「輝く女性の応援」と介護報酬引き下げ

【コラム】風と土のカルテ(15)

「輝く女性の応援」と介護報酬引き下げ

色平 哲郎


 自分自身、男社会にどっぷり浸かっていながら、女性に家事労働を押し付けたり、看護や介護、保育を女性が家庭内で「無償」でこなしてきた仕事の延長ととらえる風潮を正面から批判するのは後ろめたい。しかし、妻から「あなたは家で何をしてきたのよ」と厳しく糾弾されるのを承知で、やはり男の頭のなかを変えなければ、超高齢社会を乗り切るのは難しいとも感じている。

 自戒をこめて女性の労働について考えてみたい。
 ジャーナリストで和光大学教授の竹信三恵子さんは、「家事労働ハラスメント」という言葉をつくって現状を批判している。竹信さんは、「家事ハラ」を「家事労働を無視、軽視、蔑視、排除する社会システムによる嫌がらせ」と定義している。

 ところが、ある大手住宅メーカーの研究所は、竹信さんの造語である「家事ハラ」を「家事を行う夫のやる気を失わせる妻からの言葉」というように正反対にとらえ、物議を醸した。そういう発想が出てくること自体、日本社会の古い岩盤の堅さが感じられる。

 そもそも人間は賃労働だけで生活ができるわけではない。家事や育児、介護や医療などの「ケア」が不可欠だ。しかし、長く、ケアの分野を家庭内の女性に押し付け、見えないようにして労働者像をつくってきた。その根本的な価値観を、政府や企業、自治体、職場一般を牛耳る男たちが改め、家事やケアを社会的にも、個人的にも分担する方向へ変えなければ、超高齢社会に対応できないのではないか。

 たとえば、2025年には介護職員が全国で約30万人も不足するといわれている。介護報酬を引き上げ、介護職員の配置基準を高めなければならないのは明らかだ。だが財源不足を理由に今年、介護報酬は大幅に引き下げられる。

 株価は、十数年ぶりに2万円台をうかがうまで高騰している。その富は、本当に社会の必要なところに再分配されているのだろうか。現政権は「輝く女性の応援」を掲げているが、支えとなる介護報酬を引き下げて、女性に輝けと言うのは無茶だろう。竹信さんは『「女性の活躍推進」の虚実』(「都市問題」公開講座ブックレット33)で、こう語っている。

 「アベノミクスの労働政策では、残業代ゼロなどの労働時間の歯止めの撤廃が検討されていますし、働き手が自分で労働時間を選べるオランダのような権利保障も登場していません。(略)これで『活躍』ばかり求められるわけですから、『結局女性はめいっぱい働かされて、めいっぱい家事・育児・介護もやれということなの?』と心配する女性の声も出てきています」

 現政権のちぐはぐな労働、医療福祉政策の根底には「家事ハラ」に無自覚な、古くて堅い頭がある。

 (筆者は長野県・佐久総合病院・医師)

※ この記事は「日経メディカル」2015年4月号から著者の許諾を得て転載したもので文責は編集部にあります。