『変貌する世界の緑の党―草の根民主主義の終焉か?』

『変貌する世界の緑の党−草の根民主主義の終焉か?』E・ジーン・フランクランド、ポール・ルカルディ、ブノワ・リウー著

 緑風出版、2013年9月
                       白井 和宏


今なぜ、「緑の党」なのか?

 日本でも昨年7月に「緑の党」が発足した。そして今年7月の参議院選挙には10人の候補者を擁立したが、当選には遠く及ばなかった。安倍自民党の圧勝とは対象的に、脱原発を訴えた緑派やリベラルの諸政党は惨敗に終わった。それでも、世界一高額の600万円(参院選比例区)という供託金を用意し、さらに選挙費用をまかなうために「緑の党」は1億円以上の資金をカンパで集めた。日本の選挙制度という高いハードルを乗り越えて、国会議員を当選させるのは容易でないが、今回の試みは日本の市民運動にとっての新たな一歩となった。

 多くの日本人にとっては影の薄い「緑の党」だが、欧米諸国では30年以上の歴史を持つ。EU議会で「欧州緑の党・欧州自由連盟」という統一会派を組み、15カ国、59人のEU議員が所属する。中道右派、社会民主主義、自由主義に次ぐ第4の勢力に成長した。さらにアフリカ、アジア・太平洋、中南米と世界90カ国で結成され、世界大会も定期的に開催している。

 ただし各国の政治文化や選挙制度の違いが影響して、緑の党は各国でそれぞれ異なる歴史をたどってきた。70年代初め、世界で最初に緑の党の母体を誕生させたオーストラリア、ニュージーランド。連立政権に参加したドイツ、フランス、フィンランド、ベルギー、アイルランド。早くから国会議員を当選させたスイス、オーストリア、オランダ、スウェーデン。設立から30〜40年近く経ってようやく一人目の国会議員を誕生させたイギリス、カナダ。大統領選挙に挑み続けるアメリカなど様々である。

 それでも世界の緑の党は、国によって表現を変えながらも、ドイツ緑の党が設立当初に掲げた「エコロジー、非暴力、社会的公正、草の根民主主義」という四つの理念を今も共有している。なかでも緑の党におけるすべての特徴は、「草の根民主主義」の運動から派生しており、メンバーによる「参加」こそが緑の党の核心と考えられている。

 ただし「アマチュア運動家の党」として出発した緑の党も、「職業政治家」が支配する議会政治という枠組みの中で生き残るためには、自己改革を強いられてきた。きわめてラディカルだったドイツ緑の党も、設立当初は「反政党の党」と称していたが、その後は、自らを「議会内におけるオルタナティブ」と位置づけるようになり、今では「国民政党」に変化したという評価もある。

 緑の党が、どのような過程を経て自己改革を進め、政党政治の一画を担う存在となったのか。その過程の中で「草の根民主主義」という理念は今も生き続けているのか。14カ国の緑の党を比較分析することで、その問いに答えようとしたのが本書である。そして今、緑の党に注目するのは、世界的な「政党離れ」という状況の中から「緑の党」が生まれたと言えるからである。

政党政治の衰退

 多くの先進国では、政党と市民がかい離し、政党政治は機能不全に陥っている。日本でも様々な社会的問題が深刻化しているにも関わらず、選挙での投票率は低下する一方である。綱領どころか理念や政策すら不明な新党が設立されては、議員は離合集散を繰り返している。政党政治の衰退は日本においても極めて重要な問題である。

 政党は、時代とともに変化してきた。議会が開設された当初は社会的地位のある地主や資産家がつくる「エリート政党(名望家政党)」が生まれたが、産業革命と参政権の拡大によって、労働者たちを票田とする「階級政党」や「大衆政党」が出現した。ところが1960年代になると、先進諸国では、次第にイデオロギー的な対立が薄まり、国民全体に幅広い政策と支持層を持つ「国民政党」が誕生した。今日では、幅広い支持を獲得するために総花的な政策を掲げた「包括政党(キャッチオール政党)」が主流になった。だが、それと同時に、政党への帰属意識は急速に薄れて無党派層が増加するとともに、投票率は低下しつづけている。

 その主要な原因として指摘されるのは、資本主義と共産主義という対立軸が消滅して、政党間のイデオロギー的な差が縮まったことである。あるいはまた、グローバル化と新自由主義の進展に伴って、政党がカネと力を持った特定の利益集団に支配されるようになったことが大きく影響していると考えられている。「議員集団」になった今日の政党は、党員を通して有権者の意思を集約して政治に反映することより、マスメディアを通して一般の有権者に対して効果的にアピールすることに重点を置いている。

 政党政治の衰退が問題なのは、既成政党の支持率低下という現象を超えて、ポピュリスト的な極右政党の台頭につながっていることだ。デモや抗議活動といった社会運動が活発化しても政治に反映されることなく、民意(市民社会)と政権(政治社会)との大きなねじれが起きている。民主主義が機能するために政党が不可欠な存在であるならば、見栄えの良い「マニフェスト」の作成より、人々を広く政治に参加させる政党本来の機能を回復することが、根本的かつ急務の課題のはずである。

