【海峡両岸論】

「新冷戦論」の落とし穴にはまるな
~デジタル経済争う21世紀型対立

岡田 充


 通商摩擦に始まった米中対立は、南シナ海、台湾、人権など安全保障や内政にも波及している。しかし「核心的な争点」は人工知能(AI)やビッグデータなど「デジタル経済」の主導権をめぐる21世紀型の争いであり、資源や領土、核戦力をめぐる20世紀型の争いではない。その構図を「米中新冷戦」と位置付ける言説がメディアにあふれるが、それは正しいだろうか。「新冷戦」と規定した途端、われわれは危険な「落とし穴」に誘い込まれ、身動きがとれなくなる。新冷戦論の何が問題なのかを取り上げ、「デジタル経済」をめぐる争いに触れながら、米中対立の展望にも触れたい。

   (Ⅰ)「新冷戦論」批判

◆ 一極支配維持のための中国叩き

 ペンス米副大統領(写真)が2018年10月4日行った演説は、中国の経済政策だけでなく政治体制から宗教、台湾、「一帯一路」「内政干渉」まで多岐にわたる内容で、「米中新冷戦論」を引き起こした。ポンペオ国務長官は11月9日、ワシントンで開かれた米中外交・安全保障対話で「中国との冷戦や封じ込め政策をめざしているわけではない」と否定した。しかし、「新冷戦」の言説はエスカレートする一方。定義のないまま言葉が独り歩きしている。

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  大統領就任式で宣誓するペンス副大統領~ Wikipedia から

 次々に対立の戦線を拡大するトランプ大統領の手法をみると、対立の落としどころは見えない。だから長期化は避けられないとみるのはその通りだ。ただ、それを「新冷戦」と位置付ける意味はどこにあるのだろう。それを判断するには、まず「米ソ冷戦時代」とは何だったのか、その特徴を知る必要があろう。

 米ソ冷戦の特徴の第1は、世界が資本主義陣営と社会主義陣営の2ブロックに分かれ、経済のみならず体制の優位を競い合うイデオロギー対立だった。第2に、日本を含め各国の内政に米ソ対立の構図がそのまま投影され、政治対立・抗争が繰り広げられた。そして第3は、米ソは軍事的衝突を避け、替わりに衛星国に「代理戦争」を押し付けた。朝鮮戦争をはじめベトナム、アフガニスタン、アフリカでの戦争はすべて代理戦争だった。
 こうした特徴を並べてみると、米ソ冷戦終結によって、経済的には地球が一つになった意味は大きい。ヒト、モノ、カネが国境を越え移動する時代は、仮に人為的な壁を築いても完全に遮断するのは不可能な時代に入った。

 それを念頭に米中関係をみれば、対立はしているが体制の優位性を争っているわけではない。対立が各国の内政にそのまま投影されてもいない。代理戦争もしていない。「新冷戦」と言うより、米中パワーシフト(大国間の重心移動)に伴う「米国の中国抑止」と見るほうが正確であろう。動揺する米一極支配を維持するため、追い上げる中国の頭を叩く、そんな構図である。

◆ 「米国か中国か」の迷路に

 「新冷戦」という言葉にこだわる理由がある。それは、新冷戦と規定すれば必ず、米国が築いてきた国際秩序を、中国中心の世界秩序に変えようとする「二項対立」にわれわれの意識を誘導する。つまり米国かそれとも中国かというトリッキーな「落とし穴」に引き込む作用があるからだ。
 「BUSINESS INSIDER」というWEBサイトに、米国の「華為技術」(ファーウェイ)排除を批判する記事[注1]を書いた。これに対しある読者は「どっちに転んでもハッキングされるなら、アメリカと中国のどちらが良いと聞かれたら、アメリカが良いと言うしかないね。残念だけど」とツイートした。これこそまさに「二項対立」によって誘導された意識である。

