『エコロジカルな成長に向けて』(改訂版)

■新春に聞く

『エコロジカルな成長に向けて』(改訂版)

                                    法政大学名誉教授 力石定一  

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◇―2005年は衆議院の解散総選挙を初めとして、国内外ともにいろいろのこと
がありました。新しい年も中韓をはじめとする東アジアの国際関係や,国内の
さまざまな政治経済の動向など、多事多難が予想されますが、今回は新年号で
すので、力石先生が現在感じたり考えておられることを、少し広い視野からお
話しいただけたらと思います。


◆◇原子力空母に反対する論理◆◇


◆力石 私は逗子に住んでいるんですが、いまあの辺りではアメリカの原子力
空母の横須賀入港が問題になっているんです。反対運動も起こっていまして、
私も今その運動の背景にある理論的な問題をいろいろと考えているところで
す。原子力空母に対する現在の反対運動のやり方というのは、「原子炉という
のは危ないものだ。事故が起こったら大変だ」とか、「日本は原爆を受けた国
だから、みんなが原子炉に対しても似たような恐怖と嫌悪感を持っている。そ
ういう日本の中の東京湾に原子力空母が乗り込んでくるのは反対だ」というよ
うなことで運動をやっているわけです。もしも事故が起こったとすると、半径
10km範囲に放射能の危険が広がりますから、逗子、葉山も全部その範囲に入
っちゃうということで、その事故の大変さをアピールして、沢山の署名なんか
もやられています。
 
船舶への原子炉の利用として、日本には原子力船「むつ」があるんですけど、
その調査を朝日新聞がやっているんですね。それでその「むつ」の方の記事と、
米軍が出している原子力空母の資料を比較してみると面白いんですが、原子力
船というのは、原子炉による核分裂のエネルギーで水蒸気を熱して、その水蒸
気の圧力でスクリューを回して運航しているわけです。そしてその熱を使った
あと、「むつ」の場合は海中から冷却水をとって、それで水蒸気を冷却し、そ
のあと冷却水は海に捨てるんです。そういう構造で二次冷却をしている。しか
し米軍が発表した資料では、コンデンサーの中で二次冷却をするというクロー
ズドされた図を出しているわけです。
 
このクローズドされた状態というのをどう見たらいいのか。「むつ」のように
冷却水を海に排出すると、原子炉から出た微量放射能も冷却水に混じって外に
出ます。これはヨーロッパでもアメリカでも問題にされることなんですが、原
子力発電所の場合、冷却水の中にストロンチウムやセシウムなどの微量放射能
が入ってきて、それの混じった水を海中に出すと、それをプランクトンが濃縮
し、それをまた魚が食べて濃縮して、何倍にも濃縮されたものが最後には人間
の口に入って発ガン作用をする。実際に疫学調査をやってみると、原子力発電
所付近の人間のガン発生率は、その原子力発電所がある州の発ガン率の百倍以
上になるという結果が出ているんです。これはパイプが破れて放射能が外部に
飛び出すというような事故ではなくて、正常運転でもそういう微量放射能が生
物濃縮を通じて発ガンを起こすということです。しかし、原子力空母について
の米軍資料には原子炉はクローズしているとあるから、外に出ないと思ってい
る人が多いんです。けれどもそれは「出ない」ような図面になっているだけで
あって、朝日新聞で紹介した「むつ」の方には、取水口と排水口がちゃんと図
面に書いてある。こっちの方が本当なんで、それでなければ冷却する装置がま
た別にいるわけです。それにはまたそのためのエネルギーがいるわけで、そん
な不経済なことはしません。コンデンサーの水は取水と排水の出入りをしてい
るに違いない。
では、どうして密閉した丈夫なパイプの中の水蒸気中に原子炉の微量放射能が
潜り込むのかというと、原子物理学の世界では核分裂反応に「トンネル効果」
というのがあって、厚い壁や鉄のパイプでも、放射能は通過する。これはニュ
ートン物理学の範囲をはみだした現象です。それを微量だけにとどめることが、
実用化の前提条件になっているわけです。パイプが破れないようにして微量だ
けにとどめて使っているから、がまんしてくれという論理なんです。しかしそ
のようにして冷却水とともに外に出た微量放射能は生物濃縮されます。
 
原子力を進める側のもう一つの論理は、実際にパイプを通過する微量放射能は、
年間にして5ミリレムぐらいにしかならないというものです。普通、人間は自
然放射能を年間100ミリレム~150ミリレムぐらいは浴びている。それに対し
て5%ぐらいだから大丈夫だという説明です。しかしこれもまた理論的におかし
い。自然放射能というのは、宇宙の彼方か地殻の底にある原子から放射線が飛
んできて、その放射線が貫いているだけであって、放射性物質そのものがそこ
にあるのではない。宇宙の彼方か地殻の底にあるんです。だから生物濃縮はさ
れない。しかし原子炉の中にある核物質は、そこで核分裂をやらせていますか
ら、ストロンチウムやセシウムなど放射能を帯びた物質そのものが出てきます。
だからそれを生物は濃縮するわけです。たとえ年間5ミリレムであっても、そ
れが生物濃縮の過程で何十倍にも何百倍にも濃厚になって、東京湾の中に広が
り、また相模湾の方へも出て行って、最終的には人間の口にも入る。ストロン
チウムはカルシウム、セシウムはカリウムと似たような物質として人間の身体
にとりこまれる。そのようにして発ガン物質におかされることになるんです。
 
だから運動する側は、事故が起こったら大変だということと、正常運転の際で
も放出される微量放射性物質の生物による濃縮の両方を問題にしなければいけ
ないんです。事故だけを想定して運動をするというと、事故の発生確率の問題
になってくるし、運動論としても労働運動の恐慌待望論のように「事故待望論」
になり、事故が起ってくれないと運動にならないことになってしまいます。で
すから原子炉は事故が起こらなくても、正常運転においても選択すべき技術で
はないんだという論理でないと、運動の根がしっかりしてこないんですね。日
本の原子力発電所反対の漁民の運動を見ても、そこの根がしっかりしていると
ころは運動もしっかりしています。日本の原子力発電反対運動も全体としてそ
ういう論理でやっていれば、あんまり原子力発電所の建設は出来なかったと思
うんですが、ここが弱くて52基に達し、工業諸外国の多くが増設を停止し古
くなったものは廃棄して減らしていくことにしているのに、これからも日本は
まだ原発を12基も造っていこうとしています。そこのところはしっかり押さ
えておかなくてはなりません。
 
もともと日本の反核運動というのは、湯川さんや武谷三男さんたちのように、
原爆のような恐ろしい原子力の利用はやめにして、平和利用に徹しなければな
らないという方向でやってきたんですね。しかし今は生態学的に見てこれは技
術の選択として間違いであるということを強く打ち出さないといけない。「原
爆に結びついてはならない」というだけでは足りない。また、スリーマイル島
やチェルノブイリみたいになる恐れがあるんだということを警告するだけでも
足りない。そういうことだけを主な問題にして反対運動をやっていくという理
論的な偏りが、日本の原子力反対運動の「脇の甘さ」につながっているわけで
す。

◇―外国ではどういう状況にあるんですか?

◆力石 陸の原発については、アメリカの学者とか市民の運動は、いま言った
ような論理をだいたい持っているんです。アメリカの国内では、新しい原発の
建設は、完全にストップしてきました。ところが原子力の軍艦については、市
民運動がどのくらいの水準にあるのかという情報がまだ入ってきていない。艦
船についてはかなり自由勝手に世界中を原子力で航行しています。軍艦への原
子力利用に対しては、運動の制御がかかっていないような感じがします。どう
も牛肉を食っている米国の場合、川の魚は食べるが海の魚はあまり食べないこ
とが海での制御の弱さに関係しているような気がします。だからその制御を海
の魚と関係が強い日本が最初にかける。原子力は船の動力にもできない技術で
あるということを主張して旗を上げる。遅れた者が先に立つということです。
そういう旗を上げられたらと思いますね。
 
それから原子力利用については、陸の原子炉についても、もう一つ大きな問題
があるんです。それは原子力廃棄物の有効な処理方法がないということです。
理論的にはロケットに載せて太陽に打ち込む以外にない。積み込むロケットの
運搬コストは膨大なものになるでしょうが、世界が原子力と決別したときの共
同計画としては、想定されるかもしれません。日本が先頭を切って提唱する日
がくればいいと、私は思っています。
 
アメリカは、クリントンなんかが北朝鮮に対して、原爆保有を恐れたために軽
水炉を与えるという外交政策をやりましたが、核物質をそこから取り出せば原
爆に転用できるわけです。インドは原発技術を輸入し、そこから原爆をつくり、
隣のパキスタンに連鎖反応を起こしました。そういう意味からも原子炉の拡散
というものは抑えなくてはいけない。また原子力発電所を持っていると、それ
に向けて小さなロケットを撃ち込めば原爆になってしまうわけです。今はゲリ
ラ闘争が非常に発達してロケットを持っていますから、それ自体が原爆攻撃み
たいになっちゃうわけです。だから外交政策としても、「原爆はだめだが原子力
の平和利用ならいい」というアプローチを修正させなければいけない。その修
正をさせるのも日本の仕事なんですけど、それをやるためには日本自身の原子
力発電政策の変更が必要になります。


