い蜜をすってきたのに、ちょっときつくなったからといって、何
を言っているんだ」という感じです。田舎の方の人から見れば、プーチン時代は
そうはいっても、ソ連崩壊直後の様なひどい状況には陥っていないとの印象だと
思います。

 それでも、2000年位から始まった石油価格の高騰による、オイル・ドルが
ロシアにじゃぶじゃぶと入ってくる状況は終わった。これからどうなるのかとい
う感じが、ロシア社会を覆い始めた。エリツィン在任中におきたロシア危機の時
は、石油の値段が1バーレル20ドル以下だった。それが、2000年にプーチ
ンに権力が移り始め、石油の値段が100ドル近くに上がり、そのオイル・ドル
が非常に不均衡・不公平ではあるが、皆にバラバラと流れ落ちる状況になった。

 ところが、2008年、2009年の金融危機の到来になると、経済が急落
し、混迷の渦に入っていった。そして、メドベージェフ時代は、明らかにGDP
の伸びが鈍った。詳しい経済状況を知らない一般市民からすると、やっぱりプー
チンの方がいいという気持ちになる。

 ただ、プーチンの気持ちからすれば、石油の値段が上がって、オイル・ドルが
じゃぶじゃぶの時代はもうやってこない。終わっている。なにか、別の経済の立
て直しをしなくてはいけないということになる。

【羽原】 家庭経済に及ぼす影響はどのような感じですか? その不満の根源は
経済的な不安定ですか。

【石郷岡】 不満の根源は、将来の見通しがたたないことです。1人当たりの国
民所得で言えば、ソ連崩壊後は2000ドルが、プーチン時代には9000ドル
近くまで上がっている。しかし、労働生産性は全然上がっていない。人々の生活
が豊かになったのは、石油の価格が上がったからです。しかし、現在の市民の生
活を見ていると、一般の人への恩恵は少なく、しかも、それがどんどん減ってい
る。

 ということで、打撃を受けていた中産階級の人たちが12月5日に立ち上がる
という騒ぎになったのです。これは、ロシアの貧困層から見ると「何だお前ら、
また、いい思いをしたいのか」となり、非常に複雑な構造になっています。

【羽原】 中国の内政面、人事の件もちょっと触れて下さい。

【篠原】 中国は、ご承知のように毎年、8%から9%の経済成長を経て、今回
若干、落として7%台としていますが、やっぱりかなり活発な経済活動がある。
例えば住宅でも昨年は1000万戸。今年は少し落として700万戸。700万戸の住
宅を造ることは大変な経済が動く。家は建築資材・家電製品・内装品など、あら
ゆるものが必要になってくる。庶民は生活が目に見えるように少しずつ良くなっ
ていくのを感じている。

 中国人はもともと根明ですが、どこの地方都市に行っても非常に明るいので
す。それは経済が動いているからで、日本みたいにお金がストップしていない。
つまり、色々な業種の人が何らかの活動をしてそれなりに良くなってきている。

 その一方、今年に入ってよく聞く話は、国民党が台湾に逃げていく時に近くな
ったという。これはここ数年、中国では国民党と共産党が争って最終的に国民党
が台湾に逃げていく頃をテーマにしたテレビドラマが凄く多かったのです。

 だから、テレビを観ている人は、国民党というのは、だんだん政局が不利にな
ってくると高官や金持ちから、だんだん香港やどこかに財産を移し、最後には家
族とかを移して、自分も逃げるという、テレビドラマの場面をたくさん見ている
ので、今の中国政府高官や金持ち連中など上層階級が、財産を何とか外国に移
し、子供たちを外国へ留学させたり、何かあったら自分もすぐ逃げるという怪し
い動きを全国規模で始めているというのです。

 これは、国民党の最後と非常に似てきていると言われているのですが、ただ、
一方で、庶民のレベルでは非常にお金が回っているので、そんなに危機感がない。
沿岸部は豊かになり、また、内陸部はまだ残っていますから、いくらでも発展し
ていく、経済が向上していく土壌が一杯残っているので、簡単に日本のバブル崩
壊のようには起きないし、住宅価格の高騰なども、政府が一生懸命色々な政策を
使って抑えている。

 それから、去年から顕著になったのが、毎朝やっている1時間ぐらいの中央テ
レビのニュースの中で、底辺に目を向けよという、10~15分ぐらい全国各地
の底辺で生きている人たちの生活を紹介する時間帯がある。毎日、違うテーマ
で、あちこちの底辺の生活を紹介する。

 これに非常に共感する人が一杯いる。例えば、ジャガイモを作付けしてみたけ
ど1つも売れなかった、どうしようかと言っている人たちが紹介されると、翌
日、とんでもない遠い所から注文が来たりして助かる。

 何とか格差を是正しなければいけないというような話を、去年あたりからずっ
とテレビで沢山やっている。日本と違ってやろうと思うと政策的にかなり修正が
効く国ですから、非常に格差があると言われていてもそれを何とか直して縮めて
いこうという動きがある。そういう意味では、政府がどんどん対策を打ってくる
ので、そこら辺がかなり日本と違います。

【羽原】 それは胡錦濤の和諧社会という政策が、割に上手くいっているのです
か。

【篠原】 まだ、全てに行き渡る訳ではない。ポーズとして、一生懸命やってい
るのが分かるということです。

【羽原】 見えつつあるということですか・・・

【篠原】 胡錦濤も温家宝も今年で終わりですから、彼らは最後の勝負に出てい
ると思います。温家宝は2010年の始めから、昔の様な皆が平等で、質素で格
差のない、皆が人のためを思う様な社会に直さなければいけないとずっと言って
きている。胡錦濤もそう言った思想を胡耀邦から受け継いでいる立場だから、本
来こういう社会でなければいけないというのは頭の中にある。