 問題は、北京は米国が築いてきた「アメリカン・スタンダード」に対し「チャイナ・スタンダード」による世界支配を目指しているのかどうかだろう。確かに、今世紀半ばに「世界トップレベルの総合力と国際提携協力を持つ強国」(習近平 第19回共産党大会)にする「夢」を描いてはいるが、普遍性を持つ「チャイナ・スタンダード」を提示しているわけではない。
 「人類運命共同体」という世界観も掲げている。しかし、そこで想定される秩序は「多極化」と「内政不干渉」にある。18年7月までトランプ政権の国務次官補代行を務めたスーザン・ソーントンは、朝日新聞とのインタビュー(18年11月3日付朝刊)で「(中国は)結果的に米国を追い抜く可能性はあるだろう。しかし、米国に取って代わろうという目標を持っているとは思わない」と解説している。

◆ ファーウェイ排除への対応

 台頭する中国を叩くには、「新冷戦」の論理は有効かもしれない。しかし、その「落とし穴」は危険に満ちている。第1に、米中の対立局面ばかりに目を奪われ、協調関係を全て無視してしまう恐れだ。中国が米財務省証券を約1兆1,600憶ドル以上保有(18年10月)し、ドル体制と米国の財政・経済を支えている現実から目を背けてはならない。第2は、「米国か中国か」の二項対立を突き付けられて困るのは、日本を含め中国を最大の貿易相手にする多くの国々である。
 安倍晋三首相は10月の訪中で、対中関係改善の新たな柱として、第三国市場での連携(「一帯一路」への協力)を確認した。しかし米中対立が激化し、「米国か中国か」と迫られると、米中の板ばさみに遭い出口のみえない迷路に迷い込むことになる。

 トランプ政権が、ファーウェイと中興通訊(ZTE)の大手二社の製品排除を、同盟国に求めたのはその典型である。日本政府は、第5世代(5G)移動通信システムの周波数割り当て審査基準に、「情報漏えい」など安全保障上のリスクを盛り込み、2社を事実上排除する方針を決め、ソフトバンクなど3社もすんなりと受け入れてしまった。この決定について元防衛省高官は「(トランプ政権の意向を汲んだ)究極の忖度」と表現した。ドイツ政府やフランス政府が「情報窃取の証拠がない以上、ファーウェイ排除に与しない」としているのと対照的である。

 もう一つ例を挙げる。米通商代表部(USTR)は18年12月21日、日本との二国間の貿易協定の交渉開始に向け、日本が中国と自由貿易協定(FTA)を結ぶのを事実上排除する条項を盛り込んだ方針を明らかにした[注2]。USTRは対日交渉の目的に「もし、日本が非市場国とFTAを結べば、透明性を確保し、適切な行動をとるための仕組みを設ける」と明記したという。ここで言う「非市場国」とは中国を指す。米国が結んだ「米・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」では、ある国が非市場国とFTAを結べば、他の国は同協定から離脱することも可能。日中韓FTAは日本にとって経済的利益だが、政治障壁によって進展を阻まれる恐れが十分ある。

   (Ⅱ)デジタル経済

◆ 党・国家主導のAI開発

 冒頭に、米中対立の争点を「デジタル経済」の主導権をめぐる21世紀型の争いと書いた。では中国はどのような「デジタル経済」を進めようとしているのだろう。
 「AIは、新たな科学技術革命と産業変革をリードする戦略的エンジン。世界の科学技術競争で主導権をとる重要な戦略的手がかりだ」。2018年10月31日、習近平・中国共産党総書記は、党・政府リーダーや北京大の学者らを前にこう訴えた。これは習が主宰する「政治局集団学習会」である。学習会は17年末以来、定期的に開かれ、これが9回目。国家主導でAI技術の発展に取り組む中国の姿勢が分かる。

 AIは、次世代の経済と安全保障に決定的役割を果たす。自動運転やビッグデータを活用した都市管理システム「スマートシティ」。医療映像や自動翻訳、音声・視覚など製造業と一体化すれば経済効果が高い。もちろん軍事にも応用できる。習近平自身、第19回党大会で、真剣に取り組む姿勢を鮮明にしている。
 習は「インターネットとビッグデータ、人工知能を経済と高いレベルで融合させ、中間層、富裕層の消費とイノベーションをけん引し、グリーン社会、シェアリング経済、現代的な供給ラインと人的資本サービスなどの分野を新たな成長分野に育てる」と重点部門を列挙する。まるで企業トップの演説のようだった。