◆◇原子力エネルギーからの転換◆◇


◇―日本の原子力発電の政策変更が必要だと言われましたが、どのような方法
がありますか。

◆力石 いろいろな代替エネルギーが考えられますが、基本的には今の原子力
発電を、天然ガスによる発電と太陽電池や燃料電池などのクリーンなエネルギ
ーに替えることです。つい最近の新聞にホンダが燃料電池車をつくったという
記事が出ていましたね。ホンダの方式は住宅の屋根の上に従来のものより30%
方コストの安い太陽電池を載せて、その電力で水を電気分解して水素をつくる。
そしてその水素のタンクを燃料電池車に載せ、それをエネルギーにして自動車
を走らせるというものです。今までは天然ガスから改質器を通して水素を取り
出して、それを燃料電池にかけるという方法をとっていたんですが、それより
も太陽電池で、水を分解して水素をつくるという方がストレートで効率的です。
その太陽電池も上質のシリコンパネルを使わず、量産で作ると、3割ぐらいは
コストが下げられるというんですね。ああいう会社が本格的に太陽電池と燃料
電池に取り組むようになってくると、日本は太陽電池の生産では世界一ですか
ら、これは次の技術革新の大きな波になる。太陽電池とか燃料電池を日本がど
んどん生産して、それを用いた自動車を中国その他に対してどんどん輸出して
いくようになれば、日本は世界の経済成長の新しいエンジン国家になれる。そ
ういうエンジン国家になるために、国内の経済政策で隘路になっているのはど
こか、それをこれから一つ一つ摘出して、その隘路をこじ開けて、まずいとこ
ろは全部取り除いていかなくてはならないわけです。
 
天然ガスへの転換については、これはロシアのヤクーツクの天然ガスが世界で
一番豊富で、日本の場合は非常に近いところからパイプラインを引けますから、
コスト的に安く輸入できる。その安いエネルギーである天然ガスの発電によっ
て、原子力発電所を価格で駆逐してしまうわけです。安いという意味は、単に
それでつくる電気が安いというだけでなくて、天然ガスはコ・ゼネレーション
ですから、出てきた熱も使うわけです。石油の火力発電にしても原子力発電に
しても、これまでの方式では電力を取る際に、熱は海に全部捨ててしまうので、
エネルギーの4割ぐらいしか使えず効率が非常に悪い。天然ガスはきれいで、
すぐ近いところで発電するコ・ゼネレーションですから、発電の過程で出た熱
をそのまま使えるわけで効率がよい。早くそういう方向に持っていくというこ
とで、ダーティ・エネルギーを競争によって駆逐してしまう必要があります。
 
その天然ガスをロシアからパイプラインで引くということをめぐって、いま日
本と中国の競争になっているんですが、北方領土の問題は棚上げにしておいて、
早くプーチンと話をつけて、日本にさっさと引いてしまう。その場合、日本海
の海底経由で裏日本に上げるという手もありますが、サハリンのオハを経由し
て列島へ引いてくるというやり方もある。パイプラインの技術では日本は世界
一ですから、口径1メートルぐらいの大きなパイプラインを早く引いてきて、
それで天然ガス発電を早くやる。同時にそのことで極東ロシアの開発に大いに
寄与してやって、ロシアの民衆の対日感情を非常によくすることによって、北
方四島の問題は自ずから解決される日がくる。そういうことを先に戦略的にバ
サッとやってしまうことを通じて、領土問題解決のための平和条約に早く到達
することができると思います。最近プーチンがウクライナ経由の天然ガスパイ
プラインを用いて供給を左右した記事が報じられましたが、日本がLNGによる
従来の輸入のルートを代替策としてしっかり確保してバランスをとることを忘れ
なければ、心配はいらないと思います。


◆◇北朝鮮に対しては「逃散政策」で◆◇


◆力石 もう一つは、ロシアとそういうふうに仲良くしておいて、その過程と
並行して北朝鮮の問題を解決することです。北朝鮮の問題に対する解決は二つ
のやり方があって、一つは岸信介の孫のように、拉致には経済封鎖をやり、向
こうはロケットでやってくるから、こっちも武装を強化する。そういう「力に
は力で」というやり方で北朝鮮と対決する方法です。もう一つの政策は、金大
中とか今のノムヒョン大統領がやっている太陽政策ですが、この太陽政策は今
のような独裁政権にはうまくいきません。逆に太陽政策を進めると、北朝鮮の
超戦時経済体制の不足部分を補ってしまうことにもなる。日本の戦時中の超戦
時経済体制に対していくら太陽政策をやったって駄目なように、少々の石油を
やったり食糧をやったりしても、あの超戦時経済体制下の軍部独裁体制という
のが軟化するわけはない。もっと亀裂がはっきりして和平派とそうでない派が
割れてきたときには有効でしょうが、今はそういう状況にはありません。結局、
太陽政策は金正日のサポート政策になってしまいます。
今の韓国では、金正日の体制を批判するグループがいると、太陽政策の人たち
が「あんまり北を刺激しちゃいかん」ということで、その批判グループの人た
ちの言論を抑えてしまうらしいんですね。そしてその間に北の特務機関が入っ
てきて、早く北と統一するんだというような方向に、今の大統領のグループを
通じてもっていく。これはいわば韓国の北朝鮮化です。自分たちではそう思っ
ていないんだろうけれども、客観的にはそういう傾斜が出てきていますね。そ
れは太陽政策の持っている弱さというか、今の状況に対する最適政策ではない
からだと思うんです。

私の考える太陽政策は、そういうやり方ではなくて「脱北誘導政策」です。今
の北朝鮮の経済体制では、ものすごい軍事化をして、再生産外消耗が大きく、
農業政策も非常に下手くそなやり方をしているけれども、それに対して金正日
体制の内部からのクーデターとか、彼の暗殺とかいうのはちょっとありそうに
ない。そこで私の考え方は、大規模な脱北を契機とした北朝鮮の支配体制の平
和的転換ということです。今の北朝鮮で起きている脱北は、食えないからどん
どん逃げていくわけで、あれは飢餓からの脱出です。北の国境の河は浅いです
から、歩いて逃げられるところはいくつもあるので、北朝鮮の人たちは中国の
吉林省側に逃げて出られる。しかし中国ではあまり十分に食えないから、はる
かタイへ行ったりしてあまり希望の持てない状態にあります。
そこで飢えてあそこに出くる人たちに対して、国境線の北側に食糧を十分に積
み上げ、その体を診察してやる病院体制なども築いて、脱北者を亡命難民じゃ
なく一時的な飢餓難民として処遇してやるんです。そういうことが北朝鮮国内
に伝わっていくと、今のようなポツンポツンではなく、何万という数の脱北者
が出てくるようになる。それがさらに雪崩のように出てくるようになってくれ
ば、北朝鮮の産業構造のネットワークの重要な部分が抜けてきます。そうなる
と統治ができなくなり、内部のセカンド、サードのグループが立ち上がって、
金正日は引退に追い込まれるという戦略です。そういうことを日本のODAを
使って、日本と中国が積極的に協力して、金正日を平和的に引退に追い込むよ
うな大量脱北作戦をやるというのが私の構想なんです。
 
この脱北作戦というのは、日本の封建時代の農民の逃散のようなものですが、
もう一つは1980年代の終わりに東欧の人たちがハンガリーを通って西ヨーロ
ッパへ逃げ出した例があります。そういう「逃散政策」の形をとる太陽政策が
今は必要だということです。これは実際にそういう提案を作り、論文にも書い
て、それを私の友人に託して北京に行ってもらったんです。日本と中国が共同
してプロジェクトを組んで難民救済運動をやろうと提案したんですが、この提
案では、吉林省の延辺朝鮮自治州の朝鮮人の協力をプロジェクトの要素と期待
していました。中国当局はこの点にコチンときたのです。というのは、延辺の
朝鮮人たちは、ダライラマ以上に反北京的な民族感情を持っているからとんで
もないというわけです。金正日の方がましだといわぬばかりだったようで、う
まくいきませんでした。しかし、延辺の人以外に吉林省の国境付近には、多数
の朝鮮人がいるわけですから、その人たちを結集すればよいわけだと思うので
すがね。現在、金正日を鄧小平の南巡講話地区に招待して洗脳しようとしてい
ますが、どうですかね。

ところで金正日が引退したあとの具体的な政策としては、いくつかのポイント
があるんです。たとえば電力が欲しければ、「軽水炉をよこせ」などと言わせ
ないように、日本のODAを使ってロシアの天然ガスのパイプラインを朝鮮半
島の南北を貫いて日本に引いてくる。その途中で必要な分だけそのガスを抜い
て北朝鮮で使うようにすれば、エネルギーの問題は解決できる。またそのパイ
プラインをロシアから引く際に、メンテナンスや監視などに労働力が必要です
から、北朝鮮はその労働力輸出を相当にできる。その面でも北朝鮮の経済再生
に貢献できるわけです。北朝鮮の軍事支出の対GDP比率は、イギリス戦略研
究所調べで見ると01年に12%で世界一の高比率です。これを中国・ベトナム
並みの5%に引き下げれば、平和の配当は相当期待できます。

