『マヂソン交通事情』

■米国 マジソン便り          石田 奈加子

   『マヂソン交通事情』
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 自動車技術はアメリカ合衆国で急速に発展し、自動車産業がこの国の20世紀
に於ける経済の飛躍的成長に貢献し、その基底になったことはよく知られたこと
で今更多言をまちません。19世紀は汽車の発達の世紀、20世紀は自動車の世
紀で合衆国は国策として全国に渡るインターステイト・ハイウェイを張り巡らせ
ました。その結果、アメリカ流の個人主義と相俟って、東岸・西岸の諸大都市と
中間の大都市(例えばシカゴ)を除いて公共交通機関がほとんど開発されませんで
した。

 農業経済中心のウィスコンシンの中都市マヂソンも例外でなく市内では市営の
バス線があるばかり。ちゃんと時刻表と路線図を勉強して計画すれば市バスに乗
って目的地に行けることは行けるのですが(例えば私は25年間自宅から勤務先
の役所に市バスで通いました。もっとも私の場合乗り換えの必要がなかったこと
と家がバス通りに面している上に役所の前がバス停になっている特典がありまし
た。

 市はこれから市バス利用者の便宜を図るためにGPSを開発し携帯電話にダウン
ロードできるようにするそうです。)バスの頻度はとても東京の地下鉄や新幹線
の比ではなく、実際の乗車時間の上に1-2時間の余裕が必要です。何しろ朝夕
のラッシュアワーに主要路線で20分間おき、真昼には一時間に一本という具合、
とてもバスだけに頼って日々の用事をまかなってはいられません。畢竟、誰も彼
も自動車を持つことになります。それも一台だけでは足りない、普通の家庭(と
いうことは所謂ミドルクラス、夫婦と二・三人の子供)には二台はあります。

 殊に冬の気候の厳しいところから、自動車は贅沢ではなく必需品であるわけで
す。気候が問題だけでなく、また、これはアメリカ全土に共通だと思いますが、
市には地帯制(Zoning)があって、商業地区、工業地区、住宅地帯などがはっき
り分かれていて住宅地区には商店などは作れない。だからちょっと角の八百屋ま
で大急ぎでいって、というわけにはいかない。一番近い商店街まで歩けば片道2
0-30分はかかり、夏のお天気の良い日に散歩がてらならとにかく、重たい買
い物袋を持って車なしではとてもやりきれません。

 市バスに乗っていては食料品の買い物だけで一日かかってしまいます。そんな
状態ですから、車の持てない貧乏な人とか運転の出来ない老人とか障害のある人
には大変不便で気の毒なわけです。障害者には市が市バスの経営を通して必要に
応じて小型バスを出すシステムはあります。因みにNew Urbanismという考えが
あって、その全国的な会議がマヂソンで六月のはじめにもたれました。これは都
市がその周辺に自動車に頼るSUBURBSとして広がっていくのに対して、都市の中
に住宅、商店、診療所等を含めた地域を作り、歩いて買い物も通勤も出来るよう
なミニ・都市計画をするもので、マヂソンと近くの町で二・三建設の試みがされ
ているけれど、あまり入居者が見つからないそうです。

 市内の日常生活だけでなくマヂソンはこのあたりの雇用の中心地ですから、近
隣の町村から通勤する人が大勢で、必然みな車を運転してくるわけです。そこで
問題になるのが道路です。冬の間雪と氷を溶かすのに大量の塩と砂を撒く上に重
量の除雪車が走り回り(走り回ってもらわないと困るのですが)凍ったアスファル
トの表面が膨張してもり上がり、割れ、方々に大きな穴ができる。マヂソンの道
路は通常ものすごいデコボコで車に乗っていてもあまり気持ちよくないばかりで
なく危険なこともあります。

 数年前にカリフォルニアの知人の子供が来た時に、何故車がガタガタ揺れたり
飛び上がるのか、と聞いたものです。勿論住民は絶えず文句をいい、道路の整備
は市政の重要な課題になる。こちらのジョークの一つにマヂソンの四季は「冬、
冬、冬、道路工事」というのがあります。雪が解けて道路が乾いてくる四月の初
め頃から道路工事が方々で始まり十月・十一月頃まで続きます。土地の新聞には
毎日どこで工事があるか記事が載ります。どんな資材を使っているのか知りませ
んが、すっかりきれいになった道路は折角ながら二年とはもたないようです。

 70年初めのオイルショックから省エネがこちらでも叫ばれ、自動車に代わる
ものとして自転車が奨励され始めてから随分になり、単にレクリエーションのも
のから日常の需要に、殊に通勤、通学に使うように市長(この四月の選挙で落選
しました。)が先頭になって運動してきました。進歩的なマヂソンは全国で一人
当たりの自転車所有率が一番高いそうです。しばらく前から年に何回か市が音頭
をとって自転車通勤通学の日、というのがあります。