◆ ビッグデータでも米を追い上げ

 中国政府は2017年7月に「次世代AI発展計画」(下図)を発表した、戦略はAI産業を2030年までに「理論、技術、応用の全ての分野で世界トップ水準」に引き上げ、中国を世界の主要な「AIイノベーションセンター」にする目標を設定した。関連産業を含めた経済規模は10兆元(170兆円)。日本の18年度予算の1.7倍に相当する。

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  計画の概念図~JETRO「官民一体でAIに賭ける中国」から

 これに対抗してトランプ政権は17年12月、「国家安全保障戦略」を公表し、AIを戦略的技術と位置付けた。そして中国企業が知的所有権を盗み、サイバー攻撃を通じ、「核心的技術を不当に利用している」と、中国への対抗をむき出しにするのである。AI技術は汎用性が高く、軍事転用すれば「安保と経済」の境界は曖昧になる。中国はハッキングや盗聴を不可能にする「量子暗号通信」を飛躍的に向上させ、圧倒的な軍事優位を保つアメリカの地位を揺さぶっている。
 党・国家主導の発展計画をみると、先端技術で「他の追随を許さない」米国が、中国を恐れる一端が分かる。特に「ビッグデータ」は、20世紀の石油資源に代わる「21世紀の石油」といわれる。大型データセンターの分布シェアは、米国が40%とトップだが、「1強」は崩れつつある。約10%と2位の中国はネット利用者が9億人と米国の3倍。米のシェアは「数年以内に30%台に下がる見通し」(「日経」)。

 「中国が知的財産権を盗み、国内市場へのアクセスを制限し、国営企業を不当に保護しているため、強硬な通商政策を行使せざるを得ない」。これが「新冷戦論」という火に油を注いだペンス演説の核心部分だ。
 ペンスはさらに踏み込んだ。8年前中国市場から撤退したグーグルの中国市場再参入の動きについて「グーグルに対し、検索アプリ『ドラゴンフライ』開発の即時停止を求める。このアプリは中国共産党の検閲を強化するからだ」と警告したのである。

◆ 米がAI産業囲い込み

 しかし対立ばかりに目を奪われると実相を見誤る。「現段階では協調と競争が絡み合っている」と分析するのは、中国IT技術に詳しい米コンサルタントのエルサ・カニア氏。「もたれ合い」の例を挙げると、米グーグルが17年12月13日に発表した北京のAI研究センターの立ち上げ。同社はその理由として、「中国にはAI分野で世界でもトップクラスの専門家が多く集まっている」と説明している。グーグルの研究施設はアジアでは初めて。
 アリババも17年12月7日、米自動車大手フォード・モーターと戦略的提携を結んだと発表した。カニア氏によると、米中双方によるIT投資は高レベルで推移してきた。中国側は12年から17年まで、米ハイテク企業に641件、計190億ドルを投資。百度、アリババ、テンセント(騰訊控股)など「御三家」をはじめ中国5社は、米国にAI研究所を持ち、米トップ大学を卒業した中国人を雇用し研究させている。これが米中協調である。

 トランプ政権によるファーウェイ排除は、この協調関係にくさびを打ち込み、「デジタル経済」発展の主導権を中国に渡さず、米国が「囲い込む」動きに出たと言っていい。まるで米ソ冷戦時代の「対共産圏輸出統制委員会(ココム)」の再来を思わせる。ココムで西側は共産主義陣営への軍事技術や戦略物資の輸出を禁止し、世界経済を東西に二分した。冷戦が終わり経済面で「地球は一つ」になったはずなのに、デジタル技術・製品を軸に、世界が米中2ブロックに分かれて争う時代が再来するのだろうか。

