『アメリカ、アメリカ』

■【北から南から】米国・マジソン (最終回) 

~アメリカ、アメリカ~   石田 奈加子

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 17世紀の初めから急速に進展したヨーロッパ大陸からの植民者による北アメ
リカ大陸の開発は18世紀後半東部13植民地のイギリス本国からの独立によっ
てアメリカ合衆国となったわけですが、その時点でのもっとも重要な成果は合衆
国憲法の制定かと思われます。

 アメリカ合衆国成立後ヨーロッパ大陸の人々(国々)はそこに正義、自由、を標
榜する新興国の政治的、制度的、そして文化的可能性を見、後進国とみなされて
いるアジア諸国民は広大な領土に経済的改善の機会を見、いらい、250年近く世
界のあらゆる方面からの 憧れの的、注目の的になり続けてきました。

合衆国の諸要素については早くから様々の書物が書かれています。中でももっ
とも有名なのはアレクシス・ド・トックヴィルの「アメリカにおける民主主義」
だと思います。

 この国の一番の特徴はその広大な領土とあらゆる面での多様性でしょうか。
(領土の広さからいうと、カナダやロシアの方が大きいそうですが、人間の居住
可能な面積からいうと合衆国の方が大きいのではないかと思います。) 勿論第
50番目の州のハワイを除いてですが、西海岸(太平洋岸)と東海岸(大西洋岸)の間
で三時間の時差があり地理、地勢、気候、風習等の多様性は想像を絶します。

 西から東、または東から西へ大陸を横断した人々の回想記、ルポルタージュは
その多様性を証明して余りあります。相違は東西のみならず北と南の間にもあり
ます。ジャン・ボードリヤールの大陸横断記「AMERICA」のユタ、テキサス あ
たりの燃え立つ砂漠の有様は水が豊かで雑草の生い茂る草原のウィスコンシンか
らはまったくの他国に思われます。

 生活のためか、楽しみのためか、絶えず国中を渡り歩く人たちはいざ知らず、
普通の人間はまず、どこなりと一箇所に定住するわけですからその人の生活経験
はその場所に基ずくわけです(その反面アメリカでは極簡単に人々が移住します。

 もっともこの数年来の不景気で頻度が少なくなっているそうですが。ですか
ら、あれこれお話したウィスコンシンなり、マディソンなりの様相は東北部の、
あるいは中西部の中小都市とは共通点があると思いますが、東海岸、西海岸の大
都市、東の南部、西部の諸州等とはかなり違うのではないかと思います。

 何事でも一概に一般化して、アメリカ人はとか日本人はとかいうのは危険なの
ですが、あえて言えば、国が広すぎてかまっていられないのか、国の成立が徐々
に行われた(州ごとに、だんだんに合衆国に参加して今日の形になった)、政治体
制として連邦制のせいか、非常に地方的(閉鎖的;視野が狭い)で、郷土心が強い
ようです。その反面、例えば9・11のような事件が起きるとか、他国に侵入す
るとかいうとワーッと星条旗の下に集参するのですが。

 それと並んで特徴的なのは所謂アメリカ式の個人主義――人にとやかく言われず
に自分で好きなようにする――法律に定められた枠の中で個人の権利を主張する。
ところが、法律そのものが人間の決めるものですから気に入らなければ法律に挑
戦することも出来るわけです。

 個人の権利の主張について、どうか、と思うことがしばしばあるのですが、そ
の一つで、昨年来大問題になり世界の注目も集めているのに、オバマ大統領の先
導で国会を通た健康保険制度があります。

 アメリカ合衆国が所謂経済的先進国である国々の中で唯一の国民健康保険のな
い国だというのでオバマ氏の選挙公約の一つがこの点にあったわけですが、さて
出来上がった制度というのが国の政府が責任を持って国民の健康を保証するとい
うのではなくて、成年の国民全体に営利企業の健康保険を買うのを義務付けると
いうのが根幹になっています。

 健康保険を交付する団体がMEDICARE(65歳から加入できる)のような国家が税金
で賄う保険ではなくて数ある企業のなかでも一番収益の多い保険会社なのはこの
制度の根幹的な欠点であるのはいうまでもありませんが、私企業の保険という特
定の商品を買うことを義務付けるのは個人の自由、権利の侵害というのが現在争
点になっています。

 伝統的に20歳代から中年位いまでの人々が健康保険を買う率が低く保険金の集
まりが悪いので必然的に保険料が高騰する。それを阻止するために国民皆保険購
入とするわけ。それに対して保険を買いたくない人々は自分は健康で医者などに
掛からないのに保険を買わされて自分の保険料が自分のために使われないで他人
である病人のために使われてしまうから不公平だ、という。似たような考えが税
金についてもあります。

 税金を喜んで納入する人は、まあ、世界中でも余りないと思いますが、この国
では出来るだけ払わないようにする。共和党の極右のTea Partyなどは 政府は
出来るだけ小さいのが良い (日常生活に介入しない)、税金制度を廃止しないま
でも国が破産しても税金を上げないという立場で非常に人気がある。

 毎年四月半ば所得税申告の時期になると、どうやれば税金を少なくすることが
出来るかというアドヴァイスがテレビにも新聞にもインターネットにもでます。
(大体税金制度そのものが非常に複雑なせいもあります。)

 そのくせ、やれどこかで災害が起こった、やれどこかの誰かが病気で悩んでい
るが治療費がない、などと報道されるとドッと驚くほど多額の寄付金が集まる。
義務付けられた税金は払いたくないけれど自分からあげようと思うお金は出せる
という民心なのです。
 