 最後の年になって、とにかく権力を使って悪いことしている連中を、自分たち
の手で出来るだけ、やっつけておこうということで今回の重慶の様なことが出て
きたと思う。本当はまだあれよりも悪いことをしているのは一杯いると思うので
すが、やりやすいところからやった気がします。薄煕来の場合は、前から言われ
ていて、家族がかなり悪いことしているし、文革的手法が危険視されたのでしょ
う。

【羽原】 内政面ですが、いわゆるネット社会に乗っている若い人、あるいは、
富裕層、これと一般国民のレベルは、相当格差があるし、政権としてはその調整
をどう考えていますか。

【篠原】 中国政府はネット社会にたいして、ネットを利用しようと途中で方針
を変えたと思います。だから今まではネットが政府を批判してきたのを逆に今度
はネットを使って政府がやろうとしていることをどんどん広めていこうとしてい
る。最近毎日中国語の Yahoo! を見ているのですが、一番上に人生を考え直す様
なテーマが毎日出てくる。

 私たちはこのままでいいのだろうかと、毎日のように、根本的な問いかけが色
々な人からでてる。それが一番トップで、皆それを結構読んでいて、やっぱりこ
のままじゃいけないということを多くの人が感じている。今は底辺の人でもネッ
トをやっているから、政府が報道しない暴動かなんかでも、皆知っちゃっている。

 だから、多分、胡錦濤達がやろうとしていることは、胡耀邦が少なくとも目指
していた、平等な自由な社会というものを何とかできる範囲で、やって自分たち
は退こうと考えているのだと思います。

【羽原】 何か内政面で、触れておくことはありますか?

【石郷岡】 腐敗や権力をふるう体制を修正するということは、ロシアでもプー
チンが言っています。ただ、権力者が言うからといって、本当に上手くいくの
か、という根本的な疑問もあります。

 それよりも、問題は指導者ではなくて、体制そのものにあるのではないかと思
います。官僚組織が権力を握れば握るほど腐敗が高まるので、あの人がいい、こ
の人は悪いと言っても仕方がない。

 さらに、官僚組織から権力を奪っても、完全に自由市場主義経済へと変えるこ
とがいいのか、という大きな問題もある。中国の場合もロシアの場合も、そうい
うことを言いつつ、上からの指導で、市場経済や社会全体の統制を強めたり、弱
めたりしている。

 上からの権力腐敗退治というのは、矛盾している話で、そういうところが、胡
錦濤および温家宝が、今一つわかってないのではないかな、という気がするんで
すけど。

【篠原】 それはね、中国国内でも、温家宝にしても胡錦濤にしても、例えば温
家宝の奥さんは宝石の商売やって、すごく儲けている。胡錦濤の娘婿はIT企業
を上場したりして、金持ちになっている。お前たちも同じじゃないかという批判
は出ている。

【石郷岡】 温家宝や胡錦濤は、なんか良い人らしく見え、ほかの政治家よりい
いのかもしれないけど、権力闘争が始まる背景には、やっぱり利権の問題があっ
て、利権を牛耳るような構造が残っている。これは、ロシア人がみると、ロシア
も、ひどいけれど、権力の集中度が全然違うから、多分ロシアより中国のほうが
ひどいだろうな、ということになる。

【篠原】 それは、中国は本当にひどいですよ。特に、今一番ひどいのは軍隊
で、軍は、とても外国と戦う気力なんてなく、金儲けに忙しくて、昇進するのも
みんな賄賂らしいと言われている。

【石郷岡】 それはロシアにもある。

【篠原】 日本人から見るとびっくりするけど、ロシアや中国の人からしたら向
こうが当たり前の社会です。

【石郷岡】 当たり前って、いっちゃうとちょっと・・・

【羽原】 太子党とか、利益集団についてはどうですか。

【篠原】 太子党というのは、かなり前の天安門事件のころに、いろいろと金儲
けしたのですが、いまは太子党ではなく役人が職権をつかって金儲けする。だか
ら、権力貴族、「権貴」主義っていうのです。太子党はほとんど金持ちになって
しまって、もうこれ以上やらなくていいっていう感じです。

 たとえば、今回の、薄煕来にしても習近平にしても、彼らは革命の元老たちの
2世ですが、次の世代になったら、もう十分お金持ちだし、いろんな特権もある
し、多分表に出てこないと思うのです。太子党っていうのは、もうこの習近平の
世代で消えていく。

【羽原】 このへんでロシアの対外政策に話を切り替えたいと思います。プーチ
ン体制の中で、どういう展望が見えるでしょうか。

【石郷岡】 一にも二にも、問題は中国ですね。前のメドベージェフ大統領は、
アメリカ的、もしくは親西欧的な価値観が大好きで、つい最近もサミットに来て、
オバマとひそひそ話して、それがすべてマイクロフォンで聞こえたとかという話
もありましたが、オバマが大好きです。

 だけど、完全に間違っていると思うのは、去年ロシアが初めて参加する東アジ
ア・サミットが開かれたのですが、絶対にこなくちゃいけなかったのに、それを
すっぽかした。欧米に傾いた価値観で世界を見ている。アジアを重視していない。

 プーチンは逆です。プーチンは明らかにアジアを見つめている。なぜ彼が欧米
ではなくアジアを見るようになったかというのは、いろいろとあるのですけど。

 1つ目は、プーチンの家系はどうも、ロシア正教分離主義派ではないかという
疑いです。ロシア正教会の中でも、反主流派で、ギリシャ風に典礼をきちんと直
せという主流派の主張に反抗し、徹底的に抑圧をされた人たちです。この人たち
が親ロシア主義というか、反政府主義の流れを引いているという話があって、そ
れがもしかしたら、プーチンに影響を与えているのかもしれないというのです。

