『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』

【書評】

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』

矢部 宏治/著  集英社インターナショナル/刊  定価1200円+税

山田 高


 本書は現在から過去へさかのぼる形で戦後70年の歴史を概観し、「基地」も「原発」も止められない日本の正体を歴史的、構造的に解明し検証している。
 日本国憲法は国家統治の最高法規ではない。日本の国家統治の権力、構造は、敗戦、占領、独立後も何ら変わっていない。日本は主権国家ではない、自発的隷従状態にある。こうした指摘が次から次へと繰り出される。
 戦後70年、われわれ日本人は主権国家の主権者、主人公であることを忘れてしまっているのではないか、主権者としての意識・感覚がマヒしてしまっているのではないか。戦後日本の歩みに対する考察と公文書などの裏付けによって論証された事実と現実にこのことを気づかされる。本書は単なる啓蒙教養の書ではない。日本がこれまでの「自発的隷従」状態から脱し、日本人が主権を行使して新しい法治国家をつくっていく必要性を説き、実践的なプロセスを提示している。

●日本国憲法は国家統治の最高法規ではない

 日本の国家統治の権力、構造は、敗戦・占領、独立後も何ら変わっていない。「戦後日本」という国は、占領終結後も国内に無制限で外国軍(米軍)の駐留を認め、軍事外交面での主権をほぼ放棄することになり、日米関係は次の不等式であらわされる。

「アメリカ政府(上位)」   >「日本政府(下位)」という権力構造
「アメリカとの条約群(上位)」>「憲法を含む日本の国内法(下位)」が法的に確定
「日米安保・法体系(上位)」 >「日本国憲法・法体系(下位)」(密約法体系の存在)

 日米安保条約と日米地位協定が日本国憲法の上位に君臨し、日本人の主権を侵害しているという関係性は、今も変わらない。歴史を重ねてきた分、その事実と現実が重いことを思い知らされる。さらに日本国憲法・法体系の上位に日米安保・法体系があることを、「統治行為論」「裁量行為論」「第三者行為論」などの法的トリックによって確定し、日本の憲法を機能停止に追い込んでしまい、自発的隷従関係が成立してしまった、と指摘する。

●日本国憲法・法体系の上位に位置する日米安保・法体系の影響

 官僚は法律が存在基盤だから下位の法体系(日本の国内法)より上位の法体系を優先して動く。日米安保・法体系が上位に位置するという影響は、日本の行政官僚、司法官僚の国内法軽視となって表れているばかりか、基地以外の問題にも、法的トリックを使い始めるようになったという。官僚たちが「わが国の存立の基礎にきわめて重要な関係を持つ」と考える問題については、自由に治外法権状態を設定できるような法的構造が生まれてしまい、その行きついた先が原発再稼働であるという。
 基地も原発も止められないのは、この法的構造であると著者は指摘する。
 さらにこの法的構造と秩序に支えられて、経済界、官僚、学識者、マスコミが一体となった「安保村」「原子力村」という強固な利益共同体がつくられ、それぞれ社会的ポジションや経済的利益を得るようになる。

●戦後日本の正体(自発的隷従状態)

 敗戦、占領、独立後も変わらない「日米安保体制」。冷戦の始まりという国際環境の変化をうまくとらえて、思い切った軍事、外交面での対米従属路線(「沖縄の軍事基地化」と「日本全土での基地の提供」)というかたちでアメリカに全面的に協力したかわりに、日本は高度経済成長という非常に大きな果実を手にし、第二次大戦の敗戦国から冷戦の戦勝国へと駆け上がることに成功した。
 戦後日本は、日本人から圧倒的に支持されてきた天皇制と第二次大戦後世界の覇者となったアメリカ、なかでも人類史上最大の攻撃力を持つ米軍が強く結びつく形で「戦後日本」の国家権力構造(「天皇+米軍」という安保村の基本構造)がつくられることになる。
 天皇も日本も将来絶対に軍事的脅威になる可能性はない、というかたちで新しい憲法がつくられる。憲法の「戦力と交戦権の放棄」はあくまで「国連が世界政府として機能すること」、つまり「正規の国連軍が編成され戦争する権利を独占すること」を前提として書かれている。しかし正規の国連軍構想が消滅した1948年以降、思想としてではなく現実の政策として9条2項を支持することはユートピア思想だと著者はいう。

●主権国家として真に独立するための道

 首都圏の上空が他国に支配されていること、外国軍の駐留を認めていること、軍事、外交面でアメリカに隷従していること、独立国の最高法規である憲法の上位に安保法体系があることなど、日本は独立国家としての主権がないことを著者は随所で断じている。
 どうすれば国家主権をとりもどし、正常な国にもどれるかという問題は、最後は必ず憲法の問題に収斂していくことになるという。
 憲法にきちんと「日本の最低限の防衛力を持つこと」を書き、同時に「今後、国内に外国軍基地をおかないこと」を明記すること。米軍を撤退させ、米軍駐留の結果として機能停止状態におちいった日本国憲法の機能を回復させる、日本が再び侵略的な戦争をする国になることを防ぎ、加えて「大地震の活動期を目前にした原発再稼働」という狂気の政策を止めるにはこの方法しかない。憲法を自分たちの手で書き、それに基づいて占領軍を撤退させる。
 「重要なのは『安保村』の歴史と構造を知り、1945年の時点にもどったつもりでもう一度周辺諸国との関係改善をやり直すこと。そして米軍基地と憲法9条2項、国連憲章『敵国条項』の問題を一つの問題としてとらえ、同時に解決できるような状況を作り出すこと。それは過去70年の間にドイツが歩んだ道に比べてはるかに楽な道となる」と結んでいる。

●本書を読み終えて

 本書に、米軍機は日本本土で低空飛行訓練をすることでいつでも日本の原発を攻撃できるオプションを持っている、低空飛行訓練は基本的に軍事攻撃の訓練だ、という記述がある。アメリカはいったいどこまで信頼、信用できる国なのか、アメリカは本当に民主主義の国なのだろうか、日本は同盟国だからアメリカの国益の犠牲になることはないのだろうか、日本の保守勢力は自発的隷従状態をいつまで続けるつもりなのだろうか、などなど疑問が次から次へとわいてくる。
 私はこれまでずーっと憲法は守らなければならないものと考えてきたが、本書によって考えが変わりつつある。憲法の機能が停止しているとすれば憲法を守るといくら言っても何の意味もない。主権国家の主権者として新たに自分たちの手で「より良い憲法」をつくる必要があるのでないかという思いに駆られている。
 本書は私にとって戦後史を再認識させる覚醒の書となった。

 (江田ファミリーの会幹事)


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