それから北朝鮮の植生を調べてみたんですけど、あそこの潜在自然植生は、標
高の高いところは落葉広葉樹のオノオレカンバ、その下がモウコナラなんです
ね。しかし土地が痩せているので、実際に生えているのはカラマツやチョウセ
ンマツです。広葉樹がないんです。だからかなり雨が降っているのに、その水
が表面を滑って川に出て海に入ってしまう。その結果として農業の方では洪水
で困ったり、水不足による不作が非常に多いんです。食糧危機の一つの原因は、
そういう山のことを知らないので、保水力を山につけるという作業をしないか
らです。そこであそこに宮脇昭さん(植物生態学者、横浜国立大学名誉教授)
のポット苗方式で植林する。オノオレカンバは現地から、モウコナラは北京の
方から持ってくればいくらでもありますから、それを植えて水源林にして、農
業用水機能を復活させるようにしてやればいいわけです。また北朝鮮は集団農
業のままなので、農民に対するインセンティブが働きません。これはやっぱり
自立農家を認めて働く意欲が生まれるようにしてやる。この二つのことをしっ
かりやるようにすれば農業は再生します。
 
そのような新政策は、やろうと思えばいろいろやれるわけですね。そうすれば
北朝鮮を今のベトナム程度のソフトな元共産主義国にすることができます。ま
た、そのようにして南と北が仲良くなれば、南の側が北朝鮮化するのを防ぐこ
ともできるわけです。今のまま放っておくと、南北ともにガタガタになってし
まう恐れがあるけれども、そういうふうにすれば、朝鮮半島の安定化をはかる
ことは十分可能だと思います。

そのようにして北朝鮮の問題を早く片付けておかないと、これが台湾問題に結
びつく可能性があるんです。中国の台湾への敵前上陸です。中国は敵前上陸法
みたいな法律までつくっていますから、アメリカはそれへの抑止力としてあの
水域に第七艦隊をおくわけです。そしてその第七艦隊の機動力を強めるために、
重油の補給の要らない原子力空母を日本に持ってくるということになる。そう
いう極東の問題の早期解決のために、いま言ったような逃散政策を使ったり、
中国の台湾武力制圧を止めるように忠告したり、日本も積極的に働いていくべ
きなんです。


◆◇中国経済へのエコロジカルな提案◆◇


◇―日本と東アジアの国際関係のもう一つの焦点になっている、その中国に対
しては、どのようにお考えですか。

◆力石 中国に対しては、日本はもっとインフルエンスを持つことが必要だと
思いますね。日本はかつて戦争をやったというので、中国に対して非常に遠慮
がちにしかものを言わないんですけど、言うべきことはもっとズバズバ言わな
ければいけないと思います。ただしそのズバズバが、あの戦争を合理化したり、
靖国に行ってもかまわないんだというような調子で言うのじゃ困るわけです。
そうではなくて、マーケットソーシャリズムの内容について、もっと洗練され
たやり方があるんじゃないかというようなことを、いろいろな形で言う必要が
あります。

たとえば、さっきモウコナラの話をしましたけど、いま北京では黄河の水が枯
れて、都市用水が足りないんです。付近の農業用水も足りなくて困っている。
そこで揚子江の水をポンプアップして、黄河まで引っぱってこようという導水
路をつくる大土木事業をやっています。しかしこれはものすごく金がかかる。
そういう大事業をやるよりも、あのあたりの潜在自然植生であるモウコナラを
黄河の上流域に植えて、水源林をどんどん増やしていくようにするんです。あ
の地方には半砂漠が相当たくさんありますけど、もともとはモウコナラの森林
だったんです。そこでその潜在自然植生のモウコナラを復活させるという実験
を、宮脇昭さんが既にやってくれているわけです。半砂漠の場合、最初からモ
ウコナラを植えるのではなく、痩せた土でも植え付きやすい松とポプラを先に
植えておいて、それからモウコナラを植える。そういうふうに二段階に分けて
やるとうまく根付くそうです。因みに半砂漠の砂じんは西風によって日本海岸
地方に運ばれて、日本人を困らせています。
万里の長城の壁面の土は半砂漠より肥えています。ここはストレートにモウコ
ナラのポット苗を、穴をあけて植え付けています。彼が万里の長城に6年前に
植えた17万本の木はちゃんと活着して、もうかなり伸びてきているんです。
それをもっと政策的に大規模にやって、鬱蒼たるモウコナラの水源林を万里の
長城とその付近の半砂漠につくっていくわけです。長城の南北両斜面の面積は
約2.6万haありますから、これを全部森林で覆うだけで日本の秋田県の白神の
「世界遺産」のブナ林1.7万haをこえる大きさです。そういうふうにして土
木事業ではなく水源林方式でやれば、黄河はかなり復活できるはずです。これ
はもちろん手間と人件費がかかりますが、「南水北調」の土木事業よりはずっと
安く済む。

それから揚子江の方は常緑広葉樹林帯で、こちらは水が余っているんですが、
大きな洪水を起こしたりしています。その洪水を起こすのを防いで、水を黄河
に持ってこようというわけですけど、その洪水防止のために農民の土地をとり
あげて、いま松を植えているんです。しかし松は保水力がありませんから、植
えてもだめなんです。雲南から上海までは常緑広葉樹林帯ですから、松を先行
させる必要はなく、いきなりポット苗としてスダジイやタブのような常緑広葉
樹の植栽をやっていけば、非常に大きな樹木が育つので、農地をそんなにとら
なくても自然植生の大きな森が復活します。そうやって洪水は防げるし、あの
泥水のような揚子江の水もかなりきれいになる。そういうことを積極的に批判
的に提起していく必要があるんですね。
 

あの大土木事業は李鵬グループのプランなんですが、彼らの政策は大土建屋的 

で全然だめです。あの揚子江の上の方に三峡ダムを造って、あれで水力発電を
やろうとしていますけど、ダムは砂が溜まっちゃってだめです。電力を欲しい
なら天然ガスを採るべきです。これはタリム盆地からパイプラインを引っぱっ
てくる計画があるようですが、それと併せてロシアの天然ガスを中国東北部を
経由して引っぱってくることもできる。黄河の付近も掘れば若干は出ます。そ
れから日本と争いになっている東シナ海にもありますが、あれは大した量はな
いようです。いずれにしても、そういうふうにして天然ガスを採って、天然ガ
スの火力発電でやればいいのであって、あんな三峡ダムみたいな水力発電は選
ぶべきではなかったんです。むしろあそこは観光資源として外貨収入を稼いだ
ほうがはるかにいい。景観のよいところはまだ残っていますから再生計画をや
れるのです。

◇―その緑の政策は今の中国政府の成長政策とぶつかりませんか。

◆力石 いま言ったのも成長政策なんですよ。エコロジカルな成長政策です。
それに対して今の中国の政策は田中角栄的な成長政策です。だからそういうエ
コロジカルなポリシーをもって、今の政策は間違っていると批判すべきなんで
す。今の中国の開発政策は、われわれ日本が歩いて来た間違った道なんだと。
高層ビルをバンバン並べて建てたり、高速道路をどんどんつくったり、そうい
う田中角栄的なやり方をするんじゃなくて、高速道路よりも新幹線を早く導入
する。あるいは今の鉄道を早く複線化する。家庭の豆炭を都市ガスに切りかえ
る。露天掘りの豊富で安い石炭を用いた火力発電で空を真っ暗にしないで、天
然ガス発電を行なう。そして、石炭は液化によって石油代替につとめることです。
そういうことを提案すべきです。
 
新幹線については、日本の新幹線のほかにドイツやフランスの方式があるんで
すけど、これと比べたら絶対に日本のほうがいいに決まっています。日本の新
幹線は一車両ごとにモーターが入っているんですが、向こうのは先頭の車両が
引っぱっているだけですから、日本の方が良いことは中国も知っているんです。
しかし日本のものを買うと言うと、反日意識が強くなっている中国の大衆から
叩かれるんですよ。しかも、そういう中であの靖国参拝をやるから、中国の指
導部もこわくて日本への発注を認められない。だから両方とも損をしているん
です。

要するに今の中国の成長政策というのは、モスクワ型のスターリン主義的な工
業化理論で日本と台湾の資金と技術を用いて、資本主義を建設しているのであ
って、新しい段階における技術の選択というものを彼らは全く勉強していない。
あれに比べれば今の日本の技術は新しいんですが、これからは太陽電池や燃料
電池、あるいは宮脇方式の水源林といった、もっと進んだエコロジカルな技術
による発展計画を提案していくことが重要です。そういう新しいプランを向こ
うに提示して、中国共産党内部の若い世代の中にエコロジカルな構造改革派の
分派をつくり、中国の指導層の中に経済政策論争をひき起こして、その論争を
通じて古い考えの人たちに引退してもらうことです。
また、国有部門の改革が競争的公企業の線でやられていないこと、財政の所得
分配と資源配分の均衡化が機能していないことも問題です。さらに労働者の自
主管理といったマーケット・ソーシャリズムの基本が抜けており、ひたすら開
発独裁下の資本主義の道を辿っているようです。