 2つ目は、プーチンは、サンクト・ペテルブルグという「西欧に開かれた窓」と
呼ばれる、ヨーロッパに非常に近いところの出身で、ヨーロッパをよく知ってお
り、「ロシアはヨーロッパの一部だ」という価値観を持ちながらも、よく知って
いるがゆえに、欧米を批判的に見るということがあったのではないかというので
す。

 プーチンはドイツでスパイ活動をして、さんざんドイツの姿を見ているが、ド
イツに傾いた感じはしない。逆に少年時代に一生懸命やった柔道からの、アジア
もしくは東洋の価値観になんらかの魅かれる傾向があるような感じがする。

 3つ目は、やはりすべての経済がアジアの方へ動いている。どうもアメリカの
時代は終わるということが、プーチンの考え方の中で強くある。

 20001年の9・11の際、ニューヨークの貿易センタービルが爆発され、
大騒ぎになりますが、ブッシュ大統領に最初に電話したのはプーチンで、その最
初の言葉が、「我々は、あなた方とともにある」という有名なせりふです。

 そのあと、ブッシュがあちこちで「我々とともにあるのか、ないのか」と踏絵
みたいに使い始めるのですが、それを最初に言ったプーチンは、全面的にブッシ
ュ氏支持でした。

 9・11事件後、アメリカはイスラム・テロ組織「アルカイダ」の本拠地はア
フガニスタンだと言いだしますが、その情報はロシアからだったのではないと、
私は思っています。アメリカが中央アジアに軍部隊を派遣するといった話が持ち
上がると、当時のイワノフ国防大臣が「そんなことはありえない、ロシアの下腹
部の柔らかい部分にそういうものが来るのは、ありえない」というようなことを
言うのですが、次の日、プーチンが「来てもいい」と言って、話がひっくり返る
ということがありました。

 しかし、プーチンは2003年のイラク戦争の始まりの際になると、「我々
は、一極主義というものが来ると思っていたが来なかった」と言い、今度は米国
を支持せず、逆に米国の軍事行動を批判します。つまり、「アメリカが誤った判
断をしている。われわれはアメリカ一極となる世界がやってくると思ったが来な
かった。一極ではなく、二極から、すぐに多極化世界へと移っている」と言いだ
すのです。

 このプーチンの言い方に対して、ロシアが多極化世界にしたがっている、要す
るに「ロシアはアメリカの権力を奪おうとしている」と評する人が多いのです
が、それは逆で、プーチンは一極のほうがいいと思っている。しかし、多極化に
なるならば、それを受け入れざるを得ないと思っている。

 プーチンは、2003年のイラク戦争開始直後の会見で、さんざんアメリカの
批判をしたあと、「私は、このイラク戦争で、イラクが勝利することを望まない
し、アメリカが勝利してほしいと思っているが、それは難しいのではないか」と
いうようないい方をしている。

 結局、アメリカというのは、頂点に立った途端に、おかしくなった。おかしく
なった時に、世界が多極化していく場合、一番被害をうける可能性が強いのがロ
シアである、というのがプーチンの考え方です。

 つまり、多極化した世界というのは、統一された秩序のある世界というよりは
混乱の世界がくる。その混乱の世界で、国境などがはっきりしないロシアは危な
いので、きちんと対応しなければいけないというのです。

 このあと多極化世界で、ロシアは中国と組むとか、組まないとか、いろいろな
話が出てくるのですが、それ以前に、中国がすごい勢いで経済力をつけてきた。
そちらの方はもっと無視できない問題となった。

 プーチンは2000年頃に、中国が力をつけてきたという感じを持った。20
00年にプーチンが大統領に就任した時に、最初に出かけて行った国が中国です。
中国から北朝鮮に行き、そのあと沖縄サミットに向かう。ちなみに、当時の北朝
鮮の首脳の金正日総書記に最初に会ったのはプーチンです。

 プーチンは、この3つの国に行く途中で、中国との国境にあるブラゴヴェシェ
ンスクという町で、シベリア極東地域の関係者を集めた会議を主宰している。
  当時、モスクワ中央は政治闘争で頭がいっぱいで、シベリア・極東地域はほぼ
無視されていた。それをプーチンは「これからはシベリア極東を大事にする」と
言った。

 ほったらかしにされていた間に、シベリア極東地域で、何が起こったかという
と、中国の経済的膨張があの地域一帯に広がったというわけです。

 当時、シベリア極東地域では、中国の経済的な膨張に対する反発がものすごく
強くて、ある種中国排斥運動みたいなものがあった。ところが、10年ぐらいた
つと、そのシベリア極東地域の人たちが中国を排斥しなくなった。逆に中国の流
れに乗ろうという感じになって、地域の知事や経済人たちが、中国と結びつくこ
とに利害・利益を見出し、黙り始めるのです。

 モスクワ中央は、これはおかしいぞと、途中から気が付き始める。このままほ
っておくと、シベリア極東地域は、中国通貨の元経済圏に入っていく。
  これはまずいぞ、ということになり、2000年以降、この流れをひっくり返
すようなことを、プーチンはし始めるのです。

 その一番いい例は、東シベリア・パイプラインで、これは、東シベリアからパ
イプラインを敷いて1つは中国の大慶へ、もう1つはウラジオストックへ行く。
最終的には日本などに石油が行く建設計画です。

 この2つの路線のどっちがいいのか、中国ルートがいいのか、太平洋ルートが
いいのか、ものすごい騒ぎになる。

 中国ルートを必死に勧めたのは、ロシアの経済界で、ウラジオストックまで石
油を運ぶのはコスト的に合わないし、中国は巨大な市場である、と主張した。こ
の中国ルートを推した勢力の1つが、ホドルコフスキーという有名なユダヤ人財
閥だったといわれます。この人は後に牢屋に入れられます。

