【書評】

『文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平』

 明治大学現代中国研究所・石井 知章・鈴木 賢/編 白水社・2017年8月/刊

初岡 昌一郎


 明治大学は中堅・若手研究者による共同研究の国内的国際的な拠点になりつつある。その中心的なリーダーが編者として纏めたのが本書であり、「あの時代は何であったのか」を現代的視点で問い、評価が定まったとは言い難い文化大革命に対し、興味深い分析と論評を加えている。
 来る10月に開催される中国共産党大会を前にしてタイムリーに刊行された本書は、中国の現在と未来に関心を寄せる者にとって見逃せない問題提起をおこなっている。
 広い読者を対象に企画・編集されており、論文と座談会で構成された本書は読みやすく、筆者たちの見解をよく理解できる。

 まず、石井の「文化大革命の基礎知識」と徐友漁「文革とは何か」が概論で総括的な解説と問題意識を展開している。石井は、個人崇拝と文革支持者が中国政治の中心に未だ根強く力を持っており、「黒い影を現代中国社会に投げている」のを警告的に指摘している。徐論文は自らの体験から文革を根本的に批判・否定、「文革は中国にとって悪夢であり、夢ではない」と結論づけている。

 圧巻は、宋永毅「広西文革における大虐殺と性暴力」である。解放改革時代に入ってからの中国現代文学の多くが、筆者たちの経験をもとに文化大革命の過酷な実態に触れているので、我々も今はどのようなことが文革の名のもとに行われたかについて無知ではない。だが、いったん「階級の敵」とレッテルを張られたならば、救済の道のない状況に追い込まれ、多数の人々が非人間的な辱めと暴力を受け、不条理に命を失った状況を、この宋論文以上に克明に描写しているものを読んだことがない。政治闘争の名分のもとに、私怨による殺人、私財略取のための一家殴殺、性暴力などの横行した無政府状態が具体的に記録されている。これを読み、ショックを受けない人はないと思う。こうした悲劇的な経験が人権と法治主義を求める声の基礎にあることを痛感した。

 本書の主柱の一つである矢吹晋「中国現代史再考――ロシア革命百年と文革五十年」は、前記の諸論文とはいささか異なるパースペクティブから書かれている。過去に文革について肯定的に評価する立場で多くの論文を発表し、発言してきた研究者の一人である矢吹は、文革の提起した理論的な課題を総括的に検討し、文革を「武闘を含む手段によって人間解放を実現しようとする運動の中間に位置」するものとみている。矢吹とは同時代人であるが、当初から文化大革命に違和感を持ち、批判的に見てきた評者としては、文革の提起した課題を理論的に解明することには一定の意義があることを認めても、政治のプロセスや運動の実態と文革理念・目的の相互作用により関心を寄せている。だが、当時文革を全面的に支持した学者で現在知らぬ顔の半兵衛を決め込むか、一転して反省なく解放改革を支持している人たちよりも、真摯に問題に向き合う矢吹の一貫した姿勢には共感と尊敬の念を抱く。

 文革論の大御所である矢吹に聞く形で進められた座談会「文化大革命と現代社会」も面白い。「戦後中国研究における“熱気”」、「旧左翼から新左翼へ」、「歴史は繰りかえすか」、「リーマンショック後の中国」などが議論のテーマに取り上げられている。

 本書の締めくくりは、鈴木賢「文革研究の今日的意義を問う」である。鈴木は「造反有理」の「無法無天」文革を通過した現代中国における共産党一党支配下の法治主義、「有法可依」を今後の重要研究課題として挙げている。

 本書執筆・刊行の中心である石井知章は、現代中国社会研究の第一人者として最近広く国内外で注目されている。評者は、彼がILO東京支局に勤務していた1980年代に知りあって以来、その自立的見識と鋭い問題意識に依拠した勉強ぶりに注目している。石井が本格的に中国社会研究に入る直接的契機は、1990年代に開設されたILO北京支局に日本人として初めて常駐し、実地に急変貌する中国社会を観察する機会を持ったことだろう。その後に明治大学に転じて以来、彼は本格的な中国研究に精力的に取り組んできた。最初は原論的な研究で頭角を現したが、次第にアクチュアルな中国社会研究に軸足を移し、最近相次いで刮目すべき労作を発表している。彼やその後の世代の研究者は「親中」対「嫌中」に截然と分裂していた、ひと昔前の中国研究者世代と異なり、イデオロギー的政治的なタブー(禁忌)や障壁から自由だ。

 石井のように中国語だけではなく、英語にも堪能な研究者たちがすでに国境を超えるネットワークの中で活発な研究活動を行っていることを高く評価したい。本書もその環の中にある。とかくガラパゴス化しがちな日本の学界の枠を破り、日中間の視点だけだはなく、広いインターナショナルなレベルで中国研究活動を進めている石井とその仲間たちのさらなる成果に期待している。(文中の敬称を省略しました)

 (評者:姫路獨協大学名誉教授・オルタ編集委員)

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