◆ ブロック化の兆しも

 ある経産省OBは「デジタル技術・製品をめぐり米中のブロック化が始まるかもしれない。固く閉じたアメリカ・ブロックと、その外側を取り囲む緩やかな中国ブロックの争い」という構図を描き、さらにこう続けた。
 「コスト面では中国ブロックが勝るに違いないが、それでも日本は中国排除に『ノー』は言えない」。米中対立の激化の中で、経済的利益を無視しても米国に追従せざるを得ない安倍政権・経済界のあがく姿がここにみえる。
 中国の新たな発展を「デジタル社会主義」と名付ける矢吹晋・横浜市大名誉教授は「(グーグルは)中国と取引しなければビジネスで敗北します。中国のビッグデータは人口13憶という『量』に加え、アカウントが実名登録で『質』が高い。何が売れるのか、精度の高いビッグデータで得られる」と解説する。

 18年11月5日上海で開かれた「第1回中国国際輸入博覧会」には、グーグル(写真)やフェイスブックなど180の米社が参加した。ビジネス界の中国への関心は衰えるどころか強まる一方。こうした民間の動きが、ホワイトハウスの危機感を刺激し米議会や世論もそれを共有する。繰り返すが、米中対立の核心は「デジタル経済」の主導権をめぐる21世紀型の対立である。デジタル経済には国際ルールはなく、「早い者勝ち」。かつて米ソ間で、核・ミサイル戦力の削減交渉に長い時間が費やされたように、米中によるルールの主導権争いの長期化は避けられない。

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  Google のピチャイCEO~ Wikipedia から

   (Ⅲ)行方

◆ 対米譲歩の「21字方針」

 最後は今後の展望であり、カギを握るのは中国指導部の対米姿勢だ。昨年12月の米中首脳会談で、貿易戦争は「3か月休戦」に入った。その一方「華為」幹部逮捕や中国人ハッカー訴追など戦線が拡大する中、中国指導部は全面衝突を回避する柔軟路線で臨んでいる。経済減速が鮮明になる中「米国や西側陣営と全面的に対抗する力はない」とする認識から「対抗せず、冷戦をせず」など、「対米21字方針」を策定したとの消息も伝えられた。

 ブエノスアイレスで18年12月1日行われた米中首脳会談(写真)の合意を振り返る。米側によると、①知的財産権の侵害の停止 ②米企業への強制的技術移転の禁止 ③サイバー攻撃停止 ④非関税障壁是正 ⑤サービス・農業分野の市場開放―など5分野での実務協議を1-3月までの90日間で進めることで合意した。しかし首脳会談が行われた1日には、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟・副会長兼最高財務責任者(CFO)がカナダで逮捕(保釈中)。さらに米連邦大陪審は20日、米国や日本、英国など12カ国の政府機関や企業から情報を盗んだとして、中国人ハッカー2人を訴追。貿易戦争はいよいよ「ハイテク冷戦」の様相を呈してきた。

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  ブエノスアイレスの首脳会談~日テレから

 孟晩舟逮捕に対し中国は、カナダ人2人を拘束する「報復」に出た。しかし中国外務省報道官は、ファーウェイと貿易交渉は切り離して対応する姿勢を繰り返し、米国に対しては驚くほどの「低姿勢」を保っている。米国産大豆の購入を手始めに、米国車への25%追加関税の3か月停止を発表したのもその一例である。
 さらに12月23日には、中国政府が全人代に対し「行政機関は行政手段を使って技術移転を強制してはならない」と定める「外国投資法草案」を提出した。いずれも5項目合意に沿った妥協策である。特に技術移転の強制禁止の動きは、米国の要求への正面回答と言っていいだろう。来年1月からの貿易協議を待たずに、“ホットライン協議”を開始した劉鶴副首相とムニューシン財務長官間の水面下交渉が一定の進展を見せた形だ。

◆ 米国に対抗する力ない

 中国指導部は貿易戦開始直後の夏には、「韜光養晦」(能あるタカは爪を隠す)を軌道修正し、「以戦止戦」(戦いをもって戦いを止める)の“主戦論”を打ち出した。しかしペンス副大統領の10月4日演説が「米中新冷戦論」を引き起こすと、一転して低姿勢に戻り12月の首脳会談へとつながる。
 まるで「韜光養晦」が息を吹き返したかのような政策転換。朱建栄・東洋学園大教授はそれを「新たな韜光養晦」と位置づけた。転換の背景について香港「経済日報」は12月10日、中南海が「対抗せず、冷戦せず、漸進的に開放し、国家の核心利益は譲歩せず」(不对抗、不打冷战、按步伐开放、国家核心利益不退让)の21字からなる対米方針を策定したと報じた。核心利益は守る「底線」(レッドライン)を設けているものの、米国との全面衝突を避ける柔軟姿勢が基調である。

