『ネットには神様がいる』

【書評】

『ネットには神様がいる』―「ネットは票にならない」が覆った日

  山田 太郎/著  日経BP社/刊  定価1,200円+税

岡田 一郎


 筆者の山田太郎は2016年の参院選比例区に新党改革から立候補し、落選したものの約29万票を獲得して、注目された人物である。山田は2010年の参院選比例区に当時のみんなの党(2014年に解散)から立候補したものの、この時の得票は約3万票であり、もともと個人票の多い人物ではない。2012年に参議院議員に繰り上げ当選するが、議員在任中に有力な支持団体が結成されたわけでもなく、彼の2016年の得票約29万票はほぼインターネットにおける活動を通じて獲得されたと推測される。

 選挙活動におけるインターネットの利用は日本では2013年に一部解禁されたが、2013年の参院選においては、緑の党グリーンズジャパンから立候補した三宅洋平が twitter を活用した選挙活動で約18万票を獲得した以外にインターネットの効用が目に見える形で現れることはなく、「ネットは票にならない」というのが政界の定説になっていた。
 2016年の山田の大量得票はこの定説を覆すものである。

 しかし、世界的には「ネットは票にならない」が定説になっている日本が特殊なのではないだろうか。アメリカでは1998年に元プロレスラーで市長の経験もあるジョシー・ベンチュラがミネソタ州知事選でインターネットを駆使して当選して以来(ベンチュラは民主・共和二大政党のどちらからも立候補せず、独立党を名乗ったので当初は泡沫候補と言われていた)、選挙戦でインターネットを利用することが一般的となり、Eポリティクスと呼ばれた(2001年には横江公美『Eポリティクス』文春新書が日本で刊行され、アメリカのこのような動きは紹介されていた)。2010年から始まるアラブの春では政権寄りの既存メディアに対抗するため、市民はインターネットを駆使して情報を共有し、革命を成功させた。このように世界ではネットが社会を動かした事例が数多く存在する。

 日本は他国と比べてインターネットの普及が遅れている国とは思われないが、なぜ日本では山田が登場するまで、インターネットが社会を変革する力になり得なかったのだろうか。このことを考察するうえで、山田によるインターネットの定義が参考になる。
 山田は自身が何か訴えたいこと(WHY)があるときに、それを多くの人々に伝えるツールとしてインターネットを見ている。しかし、山田に言わせれば、世の中の多くの人々はインターネットを通じていかに自分の存在をアピールするか(HOW)にこだわって、WHYをおろそかにしている。だから、多くの人々にインターネットを通じてメッセージが伝わらないのだという。

 これは重要な指摘である。インターネットの効用について議論するとき、とかく安価で瞬時に大量の人々に意見を伝えられるという点が重要視される。しかし、インターネット上に何らかの情報を提示しても、それを多くの人々が拡散しようとしなければ、安価で瞬時に大量の人々に伝わるということはない。このことは2013年の参院選においても確認された現象である。
 例えば、この選挙で芸能界出身の某候補は知名度の高い、知人の歌手のところに行って、自分をファンにアピールするようお願いした。その歌手はそれに応えて、自身の twitter でその候補者を紹介した。しかし、歌手の twitter のフォロワーはそれをほとんど拡散しなかった。一方、三宅は自身が宣伝しなくても、彼の選挙活動や主張に興味を覚えた人々が勝手に知人などに三宅を紹介し、瞬く間に多くの人々に拡散していった。(「検証“ネット選挙”」『NHKクローズアップ現代+』 http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3383/1.html 2013年7月23日放送、2017年1月9日閲覧
 山田自身も「表現の自由」「児童虐待被害者の救済」「里親制度の拡充」「障がい者の学びの場の拡充」「インダストリー4.0に即した産業政策」などを訴え、こうした訴えが若者を中心とする多くの人々に受け入れられ、選挙中に山田の情報は多くの人々に拡散していった。(山田が若者に支持された傍証として『東京大学新聞』が2016年参院選後に比例区で何党または何党の候補者に投票したか東大生を対象に調査した結果がある。結果は自民党38.9%、民進党26.4%につづき、山田を比例名簿に登載した新党改革は9.7%であった。本書177頁)

 山田の訴えが受け入れられた背景には、彼が議員在職中に毎週水曜日22時からニコニコ動画で自身の番組を放送し、自身の考えを訴え続けたことがある。私もこの番組を視聴していたし、現在も視聴しているが(現在は第1・3水曜日の22時放送に変更)、大変勉強になる番組である。それは今まで可視化されてこなかった、法案が国会に提出され、それが与野党の折衝でどのように変化していくか、国会における委員会質問がその後の政策にどのような影響を与えるのかを詳細に知らしめてくれたからである。「野党は批判ばかり」と言われるが、意外と野党の意見が政策や法案に反映されることもあることを山田の番組で私は初めて知った。国会内におけるやり取りの情報が一般人の目に触れることはないので、野党議員は損しているなと思うと同時に、野党議員はなぜ自分たちが努力していることを山田のようにアピールしないのだろうかと山田の番組を見て疑問に思ったものだ。

 また、山田は政府を追い詰めることに重きを置かず、政府から言質をとることや、100%自分たちの要求が通らないときは少しでも政府に歯止めをかけることを優先させた。例えば、安保法案では山田が当時属していた「日本を元気にする会」は新党改革・次世代の党とともに自衛隊を海外に派遣した場合の報告義務を事前・最中・事後に課すことと引き換えに安保法案に賛成にまわった。これは100%安保法案を政府原案で通すよりも少しでも歯止めをかけたほうが良いという判断であり、山田自身はこのような修正が出来たのは反対運動が盛り上がり、それが政府への圧力になったためであるとして、反対運動の意義も認めている。

