「民主党はこれでいいのか」

■「民主党はこれでいいのか」   羽原 清雅

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小泉首相は、中国との関係の長引く不調をも省みず、靖国参拝に固執する。 内政問題であり、国のために戦死した兵士を祀って何が悪いか、との論法だが、 不当な戦争を仕掛けられた中国国民に、憎悪・怨念・報復という気持ちが残っていることを意識し、次の時代のために和平と信頼の関係を築くことが大切だ、 という配慮は見せない。

武器輸出3原則の改定を、大半が財界や官僚OBなどの側近的現実派に結論を任せる形で具体化してしまう。軍事のさらなる発展と 対米配慮、そして北朝鮮の脅威に対する備えとして、やむを得ない対応ということだが、ブッシュのアメリカがいずれ幕を下ろしても、この原則は生き残り、 さらにいったん軍事的舞台を極東から世界枠に広げれば、そのあとは狭めることはほとんど不可能になるだろう。

そして、次の大課題である憲法改正への動 き――これも、国民の意向というよりも、国会主導でここまでにこぎつけ、次のステップ」待ちのまま、議論を盛り上げる姿勢はほとんど見られない。

このように、政情は歴史の角を曲がることに急ピッチで、このまま進んでい いものか、せめて少数意見として退けられるにしても、もう少し熱い議論を国 会で展開してもらいたいと思わざるを得ない。

政権の味を味わった公明党が、結党当初の個性を離れて、自民党政権の助っ人に留まっている姿を見るとき、 一枚岩政党の、そして上意下達に長けた政党の限界を感じざるを得ないのだ。

与党化しても、あれだけ自民党選挙を手伝って成果をもたらしている以上、も う少し大きいスタンスをとって、ブレーキになり、別の政策修正を突きつけ、視点を変えさせる知恵はないものであろうか。かつての公明党と比較すると、 時代の変化を加味するとしても、自民党追随にすぎるという印象を拭うことはできない。

 

ここで、いいたいのは、長期政権を取り戻した自民党や、支柱としての公明 党についてではない。野党第1党を自負する民主党のありようについてである。

<<混成野党としての民主党>>    

1993年、宮沢政権が政治浄化の改革に失敗し、内紛による不信任可決と 衆院選大敗で55年体制を崩壊させ、非自民の細川政権を生み出した。この政党混乱期の1996年、初の小選挙区制導入を見越す形で、さきがけの菅直人 と鳩山由紀夫らと、社民党の横路孝弘、山花貞夫、赤松広隆らとが合流し、第1次民主党を作った。この民主党は1998年、羽田孜の民政党、旧民社党の 新党友愛などと現在の民主党を結党した。さらに2003年、新生党、新進党から自由党を立ち上げた小沢一郎と一緒になっている。

このように、党内は菅グループ、鳩山グループ、民社党系、社民党系、自由 党系、さらに純粋民主党の若手と、まさに寄り合い所帯、混成チームである。政治的主張をコロコロ変えたものもいるし、妥協に奔ったものもいる。

しかし、政界でそうしたことは驚くことはないし、ここでは問わない。問題 はこれだけ立場の違う集団であるのに、党内議論が見えてこないし、貧困なこ とである。政党は結論を示して、強くリードしていく場合と、侃々諤々の議論 を通じてより多くの選択肢や、はらむ問題や課題を指摘しあうことで有権者の 政治的関心を高めるとともに支持を広げていく場合がある。

各様の意見を抱えた民主党にあっては、党内で議論を闘わせることで方針を固め、説得力を付け、 有権者の理解を高めることが重要である。それが支持につながり、すそ野を広げ、政権に接近してもたじろがない強さを身につける道でもある。考え方の違 うグループへの遠慮か、自信のなさか、陰湿な内争ずれなのか、とにかく党内の論議が乏しい。