◆◇東アジアへの視点◆◇


◇―ところで、つい先ごろ東アジアサミットというのが行なわれましたが、あ
のサミットは東南アジアよりもう少し先のインドとか豪州あたりまで参加国を
広げた会議でした。そのように東アジアからその先まで視野を広げてみた場合
はどうなりますか。

◆力石 私はアジアとイスラムとはだいぶ違うと思うんです。インドもそうで
すけれど、アジアは少なくとも今のイスラムよりかなりレベルが高い。インド
は平和的に独立を達成し、平和的に構造改革の道を歩んでいますね。中国も毛
沢東は全然だめでしたけど、鄧小平以後は一応建設的な発展の方向を辿ってい
る。それに対してイスラムはまだゲリラ戦争段階です。前の戦争で日本帝国主
義は長いあいだ毛沢東のゲリラ戦争の泥沼に入ってしまって、あのような結果
になったんですが、アメリカはいまイスラムのゲリラ戦争の泥沼に足を突っ込
んで苦労しています。しかもそのゲリラが、中国のゲリラには自爆はなかった
けれども、イスラムは自爆を伴うゲリラです。だからアジアと違って、経済政
策をどうするかというような段階にはまだ至っていない。

◇―ただ、あの東アジアサミットの内容も、力石先生の言われる生態学的成長
路線というようなものとはだいぶ違いますね。それと鄧小平以後はいいのでは
ないかということですが、ある意味では、今の中国の工業化路線の原点はあそ
こから始まったということも言えるわけですね。

◆力石 たしかに今の東アジアの方向は、エコロジカルな路線には全然なって
いない。だからそれはこれからの課題なんですが、しかし今のアジアはイスラ
ムの自爆テロ路線よりはリーズナブルだということです。そのリーズナブルな
レベルにまで来ていなければ、現実的な政策としては話にならないわけです。
鄧小平にしても、毛沢東に比べてリーズナブルだという意味で言ったわけです
が、彼がエコロジカルなものを全然持ってないということはその通りだと思い
ますね。
それから東アジアでこれまで石油文明型の成長をしてきたのを、エコロジカル
に反省するということでは、例えば合成物質の問題があります。これまで合成
物質は天然物質を駆逐してやってきたわけですけど、実際には合成物質は非常
な隘路にぶつかっています。アクリル系繊維などは燃えた時に青酸ガスを発す
る。たしか大阪のデパートの火事でアクリル系繊維が燃えて沢山の死亡者を出
すというような大きな事件がありましたね。そういう問題のある合成物質の利
用がたくさんあるのに対して、天然物質に帰るという意味で、東アジアで天然
繊維製品の生産をもっとやってもらってそれを輸入する。もっとあげますと、
天然ゴムと合成ゴム、ヤシ油の粉石けんと合成洗剤といった逆代替を本格的に
すすめるべきです。東南アジアにはマニラ麻があるし、インドは綿花ですね。
パキスタンだってそういうものがあるし、カシミヤだってわれわれがもっと着
るようになれば、向こうの生産量を増やすことができて、彼らの外貨獲得に役
に立つわけです。日本がそういうことをサポートしながら、われわれ自身の生
活様式と消費活動のパターンを変えていくということが重要だと思います。
今一つの問題は、アジア諸国には、資本不足経済段階の国がたくさんあります。
この国に石油文明の浪費的な耐久消費財を売り込むことは、ガルブレイスが言
うように、経済発展を阻害するということを警戒する必要があります。

◇―東アジアからの労働力の受け入れとか移民の問題についてはどうお考えです
か。いまヨーロッパやアメリカでは大きなテーマになっていますけれど。

◆力石 欧米では労働力不足があったときに、異民族の人たちをダーティレー
バーに労働力としてたくさん入れたために、そこにスラムが出来て、社会的な
民族差別が生まれるということが早くから起きました。1980年代の国際会議
のときに、ガルブレイスに「アメリカもヨーロッパもみんなそれで悩んだが、
日本もその道を選ぶんですか」と聞かれたことがあるんです。ぼくはそれに対
して、「日本が外国人を入れるときには、入国管理令で単純労働の人は入れない
で、知的労働の人を入れるようにしている。異民族に対し差別感ではなく尊敬
感が出てくるような人をたくさん入れるのがいいんだ」ということを言ったん
です。そして、労働力不足については出来るだけロボットなどの省力機械を使
ってやるようにする。また単純労働の人を日本国内に入れるよりも、むしろ対
外援助、対外投資を増やすことによって、その国の産業水準や生活水準を引き
上げるようにすれば、格差の少ない所得レベルに達して相互に対等につき合っ
ていけるから、民族差別はなくなっていくだろうと。そういう話をしたことが
あるんです。最近のフランスの事件にしても、あれだけの戦争をやってアルジ
ェリアを独立させたわけだから、もっとしっかり経済的にも自立できるように
対外投資、経済援助をやって、アルジェリアの所得水準を引き上げていくとい
うことに全力を挙げるべきであって、労働力が足りないからといって、やたら
に移民労働者を入れるというのは間違いだということです。自由・平等・博愛
とか言って、段階をこえた政策をやると、かえってあのようにつまずきが大き
くなるわけです。

◇―ただ、80年代ぐらいまでと比べると、今の日本の若い人たちは、工作労働
よりもサービス労働とかファッション労働のようなものに向かっていって、日
本の生産的な労働が内部的に空洞化していくようにも見えます。もちろん、そ
ういうものは国外でやればいいという考え方もありますが、それではやはり日
本の産業構造の問題としては偏った形になっていく…。

◆力石 日本自体、低開発国段階があって、移民を送り出したことがあります。
かつての日本人の移民の何世代目かの人たちが還流してくるというようなこと
も起きていますね。ぼくの祖母などの時代に、日本は大量にブラジルなどラテ
ンアメリカに移民を出しているんですが、そういう日系の人たちが向こうには
たくさんいます。そういう人たちは日本語をある程度知っていて、顔も日本人
と似ている。その日系人の若い世代の人たちが今度は日本に還流するというこ
とが出てきています。いまブラジル大使館の人とちょっと付き合っているんで
すけど、ブラジルから日本に27万人ぐらい入って来ているそうです。そういう
人たちに対しては、差別感というのはそれほどないわけだから、彼らを労働力
として積極的に受け入れるという選択の仕方も一つはあると思うんですね。


◆◇エコロジカルな財政論議の必要◆◇


◇―これまでは東アジアの問題を中心に国際関係の話をしていただいたんです
が、次に日本国内の問題について、やはり長期的な視点からおさえておくべき
ことをお話しください。『オルタ』の22号に掲載していただいた最高裁小田急
訴訟に対する市民専門家会議の「意見書」は、たいへん勉強になりました。

◆力石 あの「意見書」に書かなかったことを話しますと、まず道路特定財源
の問題があります。今の6兆円ある道路特定財源をどうするかという問題です。
余っているなら減税にする方がいいか、それとも一般会計に繰り入れるか。こ
の二つが絡み合って議論されているわけですが、この議論には一番重要な点が
抜けています。
そもそも道路特定財源というのは、自動車利用に伴うソーシャルコストを税金
という形で負担させているわけです。そのソーシャルコストをどうやって減ら
すかが問題になるわけですね。ソーシャルコストを減らす交通体系にしていく、
という方向でこの財源を使って、はじめて意味があるということです。具体的
に言いますと、自動車税を公共輸送の整備に投入することによって、鉄道や路
面電車を走らせれば自動車交通のマヒが減り、そのマヒが減ることによって自
動車を利用せざるをえない人もまた利益になる。そういう形で自動車と道路と
の悪循環を断ち切ることに、その税金を投入すればいいわけです。
その方法としては、現在の道路特定財源を一般会計に入れるのではなくて、特
別会計のまま「総合交通体系整備特別会計」に切り替える。そしてその財源を
使って、在来線の複線化率を高めるとか、すぐ採算にはのらないが、地方の発
展に戦略的に重要な整備新幹線の建設を進めるとか、新幹線が出来たために在
来線の急行客が減って収支が悪化したけれども、駅間隔とダイヤ間隔を短くし
て準国電化することで社会的には維持した方がよい場合は、補償金を出して運
行を維持する。また新しく路面電車を走らせた方がいいところには、そういう
路線をつくっていく、というようにするわけです。