 このような活動の積み重ねが少しずつ山田への支持を増やしていったと思われる。山田も本書で書いているが、インターネットでの活動は継続しておこなうことによって、やがて爆発的に支持が広がっていくものであり、インターネットを使ったら誰でも瞬時に支持が広がるものではないのである。

 しかし、安倍内閣が進める政策には徹頭徹尾反対すべきと考えている人たちには、山田のやり方は理解出来なかったようだ。2016年参院選の際には、多くの人々が山田支持を表明すると、主に左寄りの方々から「山田は安保法案に賛成した改憲論者ではないか」「表現規制反対派は漫画・アニメの自由だけ守られればそれでいいのか。民進党や共産党や社民党の議員たちは表現の自由を守るほかにも児童保護などの政策をおこなっているのに、山田は漫画・アニメの自由しか主張していないではないか」と声があがった。
 先に書いたように、山田は安保法案反対運動を評価したうえで、自衛隊派遣に歯止めをかけることに尽力しているし、虐待を受けた児童の保護のためにも動いている。児童虐待の実態を把握する部署がどの省庁に存在するのかはっきりせず、各省庁が他省庁に役目をなすりつけあったときに、山田がこのことを国会で追及し、山田の質問に心動かされた菅義偉官房長官が内閣府にそのような部署を設置することを約束したというのはかなり有名な話であり、そんなことすら知らずに山田やその支持者に悪態をつく人間がいるのかと私などは呆れてしまった。
 ネット上において思い込みで話す人たちは極端に右寄りの人たちが多いと思っていたが、左寄りの人たちも大して変わらなかったのである。山田はこのような現象について次のように分析している。インターネットを使う者全てが噛みしめるべき言葉である。

 ネットには数多くの情報があふれている。それはネットの大きな利点であることは確かである。ただ、同時にネットを難しくしているゆえんである。膨大な量の情報すべてに目を通すことは難しいので、断片的な情報で物事を判断せざるを得ず、面ではなく点で理解することしかない。そうなると全体を見渡せなくなり、思考は硬直する。それがレッテル貼りにつながり、無根拠な批判を生み出すことになっている原因だろう。(本書、155頁)

 2016年の参院選後、山田は首相官邸に呼ばれ、ネット戦略について話を聞かれたという。
 そのときの印象を山田は次のように述べている。

 何かと批判すべきことも多いし、嫌な部分も少なくないが、現政権を担う人々は決して愚かではない。今の政治が若者にリーチできていないことに気付いているし、このままでは、今の20代が40代となって社会の中心になるころに為政者と有権者のコミュニケーションは崩壊してしまうと感じ取っている。そうなれば政権どころか日本が終わってしまう。そんな危惧を現実のものにしないために、若者やネットのことをもっとよく知りたいというのだ。(本書、187頁)

 山田の見方が楽観的ではないかと異論が出てくるかもしれないが、とりあえず、現政権中枢の人々が若い世代のことにも目を配っていることに安堵を覚えると同時に、野党の人々もまた若い世代に目を配っているのかと心配になってくる。民進党や共産党が山田に意見を求めたという話を聞かないし、2016年の民進党の政策集には若い世代の感情を逆なでするような内容が存在していたのである。

・10代の望まない妊娠や中絶を減らし、また性犯罪の被害や加害を防ぐため、男女ともに年齢にふさわしい性教育を行います。
・メディアにおける性・暴力表現について、人々の心理・行動に与える影響について調査を進めるとともに、バーチャルな分野を含め、技術の進展及び普及のスピードに対応した対策を検討し、推進します。
(「民進党政策集2016」 https://www.minshin.or.jp/compilation/policies2016/50091 2017年1月9日閲覧

 前者についていえば、なぜ10代に限定されているのか意味がわからないし、「望まない妊娠」というのも何を意味するのか不明確である。「意図しない妊娠」という意味だと思われるが、「望まない」という言い方をすると、学校在学中に妊娠して出来た子どもは無駄で殺しても良いという意味にとらえられかねない表現である。また、後者についていえば、メディアの表現が人間の心理・行動にほとんど影響を与えないということが世界的に明らかになっているときに、このような政策を盛り込むのは周回遅れであるうえに、かつての民主党が批判していた表現規制をわざわざ党の政策に盛り込み、支持者の逆鱗に触れるような文言をなぜ盛り込む必要があるのか意味不明である。後者については当時の枝野幸男幹事長が秋葉原の街宣で「表現規制を意図したものではない」と釈明に追われる結果となった。

 このことについて山田は次のように述べている。「とても残念なことだが、リベラルといわれる人たちはこうしたささいな、しかし細部まで詰められていない表現をすることが多過ぎる。客観的に見ることや、第三者の視点で考えてみるということがなぜできないのだろう。仕事が雑なのだ」(本書、151頁)
 このように見ていくと、山田の言葉に耳を傾ける必要があるのは、リベラル派と呼ばれる人々ではないだろうかと思えてくる。しかし、山田の言葉に耳を傾け、ネット戦略を研ぎ澄ましているのは主に保守系の人々であって、リベラル派は情報収集で一般市民よりも周回遅れであり、周回遅れの情報を振り回して、山田やその支持者を罵倒している。日本においてリベラル派がイニシアチブをとる日が訪れるのはなお遠いと思わざるを得ない。

 (小山高専・日本大学非常勤講師)


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