 多くは「対米協調派」の主張とも重なっており、習近平指導部がこの夏に採った「以戦止戦」と完全に様相を異にしている。「21字方針」の内容を詳しく報じた米国の華字メディア「多維新聞」[注3]の報道から、その内容を紹介しよう。
 方針の第1は「対抗せず」。それは、習近平がオバマ大統領時代からの主張でもある「新型大国関係」(衝突・対抗せず、相互尊重し、Win-Win で協力する原則)と一致する。第1方針に挙げられた背景について記事は、共産党指導部は中国の「実力」について「米国とその西側同盟国に対抗する力はない」と分析。「もし中国が『目には目、歯には歯』などの対米強硬策を採れば、米国とその同盟国の圧力にさらされ、中国にとって大きな災禍になる」とみる。さらに強硬対応は「旧ソ連と同じ轍を踏む」とし、「中国は米国を主とする西側体制に対抗して、現存の世界秩序と異なる新しい別の秩序を打ち立てることはできない」と断じるのである。

◆ 「国際秩序の擁護者」と習

 このため、中国は現在の世界秩序を基礎に、自己の発展と国家利益に照らしながら、現行秩序を限定的に改変するにとどめるべきとしている。そして「改変は急いではならず、現行秩序の既得権益者の警戒を引き起こさない配慮が必要」と説くのである。
 この認識から第2の「冷戦はせず」が引き出される。記事は「中国は米国を主とする西側世界に対抗しようとしてはならず、ましてや米中間に『鉄のカーテン』を引き、冷戦の状態に後戻りしてはならない。またトランプ政権が強烈なイデオロギー的色彩を打ち出すのに対抗して、『トゥキディデスの罠』にはまるのを、全力で避けなければならない」と強調した。

 この主張と全く同じ論理を展開するのが、北京大学国際関係学院の賈慶国教授ら対米協調派である。賈教授と並ぶある著名な国際政治学者は昨年末、来日した際次のように語っていた。
 「最高指導部内にはこの1、2か月、対米政策をめぐって異論が噴出した。このため私を含め多くの国際問題の学者に意見を求めてきた。私も18年10月に『トゥキディデスの罠』に関して講演した。多くの党と政府の首脳が私の講演を読み『歴史的教訓は極めて重要』との感想を漏らしたと聞いている。ただし、最高指導部がどのような結論を出すか、それは分からない」。

 そこで「21字方針」移行の指導部の認識を点検してみよう。12月18日北京で行われた改革・開放政策の40周年記念大会で、習近平は「全方位開放への歴史的転換を実現し、経済グローバル化のプロセスに積極的に参加し、人類の共同発展を図るためにしかるべき貢献をした」と述べ、中国の発展が「経済グローバル化」への参入によって成し遂げられたことを強調した。同時に、今後も「覇権主義と強権政治」に反対しつつも、「グローバル発展の貢献者、国際秩序の擁護者」になると述べた。中国を「新冷戦」に引きずり込んで、世界を「米国か中国か」に二分し各国に選択を迫ろうとする米国の冷戦思考には乗らない意思を鮮明にしたのである。
 対米政策で一時後退した対米協調派が息を吹き返し、それが一連の柔軟路線につながったと考えていいのではないか。

◆ 貿易戦は改革推進のチャンス

 方針の第3は「漸進的開放」。昨年は1978年の改革開放から40年。記事は次のように説明する。
 「改革開放は中国に巨大な変化をもたらした。しかし現在まで中国は多くの領域を外資に開放していない。それはとりもなおさず中国にはさらに大きな発展の潜在能力があることを意味する。ここ2年、中共指導部は改革開放政策の継続拡大する姿勢を明らかにしてきた。対外開放の拡大についていえば、米中貿易戦における米国の対中要求は、中国の対外開放政策と重なっており、貿易戦は中国に開放の歩みを加速させた」。
 前出の国際政治学者も「(習指導部は)国有企業に依存し、民間の利益を官が奪っている。民間企業には高い税金を押し付け、民間企業は銀行からの借り入れも窮屈になった。党の統制が強まり、まるで公有制に後戻りしている感じがする」と語り、貿易戦争を改革開放推進のチャンスにしたいとも語っていた。

