『住みにくいパリの生活』

■【北から南から】

フランス・パリ便り(その5)住みにくいパリの生活    鈴木 宏昌

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  退職後、日仏の間を往復しながらも、パリ郊外に住みはじめてから1年以上に
なる。久しぶりに日本で友達に会うと、「退職後、パリで過ごすとは優雅ですね」
と言われることが多い。大体、「まあ 苦労が多いですよ」と本音を言っている
が、あまり信じてもらえないようだ。実際、日本のように、便利な暮らしに慣れ
てしまうと、パリの生活に慣れるのは大変である。

 日曜日を含めて、1年中、しかも夜遅くまで商店が開いている国は少ない。ま
た、スーパーのレジーで店員が笑顔で「ありがとうございます」と言ってくれる
ところはもっと少ないだろう。フランスのスーパーや商店は7時に閉まり、日曜
日はパン屋以外開いている店はない。のどを潤すために水を買おうとしても、フ
ランスの街では自動販売機はない。人の監視が効かないところでは、コインをく
すねる人が多いためなのだろう。

 パリのような大都市になると、実に様々な人種、階層の人が集まっていて、絶
えず緊張を強いられる。日本のように、郊外電車や地下鉄の中で寝ている人はい
ない。みな、かばんやハンドバッグを前に抱え、気を付けている。パリも場所に
よっては、治安が悪く、お酒を飲んだ後の日本のサラリーマンのように無用心だ
といつ財布などを盗まれるか分からない。

 今回は、少し指向を変えて、観光客が見るパリとは異なる、優雅さとも無関係
な私の体験を書いてみたい。

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◇郊外電車

 パリには市内を走る地下鉄(メトロ)と郊外からパリ市内に乗り入れるRER
と呼ばれる特別快速路線がある。有名なメトロは19世紀の終わりから発達し、
第2次大戦前にほとんどの路線が開通していた。料金は市内ならどこまで乗って
も単一で、安く便利である。

 これに対し、1977年に最初の路線の開通を見たRERは郊外から通勤客を
パリへ大量輸送を行なう。このRER開通までは、郊外電車は国鉄、市内の路線
はメトロ公団と棲み分けられていた。しかし人口が増加し続ける大パリ地域の輸
送には、郊外電車をパリ市内まで直結させる必要があり、15年の工事期間を経
てようやく最初の路線が開通した。

 この路線は地下深く、従来の地下鉄の下を通る。まず、パリ郊外の西から東を
結ぶA線と北から南を結ぶB線などが開業し、現在ではE線までと路線も増えて
いる。メトロの1号線(東西を結ぶ路線)だと、Etoile 駅(凱旋門がある広場)
から東のはずれに近い Nation 駅まで30分以上かかるが、RERはその間を
10分ほどで結んでいる。料金は距離に応じて高くなる国鉄の料金体系を採用し
ている。
 
  ところで、パリの玄関口シャルル・ドゴール空港からパリ市内まで荷物を抱え
てRERで行った経験のある人はいないだろうか? 初めての旅行者には相当の
冒険である。まず、切符売り場には係員がいないことが多く、自動販売機のお世
話になる。ところが、実に面倒な画面で、しかも適当なお札を持っていないと使
えない(お釣りがでないことはかなりある)。実に観光客に不親切である。

 さて、運よく切符が買えたとしても、電車は暗く、汚い。多くの車両にはタッ
グと呼ばれる落書きがあり(最近は落書きを消す努力はしているようだ)、気が
めいる。時間帯によっては、乗客はほとんどがイミグレ(アフリカ系の黒人ある
いはアラブ系が多い)で、服装もいかにも肉体労働者風である。

 実は、空港の周辺は治安の悪いことで有名な地域で、暴動が頻繁に起こること
でも知られている。なお、日本大使館の人の話では、空港では、RERは避けて、
タクシーかエールフランスのバスでパリ市内に入ることを薦めているらしい。

 もっともその他の路線は、それほど治安が悪くはない。私は、南の郊外にある
研究所まで、週2回ほど、E線(1駅のみ)、A線とB線を乗り継いで通う。乗
換がうまく行けば、全部で40分くらいなのだが、ラッシュ時には、1時間半く
らいはかかる。

