『中国人学生の今むかし』

【北から南から】

深センから 『中国人学生の今むかし』    佐藤 美和子

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 91年、私が北京留学していた頃の、中国人大学生の生活についてです。
  中国の大学は、日本の大学とはだいぶ趣が違います。かつて中国の大学生は、
たとえ通学可能な地元出身者でも、必ず学内にある学生寮に住まねばなりません
でした。そのため、生活に必要なものは大抵学内で事足りるようになっています。
大規模な学生食堂あり、文房具から日用品・スナック程度の食料品が売られる
購買部や書店も学内にあります。教員や学校関係者の宿舎も学内にあるか、もし
くは校外ではあっても校門周辺に集中して建てられているため、大学が一つの街
のようになっています。

 中国人学生寮は、8人一部屋が一般的でした。以前、広東省の出稼ぎワーカー
事情を書いたことがありますが、20年前の中国大学生寮は、現代の出稼ぎワーカ
ー寮事情と大差ありません。二段ベッドを部屋の両脇に2列ずつ、合計4台置かれ
た部屋で、各人の占有スペースはベッドの上のみ。部屋の中央にはガタピシする
机が3つ4つ繋げて並べられてあり、その上にはオヤツ代わりのひまわりの種や各
自のホーロー引きのお椀やコップ、誰かの教科書、靴下!などなど、色々なもの
がごちゃ混ぜに置かれていて、とても賑やかでした。

 当時、中国人学生寮には、外国人は立ち入りが禁じられていました。反対に、
我々留学生寮にも、中国人学生は入れませんでした。今では考えられませんが、
その頃はまだまだ社会主義色が強かったため、(その多くは資本主義国の出身で
ある)外国人と中国人学生の接触を当局が嫌ったためでした。ではなぜ、私が中
国人学生寮の様子を知っているか?それは私が小柄でアジア人だからの一言に尽
きます。各寮の入り口には守衛室があり、守衛のおじさんおばさんがしっかりと
学生の出入りを見張っています。

中国人学生の友人が私を寮に招いてくれるときは、彼らのルームメイトたちを動
員し、私を取り囲むようにして一斉にどやどやっと寮に駆け込むと、うまく見咎め
られずに潜入できたのです。本来異性の立ち入り禁止である男子学生寮にまで、何
度か潜入・観察させてもらいました。背の高いアメリカ人クラスメートは、何度ト
ライしても守衛さんに見つかってしまうため、よく羨まれたものです。

 中国の朝はとても早いです。なにしろ、授業が朝8時にスタートなのです。し
かも予習するために、もっと早いうちから教室に向かう学生もいます。昼休みに
なると、みんな一斉に駆け出して一旦寮に戻ります。教科書を置き、代わりに各
自のホーローの器とスプーンを引っつかんで今度は食堂に向かって走り出すので
す。 

 学食用の食券でおかずとご飯を買い、自分の器によそってもらいます。仕切り
も何もない器なので、小石や籾殻交じりのご飯の上から1~2種類のおかずを一緒
くたに入れられるので、いつでもぶっかけ丼ご飯です。そしてそれを寮に持ち帰
り、みんなでギュウギュウ詰めに下段ベッドに腰をかけて、部屋の真ん中の机を
囲むように食事を摂るのでした。

 当時の学生寮には、シャワー設備はありませんでした(外国人留学生寮は共同
シャワーあり)。シャワー専用の建物が、寮とは別に学内にあったのです。しか
しいつでも自由に入れる訳ではありません。なんと、許可されているのはわずか
週に二回だけ!学生数が多いので、学部ごとに曜日で分けられているのです。例
えば人文科学学部と経済学部の学生は月木、法律学部と哲学部は火金、美術学部
と社会学部は水土、というように分けられ、しかも24時間ではなく、決められた
数時間のうちに急いで洗面器にシャンプー類や着替えを入れて持っていかなけれ
ばなりません。

 出遅れると、お湯がなくなって水シャワーになることもあります。断水が続き、
一週間ほど誰もシャワーが浴びられないなんてこともあります。たとえお湯が
出たとしても、冬は氷点下にまで下がる極寒の北京、シャワーのあとに寮に戻る
道すがらの寒いことといったら!髪の長い女子学生だって、あの頃は誰もドライ
ヤーなど持っていません。なぜ彼らが湯冷めして風邪を引かないのか、不思議な
くらいでした。

 夜は夜で、多くの大学では中国人学生に自習を強制していました。夜には授業
はないけれど、夕食後も全学生をそれぞれの教室に集め、2~3時間ほど缶詰状態
で自習をさせるのです。91年当時はまだまだ天安門事件が色濃く影を落としてい
たためもあり、学生が恋人を作って恋愛に現を抜かしたり政治問題に関心を持っ
たりして、学業を疎かにすることのないよう、学生の自由時間を極力減らすよう
にされていたのです。
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  最近、現役女子大学生に話を聞く機会がありました。1990年以降の生まれで超
現代っ子の、90后と呼ばれる世代です。そんな彼女から聞いた学生生活のあまり
の変化に、心底ビックリしました。今の大学生寮は、多くても4人部屋なんだと
か。しかも、彼女の部屋はうち2人が地元出身者なため、一応籍は大学に置いて
いるだけで普段は実家から通学しており、実質2人部屋でとても快適なんだそう
です。私の留学時代にも、学内に実家があるという友人が居ました。

