『アイさん』

【北から南から】中国・深セン便り

『アイさん』

佐藤 美和子


 皆様、あけましておめでとうございます。
 早速ですが、現在多忙を極めておりまして、なかなかパソコンにゆっくり向かう時間が取れません。SARSのお話の続きはもう少し延期させていただきます。

● 先々月、来客その他の予定があって、少し早目の大掃除をしなければならなくなりました。
 というのも、シンセンの我が家へ初訪問されるお客様は中国人・日本人を問わず、なぜか皆さん、すべての部屋の見学を希望されます。我が家は間取りも至極一般的な3LDK、中国風にいうと3房2庁(3部屋+リビング+ダイニングの意味)、内装だって質素というか、かなり簡素です。私が掃除嫌いなもので、なるべく掃除がラクなようにと桟や凹凸、段差を極力作らず、また飾り物も好まないので、どちらかというと無機質な感じの家です。人様に興味を抱かせるような要素は全くないのですが、中国人客は「日本人の住まう家には、どんな家具やモノがあるのか?」と興味津々、また日本人客は「中国の家って、どんな間取りなんだろう?」と、それぞれに興味を持たれるみたいです(笑)。そんなわけで我が家に来客がある時は、寝室や使っていない物置部屋、お風呂にベランダまで、家じゅうぜーんぶを掃除しておく必要があるのですよ……。

 ところで私は持病の頸椎ヘルニアに加え、最近とみに腰痛がひどくなってきています。深くかがんだり、重いものを運んだりすると覿面! 翌朝はベッドから起き上がるのが困難なほどに、痛みがひどくなるのです。そこで今回の大掃除には、アイさん(お手伝いさんのこと。字は阿姨。広東省では家事だけでなく子供の世話一般も任せることが多いため、保母と呼ぶ人が多い)を臨時的に雇って、手助けを頼むことにしました。

 うちのマンションには、アイさん紹介所が数軒入っています。時間いくらの単発臨時雇いも可能ですし、毎週○回という契約もOK、また住み込みで雇う家庭もあります。ただし盗難や子供虐待などのトラブルが起きやすい住み込みの場合、他人を雇わず夫婦どちらかの親戚を田舎から呼び寄せて雇うケースが多いようですが。臨時雇いの場合は、契約が終了した時点でアイさんに時給分を支払い、アイさんはそのうち幾らかを紹介所に紹介手数料として支払うシステムになっています。

 実は去年の夏に頸椎を痛めた時にも、マンション内の紹介所で臨時雇いのアイさんを頼んだことがあります。その時のアイさんの時給は、30元でした(臨時雇いは常時雇いに比べ、少し割高設定です)。2004年頃にも一度頼んだことがあるのですが、その時は時給15元でした。10年で倍に値上がり! 中国の物価高の勢いが、こういう小さなところからも見て取れます。

 昨夏は2日連続で来てもらったのですが、2日とも違う人が派遣されてきました。なかでも2日目に来た葉さん(50代・広東人女性)は仕事が早く、こちらの意図を的確に理解してくれるし、これはとても珍しいことなのですが、衛生面に少々神経質な私の指示をきちんと守ってくれました。本人曰く、彼女の衛生観念が一般的な広東人と異なるのは、かつて高級ホテルの厨房で働いていたからだとか。そういういいアイさんに巡り合うのは、なかなかないことなのです。

 そこでその日終了時に、彼女に連絡先を尋ねておきました。もし今度頼みたいことがあったら、あなたに直接連絡していい? 私が直接あなたを雇えば、あなたは紹介所へ手数料をフィードバックせずに済むし、私の方もまた新しい人を雇ったら、私のやり方を最初から説明しなきゃなんなくて面倒だし、お互いにメリットがあると思うんだけど。と持ちかけると、二つ返事で連絡先のメモをくれました。

 今回はそれから半年近く経っていたので、あのアイさんまだシンセンに住んでいるかなぁ、商売替えしていないかしらとドキドキしながら電話してみると、私のことを覚えていてくれました。あぁ、あの時の外国人でしょ?って(笑)。そして、早速翌日から来てもらえることになりました。