 しかし記事は同時に開放速度について「改革開放は漸進的に進め、一気に進めてはならない。一気にやれば投機的な資本が中国の経済秩序をかく乱する。西側産業資本が大量に流入すれば、中国の脆弱な産業に衝撃を与えかねない。従って開放は必ずコントロール可能な範囲で、中国の製造業と高度技術産業の育成ができるようゆっくりと行う必要がある」と強調する。「漸進的」と主張する意味はここにある。

◆ ファーウェイは核心利益

 これらの方針をみると、すべて米国の言うなりのように見えるかもしれない。では「レッドライン」はどこにあるのか。記事は、習指導部の認識として「今後20年間は一種の雌伏期にある。この時期をしっかりとつかみ取り、国内でしかるべき政治経済改革を進め、対外開放を拡大し、内外情勢の変化に適切に対応することが、期待した中華復興の願いの実現を決める」とし、これこそが「国家の核心利益」と位置付ける。そして米国など外国が、自国の利益のために中国の核心利益の放棄を要求する圧力を加えるなら、決して受け入れることはできないとしている。
 具体例として、ファーウェイの孟晩舟の例を挙げ、「中国公民の人権侵害は決して容認できないだけではない。ファーウェイが高度技術産業の中で築いてきた地位、特に中国の発展にとって『5G』技術の重要性から考えれば、中国の核心利益から決して譲歩できない」と書いた。中国はこれまでのところ、貿易戦争とファーウェイ問題を分離する姿勢で臨んでいるが、ファーウェイ排除については「核心利益」にかかわる問題として、非妥協的姿勢を貫くとみられる。

 さらに米国が厳しく批判する「中国製造2025」についても、中国官製メディアが「2025」の宣伝をやめたからと言って「2025計画」の実質的内容を決して放棄したわけではないと強調する。先の国際政治学者も、通商摩擦や安全保障問題は「中国の核心利益ではないから解決可能」とする一方、米中対立がイデオロギーや「中国の発展モデルの問題になれば、簡単には妥協できない」と、発展モデルでは妥協しない見方を示している。

◆ 90日休戦に楽観論も

 「多維」が報じた「21字方針」が事実とするなら、8月初めの「人民日報」論評が「誤り」とした「中国の過剰な自信と行き過ぎた言動が、米側の中国への攻撃を引き起こした」との認識が「正しかった」ことを指導部自身が認めたことになる。中国側が相次いで投げた譲歩のサインは実を結ぶだろうか。中国の中央銀行「中国人民銀行」の朱民・元副行長は香港「サウスチャイナ・モーニングポスト」[注4](12月17日付)で、「90日休戦が終わるまでに中米間で合意が達成できるだろう」と楽観的な見通しを述べている。
 一方、崔天凱駐米大使も21日、中国メディアに対し、トランプ米政権の「予測不可能性」について、政権によって政策大調整や転換が行われ「適応するのは容易ではない」と述べた。対米方針が今後も起伏があるのを示唆したともとれる発言である。「21字方針」を一つの物差しにして、中国の対応変化をウォッチするのも意味があるかもしれない。

[注1]「【米中デジタル冷戦】日本は米国忖度だけでいいのかファーウェイ排除の根拠は?」
 (https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181218-00010001-binsiderl-int
[注2]「日中FTA締結牽制/為替操作を禁止 米、日本との貿易協定目的公表」(2018年12月23「日経」電子版)
[注3]「多維新聞」(12月16日「北京观察:中南海拟定对美21字方针」)
 (http://news.dwnews.com/china/news/2018-12-16/60105716_all.html
[注4]「多维新闻」(中国央行前高官:中美将在90天内达成协议)
 (http://news.dwnews.com/global/news/2018-12-17/60105905.html

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」98号(2019/1/13発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。
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