たとえば、私の近所に京浜急行がありますけど、あの京浜急行を三浦半島の先
端まで単線で延ばせば、あの付近はかなり自動車公害が減ります。横須賀線も
朝はラッシュでダイヤの間が空いていませんが、昼間はわりと間隔が空いてい
ますから、横須賀から北鎌倉あたりまでの区間に小刻みに駅を増やして、ダイ
ヤが比較的すいている時間帯に3両か4両連結ぐらいの電車を入れ、路面電車
に代わるような役割をさせるわけです。そうすれば並行道路の混雑はかなり解
消されるはずです。道路特定財源をそのようなことに積極的に投入して、交通
体系を最適なものにしていくことがクリエイティブなやり方であって、一般会
計に入れてしまったら道路問題の困難な泥沼から足を抜くことに役立たない。
これを仮に社会保障に使ったとしても、道路交通の問題はそのままに残ってし
まいます。しかし自動車交通の泥沼から抜け出すことによって事故と公害が減
れば、その自動車事故と公害に伴うところの社会保障支出を減らすことにもつ
ながっていく。現代社会の自動車文明の持っているあらゆる病根の中心環にあ
る火種を鎮静化させることが一番重要なんです。そのような議論をしなければ
ならないのに、いまはそれが全然出ていない。

それから水の問題などにしても、先ほど東アジアについて言ったように、セメ
ントと鉄をやたらに使わなくても、山の保水力を強化するように人工林の間伐
実施率を引き上げて、針葉樹と広葉樹の混交林化して、山林土壌のスポンジ効
果をつけるようにするとか、水源林の樹種の選択を適正にした植栽によって、
ダムによらない問題の解決をはかることができます。それをわれわれは「緑の
ダム論」ということでだいぶやったんですけど、そういうエコロジカルな考え
方をすれば、ダムでも道路でも財政における土木予算の無駄を大きく削減する
ことができるんです。国会の予算編成論議で、そういうエコロジカルな主張を
しっかりやっていくグループがもっと出てこなくてはなりません。

さらに身近な例をあげておきましょう。毎春の杉花粉症で数千万人に医療費が
支給されていますが、病気の原因は二つです。一つは杉の間伐率が50%程度で
低いため、杉がお互いに日陰になってもやし状になり、苦し紛れに種族保存本
能から花粉を大量に発散させて煙霧のような姿を呈し、風に乗ってはるかな地
方まで飛ぶわけです。たまにある篤林家の杉林では間伐率が約80%と高いので、
そんな姿は見られません。間伐率を引き上げる補助金を出せば、春の医療支出
は大幅に減少するでしょう。杉花粉症のもう一つの原因は、軽油の排気ガスの
中にDEPという物質が含まれていて、これを吸って杉花粉アレルギーになる
ことを東大物療内科の村中正治元研究員がネズミ実験によって示しています。
そこで軽油を使ったトラックの利用率を減らす交通システムを選択することで
す。地方の新幹線や在来線の列車間隔のなかに貨物コンテナの輸送ダイヤを沢
山入れて、トラック利用からのモーダル・シフトの機会を極力多くすること、
またマイカー乗用車にジーゼル車を利用することを抑制すること、ロンドンの
ように大都市への大型トラックの直接乗り入れを禁止し、市内は貨物専用鉄道
線に積み替えて、行く先に近いターミナルまで運び、そこからのフイーダー・
サービスを天然ガス車や電気自動車の貨物自動車を使うシステムにする。この
ようなシステムを、さっき言った総合交通体系整備特定財源で形成していくの
です。以上の二つで杉花粉症とその医療費問題・労働効率の低下は解消するで
しょう。


◆◇「郵政民営化」より公的貯蓄銀行を◆◇


◆力石 それから郵政の問題ですけど、いま340兆円の郵貯と簡保について、
国家持株会社郵政公社と政策銀行――元の開銀ですね――これを合併させ、総裁
に住友銀行の古手を持ってきて…、というようなことが記事に出ていますけれ
ども、いまの金融市場の冷酷な姿の中で、国民のための金融をいかに創ってい
くか、ということが全然打ちだされていません。
欧米各国の統計で預金のシェアを見ると、
イギリス(04年)は銀行68%貯蓄銀行30%郵貯8.3%、
ドイツ(04年)は大手銀行10%地銀・信銀5%貯蓄組合45%信用組合29%
郵銀11%、
フランス(03年)は銀行70%預金供託公庫15%郵貯1.3%、
アメリカ(04年)は商銀76%貯蓄組合15%信用組合9%、
日本(05年)は都市銀行31%地銀20%第2地銀5.5%信用金庫11%農協8%
郵貯22%。
となっています。

英・独では市民のための金融の役割を持つ貯蓄銀行が、だいたい3割から4割 

ぐらいのシェアを持っています。また、日本以外の貯蓄銀行の預金は、景気変
動対策で仮に金利を下げなければならない場合でも、インフレーションが進ん
でいる時には貯蓄預金の金利だけは下げないでおくというように、市民のため
のシビルミニマムを考慮した形で預金を扱おうというのが基本的な原則になっ
ているんです。その場合銀行は、個人の貯蓄性預金が貯蓄銀行の方へ移ります
から、そのことを考えて定期預金、普通預金、当座預金といったカテゴリーだ
けにしないで、営業性預金とは別の貯蓄預金というカテゴリーを設定して、営
業性預金は政策的金利変更に即応して動かしても貯蓄性預金は別扱いをします。

ところが日本では、いま言ったような市民のための金融の原則を無視して、営
業性預金も個人の貯蓄性預金も区別しない一つの定期預金というカテゴリーに
なっていて、一緒に景気変動に合わせて金利を変動させている。これは先進国
の中では日本だけの唯一例外の姿なんですけど、これが基本的に間違っている。
郵貯がせっかく22%の預金シェアをもっているのに、本質的に財投資金の吸い
上げ機関であって、貯蓄銀行らしいステータスを認めてきていないからです。
そういう金融環境の中で、現在財政の方では引き締め政策でデフレをより一層
激化させるようなことをしておきながら、ちょっと株が上がってきたら、今度
は「景気が上がって来ているのを挫折させるようなことをするな」というわけ
で、金融緩和をやめないようゼロ金利解除にならないように、日銀に圧力をか
ける。「ゼロ金利」を解除し金利を引き上げるということは、じつは金利正常化
になることです。その金利正常化ができて、中でも個人の貯蓄預金の金利が上
がれば、貯蓄保有者の消費購買力がそれだけついて、景気にはプラスになるん
です。だけどその面を生かそうとすると、景気上昇を金融引き締めによって挫
折させる恐れがあるからと、日銀に対して猛烈に圧力をかける。自分は勝手に
財政引き締めでデフレを激化させるようなことをやっておいて、日銀にそのあ
との尻拭いとして、ゼロ金利を継続させようしている。

だけど今の道路特定財源の例でも分かるように、財政の中身をより景気効果の
あるものに変更することによって財政の方から新しい景気刺激政策を打ち出す
ことはできるわけです。そういうことを議論しなければならないのに、それは
何も議論されないでいる。日本は戦後ずっとそうなんですけども、「財政の均衡」
ということを教条主義的に第一に考えて、金融がそのあとを全部尻拭いしてい
るんです。たとえば、プラザ合意の時のように、アメリカから通貨問題で何だ
かんだと言われると、財政の均衡を第一に考えているから、「あとは金融にまか
せろ」というわけで、金融に過度にまかせてバブル金融をやってしまう。それ
がまずいとなると、今度はそのバブル金融を抑えるために、また金融引き締め
にまかせて不況にしてしまう。そのようにすべて金融に過度の負担をかけてし
まって、財政がやるべき景気変動調節や成長政策の工夫を大蔵省がやらなかっ
た。これは大蔵省の無能を表わしているわけです。しかしその無能について日
銀はほとんど批判をしてこなかったし、それについて新聞もあまり言わない。
そういう財政と金融のあり方――とりわけ金融というものが持っているヒュー
マニスティックな役割というものについての批判能力が、日本人の場合には全
然欠けているんです。

話を郵貯に戻しますと、私はそういう市民のための公的な貯蓄銀行を各地方ご
とに持たせて、それに合流させるということを提案しますね。そうすれば、マ
クロ的に金融引き締めが必要な場合でも営業性預金のところで対応し、貯蓄性
預金まで巻き込まないでおくことができれば市民の利益が守れるわけです。公
的貯蓄銀行のネットワークができれば、財政的に弱い自治体は、今までのよう
に政府に地方債の消化をお願いしないで貯蓄銀行に引き受けてもらえます。サ
ラリーマンは給料の振込口座を貯蓄銀行に持っていれば、ドイツのように担保
なしで給与の2カ月分まで融資してくれる。このように消費者向け融資に力を
入れるようになれば、うっかり高利のサラ金を借りて借金地獄におちるという
ケースを防止できるでしょう。市中銀行は低金利預金をかき集めてサラ金への
融資に廻しているのではないか、というウワサは自然消滅になるでしょう。
今は銀行が個人をほとんど相手にしないんです。非常に安い預金金利で預けさ
せておいて、貸す相手としては全く対象にしていない。信用金庫だってほとん
ど産業金融であって、本当の個人のための資金需要には対応していません。

銀行側では郵貯が金利を政策的に高くしているとか、税金もあまりかかってな
いとか、あるいは郵貯は競争原理に立っていない、イコールフッティングでは
ないなんていうことをしきりに言いますが、あれはウソでして、計算してみる
と、民間銀行が負っている法人税ぐらいのコスト以上のものを郵便局に負担さ
せていて、それでもまだ利益が出ているんです。しかもその利益が出た部分を
国が吸い上げている。民間銀行がぐうたらなやり方をして、デラックスなビル
ばかり建てたりしているときに、郵貯はそういうふうにイコールフッティング
以上の負担を負いながら、簡素な事務所で堂々とやっていっているわけです。
それを自分たちが拙劣なことばかりやって、コゲツキばかり出しているくせに、
民業圧迫だとか言っている。