  報酬なしで時間、労力を提供するボランティア・システムも同じところに根ざ
していると思います。ボランティア・システムはあらゆる生活面で行き渡ってい
ます。昨今では政府がその責任を果たさないでシステムを利用しているのではな
いかという面もあります。税金が充分に集まらないせいでもありましょう。

 アメリカという国を考えてみると、矢張り一番気になるのはこの40年来の政治
的、社会的変化です。勿論どの社会でも時間が経つのにつれて変化するのは当然
ですが、それを進歩というものか。どんな観点から見て進歩というのか。

 社会的には50-60年代の活気に満ちた公民権運動、ヴェトナム戦争に対する反
戦運動、女性解放運動の結果、人種、性別、宗教、性的選択等の面での差別の軽
減は目を見張るものがありますが(しかしその軽減の程度は地方によって大変な
差異があります、殊に人種、宗教に関して)これを進歩というか退廃というかは
その人の社会的、宗教的信条によります。

 最も当惑するような変化は70年代以降現在に及ぶ社会経済面での変化です。こ
の七月末から八月初めに掛けての議会と政府の間の国家負債上限上昇政策に対す
る醜悪な駆け引きの末、S&Pが合衆国の融資保証率をAAA+からAA+に下げて大騒ぎ
になり、あたかも合衆国が信用に値しない、今にも破産するかのような三流国に
なったような印象を一般人に与えたようですが、実際には国全体としては大変な
額の資産、資源を持っていて今でも世界で一番金持ち、経済大国であるようです。

 問題は経済活動が非常に偏っていて、社会として貧富の差が著しく開いてい
る。2011年現在最上部1%が国富の33%を所有していて、その点ではアフリカ
などの独裁政治国にほぼ同じく三流国ということになります。

 インターネットのサイト(CounterPunch)からの孫引きですが「最上部1%の
財産所有が下部90-95%の所有と同じ。この同じ最上部1%が
1980-2005年の間のアメリカの個人所得上昇の80%を獲得。99%の
人口の経済水準が絶対的に低下し、個人所得の中央値は40年来停滞し多大の部分
の人口が急激な生活水準の低下を経験している。

 この状態はアメリカ史上前例がない。」というのが現状。2008年の金融危機で
10%に上った失業率は現在9.1か9・2%ですがこの三年来少しも良くなり
ません。

 ウィスコンシンの失業率は全国に比べてやや低い7.9%で、かなり安定した
中産階級が多数を占め、全国的に名望のある大学のあるマディソンでは表面的に
は異常な経済格差のあることも貧困も余り目立ちませんが、学童の6人のうち1人
は貧困家庭から(今年の貧困基準は4人家族で年収$22,350以下。これは週40時間
労働として時給$10.75ほどになります。ウィスコンシンの最低時給は$7.25)と
いう記事に出会いますとギョッといたします。

 どうしてこんなことになってしまったのか。第二次世界大戦後の技術の飛躍的
な進展にともなっての経済成長、国全体の、殊に中産階級の賃金、生活水準の上
昇は終わりなく続くと思われ、60年代の、ヴェトナム戦争の最中でさえ貧困対策
としてMEDICARE /MEDICAIDが成立されたのに。現在この二つの健康保険制度が
ニューディール以来のSOCIAL SECURITY (社会保障)とならんで国費支出制限の
議論の的になっています。

 CounterPunch編集者のアレキサンダー・コーバーンによりますと、「アメリカ
の将来は企業が資金を提供しているシンク・タンクが30-40年前、ネオ・リベラ
ル時代の夜明けの頃作成した青写真に見られる:組織された労働の破壊;社会保
障の漸次消滅;(企業に対する)政府による規則、条例の漸次廃止;あらゆる層に
おいての貧者に対する残酷な圧迫。」 そして、来年の大統領選の共和党からの
候補者たちは概ねこの線に沿っていて、オバマ氏もその半分ぐらいは同意してい
る、と見ています。

 アメリカのそれほど長くもない歴史はいつもバラ色だったわけではなく (ま
あ、原住民のジェノサイド、奴隷制度による富の蓄積だけでも考えてみてくださ
い)不正義、偏見、差別、搾取、非情な利益の追求、権力による暴力などは今に
始まったものではありませんがそれでも昨今の政治のあり方を見ていますと「We
the People (我々人民)」ではじまるアメリカ合衆国憲法前文の、正義、平和、
防備、福祉、自由、繁栄を目指す精神はどうなってしまったのか、今一度読み直
されねばならないと思わずにはいられません。

 チュニジアに発端して方々に広がっている革命運動、市民デモが雑多なこの国
でも可能かしら、この春のウィスコンシンにおける大規模な反政府デモの例はあ
りますが、全国的にそんなことが出来るだろうかと思っていましたら、九月半ば
からニューヨーク市でウオール街の金融企業に対するデモが始まり、数週間のう
ちに国内の多数の都市に、そしてヨーロッパ各国の都市に広がりつつあります。

 選挙による代表民主主義の機能不全に、選挙そのものの腐敗に愛想をつかした
市民(We the People)の直接民主主義の主張でしょうか。今のところ二、三の
例を除いて行政府との腕力対決は起こっていませんが、この運動がいつまで持ち
こたえられるものか。どれだけ議会、政府を動かすことが出来るか、行き先は
さっぱり分かりませんが、少なくとも、来年の選挙を踏まえて、一般市民の意識
を喚起するのには役立つと思われます。

 この国の現時点でのもう一つの大きな問題は国際関係、外交政策にあります
が、これは別に真剣に議論されねばならないと思います。

             (筆者は米国・ウイスコン州・マジソン在住)

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