【エッセイ】

  1.「3ギニー」でヴァージニア・ウルフがめざしたもの     
     ―女性としては全世界が私の祖国なのです―     高沢 英子
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 1938年、「私だけの部屋」の出版から10年後、ヴァージニア・ウルフが
世に送り出した2作目の長編評論「3ギニー」は、翻訳にして(出淵敬子訳)2
16ページ、さらに著者自身による数十ページに及ぶ註がついた力作だ。  

 1930年代後半、ヨーロッパはドイツとイタリアで台頭してきたファシズム
の重々しい靴音に脅かされていた。時代の危機的様相を敏感に感じ取り、知的家
庭に育った女性として、これまで男子の兄弟たちと女子との教育について行われ
てきたひどい格差や、親世代の無理解な社会通念などなどに、かねがね疑問を抱
いて苦しんできたウルフは、「自分だけの部屋」の発表以来あたためてきた構想
をもとに、小説「歳月」と平行して、同じテーマで、この評論を発表したのだっ
た。ウルフはこの評論で、女性の立場から世に何を訴えようとしたのだろうか。

 全体は3部に分けられているが、一貫しているテーマは、人類が生き抜くうえ
での永遠の課題である戦争と平和の問題で、それを女性の立場から、歴史的、社
会学的、心理学的観点から豊富な資料を駆使して論じ、当時の英国の国情を背景
としているために、対象となる男女の階級が、中産階級に限定されている、とい
う限界を踏み越えて今なお真実の響きをもって訴えかける力を充分に持っている。

 すでに1世紀を超えた現代、ますます混迷の度合いを深めている世界の様相を
思うにつけ、彼女の声に耳を傾け、あらためて考察してみることは、決して意味
のないことではないと信じる。女性が、戦さのなかでどのような運命を担ってき
たか、家父長制社会のもとで拵えあげられた観念を取り除けば、真実どのような
感情を持ち、情緒的反応を抱いてきたのか、を始めて白日のもとに曝したという
点でも、この著書の持つ役割は大きいと思う。

 さて、前作の「自分だけの部屋」の場合の〈500ポンド〉と同じように、こ
こでも〈ギニー(21シリング)〉というイギリス貨幣が、女性が自由にのびのび
と能力を発揮して生きるための基金の一部として、重い象徴的な役割を果たして
いる。3ギニーというのはそこから取られた題名である。

 全編書簡体の形で、第1部は著者のかねてからの知り合いの初老の弁護士から
受けとった「どうしたら戦争を未然に防げますか」という質問状に対する答とし
て、女子教育のためのコレッジ再建基金集めに苦心している二人の女性名誉会計
係宛にそれぞれ手紙を添えた一ギニーを送ったことを、第2部では同じギニーを
教育ある男性の娘たちが、職業に就くのを援助するための協会の名誉会計係あて
に送ったことの報告と趣旨説明、第3部はウルフ夫妻と友人たちが先年出したス
ローガン「文化・教養と知的自由を護ること」を固く誓いつつ声明書に署名し、
平和を維持する目的で、確かな手段でその方策に専念している協会に加盟し寄付
をするべしとの呼びかけに答える、という形で締めくくられる。 次回よりその
内容について、順次じっくり検討してゆきたいと思う。

        (筆者は東京都・大田区在住・エッセーイスト)

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