『海峡の両側から靖国を考える』韓国語訳の弁

■特別寄稿 

『海峡の両側から靖国を考える』韓国語訳の弁 金 正勲

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● 一


 小泉首相在任中、靖国神社参拝の問題で韓日間の葛藤が深化された。それで安部首相は、韓国や中国の激しい批判を意識しているためか、露骨に靖国神社参拝を決行してはいない。しかし、彼はそこに行きたいと考えているのではないか。周知の通り、安部の外祖父はA級戦犯の岸信介元総理で、父安部慎太郎は官房長官時代、A級戦犯を現在の靖国神社に合祀した主役である。血統を受け継いだ安陪首相が、神社参拝を断念するはずがない。今は靖国問題をめぐって周辺国との外交紛争で状況を見守っているのだが、何時また本性をあらわさないとも限らない。

安陪首相は、去る4月21~23日靖国神社春季大祭に榊の植木鉢を供物として奉納した。そのような行為はいつでも自ら靖国に向かう可能性があることを如実に証明する。実際昨年4月彼は、靖国神社に密かに参拝した。それが結局明らかになった時、「行ったとも行かなかったとも言わない」と曖昧な返事をした。小泉式の露骨さは見せないものの、さらに知能的で巧妙な方法で十分意思表現はしているように思う。
しばしば靖国問題は静まっていると聞く。しかし、だれも異議を提起しない今の雰囲気に、訳者はむしろ憂慮の視線を送らざるをえない。この問題は、両国が歴史的認識と合理的代案を共有せずには、いつでもまた異見として露出される事項であるからだ。さらにこの問題は強硬一辺倒に走っている日本の右傾化政策に私達が日本内良心勢力と連帯し、それに立ち向かえるもっとも効率的な懸案がこの靖国問題だと信じるからである。

● 二


独島(日本では竹島と呼ぶ)をめぐっての領土主権問題は、利害関係の相反などでお互いに尖鋭な対立を見せるのみで、なかなか解決の糸口が見えない。しかし、靖国に関連しては、絶えず日本内良心勢力が自国政府に向かって批判の声を高めている。そのように考えれば、靖国問題は不幸な歴史的背景を共有している韓国と日本民衆に連帯の幅を広めてくれる、一番説得力のある懸案であるに違いない。
例えば、2004年4月福岡地裁判決に続き、2005年9月大阪高裁で

は小泉総理の靖国神社参拝が政教分離を明示した憲法に違反したと判決した
が、これは明らかに総理の神社参拝が法廷で違憲判決を下されるほど間違っ
たものであることを日本人自ら法的に認定しているということの根拠となる。
従って、このような良心的判決は固定した韓国内日本認識と日本内韓国認識
を相互理解の構図に変える契機となる。

 昨年の同時期に韓国人と台湾人、そして日本市民団体が東京に集まり、総

理の靖国神社参拝を阻止するため、連日蝋燭集会を開いていた様子を想起し
てみよう。久し振りにアジア民衆連帯の形が形成されたのではないか。その
場はアジア人が歴史認識において共感しながら、相互の平和と繁栄のため、
心を合わせる自発的な闘争の場であった。そこに日本市民団体の参与がなか
ったら、旧植民地被害者らの愚痴ぐらいにしか皆に認識されなかっただろう。

 勿論朝鮮人犠牲者に対する合祀撤回と靖国を代替する平和的追悼施設の建

設が、明日直ちに実現される状況ではない。しかし、戦争に強制的に連行さ
れ、犠牲になった2万1,000人余りの韓国人霊魂が戦争の元凶A級戦犯と
共に靖国神社に合祀されている事実に頷く人はいないだろう。「日本の側に
「遺族感情」や「国民感情」があるならば、アジア諸国の側にもー仮に感情
の量を比べることができるとしたら、おそらくはその何倍にもあたるー「遺
族感情」や「国民感情」がある」<高橋哲哉『靖国問題』(筑摩書房、20
05)>という主張は説得力がある。

 日本近代の文豪夏目漱石は、かつて1世紀前その国家権力の濫用を叱咤し、

日本の未来を警告している。日本帝国主義が膨張主義の一路を歩んでいた1
914年、学習院での講演「私の個人主義」で、「国家的道徳というものは
個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える」と指摘し、国
家主義を奨励することを厳しく批判した。「そう朝から晩まで国家国家と云
ってあたかも国家に取りつかれたような真似はとうてい我々にできる話でな
い」と一喝したのである。