 さて、信じがたいことだが、切符を買うのがひと仕事である(スイカのような
便利なものはない)。最寄りの駅には切符の自動販売機は2台しかなく、頻繁に
1台は故障している。もし4、5人の客が列をなしている場合は、切符を買うの
に最低10分かかる。何しろ、画面上で、行く先、切符の種類、枚数などを入力
し、ようやくカードで支払うことになる。なぜ、RERは切符の販売に不熱心な
のかと友達に尋ねたところ、自動販売機は頻繁に壊され、お金を盗まれるので、
RERは切符販売機を増やすことに熱心ではないと説明してくれた。

 さらに、酷いのは、B線(南北を結ぶ線)の遅れである。ラッシュ時(6-7
時)には、3回に1回くらいは20-30分くらいの遅れがある。パリの中心部
の(シャトレ駅から北駅までの数キロ)RER用のトンネルは一つしかなく、そ
こを3つ路線共有している。1、2分の間隔で電車を通すが、一度遅延が始まる
と、電車は近くの駅で、待ち状態となる。車両には、空調設備はないので、夏に
は暑く、すし詰め状態で電車が動くのを待つことになる。もちろん、乗客はみな
いらいらしている。私の同僚に言わせると、RERは破滅的だと評している。

 では、なぜRERはこんな酷い状態になってしまったのだろうか? まず、パ
リ近郊の人口増加を低く見積もりした誤算がある。凱旋門から遠くないセーヌ河
べりにデファンスという一大オフィス街が近年出現すると、それまで15分もか
からずに通勤で来たところが、今では混雑で、その倍以上の時間を見込まなけれ
ばならない。

 しかし、何よりも経営の問題がある。もともとメトロ公団と国鉄の混成チーム
で、いまだにメトロの車両と国鉄の車両が併存している。それぞれの縄張り意識
が強く、経営陣も融合していないと言われる。さらに、大規模投資に関しては、
国、パリ地域、そしてRERの負担と実に複雑な仕組みである。パリ中央部に新
しいトンネルを作る計画はあるらしいが、実現するのは10年近くも先の話であ
る。その間は、暗く、汚く、いらいらするRERで我慢しなければならない。

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◇長期滞在ビザ

 長期滞在の日本人を悩ますものに滞在許可証がある。ビジネス、学生、研究者
など様々なビザのカテゴリーがある。ビジネスのビザ(労働許可)の取得は、近
年手続きに時間もかかり、大変に難しいという。まあ、失業率が慢性的に高いフ
ランスなので、なかなか新規ビザが下りないのは合点がゆく。

 ところで、私の場合、フランス人の配偶者というビザを申請した。まず、出国
前に日本のフランス領事館に申請書類をそろえ、パスポートに長期ビザのハンコ
を押してもらった。しかし、これは仮のビザで、入国後1カ月以内に、日本の入
管管理局に相当するOFIIという事務所(各県にある)に申請を行い、健康診
断、フランス語のチェックなどの後、初めて1年のビザが出される仕組みとなっ
ている。

 私の場合、Creteil というコンクリートだらけの新しい町(1970年代から
発展した)が県庁所在地である。OFIIの事務所に行き、びっくりした。県庁
の中あるいはその近くにあると予想して現地に行くと、なんと町はずれの建設中
工業団地の一画に小さなオフィスがあった。その後、郵送で何月何日に様々な書
類(結婚証明書、出生証明書、納税証明書、電気ガスの支払い証明など)ととも
に340ユーロの収入印紙を用意し、朝8時に出頭せよという内容だった。

 仕方なしに、その日、タクシーで8時に行くと、もう30人以上の人(黒人、
アラブ人が多かった)が待っていた。8時半くらいにようやくオフィスの扉が開
くと2階の待合室に送り込まれ、待つこと2時間、簡単な医師の診断(体重測定、
歯並びなどいい加減)のみで、レントゲン室へと言われた。その後、レントゲン
の機械故障中とのことで、その日の午後、近くのショッピングセンター内クリニ
ックで写真を撮ってもらうことになった。クリニックでは、窓のない部屋で2時
間以上待たされ、ようやく私の順番となった。