 彼女の父親が自分と同じ大学の教授だったため、学内の教職員宿舎に家族が住
む家があったのです。でも彼女は、他の級友たちが狭くて何かと制限の多い寮生
活なのに、自分だけズルをすることはできない。もし自分がしょっちゅう家に帰
っていれば、ルームメイトたちだって里心がついて辛くなってしまうと言い、な
るべく家に帰らないようにしていました。イマドキの学生たちとは随分違います
ね……。
 
  一番驚いたのが、学生寮では犬やネコなどのペットを飼うことが流行っている
というのです。もちろん学校に見つかれば怒られて罰金なので、コッソリ飼うの
だそうですが、ルームメイトたちでかわるがわる世話をすれば問題ないのだとか。
えー?

 イマドキの学生は、ケータイは当然、ノートパソコンやデジカメに音楽を聴く
ためのMP4なども普通に持っています。大学進学のご褒美兼お祝いに、多くの学
生が新しくノートパソコンを親に買ってもらうのです。また、長期休暇には友達
と旅行に出かけて楽しむのだそうです。かつての学生は、旅行どころか年に一回
帰省できればいいほうで、しかも寝台列車のチケットは高くて手が出せず、背も
たれが直角で硬い椅子の座席に何十時間と揺られて帰っていたのですが……。で、
みんなで旅行に行っちゃったらその間ペットはどうするのか?は、怖くて尋ね
られませんでした。

 この現役女子大生の親御さん、嘆いておられました。
  「この1年で娘に仕送りした金額を計算してみたら、高くついた順に生活費、
休暇中の旅行代、3番目が被服費でね、一番安かったのが書籍や学用品にかかっ
た費用だったのよ、まったく!」
 
  別の高校生の親御さんは、
  「うちは息子の月々の小遣い、3000元(約38,000円)もかかるのよ!そりゃ両
親共働きで忙しいから、平日一日2食分の外食費も含まれるとはいえ……。本当
は週に350元渡すことになっているのだけど、いつも足りなくなったといっては
追加させられるから、結局毎月平均して3000元になっちゃうの。いくら苦労して
稼いできても、こうパッパ使われたんじゃ、親は堪らないわ!」子供の小遣いが
3000元だなんて、我が家の月々の生活費をかるーく上回っていますよ、それ……。

 そういやウチのマンション、敷地内に"貴族"学校と呼ばれる高校があります。
多くはこのマンションに住む家庭の子弟だそうですが、昼休みに家に帰っても、
親が共働きで食事が準備されていないのでしょう、マンション敷地内のレストラ
ンで昼食をとっている学生たちがたくさんいます。高校生が、昼間っからビール
を飲みつつ、当たり前のようにレストランで食事しているんですよ、考えられま
す???きっと3000元の訳は、学生向けに学校近辺に出没する安いお弁当屋さん
などでは買わず、普通にレストランに入って食事をするからなのでしょう。その
息子さんがいうには、
  「でも僕の小遣いなんて、級友うちでは中産階級程度なんですよ。上には上が
いますし」ですって。親から貰う小遣いに、中産階級って???二の句が継げま
せんでした。

 近年、深セン大学の学生には、深センやその近辺出身者の割合が増えているの
だそうです。子供を家から遠く離れた大学にやって苦労させるには忍びない、ま
たは何かあったらスグに親を頼れるよう家の近くの大学に通いたい、などと考え
る親離れも子離れも出来ていない家庭が増えているからだそうです。

 しかし、いくら経済が発展した中国ではあっても、(愚痴りつつも)これだけ
子供にお金をかけてやれる親ばかりとは限りません。中には農村部出身者などの、
貧しい家庭の子供たちだっています。しかもここ深センは、物価高も中国一、
二を争うほどの大都会。そんな中で、級友たちが湯水の如くお金を使っているの
を目の当たりにし、翻って自分は仕送りも少なく日々の生活費にも事欠く上に、
大学まで行かせたからと故郷の両親に過度の期待を抱かれ……あまりに過酷なプ
レッシャーのために、うつ病を患って精神的におかしくなったり、人生を悲観し
て(未遂を含め)自殺事件なども増えているのだそうです。

 学生生活にまで影響を及ぼす激しい経済格差もさることながら、イマドキの学
生たちの精神もまた、あまりにヤワ過ぎるのです。こんな学生たちが、社会を担
う世代となったら一体どんな国になってしまうのか?こんな危惧を抱いてしまう
のは、日本も同じなのでしょうか。

                 (筆者は在中国・深セン・日本語教師)

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