 実は本書にも詳しく言及されているが、靖国神社は「国家主義を奨励」す

るための施設物である。靖国には明治維新以後の西南戦争、日清戦争、日露
戦争、第一次大戦、日中戦争、大東亜戦争で天皇のために命を棄てた240
万余りの戦没者が合祀されている。何より1948年12月侵略戦争の責任
者として処刑された東条英機など、A級戦犯14名が「昭和殉難者」という大層
な名の下にB・C級戦犯と共にそっくりそのまま合祀されている。空襲で犠牲
になった数多くの一般市民の場合は位牌一つないのに。

 それにも拘らず、日本首相がそこに参拝するのは「国家主義を奨励するこ

と」にほかならない。戦争元凶の本山に行き、国家のため犠牲になった彼ら
を愛国者として崇め、その魂を慰撫しようとするとは如何に以ての外の振る
舞いだろうか。夏目漱石が当時日本政府の近代国民国家作りと、一等国にな
るという口実で、国民の個性を抑圧し、「国家主義を奨励すること」を鋭い
筆致で批判したのも、明治国家と天皇絶対主義の観念化に、理性を亡失し病
める超国家主義に至る炎症を感じたからであろう。

 実際漱石は、作品『三四郎』で靖国境内の場面を例として挙げている。靖

国神社境内の参拝路に入ると、明治時代日本近代陸軍を創設した大村益次郎
の銅像がにょっきり立っているが、漱石は『三四郎』で、その銅像について
「あんな銅像をむやみに建てられては東京市民が迷惑する」と嘲笑した。漱
石文学の底辺に明治政府の国家主義に対する抵抗精神と批判意識が漲ってい
るのは改めて強調する必要もない。


● 三


  数えてみると、私が日本留学から帰国してからすでに十数年過ぎている。
日本問題を考えずに過ごした日が殆どない私としては、韓日友好の架け橋に
なることなら何でも積極的な姿勢で取り組みたいと思ってきた。ところで近
年日本で靖国神社参拝、憲法改正、教科書歪曲、教育基本法改正、領土紛争
など、日本の右傾化政策で東アジアで緊張が高まる状況が続いている。「如
何にすれば正しい韓日関係が成立できるか、如何にすれば韓日交流が深まる
だろうか」という問題で苦悩せざるをえない。日本で学んで帰国し、大学講
壇に立ち学生を指導する立場として、日韓問題には義務感を感じずにはいら
れない。

 日本帝国主義、そして不安定な近代と植民地主義が派生させた桎梏は、現

代を生きる両国国民に深刻な葛藤を引き起こしている。のみならず、その時
代を連想させる日本右翼政府の国家イデオロギー政策によって、今日も当時
と類似した弊害が続出している。このような視点に「それを如何に克服して
いくか」という問題は、政治的テーゼである前に、戦争を反対し平和を希求
する、人間の根本的な問題であると思った。そして、小泉首相の靖国神社参
拝で韓日関係がジグザグの状況に陥った時、われわれ文学研究者も現実を見
つめ、事態の打開に助力する方法はないか考えるべきだと思った。

 私は、総理の靖国神社参拝を支持する自民党議員らの集いに痛嘆の弁を吐

露し、彼の安逸な歴史認識を次のように指摘したことがある。

 アジア諸国に被害を与えた加害国の総理としてこのような敏感な事

項に、どうして自制を求めるような頼み一言ないか。だからA級戦犯の戦
争責任を認定した当時の東京裁判判決を引っくり返す「A級戦犯無罪論」
さえ提起されているのではないか。彼は靖国神社参拝を侵略の歴史を正
当化する行為に見る韓国、中国の抗議に対し、「戦争を美化するのでは
ない」と弁解しているのだが、もはや彼の論理は、戦争の正当性を叫ぶ
右翼勢力の主張に同調しているものとして判明された。(2005年7
月4日『京郷新聞』「時論」)

 一方、大阪高等裁判所で大谷正治裁判長が小泉総理の靖国神社参拝を公的

行為に認め、政教分離原則に背いたという論理で違憲判決を下した時には、
それを「喜ばしい日本内良心の声」として受け入れながら、歓迎の弁を述べ
ている。そして、次のように付け加えた。