そのように日本の銀行などは野放図なやり方をやっているから、市民の支持を
得られない。そこに外資が入ってきて、民間保険などはハイエナ的にいっきに
やられてしまったわけです。しかし外資は最後に残った郵貯の210兆円には手
が出せない。これは国有部門ですから手が出せなくて困っているわけです。だ
から民営化させることによって、これを他の金融機関と同じように手に入れよ
うとしているんです。しかし、ここで述べたような活動で国民的信望を得れば、
国家持株会社ですから国が持ち株の主要部分を市場で売らないで持ちつづけ、
「競争的公企業」の地位を確保できます。そこで、今はまず簡保だけをつかま
えてやろうとしているんだろうと思います。簡易保険も120~130兆円ぐらい
はあるでしょう。
だけど郵貯については、いま言ったように各地方自治体で公的貯蓄銀行を持っ
て、それに郵貯を吸収していくような形でやれば、英・独と同じような福祉型
の金融体制が日本に築かれるんです。そういうふうな方法もあるということを
小泉と竹中は言わないで、「ここに郵貯がある、さあ、ハイエナの餌を食ってく
れ」と言わんばかりにイッシューを出してきたわけです。そういう時に、さっ
とそれを引き取って、本当の構造改革的な解決に向かって持っていくというイ
ニシアティブが働かなければならないのに、民主党などは「財投が要らなくな
ったのだから、郵貯の預金残高の一人当たり限度額を下げよう」とか、そうい
う間の抜けたことを言っている。金融構造全体の民主的な改革ということに対
して勉強不足だから、そういうことが全然できないんです。


◆◇「何でも民営化」のナンセンス◆◇


◇―郵貯の問題は先の衆議院選挙の結果、ああいう形で決着がつきましたが、
その後も小泉内閣は「何でも民営化」の政策を押せ押せで進めていますね。

◆力石 最近、NHKの民営化の問題が急にクローズアップされてきましたが、
あれなども、向こうはいまスキを伺っているんだと思いますね。いま話した貯
蓄銀行のことはドイツの例ですけど、この放送の問題は、アメリカのリベラル
が民間放送をどのようにコントロールしているかをしっかり押えておけば、日
本でどうやるかべきかの答えはすぐに出るんですよ。アメリカの場合、電波は
公共的なものとして管理し配給しています。だから政府から独立した行政委員
会であるFCC(連邦通信委員会)によって、公益事業統制ができているわけです。
3年間の実績をずっと見ていて、ある放送会社が電波を私的に乱用していれば、
その3年後の免許更新のときに電波の更新を停止します。たとえばタバコが有
害であるという情報を平等に流さなければいけないのに、「喫煙が活力・成功を
連想させる」というようなコマーシャルばかり入れていると、そういう情報の流
し方は公平の原則に反するから、電波の割り当ての更新をしない。また、子供
向けの時間帯に商業的なコマーシャルを入れて子供の教育を妨げるのはいけな
いとか、夜の静かな教養時間帯に真面目な番組をやらないで低俗番組ばかりや
っていると、これもいけない。そういうことを言論介入にならないような形で、
公共の委員会が電波の許可権限を持ってやっています。
それともう一つ、新聞とテレビを同じ資本でやるということは、独占禁止法に
反するので認めません。同系列の大きなメディア――たとえば読売だと日本テレ
ビの批判はほとんどしないですね。だからそういう資本関係は断つべきである。
自由な討論が可能な会社にすべきであるから、その持ち株は放棄して独立させ
なさい、というような条件が付けられているんです。ニコラス・ジヨンソンの
『テレビ文明への告発状』(1967年刊)という本が出ていますけど、著者はジョ
ンソン大統領時代のFCC委員をしていた人です。その本にいろいろ詳しく書い
てありますが、要するにそういう公益事業統制によって、言論の自由を公正に
展開する条件をクリアさせるような仕組みになっているんです。

日本でも、まずそういうようなことを民放に対してきちんとやる必要がありま
す。今の民間テレビ会社の「放送についての自主的倫理基準」だけというので
は不十分です。そしてそういう条件をクリアさせるうえでの問題点を際立たせ
るために、公共放送としてのNHKは低俗番組と教養番組との違いをはっきり
させるような放送を流す。いかにそれが問題であるかということを、教養番組
を持ったNHKが流すことによってクローズアップさせるわけです。ちなみに
この本ではNHKとBBCを評価しています。そして、結論としてアメリカにも
NHKやBBC型のものをつくれという提案をして、実際につくったんです。小
さいながらそういうふうな公共放送協会PBSを一つ、競争的公企業としてつく
り、それに電波の割り当てをしました。
今のNHKの民営化で考えられているのは「スクランブル」というやり方で、
料金を払わない人には放送が見れないという方法です。そうすると、民放はコ
マーシャルでやっているから全員がただで見られる。しかしNHKの方は国民
の全員が見られないわけです。スクランブルでやりますと、それを見ることが
できない層、お金を払えないような低所得層には、NHKの放送が届かなくな
るわけです。これでは競争条件が異なってしまう。ではどうすればいいかとい
うと、支払義務はあるが、強制はしないという今のシステムでも、民放の方に
民主的制御が働くようになればNHKに競争圧力が働き、NHKの番組は競争
上もっとよくなることによって信望が上がり料金収入が増えると思う。民放の
水準が低俗だとNHKの水準もこれくらいのところでよかろうとなるわけで、
そうすると、国民が公共放送を大切にしなくてはという意欲を高め視聴料の増
加につながる、という反応も期待できなくなります。相互の競争関係の中で
NHKの評価をすることを忘れている議論は問題です。民放連の方では現状の二
体制のままがよいと言っていますが、民法の制御システムの改革という変数を
動かすことがNHK問題の解決を大きく左右する、というふうにとらえなければ
なりません。

◇―そのNHKの民営化は、民営化路線もここまで来たかという感じがあるんで
すが、それと平行して博物館と美術館の民営化もやろうとしています。

◆力石 あれについては、みんな相当にカーッとなっていますね。そもそも民
営化できるものは何でも民営にするという考え方自体がおかしいんです。民営
化した方が公共的にやるより良いんだったらいいですよ。しかし、必要なのは
「最適体制の選択」であって、最適でない場合は民営化の方が悪いのだから、
それはだめなんです。最適体制の選択において、そのソリューションが民営化
なのか、それとも公営・公益的なものなのか、ということでやらなければいけ
ないのに、「民営化できるものは全て民営化」と言ったら、なんでも民営化とい
うことになってしまいます。小泉と竹中のやり方は「民営化」という原理主義
なんです。ブッシュのネオコンの思想に感染しているんじゃないですか。


◆◇現在の「景気回復」をどうみるか◆◇


◇―ところで2005年の12月ぐらいになって、景気回復が本格化したというよ
うな記事がずいぶん大きく出るようになってきました。たとえば、15年ぶりに
株式の時価総額が500兆円に達したとか、株価も5.5年ぶりに1万5千円を超
えたとか、日銀短観でも景気回復が中小まで及んでいるとか、経団連が賃上げ
を認めるとか、こういうような記事がいっきに出てきています。それとプラス
して、やはり2005年の後半くらいから、『下流社会』とかいう本が流行ってい
ることにみられるように、社会格差の拡大がはっきりと見えてきました。これ
らはちょうど裏腹になっていると思うんですが、こういうことについてどう見
ておられますか。

◆力石 15年間くらいにわたって、これまでゼロ金利、ゼロ成長が続きました
ね。その間に政府の方は財政でデフレスパイラルだけは避けて、「デフレスパ
イラルなきデフレ」をずっと進めてきたわけです。だから一種の経済恐慌のア
ク抜き過程というのが続いたわけですね。それによって不良債権がだんだん少
しずつ減ってきた。また、「リストラ」という名の激しい企業合理化が行なわれ
た。設備がもう古くなって設備更新期に来ているから投資せざるを得ないとい
うような要因もある。だから「恐慌は恐慌によって解決される」というマルク
スの原理は働いたんです。その原理がなだらかに働いて、それによって経済の
回復要因がある程度出てきたことは確かなんです。それともう一つは中国の成
長ですね。これは後進国の「追いつけ追い越せ」の成長で、その波に乗ったと
いう他律的な要因です。そういうふうなものがあって、ある程度の成長過程に
入ったということは言えますが、本格的な成長――最初に言ったホンダの話のよ
うな、エコロジカルな21世紀型の成長軌道に乗るための技術革新というのは、
まだ本格的に展開していない。けれども全然なにも無いんだというふうには言
えないと思います。