 プーチンは、中国の大慶に行くルートについては、国境まではパイプラインを
建設するが、後は中国が自分で引いてくれ。ロシアはナホトカ・太平洋ルートを
あきらめないとして、建設をどんどんやっていく。

 2010年のプーチンの演説を見ると、このままほっておくと、この極東シベ
リア地域からロシア人はいなくなり、これは国家的に由々しき事態だから、人々
がこの地域から出ないように、何らかの政策を実行しなければならないと訴えて
いる。この話は、最近、朝日新聞に出ていた宇宙基地建設の記事につながります。
背景には、中国の拡大とロシア系住民の減少の問題があるのです。

 実は、去年初めて、ウラジオストックとモスクワまでのハイウエイが完成しま
した。いままでシベリア横断鉄道はあったのですが、道路はなかったのです。そ
の道路が初めて完成し、ハバロスクからチタというところまで、約2000キロ
の新しい道路を、プーチンはわざわざ夏休みにドライブをしました。その様子は
連日報道されました。プーチンは、このように、この地域に力を入れなければい
けないということを非常に強く訴えている。

 もう1つ、一昨年、2010年、ロシアの対外貿易の相手国のトップは中国に
なりました。それまではドイツで、それからオランダ。オランダは欧州向けロシ
ア石油の荷上げ先国です。貿易額は400~500億ドルぐらいだった。それを
中国が追い抜き、貿易額は600億ドルを超えました。昨年はさらに伸びて、約
800億ドルに達しました。

 倍々とはいいませんが、毎年数十パーセントの伸びで、2015年には100
0億ドルに達し、2020年には2000億ドルになるだろう、とプーチンは言
っている。圧倒的な中国の経済力がロシア全体に入ってきています。日本は去年
だったか、ソ連時代の記録をこえて最高の対ロシア貿易額を出したというのに、
それでもわずかに300億ドル程度です。

 日本と比べると、圧倒的に中国との貿易の方がロシアには大きくなっている。
放っておくと、シベリア極東地域の人たちが最初中国を排斥していたのに、その
後利害を見出すという構図がロシア全体を覆うということになる。

 そのことをどう考えるのか。もし、プーチンが経済畑の人だったら、それはそ
れで、いいことではないかと思うでしょうが、プーチンは国家主義者でKGB出
身ですから、シベリア極東地域が本当にロシア領として残るのかと危惧する。 
  
  領土問題でいくと、19世紀に中露の国境を決めたアイグン条約や北京条約
は、明らかに不平等条約で、あれはまさしくロシアが中国から領土をもぎ取った
という話です。

 そのことについて中国の人たちはひたすら黙っていますが、内心、これは後か
ら問題になるかもしれないと言うと思っている。だから、アムール川の国境線の
係争地問題では、ロシアは中国に譲歩して、ウィンウィン方式という形で、問題
を片づけた。

 片づけたとはいっても、国境問題や国家のあり方については、ロシアと中国で
は全然違うので、今後問題になることがありうる。そのシベリア極東地域を抱
え、中国の影響のことを考えれば、北方領土の4島なんか大した問題ではない、
というのがプーチンの考え方です。

【羽原】 中国は、1992年に社会主義市場経済にきりかえたが、これはソ連
が国際経済市場とのかかわりに力を入れず、経済競争力が弱かったから、それが
ソ連の崩壊につながったと見て、じゃ、中国は市場とのかかわりを強めていこう
と、路線を切り替えていった。

【篠原】 あの時、鄧小平はソ連、ロシアみたいに中国が崩壊していくのを欧米
が望んでいるのではないか。それを跳ね返すには、経済発展しかないということ
で、改革開放はずっと前からやっていたのですが、92年の南巡講話を境にして
また飛躍的に発展させていったのです。

 中国をみていると、ロシアとの関係はもう古いです。あちこちで国境貿易をや
っているし、そんな一般庶民から見ていると違和感がないような感じがする。特
に、ここ数年はもう北京の高級ホテルもロシア人がいっぱいきている。それも家
族づれできたりしている。

 そういう意味では、中国が軍事的に、かつてソ連を批判するような形での軍事
衝突なんてことは、中国は今多分考えていないでしょうし、純粋な経済的面から
いったら、ロシアと中国って、長いお付き合いしている国だと思います。日本っ
ていうのは、海で囲まれているからわからないのですけど、お互いに陸で国境を
接している国同士の付き合い方って知っているのではないかと思う。

【石郷岡】 日本在住の中国人の国際問題専門家の方と、1か月に1回ぐらい会
う機会があります。そのたびに論争します。中国の専門家の方は、中国とロシア
の間にまったく問題はなく、すべてがうまくいっているというのですが、僕は
「それは違う」と常に反論します。中国側はロシアが警戒しているということを
気が付いていないか、もしくは無視している。

 ロシアの軍事ドクトリンには、NATOの脅威がたくさん書かれてあります。
ところが、中国については一切書かれていない。一切ですよ。
  そのことについて、あるロシアの専門家は「それ書いたらおしまいだ。それは
絶対にいえないことなのだ。NATOをひどくいっても、誰も怒らないが、約7
000キロの中国国境で何かが起きたら、ロシアはどうにもならない」と説明し
てくれました。

 本当は脅威なのだけど、それは絶対にいってはならない。うまくいっています
という単純な話では決してない。

 もう1つは、ロシアとしては、前はビッグ・ブラザーとして、中国を下に見て
いたのですが、立場は逆になった。中国側としては気分がよくて、ロシアをあん
まり脅威とは思っていないかもしれないけれど、ロシア側としては気分がよくな
く、落ち着かないというわけです。

 ビッグ・ブラザーでなくなったということは、認めたくないけど、認めざるを
えない状況にはいっているので、基本的には軍事的にも経済的にも非常に脅威感
が強いのが実態だと思います。