「寡頭制の鉄則」と緑の党

 今こそ、政党の本来的な「機能」とそれを実現するための「組織」について、あらためて論ずるべき時だとは考えるものの、手がかりは少ない。そもそも政党組織における参加についての議論は、歴史的にもほとんど蓄積がないからだ。

 もっとも左翼陣営なら「政党の組織論」と聞いて、すぐに思い浮かぶのが「民主集中制」かもしれない。1919年、モスクワで「コミンテルン(共産主義インターナショナル)」が創立され、「第12条 コミンテルンに所属する党は、民主的中央集権制の原則に基づいて建設されなければならない」という加入条件が定められた。この文章の後には、「現在のような激しい内乱の時期」には、という前提条件が続いていたが、その後、革命を実現した共産主義諸国では共産党の独裁が続いて、人々を抑圧したため、「権力の集中」と「共産主義」とは同等視されるようになった。

 しかし「権力の集中」は共産党だけに必然的な傾向ではない。“少数者による支配はあらゆる組織・集団において貫徹される不可避の鉄則である”という「寡頭制の鉄則」を提唱したのがドイツの社会学者ロベルト・ミヘルスだった。1902年にドイツ社会民主党(SPD)に入党したミヘルスは、平等や民主主義を実現すると称する政党でさえ、党幹部による党員の支配が行われている状況を目の当たりにして、“あらゆる組織・集団は、規模が拡大すれば必然的に少数支配が実現される”という「一般理論」を提唱したのである。

 この「寡頭制の鉄則」に抗して、緑の党の「草の根民主主義」、あるいは党内における「参加型民主主義」は今もどこまで貫徹されているのか、各国特有の制度と状況を踏まえつつ、緑の党の創設・発展・現状に至る過程をたどりながら、組織構造の変化を分析したのが、本書『変貌する世界の緑の党』である。

「緑の党」の変化と継続

 多くの緑の党は、「現実派」と呼ばれる“選挙での当選を重視する潮流”と、「原理派」と呼ばれる“議会外での運動を重視する潮流”との間で激しい論争と対立を繰り返してきた。それでも結局、政党政治という枠組みの中で存在意義を発揮するためには、国会議員の当選と連立政権への参加を優先課題にすることが前提となる。国会議員がいなければマスコミに黙殺され、有権者も当選可能性が低いと判断して投票を避ける。政党助成金が受けられなければ、党組織の縮小を強いられるからである。

 たとえば国会議員に権力を集中させないために定めた、一定期間の任期で国会議員を交代させるルールは、早くも1980年代後半に廃止された。もともと当落が激しく、人材も不足している小政党が、あえて議員を短期で交代させれば、政治活動の継続性はもちろん、党組織の存続さえ危うくなるためだ。

 それでも「草の根民主主義」を重視するメンバーたちの主張によって、多くの緑の党は「国会議員と党役員の兼任禁止」や「党首の否定」を原則としてきた。だがそれも時間とともに緩和された。
 国会議員の当選や、連立政権への参加が契機となり、あるいはそれと反対に、国会議員の当選が極めて困難な状況であるために、マスコミや有権者へのアピールを強めるため、当初は否定していた「党首」の存在を許容するようになった。党組織の運営もボランティアから専任の役職員中心の体制に移行するようになった。
 「合意による意思決定」、すなわち多数決によらず「全員一致に至るまで議論する」原則も廃止されてしまった。現在の党中央の役職員や国会議員の影響力は、以前と比較すれば格段に強化されている。

 それでは、現在の緑の党は設立当初の「アマチュア運動家の党」から、既成政党のような「プロフェッショナルな選挙政党」や「議員政党」に変化してしまったのだろうか。本書はそれを否定する。今でも多くの緑の党で、総会運営は代議制をとらず、メンバーの参加による直接民主主義によって決議を行っている。また多くの緑の党は、ローカルな組織の連合体であり、そこでの活動はボランティアが中心である。

 すなわち現在も緑の党は、何度も組織改革を繰り返しながら、直接民主主義と間接民主主義を組み合わせ、多元的に参加の回路を作ることによって「アマチュア運動家の党」の特徴を維持している。それこそが他政党との差異を際立たせている特徴であるとともに、党の基盤を形成し、組織を進化させつづけている根源的なエネルギーなのである。

政党政治の再生に向けて

 政党政治の現状を批判することはたやすいが、政党の液状化を招いた最終的な責任は、政治家と官僚に政治を委任してきた市民自身に帰する。政党による自己改革を待つことなく、市民自身が政治に直接、参加する回路を切り開いていく以外に、政党政治が再生する可能性はありえないはずだ。

 日本の緑の党が国会議員を誕生させ、政治的影響力を発揮するまでには、まだ長くの時間が必要かもしれない。それでも40年にわたる「世界の緑の党」の経験は多くの示唆に溢れている。市民が政治に参加する回路であり、市民社会と政治の構造を逆転させる道具としての政党を実現・維持することは可能なのか、緑の党は歴史的な実験の過程にある。

(注)世界の緑の党の概要、特に思想と政策については、拙訳『緑の政治ガイドブック』(デレク・ウォール著、ちくま新書、2011年)をお読み下さい。

 (筆者は生活クラブ・スピリッツ専務)
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