◇―それが格差化を伴いながら進んでいるということですね。

◆力石 そう。だってアク抜きですからね。そのアクを抜かれた層と、そうで
ない層の格差は非常に激化している。これが金利も正常化し、成長の仕方も正
常なパターンの成長だったら、そんなに酷い格差にならないと思いますよ。ち
ゃんとした技術革新による新しいコンドラチェフ循環の軌道に乗ったものであ
るならば、もっと金利も上がるだろうし、福祉政策についても、――たとえば年
金なども積み立て方式から賦課方式に替わっていなくてはならない。今の年金の
やり方は、言ってみれば強制貯蓄を財政投融資に使っているということですよ。
年金基金を消費よりも投資に使っている。これは資本不足経済の時代のやり方
であって、本来あの140兆円は取り崩して年金として支払うべきものなんです。
だから消費と投資とのバランスがおかしくなっている。それから部門間の資源
配分もおかしいですね。経済のダーティな部門とクリーンな部門との資源配分
がおかしい。それから地域間の資源配分もおかしい。だから、ただアク抜きを
やって上向きになったというだけのことで、あまり点数は良くないんです。
格差拡大が目立ってきたということにしても、今までの成長はステディーな成
長だったから、そんなに格差がギッチリ現れるような型ではなかった。しかし
アク抜き慢性不況をやったわけですから、相当痛めつけられているんです。横
這い不況を十数年やれば、それは相当にこたえますよ。経済と社会が病体にな
っているということでしょうね。だからその病気から抜けた健康体に返さなく
てはいかんということです。そしてそのためには、新しい循環過程に入るため
の生態学的成長が必要だということです。これまでのような非生態学的なやり
方だと、あらゆる問題で行き詰まってしまいますからね。


◆◇エコロジカルなニューディールとは◆◇


◇―さてそこで、先ほどから話に出ているその生態学的成長の政策――力石先
生が提唱される「エコロジカルなニューディール」について、もう少し議論を
展開してください。

◆力石 「エコロジカルなニューディール」というのは、要するに「小さな政
府論」ではないということです。1930年代のニューディールは、「小さな政府
論」を混合経済で打倒することによって、古い資本主義を脱皮したわけですね。
だからそのニューディールの混合経済をまた元に返すというのは、反動的であ
ってナンセンスなんです。しかしニューディールそのままでは、エコロジー的
な技術選択がうまく行かないこともたしかです。ニューディールは、アメリカ
では混合経済であり、ヨーロッパでは福祉国家です。その福祉国家とニューディ
ールが持っている「ヒューマニステックな改革」を、われわれは継承するべき
なんです。それともう一つは、市場メカニズムの限界を認識して、「市場の失敗」
を政府がコントロールしていくこと。しかし「政府の失敗」もあり得るから、
その失敗もなくして、最適混合経済を選ばなければならない。
しかしそれだけでは、次の成長はうまくいきません。ニューディールや福祉国
家は1930年代の恐慌を突破するために、ああいう脱皮をやったのであって、
それは1930年代における恐慌突破のためのメカニズムの変更だったわけです。
それは一つのステップではあった。しかし今それがまたもう一度、エコロジカ
ルな危機にぶつかっているわけです。そのエコロジカルな危機にぶつかったの
を、元の小さな政府に帰すことによって突破することはできっこないんです。
それよりも、かつてのニューディールを「エコロジカルなニューディール」に
することによって、次の成長路線に乗せていく。だからそれは、新しい最適技
術の選択を議論するような計画でなければなりません。たとえば「テクノロジ
ーアセスメント」とか「環境アセスメント」というような制度はニューディー
ルや福祉経済にはなかったわけです。そういう新しい技術の選択を、これから
の混合経済の枠組みのもとで議論するようにしなくてはならない。そういう形
での人民の経済への介入がなくてはならないということです。それは同時に、
マーケットメカニズムを押えたうえでのことでなくてはならない。

◇―そのテーマとしてこれまで具体的に出たのは、まずエネルギー問題ですね。
それから潜在自然植生による水源林とか緑のダムの問題。それと小田急訴訟の
「意見書」にあった交通体系をふくむ都市計画の問題…。

◆力石 あの小田急訴訟で書いた建築のことついて付け加えますと、今の建築
は基本的にはル・コルビジェの建築理論で、エコロジー以前の理論なんですね。
あれは機械主義的な近代建築の失敗を表わしているので捨てなければなりませ
ん。それを捨てなければならないということを言ったのはルイス・マンフォー
ドです。歴史と文明の建築ビジョンはルイス・マンフォードの方にある。その
ルイス・マンフォードに近い建築家はフランク・ロイド・ライトですね。ライ
トは芸術家でもあるけれど、ル・コルビジェは芸術というより技術に行ってし
まった。そのことによって建築の方向を誤らせた時に、日本の建築家の多数派
の思想はル・コルビジエになびいていったわけです。さっき宮脇昭さんの潜在
自然植生の話をしましたが、そういうものの上に建てる構造物は、ライトやマ
ンフォードのような建築思想でないとだめだというふうに思いますね。

◇―そこで一つ伺いたいことは、「エコロジカルなニューディール」と言い、
「ヒ ューマニスティックな成長」と言っても、その成長という概念は、地球の
持っている「資源=環境限界」というものと最終的にはぶつかってしまう関係に
あるのではないか。そういう疑問もあるのですが。

◆力石 成長なんかはもう止めてゼロ成長でいい、これからは配分だけでよろ
しいという考え方がありますね。だけどその考えをとったら経済政策は成り立
たなくなるんです。たとえば資源について言うと、太陽電池に使う太陽エネル
ギーは無限にあって、有限ではないですね。だから太陽エネルギーなら安心な
んです。生物も乱獲をすれば別ですが、生物的成長というのは有機的成長であ
り、資源限界というものとはちょっと別じゃないかと思います。

◇―ただ、さっき話された宮脇昭さんの潜在自然植生というのも、突き詰める
と開発された土地の表面をもう一皮剥くという考え方のように思うんです。だ
からそこには「開発」とはある意味で逆の姿勢があるようにも思える。日本で
いうと、たとえば酵母とか微生物の利用技術がありますね。日本の文明は基本
的には微生物の上に成り立ってきたという側面もあると思うんですけど、それ
を使うことはいわゆる文明化なのだろうか。それは潜在自然植生のものを植え
るのと同じだろうと思いますけど、それを開発(ディベロップメント)と言える
のだろうかというような問題なんですが。

◆力石 それは文明だと思いますよ。ぼくらの友人が、江戸時代はその当時の
世界の最先端の文明であって、あの当時いろいろな外国人が日本にやってきて、
西欧諸国と比べてびっくり仰天したことをずらーっと並べて書いているんです
が、あの300年間にヨーロッパの方では、小刻みに戦争ばかりやっていた。だ
けどこちらはそういうことをしないで、ああいう緑と水の循環型の文明を築い
ていたわけですね。そういう文明を地球がいよいよやる段階だというふうに考
えればいいので、そのような成長を「有機的成長」と言っているわけです。

◇―関連してもう一つ質問がありますが、マルクス主義的な社会主義のイメー
ジは、基本的に工業化の上に立てられていますよね。「人間の顔した社会主義」
という言葉がありますが、今までの成長路線の上に、そういうものは成り立つ
のだろうかという疑問です。

◆力石 マルクスはエコロジーじゃないですよね。やっぱり産業革命の子です
ね。ですから間違いですよ。ああいう社会主義も間違いです。そう見ればいい
んじゃないですか。かつてローマクラブの「ゼロ成長論」に対して、ティンバ
ーゲンが「有機的成長」ということを言いましたね。ゼロ成長論に立つよりも、
経済にはクリーンセクターとダーティセクターがあって、そのダーティセクタ
ーは極力押さえ込んで切り捨てて、クリーンセクターだけ選択的に伸ばしてい
く。そういうふうに考えたらどうか、ということを言ったわけです。ぼくもあ
のゼロ成長論を受けて書いた最初の本では有機的成長という考え方に立って、
「ゼロ成長ということは精神的成長ということでもある」というふうな言い方
をしています。太陽電池などもあの頃は大して技術が進んでいなかったですか
らね。しかしそのあと技術が進んで、太陽電池とか、燃料電池とか、天然ガス
の重要性が明らかになってきてからは、「選択的成長」という言葉に換えたん
で す。それの方が雇用問題とか社会保障なんかに資源配分を向けられて、財政
編 成が効果的にできるんです。

