■【北から南から】

  2.米国・マジソンから 『今マヂソンでなにが起こっているか』     
                        石田 奈加子
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 四月五日にマヂソンの市長選挙があるので、それについて書いてみようかと思
っていましたら、二月半ばから大変な緊急事態が起こっていますのでお知らせす
ることにしました。

 ウィスコンシンでは一年に四回選挙があります。本選挙が四月と十一月で、予
備選挙が二月と九月、四月は大体地方政府、市町村、郡(County)の長、判事、
議員等々、十一月には合衆国大統領、上院、下院議員、州知事、州の上院、下院
議員などが選ばれます。昨秋の十一月が合衆国の中間選挙(大統領の選挙がない
年)で、ウィスコンシンの知事が民主党の知事から共和党の知事に代わりました。
二年前にバラク・オバマが大統領に選出されてから大企業、金融界に支援されて
いる共和党ならびにその支流のTea Partyが反オバマを旗印に巻き返しに専念し、
この中間選挙では予想どうりに共和党・Tea Partyの圧勝になりました。ウィス
コンシンでは知事が民主党から共和党に代わったばかりでなく、上院・下院とも
に共和党議員が多数をしめました。

 この新知事の選挙公約は州の財政建て直し、私企業を優先し州への誘致をし、
就業率を上げるのに専念するというもの。米国ではこの十年ぐらいの間、合衆国
財政をはじめそこらじゅうの州が赤字財政を抱え、殊に2008年の金融・経済
危機以来どこを見ても憂鬱な話ばかりです。ウィスコンシンもご多聞にもれずこ
の数年赤字ですが、他の州、たとえばカリフォルニアやニュージャージーに比べ
るとずっと負債は少なくてましな状態だそうです。

 新知事は一月三日に就任したのですがその一週間後に大幅な私企業の税金控除
の法案を通しました。二月半ばにこの六月から向こう二年間の赤字撤去・緊縮財
政の予算案を提出する予定で、二月十一日にその一部として州公務員の健康保険
料と年金貢献費の大幅値上げと州ならびに全地方行政、教育機関・行政全般の公
務員・教職員組合の団体交渉権を停止し、組合活動の自主運営を制限する法案を
発表しました。知事は組合に関する法案、組合の活動をほぼ全面的に禁止するの
は州財政の建て直しに是非必要であると強調し、六日以内にこの法案を可決させ
ると宣言しました。因みにこの国では私企業の組合は合衆国法で、公務員・教職
員組合は州法で規制されるのだそうです。

 法案が公表されるやいなや法案反対のデモが始まりマヂソンの丁度真ん中に位
置する議事堂に人々がどっと集まりました。第一週目には何万人ものひとが議事
堂の中に昼夜つめ(実際に何千人もの人々、赤ちゃんを連れた家族まで夜議事堂
に泊り込みました。)学校の先生が大勢参加しているため、マヂソンの市立学校
は空前の四日間連続休校になりました。その間中学高校生たちも先生を応援して
議事堂に駆けつけました。
 
  組合活動禁止を含む法案は財政法案で、財政法案を上院で審議するには三分の
二の議員の出席が要求される。現在上院は共和党が十九人、民主党が十四人でこ
の法案を可決するには少なくとも二十人の議員の出席が必要、つまり、少なくと
も一人の民主党員が参加せねばなりません。知事が六日以内に(ということは二
月十八日には)法案を通す、絶対になにも審議する必要、改案、歩み寄りの余地
はないと宣言したものですから、一端上院に提出されれば法案通過は既成事実な
ので、上院開催を引き伸ばすために窮余の一策として二月十七日に十四人の民主
党議員がそろって州境を越えてイリノイ州に出かけました。

 この時点でウィスコンシンの組合法案闘争は全国的なニュースになり有名人や
運動家が反対闘争の応援に駆けつけ連日抗議大会が開かれました。 議事堂の昼
夜に渡る占拠は丸二週間続きましたが、州政府が規則を変えて議事堂への出入り
の制限、ならびに夜間の閉門時を宣言し、デモ隊の退去を命じ、またもやこの新
規則が争点になりました。