 2日後、レントゲン写真を携え、OFIIの事務所に行くと、今度はパソコン
が収入印紙を読み込むことができず、別の日にもう1度、事務所に来るように指
示された。その上、1週間後に、まる1日の「市民教育」セミナーに参加せよと
のご託宣だった。

 市民教育セミナーは、新規入国者が必ず受けなければならないもので、マンシ
ョンの一室で、チュニジア人講師のもとで行われた。これは社会見学として実に
興味深かった。出席者は約30人で、マグレブ出身者3分の1、アフリカ系黒人
3分の1、残り東欧、トルコ、モンゴール人と私だった。この分布でも分かるよ
うに、EU国籍は別扱い。他の先進国からの人もゼロだった(別枠?)。

 各人の自己紹介で驚いたのは、ほとんどの人がすでに数年以上フランスに滞在
していたことだった(不法就労?)。講義のテーマは、民主主義、宗教と政治の
分離そして家庭内での男女平等であった。議論で盛り上がったのは宗教問題(ス
カーフの着用)と家庭内の男女平等だった。何人かの人(チュニジア、アフリカ
系黒人)は、稼ぎ手の主人に女性、子供は服従すべきと主張し、引き下がらなか
った。この日、修了証書をもらい、その後、ようやく1年の滞在許可を私のパス
ポートに張ってもらった。
 
  今年の夏、滞在許可証の更新時期が来たので、住んでいる町にある県庁出張所
に朝9時半に行き、驚いた。入り口のところで、もうその日の受け付けは終了し
たので、翌日9時に出頭せよとのことだった。

 翌日朝9時に県庁出張所へ行くと、もう100人くらいの列ができ、順番を待
っていた。警察官が入り口を守り、喧嘩沙汰である。この日、私のすぐ前のとこ
ろで、また、本日の受け付けは終了したと追い返された。門を守っていた役人に、
更新手続きなので、アポは取れないかと頼むと、しぶしぶ手紙を書きなさいと言
ってくれた。

 1週間後、役所からの招集状とともに行くと、県庁出張所の中に入ることがで
きた。ここで、待つこと3時間、ようやく私の順番になる。1ダースを超える書
類を家内が用意してくれたので、それを提出したところ、結婚証明書や銀行口座
の出し入れは、コピーのみではなく、原本までも必要と言われた。

 翌日、また2時間待たされ後、ようやく豆粒ほどの滞在許可書を手に入れた。
家に帰って家内に見せたところ、笑い始めた。良く見ると、私の滞在許可書の裏
にはSEX Fと載っているではないか!私には、性転換のために、あの忌まわ
しい県庁出張所に行く気は起きなかった。

 以上が私の長期ビザ取得の体験だが、フランスの外国人・イミグレ問題全体を
考えると気が遠くなる。私の場合、サルコジ政権の外国人排斥政策の多少の影響
があったのかもしれない(公務員減らし、予算カット)。しかし、毎朝、県庁出
張所レベルで100人くらいの行列ができ、そのうち多くが不法就労に近いとす
ると、これはとてつもない問題である。

 ドゴール空港があり、イミグレが集中することで有名なサンドニ県では、ルモ
ンド紙によると、毎晩順番待ちの行列ができるという(役所が開くのは朝9時)。
体力のない人のために並ぶアルバイトがあり、その相場料金は50ユーロにまで
なるという。

 日本のように、水際作戦が可能な国と異なり、フランスは多くのEU諸国と国
境があり、どこからからも外国人が入ってくる。国内には、昔から人権擁護団体
があり、強権的な手段は政治的に取りにくい。だからこそ、OFIIのように、
わざわざ人を困らせるような非能率な対応となる。人口の1割弱がイミグレ(フ
ランス国籍のイミグレも多い)であることを考えると、暗澹たる気持ちになる。

 (筆者はパリ在住・早稲田大学名誉教授)

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