 総選の生んだ雰囲気が日本の右傾化に火を付けるという憂慮の中で、

日本内良心の声が日本国家イデオロギーの鉄壁を崩すため、絶えずその
根元を打っているのは歓迎することであろう。この瞬間にも「9条の会」
を初め、日本内良心勢力は来月自民党立党50周年に先立って、憲法改正
の意図を露骨に出している日本政府に対抗し、平和憲法守護の掛け声を
唱えている。それゆえ、また私達も韓日の未来に狙いをつけその進捗の
鈍さに苦悩しながらも期待を寄せざるをえない。(2005年10月7日
『京郷新聞』「時論」)

 また、韓日修交40年と「韓日友情の年」を振替えてくれるよう依頼された

時は、韓日民衆連帯の視点から難関を克服する方案として「国民は如何に日
本国民と共に彼らの政治権力に振り回されることなく、交流の幅を拡大して
いくか、皆真摯な態度で悩まなければならない」(2005年12月30日
『京郷新聞』「時論」)と訴えたことがある。

 そのような状況中、ランゲージスクール在学時代、私に文章の基礎を教え

てくださった恩師高沢英子先生から『海峡の両側から靖国を考える』という
本を郵便で贈って頂いたのは、去年の秋頃であった。今も本質的にはそれほ
ど変わりはないだろうが、当時韓国や中国との外交を等閑視し、ひたすらア
メリカのみを追従していた小泉政権の独善的な態度は極に達する状態であっ
た。その時ちょうどこの本は私達により深く靖国問題を考えさせるモーメン
トを提供してくれたのである。

 外交紛争の争点「靖国問題」に対し、韓日学者が率直に意見を交換し、そ

の問題について対策を講究する内容を込めたこのテキストは我々に新鮮な刺
激を与えてくれた。まず東京で「海峡の両側から靖国を考える」という主題
の下に、韓日知識人が集まって自由に討論する座談会の内容であり、文章も
口語体ですらすら読まれ、そこから他の書籍とは異なるこの本だけの情趣を
感じることができた。何より討論の内容が「草むらの中からの発言」であり
すぐれた知性と感性に基づいた良識に裏づけされ、海峡のこちら側で憂慮さ
れるほうに傾いてはいなかったのである。

 「靖国神社国家護持法案」を立法しようとする自民党側に立ち向かって闘

争し、廃案を誘導したが、遺族会の攻撃で落選された日本社会党の元「靖国
問題特別委員会事務局長」兼、東海大学名誉教授河上民雄氏の証言をはじめ、
各討論者が個人的見解を述べ、「靖国神社の本質」から「靖国参拝の政治的
利用」、「アジアの中の靖国」、「将来への展望」に至るまで条目ごとに論
議を展開した討論から「無謀な対立を克服するため」、苦悩する韓日知識人
の真実な姿を見出すことができた。また座談会後記と研究者二人の論考から
靖国問題をアジア共同問題として認識し、反戦平和実践のため、呼びかける
声を明らかに聞くことができた。


● 四


 そこで韓国の読者にもその内容を加減なく伝え、靖国問題に対し、より深

層的な理解を求める目的から翻訳を始めた。題名を「靖国神社とその現住
所」に変えたのも国内読者のため、配慮の側面を考慮したからである。ちょ
うど筆者の所属大学日本文化研究所には日本の大学の教授だけではなく、国
内の研究者も共同研究員として参加しているが、共同研究員二人は筆者と意
見を交換しながら黙々と翻訳に没頭してくれた。辞書を引き、またインター
ネットで靖国関連の地名・人名・固有名詞を一々確認しながら作業に取り組
んできた日々を振り返ってみると、感慨深いものがある。この場を借り、共
同研究員の労苦に感謝する。

 なお、初稿が出来上がるまで色々な疑問に対応して下さった高沢先生、交

流と連帯の巨視的な視点から著作権に関して快く許諾して下さった<オルタ
>の代表加藤宣幸氏、そして河上民雄先生、朴菖熙先生をはじめ、著者の先
生方にも深甚の謝意を表する。最後に加藤氏の新時代社と、出版社同士の連
帯を主張し、翻訳本の刊行を引き受けてくださった韓国学士院の張世珍社長
にも篤くお礼の言葉を伝えたい。 (2007年5月)

 この原稿は、『海峡の両側から靖国を考える』(オルタ出版室、200

6年10月14日)の韓国語訳、『靖国神社とその現住所』(学士院、2
007年7月20日)の「訳者の弁」を日本語に翻訳したものである。
         
(全南科学大学副教授・同大学日本文化研究所長)

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