◇―そのエコロジカルな成長で、農業や地方の問題についてはどうお考えです
か。

◆力石 私は水田畜産という革新的な方法を提唱しています。もともとわが国
では水田は重要な遊水地機能を果たしているのであって、減反といってこれを
畑に変えると水害を起こすんです。1980年代に志村博康東大教授は、全国の
水田の洪水調節能力は81億トンあると推定され、「日本全国にある洪水調節用
ダムの能力が25億トンであるから、水田を3割減反して畑に変えると日本の
洪水調節用ダムの能力を全部停止することと同じことで、いたるところで河川
が氾濫を起こし、これに対して土木予算で対応しなくてはならなくなる」と述
べていました。1980年代に水田は300万ヘクタールあった。いまや266万ヘ
クタールになり、22%減少した。この間に実際莫大な洪水調節用の土木予算が
投入されてきたわけです。
食糧自給能力を守ることとあわせて、水田のこれ以上の崩壊を食い止めるにあ
たって、「食用米が過剰になった部分は餌米作りに転換するとよい」という説
に私たちは賛成です。アルポリオJ-10という、菅原友太宇都宮大学名誉教授
がイタリアのアルポリオという品種を改良して作り出した品種が注目されてい
ます。(菅原友太著『21世紀水田稲作への提案』2003年刊)
これは生育が旺盛で、草丈が高く、普通米の2倍の藁が取れる。実がなる前に
青刈りをして粗飼料として牛に食べさせる。株を残しておいて、株立ちしてき
たものの実をとるのです。この草も粗飼料として牛に食べさせる。モンスーン
地帯にある日本では、餌米の成長は非常によくて、1ヘクタール当たりの草の
量は、欧米の乾燥地の牧草の30倍取れる。1ヘクタールで30ヘクタールの大
牧草地を持っているのと同じです。

餌米の実は、普通の米の粒の1.5倍くらい大きい。これをそのまま牛に食べさ
せるのではなく、まず、醸造してアルコールを取る。このアルコールはまずく
て飲めません。ガソリンに混ぜてガソホールにする。石油を使ってガソホール
用のアルコールを醸造するのでは何をやっているのかわからないですから、石
油を使わないで醸造する方法、つまり特殊な酵母を使って無蒸煮で醸造するの
です。サントリーがこの酵母を見つけてきたそうです。出来たアルコールから
水分を分離しないと燃料にできませんが、そのときに石油を使ったのでは意味
がないので、新素材の膜を通して水分とアルコールを分離して純度の高いアル
コールにします。また、醸造過程で炭酸ガスが出る。これは燃焼させて出る炭
酸ガスと違って、集めて固形化してドライアイスにする。
こうして餌米の実の澱粉からアルコールをとった後の酒カスを、牛に食べさせ
るのです。このときにアルコールをとっても飼料効果は減らない。むしろ生で
食わせるよりも、酒カスのほうが飼料効果は増加する。なぜなら醸造過程でた
んぱく質が増殖されるからです。
牛は、こうやって飼米の粗飼料と酒カスで肥育する。この牛は1日に30キロ
グラムの糞尿をする。これをためてメタン発生装置でメタンガスを取る。冬は
寒いからメタンで暖めてやると暖めるのに使ったより多くのメタンが取れる。
農家の自家消費以上にガスが取れるから、このメタンはパイプラインで都市ガ
ス会社に売る。都市ガス会社は天然ガスと混ぜて配給する。
また、メタンを採ったあとの肥料こそが有機肥料として有効なのであり、これ
を土壌に還元する。重要な点は、この過程の中に適度な牛の放牧を織り込んで
やることです。そのために平地の水田畜産と、中山間地農家の協力のあり方が
工夫される必要がある。今ひとつは、この牛の肥育は鹿児島の草原のようなと
ころで思い切り放牧して、丈夫に育てられた育成牛を用いるべきではないかと
思います。

このような形で水田を維持しておけば、世界的な食糧危機に直面したときに、
いつでも食用米に作付けを転換して対応することができます。最近、中国や朝
鮮からの藁の輸入が原因といわれる口蹄疫が問題になっています。畜産におけ
る有機農業の原則からの逸脱現象の一つだろうと思います。またアメリカの牛
肉BSEの恐れにも悩まされていますが、日本の水田畜産の領域がこのようにし
てしっかり守られていれば心配はいりません。このような複合経営では、供給
力、 コスト、採算、所得と市場価格の面で悠々とやってゆけるはずだと、菅原
さんとの討論では言われていました。

それから地方の問題については、大都市における団塊の世代が、新しいエコロ
ジカルな技術革新の担い手として地域に帰ってくれたらいいと思うんですね。
このあいだ小田急訴訟の「意見書」で書いたのは、その帰すための磁石効果は
地方大学であるということなんですけども…。地方の経済についてはやはりそ
の地域ごとに、その場所での再生産についての経済学をやらなければいけない
と思いますね。そこの大学の先生が、その土地に腰を据えて総合政策を考える
ということをやらなくてはいけない。
たとえば、このあいだぼくが書いた論文は、長良川の近くにある揖斐川のこと
なんですが、あの揖斐川というのは氾濫しないんですね。ほとんど内水被害な
んです。支流が本流に入れないで支流が氾濫する。それがたいてい2~3年お
きに氾濫しているんです。それをどうするかということなんですが、これはや
っぱり宮脇理論を使うといいんです。それを書いてやったら喜んでいましたけ
ど、そういうことをやっていると市会議員とか町会議員が味方になるんです。
それをやらないで、ただ単に徳山ダムの反対運動だけをやっても、運動の動員
力は全然つかない。ところが支流をこうして制御するんだという具体的な方法
を提案すると、統治能力が認められて、その地域の人々を動員する陣地が生ま
れてくる。そうすることによって、ダムをやめるという自治体の首長をとれる
わけですよ。首長をとれば、そう簡単に開発はやれないですからね。
それから海のあるところでは、魚つき林の政策をどうやるとか、渚や海の水を
どうやってきれいにするかなど、いろいろな課題があります。水をきれいにす
るためにはやはり松ではだめで、シイ、タブ、カシが必要です。瀬戸内海なん
かでも島の木は松ですけど、もともとあそこは一番古い文明だから、燃料にす
るために自然植生を切っちゃったあと、その痩せたところに赤松黒松が生えて
きたんですね。ですから保水力も悪いし、いい樹木が帰ってこない。シイ、タ
ブ、カシがあるのは宮島だけです。そのように、その地域、地域の問題がどの
地方にもあるわけで、そういうものに専門家が市民とともに積極的に取り組ん
でいく必要があるんです。


◆◇日本にも「政策を持った緑の党」を◆◇


◇―そういう「エコロジカルなニューディール」のためには、結局、社会民主
主義的でエコロジカルな力をどう結集するかということになると思うんですが、
最後にそういう政治勢力のあり方についてお考えを聞かせてください。

◆力石 ヨーロッパの社会民主主義はみんなエコロジカルじゃないんですね。
だいたい腹では原発に賛成なんです。ところがその社民党がエコロジー党の「緑
の党」と連合すると、得票がバーンと上がるんですよ。しかし政権をとったあ
と、その政策はちゃんとやれないんです。結局、エコロジカルな経済政策を持
っているわけではなくて、エコロジカルな抗議が市民の支持を受けているだけ
なんですね。社民党も緑の党もそこまでの政策は持っていない。要するに批判
しかないんです。構造改革的エコロジストじゃないわけです。だからしばらく
経つと、票はまた減っていくんです。この傾向は何回かの選挙を通してみると、
きれいに出ていますよ。

◇―ヨーロッパの社民党がエコロジカルな政策をとれないという理由は何です
か?

◆力石 やっぱりマルクス主義の延長線上にある「物質的成長」という考え方
ですね。ヨーロッパの社民党はカウツキー的社会主義の延長線上にあるんです。
だからもともとエコロジーに対する素養がない。それが抗議とアジテーション
の「緑の党」と連合すると、中間層が「そうだ、そうだ」と言って票を入れる
んです。

◇―日本の場合は、エコロジカルな政治の条件はありますか?

◆力石 日本には社会民主主義もなければエコロジーもない。両方ともないん
です。だから「小さな政府」がまかり通るような原始的な状態になってしまう
ということでしょう。もともと終戦時の過少生産恐慌の時代、ドッジ安定恐慌
の時代から、日本の社会民主主義者は均衡財政論で、アンチ・ケインズなんで
す。だからあれは社会民主主義じゃないんですよ。財政にしても、赤字財政は
いかんということで、基本的にはずっと政府に協力してきましたからね。です
から日本の福祉というのは慈恵主義的福祉であって、福祉国家まで行ってない
んです。その福祉国家まで行ってない福祉を、いま切り捨てているわけですよ。
サッチャーは福祉国家まで行ったやつを切り捨てた。しかし日本の「小さな政
府」というのは、小さな政府をもっと小さな政府に、ごくごく小さな政府にし
ようということですからね。
要するに、さっきから私が言っているような形の社会民主主義的でエコロジカ
ルな政策を、シンクタンクを持って、次々と具体的に提示するような政党は日
本にはないということです。そういう政党がないならば、地域で住民運動をや
っている人たちが全国的な代表を選んで、そういうものをサッとやらなくては
いけないわけです。だから早くそういうものを――まぁ日本の「緑の党」ですね。
それをつくれと言うんですけども、日本の市民運動は全然それをやる気がない
んですね。自分たちのシングルイッシューの運動の中でバーベキューをやって
楽しんでいるという段階であって、その運動の中から政策を持った「緑の党」
型のものを輩出するということを、たえず運動の中から考えていく姿勢が非常
に欠けていると思います。

◇―それでは、そういうエコロジカルな政治的力が生まれることに期待し、力
石先生のお話を新しい年に向かっての一つのメッセージとして、インタビュー
を終わらせていただきます。有難うございました。(聞き手 工藤邦彦)