 それは、プーチンから見ると、ロシア国家そのものが危うくなるという感じに
映る。中国側からすると、「私たちはそんな意識はありませんよ。軍事費も少な
く、別に侵略する気もありません」となる。それはそれで、わかるのだけれど
も、ベトナムやその周辺国とロシアは、「そうはいっても、あんたはすごい
じゃぁないか。ほんとうに大丈夫なのか」という意識になる。

【篠原】 中国の中でも、上の方の人たちは建前として、覇権を絶対唱えない。
平和外交に徹するといっているけれども、今、海洋のほうではいろいろとあるわ
けです。そのへんが、統一がとれているかどうか、よくわからない。戦争は勿
論、局地的な紛争にしてもまったくやる気はないというけれど実際にはいろいろ
動きがある。

 どっちを信じるかと、長い目で本当に21世紀をどう見ていくかということか
らすれば、中国は平和主義でやっていくしかないと思います。今、たまたまお金
ができて、軍艦買ったり、空母をつくったりしているが、漢民族の本来の思想か
らは離れている。

 歴史的にみて、漢民族というのは、外に出て行ったことはほとんどないのだか
らそういう方向に、漢民族が軌道修正して、自分たちが本来持っている良さを生
かしていこうとすれば、周辺国にたいする脅威感というのは払しょくできると思
います。

 中国脅威論というのがあっちこっちでおきているから、あれは何とかならない
のかと中国は非常に気にはしています。それは中国自体がもう少し平和思想と
か、もともと漢民族が持っていたそういう思想的なものを打ち出していかないと
難しい。

【石郷岡】 ロシアも別に中国と戦争しようなんて思っていない。戦争したら約
7000キロの国境線がめちゃめちゃになる。それはアメリカみたいに、海を隔
てた国と違うので、絶対にしてはならないということになる。このことは、だい
たい双方で理解している。だからそのことについて、話はしないことになってい
る。
 
  それでも、ある種、戦略的なバランスが崩れると、やっぱり中国の軍事力が大
きくなった場合、どっかで何かが起きるのではないかと、ロシアは気にしている。
双方とも戦争はしたくない、といいながらも、気がつくと戦争をしていた、とい
うケースは歴史には多いわけですから、そういうことになるのではないか、とい
う恐れは現実に存在する。その場合に、軍事力を拡大している国よりも、それを
見ているほうが脅威に感じているということはあると思います。

 もう1つは、アメリカがこの地域から撤退するのではないかと、ロシアは強く
思っている。その時にどうするのか。アメリカが20世紀に持っていた力は今落
ちていいます。もう一度、21世紀の半ばぐらいに盛り返すかもしれませんが、
そればかりを信じているわけにはいかない。

 もしかしたら盛り返さないかもしれない。その場合はどうするのか。というこ
とをロシアは心配するわけです。ロシアは、その時に中国の後を付いていくの
か、それとも中国と対抗するのかという話になる。中国に追従することはありえ
ないが、対抗もできない。そうなった時にどうするのかと、ロシアは「第3の
道」をしきりに模索している。その中で日本が大きな役割をすると、プーチンは
見ている。

 もう1つ、今回気になったのは、ヨーロッパが落ち込んでいることです。ヨー
ロッパは今後、ドイツ中心の地域になってしまうのではないかという人さえいる。
経済的にも、ガス石油の供給先としてのヨーロッパは落ち込んでいるが、それは
ロシアの国家経済の行方に大きな影響を及ぼしている。

 欧州をどうするのか、という話になってきて、そこでは、やはりロシアは欧州
からアジアへシフトしなければいけないという話になる。

【羽原】 中国は急ピッチな経済発展のもとに、自己主張ができる状況を確保し
て、軍事的な覇権、たとえば尖閣諸島にしても、あるいは東シナ海にしても、あ
あいう行動になってきている。それから経済面でも、対米協調とか、国際社会へ
の協調はいくらか進んでいるように見えるが、しかし流れとしては、中国の膨張
でG8からG20へと発言の場が移ってきている――。
  国際社会へどういう形の関わり方になるのか、このあたりはいかがですか。

【篠原】 やっぱり国の指導者がそういう理想を持っているかどうかが非常に大
事だと思います。例えば、周恩来がいてバンドン会議を開いたころの、ああいう
雰囲気があれば、やっぱり前向きというか、21世紀をこうしようということ
で、周辺国にも呼びかけるし、世界にも呼びかけていくだけのものを持っている
と思うのです。

 だけど愚かな政治家というか何も持っていない政治家が出てくると、ただ経済
力だけがあって、世界に対してなにするのか、そういう発想が出てこないとどう
しようもない。私が前から言っているのは、中華帝国というのは、いつもだいた
い300年続いて、100年目ぐらいに中興の祖が出てくる。そういう歴史をず
っと繰り返してきている。

 今これだけ経済発展して基盤ができた時点で、それじゃこれから周辺国やロシ
アやアメリカとどうやってつきあっていくかということを、本当に新しい視点で
考える政治家が出てくるかどうかだというのに、例えば、習近平がそういう風な
思想的なものを打ち出してくるような人間かと私が質問すると、習近平ではだめ
でしょうという。

 李克強ではどうかと聞くと李克強はもっとだめだという。どうなるかという
と、次の世代ぐらいにそういう思想をちゃんともった政治家がでてきて、中国を
唐の時代みたいに、平和で世界一の文明国にするだろうという。

 中国の理想というのは、唐帝国なんです。周辺とも仲良くして、日本からもい
っぱい留学生が行って、学んできた。そういう風な時代が本当にもう1回つくれ
るのかどうか、ということを、中国の政治家の中で真面目に考える人が出てこな
いと、やっぱり周辺国には脅威と映るでしょう。