 新しく敷き直された道路には自動車線のとなりに自転車専用線が設けられ、脇
道路には自転車道路が指定され整備されるようになりました。この夏から市と個
人経営の携帯で町の数箇所にヨーロッパの諸都市に習って公共の借り自転車のス
タンドが設置されます。ガソリンを節約し、地球温暖を食い止めるために自転車
に熱中するのは結構ですが、冬の最中に雪で狭くなって、凍りついた道を一生懸
命自転車で行く人の側を自動車で走る時にはさすがに、これはどうも、と思って
しまいます。

 長距離バス、アメリカの代名詞みたいなグレーハウンドはマヂソンにも止まり
ます。そのほか近隣都市、シカゴ、ミルウォーキー、ミネアポリス行きなどは、
幾つかのバス会社が運行しています。汽車は1854年に始めて開通したそうで
すが、今では町の中に一つか二つ昔駅だったというところが残っているばかりで
す。単線の貨物列車は今も町の中を通っていて、時々街中の踏み切りで列車に出
会ったり、夜半汽笛の音が聞こえることがあります。2008年の金融危機の後
オバマ政権になって景気回復、雇用促進、それにガソリンを節約して外国の石油
などに頼らなくてよい社会にするために高速鉄道の開発、向上を国策とし、合衆
国政府から諸州に資金を交付してくれるとかでウィスコンシンは8億ドル余がも
らえることになりました。早速前知事(民主党) が音頭をとってミルオーキー・
マヂソン間の高速鉄道を新設するべく、車輌のタイプの選択、製造会社の選択等
々、はては、マヂソンのどこに駅を作るか議論百出でしばらくそれは賑やかなこ
とでした。マヂソンの前市長は鉄道が入れば市を利用する人が増えて景気が良く
なると大喜び。

 これと並んで近隣町村とマヂソンを結ぶ通勤電車を引こうという案も随分議論
されました。昨秋の中間選挙までに大体車輌製造会社との契約が出来、マヂソン
駅ならびに周辺のデザインも合意がついてきました。十一月選挙の結果新しく知
事になった人(第四便で報告した組合つぶし法案で問題になっている人)は就任も
またないで十二月にマヂソンへの高速の乗り入れには反対、合衆国政府からの交
付金は辞退すると宣言してワシントンまで出かけたものですから賛成者も反対者
もまったく呆気にとられました。

 この人は交付金は新鉄道に使わないで、現存の自動車用のハイウェイを整備向
上させるのに当てたいと申請するといったのですが、これはワシントン側が交付
金は高速鉄道開発のためだから、といって拒否しウィスコンシンあてのお金はち
ゃんとした鉄道計画のある他の州、ノース・カロライナだかヴァージニアかだっ
たと思いますが、にまわることになりました。

 ウィスコンシンが8億ドルの経済資金をみすみす失ったばかりでなく、新知事
の行動はミネアポリス・マヂソン・ミルウォーキー・シカゴを高速列車で結び、
人々ならびに経済流通組織を21世紀に導入しようとしていた近隣諸州の為政者
たちをひどく失望させることになりました。ミルウォーキー・シカゴ間には現在
鉄道が通っています。この事件の後日談として最近知事は再度ワシントンへ赴き、
8億ドルのうち1億5千万ドル見当をミルウォーキー・シカゴ間鉄道の向上にあ
てるよう交付して欲しいと陳情したのですがこれも却下されました。(最近両党
間で妥協ができた合衆国2011年度予算案では380億ドルだかの予算削減が
条件ですので高速鉄道資金もどうなることか分かりません。)

 さて、飛行機。マヂソンにも空港はあります。飛行機の出発、着陸地名はマヂ
ソンですが空港の名前はDane County Regional Airport といいます。地方空港
なので国際線はおろか、方々の主要都市からのノン・ストップ直接の乗り入れは
経済的に利益になると思われる二、三の都市、ニューヨーク、ワシントン、ラス
ヴェガス等しかなく、大体どこへ行くにも諸航空会社のhub(シカゴ、デトロイ
ト、ミネアポリス、ミルウォーキー等)で乗り換えになります。

 合衆国全土どこの都市でも経済発展の重要な一環として立派な会議場を建設し
会議、催し物の誘致に一生懸命なのですが、マヂソンもその例に漏れず会議とか
企業に沢山来て欲しいのですが、どこかで飛行機の乗り換えがあり、来るのに待
ち時間で時間がかかるからと敬遠されるそうです。

 十数年前、まだこの国の経済がブームであった頃から、地方空港を国際空港
(International Airport)にしたいと滑走路、駐車場の拡張、空港の建物の改
善拡大工事 - 建物の内装はフランク・ロイド・ライトのデザインモチーフで
見違えるばかりです - が長年続いているのですが、近年の不況でこの希望の
実現はまだまだ先のようです。それにしても、四十年余り前、はじめてロサンゼ
ルスからマヂソンに移った時、飛行機の窓から見えた緑に広がる草原の中のたっ
た一つの小さな小屋の空港を思い出すとまことに昔日の感に耐えません。

        (筆者は米国・ウイスコンシン州・マジソン市在住)
 

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