● 来客が中国人の場合、基本日本式で暮らす我が家のスリッパの種類の多さに、皆さんまず戸惑われます。中国のマンションは通常、玄関と、玄関に続く部屋や廊下の間に段差がなく、いわゆる三和土というスペースがない家が多いです。玄関ドアを開けたら、即生活空間! そういうご家庭では玄関の外、つまりマンションだと隣近所の住人もが行きかう通路に!脱いだ靴が置いてあるのです。廊下に何足もほっぽり出されると、通行の邪魔なんですけどねぇ。また、欧米のように家の中でも靴を履いたまま生活しているおうちもけっこうあります。

 なので中国人は、初訪問先では玄関先でまず靴を脱ぐ家かどうかを確認します。我が家の場合、ウチが土禁だと知ると、みなさん早々と玄関ドアの外で靴を脱いじゃうんですよ……。そして私が玄関内の三和土(玄関土間)とみなしているスペースを裸足でぺたぺたと通り過ぎ、その先に用意しておいた来客用スリッパを履くのです。玄関先ではなく、三和土に入ってから靴を脱いでほしい、と中国人である相方が中国語で説明しても、この日本式の三和土、というスペースの概念を中国人に理解してもらうのはなかなか難しいです。三和土部分にはちゃんと泥落としのマットを敷き詰めて、生活スペースとの区切りを一目瞭然にしてあるのですが、何度も来訪している友人でも、時々靴を脱ぐ位置を間違ってはテヘペロしていますから(笑)。そんなわけで我が家では、来客のたびに来客用スリッパを洗濯しなおす羽目になっています。

 次に中国人客が戸惑うのは、トイレ用スリッパの存在です。室内スリッパのままトイレに入っちゃったり、または用足し後に再び履き替えるのを忘れてトイレスリッパでリビングに戻ってきちゃったり(笑)。トイレスリッパに関しては、日本人客以外のほかの国の人もなじめないようでした。

 そしてこれは普通の来客は使わないのですが、アイさんたちが我が家で驚いたものがもう一つ。お風呂場用の、ビニール樹脂製のスリッパ(ブーツ)です。何かをお風呂場で洗ってもらうとき、アイさんの靴下やストッキングが濡れないようにとお風呂ブーツを出したところ、何なの、このでっかい靴は?! ぎゃっ、このスリッパ床にくっついた! と、大変不評でした。ウチのお風呂ブーツ、裏に滑り止めの吸盤がついているんですよね……。これまで来てもらったことのあるアイさんはみな、お風呂ブーツは吸盤の感触が気持ち悪いし、裸足になった方が手っ取り早い!と使用を拒否しましたが、件の葉さんだけは、日本の習慣って面倒くさいねぇと言いながらも使ってくれました。そういえば彼女だけは、ベランダ用スリッパも含めてすべて、履き間違えることはなかったです。一度説明されればすんなり相手のやり方に合わせられる彼女、思考がかなり柔軟なんでしょうね。

 そうそう、その葉さん。私と二人掛かりで大掃除をする間、私がしょっちゅう腰をイタタタタ…と抑えているのを見て、こんなことを教えてくれました。

 「あなたの腰痛、かなりひどそうねぇ。私は広東省梅州市の出身なんだけど、うちの方じゃあ腰痛には豚のシッポが一番効く!とされているのよ。今度試して御覧なさいな」

 えっ、腰と豚のシッポにどんな関連性が?! 中国漢方医学では、目の調子が悪い時には牛や豚などの目を、足が悪い時には豚足を調理して食べるといった考え方があるのは知っていましたが……。

 「市場なんかで豚の尻尾をたくさん買ってきて、一日ほど紹興酒に漬けておくの。それをじっくり煮込んで醤油味のスープにして食べたら、腰痛はすぐ良くなるから。うちの村では腰痛で歩行困難になった人が二人いたんだけど、このスープを毎日飲んで二人とも元通りに歩けるようになったのよ!」

 その煮込みスープはなんだか美味しそうですが、尻尾で腰痛が治るというのはやっぱり信じられないです……どなたか勇気のある方、試して治ったら私に教えてくださーい!

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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