 でも中国の普通の庶民から見たら、お金ができたから空母を買ってもいいじゃ
ない、軍艦、今まで全然持ってなかったのだから、持ったっていいじゃない、別
にそれは侵略するためでもなんでもない。当然のことで何が悪いのという感じ見
ているのが普通だと思うのです。

 中国脅威論ということが、中国の中にいる人にとっては、なかなかわからない。
特に日本のマスコミを見ていると、わざと書いている面があります。中国ならず
者、中国崩壊、そういう風にマスコミが作り上げている面が非常に多い。やっぱ
り日本のマスコミはどっかで方向転換しないと、尖閣の問題にしても、領土問題
っていうのは、自民党のころは全然出てこなかったのに、急にマスコミも一緒に
なって言い始める。

 だからむしろ日本国内のほうが、なんか自分で自分を苦しめている変な状況に
なっているのではいかと思います。日本でも政治家が少し劣化しているので、日
本の中からもそういう大きな目でアジアを見ていく人が出てきて、中国からもそ
ういう風な、中華思想じゃなくて、漢民族の持っている本来の良さを打ち出すよ
うな人が出てきて、初めてアジアの安定ができる。

 今みたいに同床異夢で、お互いに相手を怖がったりしているようでは、平和な
時代というのは、なかなか来ないです。

【石郷岡】 今の話で2つコメントがあります。
  1つ目は、愚かな政治家が問題だという話もわかるのですが、システムとし
て、共産党政権が続くかどうかという問題もあると思うのです。ロシアからみる
と、共産党政権は当然崩れると見ている。それは自分のところでも起きたから、
中国が崩れないのはおかしいと思っているからです。

 その時に、先ほどの質問の中で出てきた、中国が崩れなかったのは、政治を改
革せずに経済改革を推し進めたという話に関わってきます。確かに、ロシアは、
政治改革を先にしたけど、経済改革をしなかった。政治を先にして経済をしなか
ったのは本当に良かったのか? 政治が先か、経済が先か。結果的に、どっちが
よかったかというと、中国の方がよかった、政治は押さえておいた方がいいんだ
という話になる。確かに、ロシアの経済はうまくいっていない。中国の方がうま
くいっているように見える。

 だけど、ほとんどのロシア人は、共産党独裁政権なんてうまくいくはずがない
から、早晩うまくいかなくなるはずだと思っている。必死になって押さえている
だけで、どっかで問題が生じる。ロシアから見るとその共産党政権を外した時
に、どれほど秩序を保った政治改革が中国でできるのか、ここでアナーキーの状
態がはじまったらば、中国体制内部のおかしな動きから、軍事的な動きへと発展
する可能性がでてくる。そこが一番大きな問題になるだろうと、私も思っています。

 2つ目は、中国の経済力が米国に追いついた時に、米国は黙っているのか。私
は黙っていないと思います。それは中国からすれば、様々な嫌がらせをしてくる
と見る。その嫌がらせの1つが、「自由と民主主義」の問題だと思うのです。あ
の、ノーベル平和賞受賞の騒ぎは、今後中国におきる嫌がらせの始まりだと私は
思います。

 世界経済が中国中心に、もし、移っていくとすると、グローバリズムは中国ス
タンダードになっていくわけで、そんなことをアメリカが許すのか。私は絶対に
許さないと思うのです。絶対に許さないと、どういうことになるかというと、米
中は非常に大きな対決にいくか、米国は途中ですべてを放り出し、アジアから出
ていくのかのどちらかだと思います。

 ロシアとしては、どっちも大変なことで、対決してもらうのも困るし、途中で
放り出されるのも困る。「困る人たちは集まれ」っていって、中国の周りの周辺
国に必死によびかけているというのが実態だと思うのです。

 先ほどいった、脅威という点に関しては、現在の中国の体制は、そういうこと
を考えていないかもしれませんが、内政的もしくは外政的な要因で、そういう風
に行く可能性は十分にありうると思います。

【篠原】 まさにそのことがあるから、今中国の人たちが「安定・安定」といっ
てるのですが、共産党支配がなくなったほうがいいのかどうかということをいろ
んな人に聞くと、やっぱりみんなはね、共産党いないと中国はとても統一できな
いというのです。

 1つヒントになるのは、政党というのは、社会党も50年で無くなったけど、
まあ100年続くことは世の中も変わるし難しいと思います。だけど、中国の場
合にその政党をあてはめていいのかという疑問があるのです。というのは、中国
というのは王朝です。だから今の共産党政権を、政党が独裁政権をしていると思
うのでなくて王朝だと思ってみれば、その中で緩やかな悪い皇帝のときもあれば
良い皇帝のときもある、というふうに中国人の頭の中というのは、そういうよう
な考え方がすごく強いのです。

 いつか良い皇帝が出てくる、皇帝というのは万民のためにいい事をしてくれ
る。そういう歴史をずっと生きてきているから、逆に言えば政党政治の時代なん
ていうのは本当にここ100年以内のことです。

 国民党がああやって失敗していったし、共産党も今いろいろ問題が出ている
が、この王朝自体は変えたくないというのはたぶん中国の多くの人の考え方で
す。だから、この体制は崩さないでなんとかよくしていこうということを、どっ
かで願望しているようなとこがある。政治の改革といっても、所謂民主化運動を
している人たちの支持者は、アメリカが大々的に言いますが本当は少しです。

【石郷岡】 ロシアも全く一緒なのです。ロシアも皇帝でないと収まらない。そ
の点で、ロシアの社会は中国に対して非常に同情というか親近感を持っている。
だけど、そこの皇帝なり、もしくはその政治体制が、どの程度経済に関わってく
るかというところでは、かなり問題が起きてくるわけです。
 
