北から南から中国深セン

『中国の郵便局』

                    佐藤 美和子


日本の友人が、新HSK(漢語水平考試)という試験に挑んでいます。
新HSKとは、中国教育部が主催する中国語の能力検定試験で、中国語を学ぶ外国人だけでなく、中国の標準語を母語としない中国少数民族や海外華僑をも対象にしています。中国国内はもちろん、日本のいくつかの都市でも受験することができます。

日本で受けられる中国語に関する試験は幾種類かありますが、英語にたとえるなら、日本の財団法人が主催する『中国語検定試験』は英検的な存在と言えるでしょう。そして中国主催の『新HSK』は、英語で言えばTOEICに相当する感じといえば、中国語に馴染みのない方にも何となくお分かりいただけるでしょうか。

私の友人がチャレンジしているのは、その新HSKの中でも最上級レベルの6級です。さすがにマニアックな6級ともなると、日本で手に入るテキストの数は限られており、日本で買えばお値段だってかなりします。中国主催のテストなので、きっと中国国内の方がテキストの種類も豊富なはず。そう考えた私は、シンセンの本屋さんで6級テキストを数冊購入して、日本へ小包で送って友人にプレゼントすることにしました。

話は少し逸れますが、今回、そのテキストを探して新しくできた大型書店に初めて行ってみたところ、第127号(2014.7.20)『納涼』に書いたように、ここでもやっぱり大勢の人が売り物の本を一生懸命読んでいました。むしろ、そういう人たちを見越してか、階段回りには「ここに座ってください」と言わんばかりの段差まで設けられており、皆さんそこに腰掛けて、すっかり寛いで読書していました。こんなに立ち読み、いえ座り読みされてばかりでは売り上げにだって響くだろうに、中国の本屋さんの経営は大丈夫なんだろうかと、つい要らぬ心配をしてしまいます(笑)。

今回その書店で見かけた最強のツワモノは、自前らしい60センチ四方の子供用ウレタンマットを通路に敷き、両足をすっかり前に投げ出した格好で童話本に熱中していた7~8歳くらいの女児です。うんうん、床に直接座ったらスカートが汚れちゃうものね、実に女の子らしい心遣い……なんでしょうか???

そして後日、買い集めたテキストを発送するために、近所に見つけた郵便局へ行ってきました。窓口一つに係員一人きり、間口一間ほどの極小サイズの郵便局です。
小包の海外発送はできますか?と確認するとOKとのことだったので、さっそく郵便局規定の段ボール箱を購入して梱包していると、窓口のおばさん、
「えーと、合計3キロだから、400元ちょっと(約7500円)ね」

えぇっ、400元って、めちゃくちゃ高くない?!と驚いて手渡された送り状を見ると、あっ、これってEMS(国際スピード郵便)専用の送り状じゃないですか! EMSだと、中国-日本間の所要日数は約3日と早いのはいいのですが、その代わり送料がぐっと高くなるのです。慌てて、違う違う、私が送りたいのはEMSじゃなくて普通の航空小包なんですが、と窓口のおばさんに言うと、
 「そんなものはない」

ないって、そんなバカな。ほら、航空便とか~、船便とか~、あとSAL便とか、小包を送る方法として色々あるじゃないですか、私はそのうちの航空便で送りたいんですと説明しても、そんな方法はない、EMSしかない!と取り付く島もありません。

私は91年の北京留学時代から、これまでに何度も中国の郵便局にて、日本向けの航空小包や船便の荷物を発送しています。それに今回だって、事前に中国郵政(CHINA POST)のオフィシャルサイトを見て、おおよその料金も調べてきてあったのです。そのサイト情報によると、航空便なら送料は200元以内で済むはず。それにいくらEMSだとしても、400元ちょっとという曖昧な値段は何だかおかしいし、高すぎます。すると窓口のおばさん、
「じゃあ、割引きして300元にしてあげる、でもそれ以上は無理」

……えーっと、EMS料金って、割引きとかするんでしたっけ? あいにく中国からEMSを発送したことはないものの、日本発中国向けならOL時代、仕事でしょっちゅう緊急の資材や有価証券などをEMSで発送していましたが、割引きなんて聞いたことありません。なんか、すっごい怪しいー! 入り口の看板は、確かに緑地に黄色文字の中国郵政(郵便局)のものでしたが、まさか、ニセモノの郵便局ってこと?!という疑いまで心中ムクムク湧いてきて、そこから発送するのは取り止めることにしました。

そして次は確実をとりたかったので、自分がかつて実家から送られてきた航空便荷物を受け取ったことがあったり(中国の郵便局は、小包に関しては戸別配送してくれません。通知票がポストに入れられるだけで、身分証明書を持参の上、受取人が自分で指定郵便局まで受け取りに行かねばならないのです)、また日本向けの航空小包を発送したこともある郵便局へ、足を運ぶことにしました。そこなら、確実に国際小包の発送を扱っているはずです。