共産党や公明党のような上意下達型でない政党は、とりまと めのプロセスで自らを磨き、自らをさらけ出していくことが大切で、民主主義に 生きる政党のあり方である。

内部の意見の違いや対立、激論は党幹部の統率力のなさを見せて、見苦しい という見方は当然出るだろうが、問題を整理し、まとめ上げ、それが各党人の共通した論調を作り出すなら、過渡的な段階での衝突を避けるべきではない。 そうでないところに、決意堅い結党だったか、と思わせる甘さが感じられる。

<<政権への接近は現実的妥協でいいのか>>

民主党の掲げる目標は、自民党に変わって政権を獲得することだという。政 党である以上は、政権を握る夢から抜け出すことはできない。しかし、政権に近づくということは、現政権の進めている路線に妥協し、踏襲しやすい道を進 むということだろうか。

たしかに、政権の継続性は重要であるし、バトンタッチできないような対立は大きな混迷を招く。とはいえ、自民政権とさしたる違 いがないとなれば、何のための政権交代か、ということになる。自民でも民主でもどっちでもいい、ということに世論が傾きかねないところに、「人気いま いち」の民主党の現実があるのではないか。

自民政治をどう変えていくのか。抽象的には、美辞麗句を含めて語られてい るが、具体的なイメージは提供されていない。どんな社会、経済、政治状況に なるのか。激変ではないが、身近に感じられるものが乏しい。

改憲はこれからにしても、武器輸出3原則にしても、沖縄のヘリ墜落や米軍基地の再編などに ついての対応にしても、あるいは年金の枠組みにしても、しょせんは自民党政治のフレームとそれほど違わないし、また問題に対する反応も鈍いという現実 がある。

<<2大政党対決の小選挙区制と民意>>

民主党の成立は1996年の衆院選の小選挙区比例代表並立制導入と大きく 絡んでいる。この制度は、国民のものの見方が多様化する中で、2者択一によ って簡便に政治の方向を選ぶ方式をとったものだ。つまり、大きい政党が2ないし3くらいで争い、小政党はその組織や資金、人材などが集まらず、結局は 消えかねない運命にある。社民党がいい例だし、共産党も制度に負けているきらいがある。

有権者は自民か、民主か、という選択しか結果的に許されない。 民意がいろいろあって、その応酬で政治を動かしていくことが望ましいが、そうはいかない現実にある。

しかも、1区の定数が1人というこの制度では50%以上の得票がないと、 当選とならない。50%の票を取るということはどういうことか。選挙区の基礎票を半分も確保するということは至難のことであるし、強い個性と確信を持 って政見をアピールすると、これを好まない有権者は投票しなくなり、当選もおぼつかなくなるので、ほどほどに抽象的に、当たり障りのない発言を繰り返 すことになる。

候補者も個性派よりも、演説ぶり・容貌・見かけ、如才のなさなどで人選される。以前の中選挙区では、3-5人という定数であったから、 20%の支持でも当選圏内に滑り込めるので、自分のアピールしたいことを主張して、政党や国会内に問題提起を持ち込めた。もちろん、時に問題的人物の 登場もありはしたが。経済のからくりを見抜く力があり、弁舌さわやかなテレビ向きの人材が増えてはいる。

しかし、確信を持ち、孤軍奮闘、長期展望の魅力を たたえた議員は少なくなった印象がある。  この気配が民主党の体質に影響をもたらし、結果的に野党第1党の気迫を削 いでいはしないだろうか。

  <<野党としての機能は果たされているか>>

民主党は改めていうが、野党の第1党である。しかも、自公与党に対する実 質的には唯一の野党である。政権担当能力をアピールすることは野党の重要な 仕事だが、一方では権力に対するウオッチャー、監視役でなければならない。