  ロシアは政治改革をしたことで、その財産を巡って激烈なぶんどり合戦が始ま
った。中国では、国有財産を共産党が押さえているという部分がある、もしく
は、自分のところで囲いこんでいる傾向もあるわけです。そういう経済はある程
度までの発展は行くけれども、途中から自由開放しなくてはならなくなる。その
時、共産党は非常に大きな試練に立ち向うことになる。

 例えば、農民などの利害を代表する政党と、軍を代表する政党、あるいは、国
営企業、それから外資企業というようなものとの間の利害関係が非常に先鋭化
し、対立していく可能性は強い。それを抑えるような王朝ができるのかどうか。
もしくは王朝ではなくとも王朝的なものが、このユーラシア大陸に、これまでア
ングロ・サクソン社会が主張してきた「民主主義」ではなくて、もっと良い制度
というものを導入し、世界に指し示すことができるのかどうか。

【篠原】 中国は、ある意味では問題を全部先送りしている。というのは、中国
に私有地はないのです。中国は全部使用権で40年、50年、70年。その期限
が来たときにどうなるかということは誰も今考えてない。だから、そこまで考え
て悩んだ人は外国へ逃げちゃうわけです。実際に経済発展し始めてみんな家建て
たりしたのがある日突然、またあらためて使用権を得なければならいということ
になったときに、ではどうするのかという政策の研究なんてまだたぶんやってな
い。

 当面の問題を解決するには経済学者などが一生懸命やっています。先ほど言わ
れたアメリカとの関係でいえば、私は個人的には、アメリカはもうドンドン衰退
していくと思っています。だから日本はなるべくアメリカべったりではなく中国
ともロシアとも関係を強めていくほうが良いと思っているのです。アメリカだっ
て保守派が政権取ったらいっぺんにアジアからひいちゃう可能性もあるわけです。

 だからその辺のことを今の日本外務省というか、外交・安保ってよく出てくる
人たちが、ほとんどアメリカ一辺倒で、それ以外の選択肢っていうのは全く考え
てない中で、日露関係とか日中関係を論じているので、そのへんは私は非常に危
惧している。とくにロシアの北方領土問題にしても中国の尖閣問題にしても、外
務省が北方領土の歴史からしても嘘ついている面がいっぱいある。

 だから国民が全然歴史的事実を理解していない中で、その嘘に固められた北方
領土返せみたいなこととか、尖閣は日本領だっていうような宣伝がドンドン、マ
スコミを通じて広まっていって、日露・日中の関係改善の一番大きなネックにな
っているような気がする。

【羽原】 ロシアからみたアメリカに触れてください。

【石郷岡】 ちょっと日本の政策についても言いたいことがあるのですが。

 昨年の国際政治学会の共通課題テーマは、「権力の移行をどう捉えるか」でし
た。このテーマについて、平和問題研究所の渡辺昭夫さんがコメンテーターとし
て、トランジションか、それともシフトかという問題提起をしました。

 トランジションというのは権力の移行で、シフトというのは権力の交代で、一
緒のように見えるんですけども、渡辺さんの定義では、パワートランジションと
いうのは米国から中国への国際権力の移行で、パワーシフトというのは、西洋か
ら東洋への世界権力制度の交代であると説明した。つまり制度そのものも変わっ
てくる可能性があると指摘したのです。  

 渡辺さんは、ロナルド・ドーアさんが書いた「金融が乗っ取る世界経済―21
世紀の憂鬱」という中公新書を引用して、アメリカは、このトランジション、も
しくはシフトに対し、どのような対応をするのかと問題提起しました。

 まず、第1に、米国にはゴルバチョフがいるのか、と問いかけをしました。つ
まり、多数の死者が出るよう衝突、つまり戦争に米中の勝負を委ねるのかどうか
ということです。

 2番目は、中国経済は米国と同様な個人所有権がオールマイティーの組織にな
るのか。要するにこれまで作られてきた制度を、そのまま作っていくのかどうか
という疑問です。

 3つ目は、土壇場になっても日本は依然として米国に密着していくのか。つま
り、米中が衝突しないように、有効的に立ち回れることができるのかという、3
つの質問をしたわけです。

 もう1つ紹介したいのですが、それは去年の秋、日本で講演したイギリスの研
究者のラインハルト・ドリフテさんという方で、「日本が行く道」ということで、
5つのコースを示しました。

 1番目は、中国と対決すること。それは軍事的なものを含めて対決する。2番
目は、中国の力を認めて中国と統合する。中国への統合もしくは従属です。3番
目は、日米同盟強化による米国との統合で、対米統合・従属です。4つ目は、独
自の軍事力を強化し米中の仲介をする。これは日本の独自路線です。5つ目は、
アジア統合への創造的積極的関与で、アジア統合です。

 この5つの道があるけど、どこへ行くのか。英教授の予測では、もっとも望ま
しいのは、5番目のアジアとの統合であるが、結局日本は日米同盟強化に最初は
行く。しかし途中で切り替えて、中国との協調に行くはずであるという。こうい
うふうに彼は言ったわけです。

 これはアングロ・サクソン的見方だから、日本に対する深い懐疑があるわけで
す。今回出てきたオーストラリアへ米海兵隊を一部移動するというのは、それの
現れだと、私は思うのですけど、それは別にして、つまり日米同盟の強化から中
国への追従へいくのか、それとも軍事力を増幅して独自路線を取るのか、それと
も、アジアとの統合の中でなんらかの場所を探すのか、どれにいくんですかとい
う話です。

 でも、あなた方、日本は積極的には動かないでしょう。だからどっちかに追従
するかしかないでしょう。と、この英国人は言ったのです。
  この質問はロシアにも、全く当てはまります。軍事的に中国と対決するのです
か、協調するのですか、それとも米国にくっつくんですか、もしくは独自路線
で、アジアとの統合を求めるのですか。