 政府のデモ制限にも関わらず、デモは連日何万にも上る参加者で続き、ウィス
コンシンだけでなく全国が一体どう解決するかと見守る中で四週間目の三月九日
に突然上院議長が提出されていた緊縮財政法案から組合に関する条項を切り離し
別の法案とし、これは財政法案ではないから、二十人出席の必要はないという理
由で抜き打ち的に正当な公聴会を開かず、野党の民主党員が誰もいないまま共和
党員だけの出席で可決し、翌翌日、三月十一日には知事が署名をして法律になり
ました。

 一応表面的には議事進行の作戦行動で知事派が反対闘争を出し抜いて勝った、
というわけですが、その作戦の合法性が直ちに問題になりました。開かれた政治
の伝統を誇りにしていた人々はまったく唖然とし、怒り、三月十二日の土曜日に
は州に帰ってきた十四人の民主党上院議員をまじえてウィスコンシン史上空前と
いう十万人を越える大デモが行われました。

 この組合法改定については単に州法が変わるというだけでなく色々な政治的、
社会的に重要な要素があります。 ・この組合法改定ははじめ改定をしなければ
州の財政が立て直せない、緊縮財政に必要なものであるとして提出されたのです
が、土壇場で組合法の部分を緊縮財政法案から切り離して、これは財政法案では
ないからといって可決してしまったということは、知事ならびに共和党に、もと
もと組合を無力にするための政治目的があったことが明らかになった。
  ・
  アメリカの労働組合、労働運動は70年から80年にかけて急激に萎縮して
現在私企業では17%の従業員しか参加していない。そういう世相で公務員組
合、殊に教組が組合運動の主力を占めている。労働組合は一番強力な民主党支持
の政治勢力で共和党ならびに大企業は公務員組合つぶしの機会を狙っていた。こ
れは2012年の大統領選挙に甚大な影響を与える事態である。
  ・
  ウィスコンシンのみでなく現在オハイオ、インヂアナ、アイオワ等で同じよ
うな法案が議論されており(オハイオは3月末に少し改良された法案を可決しま
した。)進取的なウィスコンシンの去就が注目されている。いわば、ウィスコン
シンの政争が関が原みたいなもので、ウィスコンシンが落ちれば公務員組合は殲
滅という危機感がある。全国的な種々の世論調査では首尾一貫して公務員組合支
持が多数を占めている。
  ・
  現在労働運動の牙城である公務員労働組合が潰されると、百年以来の厳しい
長い労働運動の結果獲得してきた労働者の権利、労働条件の改善(例えば週40
時間就労、職場の安全性等)、雇用の保証、健康保険、退職後の年金の保証等々
がなし崩しに無効にされる。知事は選挙公約で公務員組合のことは一切触れてい
なかったので、法案が出された時には非常なショックだった。
 
  その上、知事は初めから交渉、協議、妥協の必要はない、といって、この四
週間民主党議員や労組からの提案を一切受け付けなかった。一月の知事就任から
僅か二ヶ月余りの間にウィスコンシン州議会の運営が議員のみならず市民一般に
公開され、話し合い、協調に努力する伝統から問答無用の独裁政治に転換してし
まった。
  この法案は徐々にチャーター・スクール奨励や学区を越えて自由に学校を選
べるヴァウチャー交付などで公教育の私企業化促進、政府行政機関の私企業、営
利企業化に導くものである。

 三月十一日に法律となった公務員組合法はただちにその合法性が問われ労組,
郡政府等の責任者が訴訟を起こし、第一審の結果四月二日現在一時施行差し止め
になっています。法廷闘争は数ヶ月にも及びそうです。その間何万人もがあつま
る大デモこそ毎日あるわけではありませんが、反対闘争は着実に続いています。

 作戦としては法廷闘争のほかに知事ならびに議員のリコール、現知事支持の事
業、銀行等のボイコット、目新しいこととしては、毎日正午に議事堂の広間で労
働歌、フォークソングなど民衆を称える歌を合唱するなど。ゼネラルストライキ
も当然論議されていますが、州の公務員、教職員は労働法でストライキを禁止さ
れているので、私企業の労組に頼らねばならず、あまり見込みがないようです。

 この大騒動の中でプラスの面があったとすれば、労働運動に関心が高まり労働
組合の再生の契機となる、選挙のたびにもっと真剣な態度で臨む自覚を喚起する
機会になったことでしょうか。四月五日の地方選挙に向けて、今選挙活動が活発
です。
     (筆者は米国・ウィスコンシン州・マジソン市・在住)

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