『海オールドジャズバンドと、阿信』

【北から南から】中国・深セン便り

『上海オールドジャズバンドと、阿信』

佐藤 美和子


 ちょっと遅いですが、皆様、明けましておめでとうございます。

 とはいえこちら中国では、大晦日〜1月2日までの3日間のみが法定休日です。毎年のことですが、その3日間はどこに行っても“年越し”という雰囲気のまるでない、静かな連休でした。中国では旧暦の春節(旧正月)を祝うため、年末年始の3連休はごく普通の連休、程度の扱いなのです。そして今年2015年の春節は、2月19日。現在1月中旬の中国ですが、まだ年末という雰囲気にすらなっていません。やっとそろそろ、忘年会シーズンに突入かな?という感じです。

 さて、先月号の高倉健さんの記事ですが、あと一つ、書ききれなかった“日本人俳優@中国”のお話があります。二年越しになってしまいますが、今月も引き続き、そのお話をば〜。

 北京留学を終え、帰国する前にと中国各地を旅して回った1992年の春、その最終訪問地の上海での出来事です。
 最後なのでちょっとばかり贅沢をしようと、同行の友人と共に、上海の歴史ある五つ星ホテル、和平飯店に立ち寄りました。私たちの目的は、かの有名なオールドジャズバンドです。

 そのホテル一階にあるバーでは、高齢のジャズマンたちによるバンドがジャズを聴かせてくれるのです。私は下戸な上、特にジャズに詳しくもないのですが、オールド・シャンハイの雰囲気を味わってみたくて訪れたところ、夕方のまだ明るい時間帯だったにも関わらず、全テーブル既に満席でした。そこでバーの傍のラウンジにあるゴージャスなソファで、テーブルが空くのをしばらく待つことになりました。

 バーの店員さんに言われたとおり、数人掛けのそのソファに大人しく座っていたのですが、私の右隣に座っている先客の男性が、妙に気になります。その人は私の真横に座っているので、彼の姿が私の視界に入ってくる訳ではありません。それなのに、なにか彼が発する強烈なオーラのようなものが、私の右肩にビンビン伝わってくるのです。

 その隣人がどうにも気になって、さりげなくチラッと盗み見てびっくりしました。その人のちょっと大きめな頭部(ゴメンナサイ!)、濃い顔だち、特徴的な涙袋。ものすごーく見覚えがあります! そうだ、この人はジュリーこと沢田研二さんだ!

 それまでにも、芸能人や有名人には何人か出会ったことはありますが、沢田研二さんほど強烈なオーラを放っている人は初めてでした。オーラのせいか、私の左隣に座っている友人も隣人が沢田研二さんだと気づいた様子ですが、芸能人だって、プライベートは邪魔されたくないはずです。そう友人と目と目で確認しあい、二人して沢田研二さんのほうには頑なに背を向け、一生懸命気づいていないフリを装いました(笑)。俳優さんに対してシロウトがする下手くそな演技、本当は気づいていることはバレバレだったと思います……。

 そうこうしていると、私たちの前をスッと通り過ぎ、沢田研二さんに声をかけた女性がいました。つばの広い帽子とサングラスをかけていたものの、このスレンダーな清楚美人はジュリーの奥様、田中裕子さんだ!

 その後、私たちは結局ジャズバーでも、沢田研二さんご一行様の真隣のテーブルに案内されてしまいました。沢田研二さんが放つオーラに釣られ、ついつい目が隣のテーブルに吸い寄せられそうになるのをぐっと堪え、また、周りの中国人客に「ねぇねぇ、そこに田中裕子さんがいるよ!」と暴露したくなる衝動をも必死で押さえ……お陰でジャズにはちっとも集中できず、あんまり印象には残っていません(笑)。

 田中裕子さんの存在を周りの中国人に教えたい衝動に駆られたわけは、もちろん、NHK連続テレビ小説『おしん』のせいです。

 このテレビドラマ、中国でも『阿信(アーシン)』というタイトルで80年代中頃から繰り返し放送されていて、当時ものすごい人気を誇っていたのです。そのことを教えてくれた南京出身の友人によると、初回放送当時は『阿信』の放映時間が近づくと、街中から人々の姿が消え、南京一の繁華街ですらシーンと静まり返ったほどだっだとか。女性たちは大急ぎで買い物を済ませ、『阿信』に間に合うようにと急ぎ足で帰宅したそうです。

 当時まだ小学生だったその友人宅にはテレビがあったため、『阿信』の放送日は、テレビを持たない近所のおばさんたちがオヤツ持参で彼の家にいそいそと集まってきて、大勢で視聴していました。そんな『阿信』放送中に、彼がうっかりお母さんに何か話しかけようものなら、テレビの前に陣取った近所のおばさんたちから一斉に「静かにして!」と怒られたものだと、苦笑い顔で教えてくれました。

 中国で『阿信』がそれほど人気を博した訳は、おしんの子供時代のエピソードに尽きます。あんな経済発展を遂げた日本にも、かつては阿信の実家のように貧しい小作人が存在し、年端も行かない子供が口減らしのために奉公に出されるような時代があったと知り、多くの中国人が驚いたのです。そして『阿信』は、自分たちも阿信のように頑張っていれば、いつかはわが国も!という希望を抱かせてくれたといいます。

 もしかしたら、中国人にとってはおしんの子供時代の苦難エピソードが衝撃的すぎて、子役の小林綾子さんのイメージがあまりに強く、青年期のおしんを演じた田中裕子さんには皆さん気づかなかったのかも知れません。でももし、あの時周りの中国人が彼女に気づいていたらどんな騒ぎになっただろう、みんな、田中裕子さんに会えたと喜んだだろうなぁ……と、今でも時々思います。

 余談ですが、帰国後しばらくしてから、NHKで『流れてやまず 長流不息〜遥かなる黄河』という日中合作ドラマを視ました。そのドラマの主役が、沢田研二さんでした。ドラマを視て、「あぁ、そういう事だったのか! あのとき上海ですれ違ったのは、このドラマの撮影のために訪中されていたんだ!」と、気づきました。

 今の時代なら、気づいた誰かがすぐ Twitter 等でつぶやくので簡単に芸能人バレしてしまいますが、私は半年ほどもあとに偶然視たドラマで、やっと気づいた次第です。まぁ、中国では Twitter や Facebook の類は当局によりアクセスが遮断されているので、現在でも簡単にはつぶやけないわけですけどもね(笑)。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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