最初からそこへ行かなかったのは、まずバスで2停留所の距離があって、最寄のバス停からさらに15分近く歩かねばならないこと、そして最大の理由は、その郵便局周辺がとても汚く臭く、できれば足を踏み入れたくないエリアだったからです。

その郵便局は、古びた団地の中ほどにあります。郵便局へつながる細い裏路地は、周辺住人が路上に残飯などの生ゴミをポイ捨てするので、いつも腐敗臭とアンモニア臭が混ざったひどい匂いが漂っています。その辺の人々は、食べ終わったカップ麺の残りの汁や、マグカップの中の出がらしのお茶っ葉を水分ごとペッ!と路上にぶちまけるので、そこここに汚水だまりができています。また、上階の住人が手搾りの洗濯物を窓枠の外に干すので、洗濯物からポトポトと垂れてくる水も、うまく避けて歩かねばなりません。シンセン市の中心部なので、決してスラム街ではないのですが、そのエリアは特別モラルの低い住民が集まっているようです……。

そんな郵便局へ、わざわざバスに乗ってまで出かけていったのに、やっぱりそこでもEMSしか送れないと言われてしまいました。もうやだー。
なんでさー? 私、以前ここで日本からの航空小包を受け取ったことあるし、反対にここから日本へ航空小包を発送したこともあるんだよ、送れないわけないじゃん!といくら言い募っても、「発不了(送れない)」の一言で撃沈。

わかった、ここからは送れないっていうんなら、じゃあどこの郵便局に行けば航空小包が送れるの?と尋ねてもわかんない、ならとにかく規模の大きな郵便局だったら送れるはずだよね、この福田区で一番大きい郵便局はどこ?と尋ねても、さぁ?行ったことないからわかんないって……はぁぁ(ため息)。

視界がもわーんと灰色に煙るなか、PM2.5を吸いこみながら2軒の郵便局をはしごしてきたのに、郵便局員たちとの暖簾に腕押し問答ですっかり心が折れてしまいました。そして相方に電話して、中国郵政って一体どうなってるの?と不満をぶつけてしまいました(相方、ゴメン)。ところが相方も、もう一人ほかに聞いてみた友人も、うーん、いまどき郵便局なんてみんな使わないからなぁ。どうしてEMSのみって言うんだろうね。自分自身、もう何年も郵便局に行ってないから、理由はわかんないよゴメン。たぶん、中国の郵便局自体がいま倒産寸前だから、業務もゴチャゴチャになってるんじゃないかなぁ?とのことでした。なんなんだ、その訳のわかんない理由は!

どうにも納得いかず、相方に頼んで大きな郵便局を探して電話で問い合わせてもらったところ、荷物の中身が印刷物なら、日本側の税関が印刷物を拒否するからどっちにしろ送れないだろう、発送自体を諦めてしまえ、と言われたそうです。
中国郵政の、嘘つきー!!!

いい加減な中国郵政に、一人で湯気を立てて怒っていたのですが、無理に中国の郵便局から送って紛失でもされたらそれこそ勿体無いし、香港人の知り合いに頼んで香港から発送して貰ってやるからと相方に宥められ、中国郵政にそれ以上挑むのは諦めて、荷物は香港人に委託してしまいました。

よく考えてみれば私、最近は次々に新しくできるショッピングセンターとか、外資系のお店、こぎれいなレストランにお洒落なカフェとか、そんな所にしか足を運ばなくなっていました。快適に過ごせる所にばかり行っていたので、中国をちょっと錯覚していたみたいです。民間人や民間企業はずいぶん様変わりしていると肌身に感じるのですが、お役所や郵便局に銀行のような公的機関は、旧態依然としたいい加減なお仕事ぶりと横柄な態度、ちっとも変わっていませんでした。

ちなみに、知り合いの香港人にお願いした小包は、念のために付保しても合計250香港ドル(約3700円)でお釣りがきました。彼のオフィスまで集荷業者に取りに来てもらったと言っていたので、てっきりどこかのクーリエ(国際宅配便)を使ったのだろうと思っていましたが、発送して3日後に日本の友人から、EMSにて荷物が届いた旨の連絡がありました。同じEMSなのに、香港では集荷してもらえ、おまけに中国の半額近い送料なのかぁ……。
中国で暮らしていくには、簡単に腹を立てたり動じたりしていたら、こっちの身が持ちません。中国生活のために、もっともっと胆力を鍛えないといけないなぁと、改めて思いました(笑)。
             (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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