社会党はかつて「反対党」と揶揄されたが、政権チェックに力を発揮していた。 行き過ぎと思える過激さや拙劣さもあったが、一定の役割を果たしたことも否定できない。

民主党はしかし、物足りない。言葉としては批判しているものの、結果とし てはほどほどに終わってしまっている。追及のベースとなる材料、データが乏しい。追及のノウハウや手法が練れていない。引き下がりが早い。

 

小泉首相の 「人生いろいろ」などの発言は、政治が国民の多数同調を求め、方向性を打ち出すものである以上、こうしたはぐらかしのままにしておくこと自体、許され ない。社会保険庁の年金管理をめぐる行政で、これほど国民をバカにし、しかも国会で手も足も出せないままに終わるなど、かつてはありえないことであっ た。

政権攻撃は品のない側面はある。しかし、長期政権やマンネリ行政のマイナスは、だれが負うことになるのか。政治腐敗や、政治の目指す方向の是非をそ のままに許してしまう責任は、だれに問うべきなのか。かっこのいいマニフェストの試みは良いとして、チェック能力を示すことのできない政党が政権の座 につくことは、有権者には支持されないだろう。

野党として、<小さな継続性、大きな変革>とともに、追及・批判の姿勢を 具体的に示さない限り、国民の期待に応えることはなく、政権への道は相当遠 のくだろう。

<<歴史を踏まえる政党であるのか>>

民主党は55年体制に手を染めておらず、政党混乱期に一旗揚げた新しい集 団である。  旧政党のしがらみはあるが、その出自を議論することは互いに不仲のタネを まくことにもなりかねず、避けて通りがちである。

一方、純粋民主党議員とし て国会に出てきた若手は、自民党に入りそびれたり、官僚経験から保守政治の 発想から離れられなかったり、これもまた自民政権への「理解」体質をとどめ ているようである。

こうしたことも民主党の議論公開性、批判攻撃性を弱めさせる一因になって いるといえよう。そこで、もう一つ指摘したいことは、新しい、若い政党として、歴史から学ぶことが少なくなりがちだ、ということである。古参は過去の主張遍歴に触れず、若手は経験からの発言には向かず、また党としての混成状 態やリーダーシップの弱さは対立や論争を回避しがちであれば、過去にこだわらず、結党あたりを中心に意思統一を図る方が簡便である。

それに、東西冷戦 後の激動は過去の清算を余儀なくする側面があり、また社会経済状況も大きく変わり、さらに戦後の若い世代の台頭がめざましく、世論を2分するような第 2次世界大戦前後の問題には触れたくないような気分もある。民主党ばかりでなく、政界にはそうした共通感覚が読みとれる。これは、時代が生き物である 以上、やむを得ないところもあるし、否定のしようもないことでもある。

ただ、憲法が政治の俎上に登ろうというとき、憲法制定時の多岐にわたる反 省、民主主義の導入、個人の尊厳重視、天皇制をめぐる論議、戦争と国家、戦争や飢餓と諸国民の人命などなど、日本再出発の原点に議論を及ぼしてほしい。

戦争の反省による不戦の誓い、東西冷戦構造への組み込まれ、朝鮮・ベトナム戦争による特需の恩恵、中国やアジア圏諸国との和平回復と齟齬、日米安保へ の運用によるはまりこみ――このような歴史上の選択がやむを得ないものであったにせよ、いつも立ちどまることも戻ることもせず、ひたすら現実に引かれ た延長線上を正当化し、追認していくことで良いのだろうか。

 

民主党が改正案をまとめ、自民党が草案を出し、公明党が9条に手を着ける 案を固めようとしている今、いかにも国民的な議論がなさすぎる。

 

3分の2という国民投票はあるが、そのまえにまず、憲法全体の意義を考え、歴史に学び、 何を長期的にとどめ、何を改めるべきか、そのことを政党は心に留め置くべきである。

若い民主党が、若い歴史の上に踊り、短期的現実的な対応に走らないよう、 少なくとも野党としての健全性を保持することを願いたい。

    (羽 原 清 雅=元政治記者、大学教授)