 で、今、ロシアがやっていることは、5番目、アジアとの統合について模索す
るということになります。日本も同じ路線を追求することを、ロシアは期待して
います。

【篠原】 アジア。

【石郷岡】 ええ。その場合には、ロシアにとって日本は非常に良いパートナー。

【篠原】 それは、日本が、今はとにかく対米一辺倒で、これをどっかで変え
て、アジアとの統合のほうに向けさせるような外交安保思想というか、そういう
のを打ち出してくことができるような人が出てこないと、今の民主党にはまずい
ないです。

【石郷岡】 ロシアの場合も、鳩山さんが出て来て、「東アジア共同体」という
話をした時に、「おお、日本も変わったのか、戦略的にやり始めたのか」と、も
のすごく期待したわけです。そしたら、日本国内で、ものすごいバッシングが始
まるわけです。で、普天間というわけわかんない話から、なんかバッシングがよ
り激しくなり、どこかへ話が消えてしまう。それでいて、今の野田政権が出てき
て、すべてが振り出しへ戻っていくと、日本の社会はみんな静かになった。

 それはさっきの中国の話じゃないですが、やっぱり改革より安定のほうがいい
という話にもなる。
  それはある意味では問題の引き伸ばし、先送りなのだけど、みんなの考え方と
しては、「まあ僕の時代にはそれやらないで欲しい」(笑)というのが、非常に
強いということで、それはどこの国も一緒だなという感じです。

 最初にフランスの話をしましたが、全世界が、やっぱり今、おかしい時期に入
っていて、そのおかしい時期というのは、短期的な経済の波ではなくて、どうも
システム的におかしな時期へ入っているわけで、この何が起こるかわからないと
いうことに対し、日本は選択肢をたくさん考えておかないと、駄目だと私は思い
ます。

【羽原】 領土問題を含めて対日関係のほうに触れて下さい。

【篠原】 中国と日本の関係で言いますと、今回、習近平が中国のトップになっ
たとして、彼、今年59歳なんです。で、あとまあ10年後でもまだ69。李克
強は今57歳。それから李克強の次に共青団の書記になった周強さんという湖南
省のトップですけど、彼まだ52歳。それから周強さんよりももっと若い胡春華
という、内モンゴルトップですが、彼が次の時代のリーダーではないかといいま
すが、彼は49歳。10年後でも59歳。今の中国の若いリーダーです。

 彼らは、日本の同じような30代、40代の政治家とお付き合いをして、親し
い友達になるのが、日中友好のためになると考えている。

 ところが今度、李克強さんがトップになるということになった時点で、彼が共
青団の第一書記だったのだけど、書記局の、書記をやってた連中がもう次々に日
本に来て、日本の政治家に面会して彼らの意図としては、今後10年、20年、
長いお付き合いをしていくので、もっと本当の友達関係になってればいろんな問
題話し合いたいということで来ているのですが、日本側の受け入れ側はそういう
気持ちが全然無いのです。

 例えば自分が何々大臣とかいうと、表敬訪問に来たなと、それでもう忙しいか
らじゃあ副大臣会ってくれ、政務官会っといてくれ、というふうな感じで単なる
訪問だけと考える。中国側で、とくに最近言われるのは多次元外交なのです。

 外交というのは、外交官の専門ではない、とにかくいろんなルートを広げて、
いろんな面でやっていくのが本当の外交だという1つの外交議論があるのです。
それを今実践していて、いろんな中国の要人が来ると、そういうふうな意味から、
いろんな分野の人に会って、なるべく長期的な関係を作ろうとして来てくれてい
るのですが、日本側にはそういうふうな長期的な関係を作ろうというマインドが
ものすごく欠けている。

 だから、これたぶんロシアと日本の関係でも同じだと思うのです。例えば自分
が外務大臣という地位にいるとか、なんかそういう役職にいるときだけロシア関
係を一生懸命やるようにやっているが、本当に20年、30年かけて日露関係を
考えていくとか、日中関係考えるとか、そういう政治家が今非常に日本に少ない
のです。

 だから昔だったら中国は俺に任せろとか、ロシアは俺に任せろという人がいた
と思うのです。今の民主党を見ていると本当にそういう人いないし、自民党も若
手はけっこう中国といろいろ交流していたのだけど、あんまりそういう個人的な
信頼関係作っている人っていうのはいない。そういう点が日本の外交のあり方と
いうのは非常にこれから心配です。

【石郷岡】 一応北方領土問題話さなくてはいけないと思うのですが、北方領土
問題では、プーチンは日本と非常に話し合いをしたがっていると思います。話し
合いをしたがっているその根幹には、日本と長期的な戦略を結びたいという欲求
があります。2島とか4島とか、どこで線を引っ張るなんてことはどうでもいい
のです。

 ただし、日本側が「お前は4島を返せ、そのあとはどっかへ行け。お前となん
か、顔も見たくない」というような態度ならば、4島も、2島も、一切返さな
い。ロシア側としては、「あなたの長期的な戦略は何ですか」ということを聞き
たい。

そして、「長期的な戦略で一番問題なのは対中関係でしょう。そうならば、お互
いに協力してやっていきましょう。その場合は、私の方もウィンウィン方式で譲
歩します」ということになるのです。

 しかし、日本側は4島または2島を返せと叫ぶだけで、戦略が全く出てこな
い。先ほどおっしゃった長期関係のマインドが全くない。それでは話し合いは全
然進まない。この進まないということについて、なぜ進まないか、日本側は理解
できていない。

 それは、誰々さんの責任というよりは、日本人全体、日本社会全体が戦略を考
えないことに問題がある。明日、明後日の戦術的なことぐらいしか考えていな
い。これではうまくいかない。いつ考えてくれるだろうか、とロシアは待ってい
ると思います。

【羽原】 多岐にわたって有難うございました。

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