『秋は鹿狩り』

■【北から南から】

米国・マヂソン便り(8)-秋は鹿狩り-       石田奈加子

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 アメリカ全土で大変ポピュラーなスポーツで日本では殆ど考えられないものに
狩猟があります。なにしろとてつもなく広い国土ですから少なくなったとはいえ
まだまだ広大な自然が残っていて、沢山の野鳥、野獣が住んでいて狩猟が出来ま
す。

 ブッシュ政権の副大統領だったディック・チェニーは猟が好きらしく幾つか話
題を残していますが、特に目立ったのは鶉狩りだかに出かけて誤って一緒に行っ
た友達の顔を傷つけた事件です。あれはペンシルヴァニアだったと思います。前
のアラスカ州知事で2008年に共和党の副大統領候補になったサラ・ペーリン
が狩猟の腕前を自慢しムース(Moose-大鹿)を仕留めムース・バーガーを作る
という話はマスコミをはじめ方々でもてはやされまだ記憶に新しいところです。

 ウィスコンシンには今はムースは居ないようですが鹿は沢山居ます。狩猟には
勿論猟銃がいるわけですが、先回お話しました銃砲所持、携帯、運搬に関する法
律でもライフルや猟銃の規制は拳銃、機関銃、自動拳銃等とは別扱いになりま
す。例えば、一般に銃砲類の購買、所有は21歳からですが、ライフルや猟銃は
18歳から許可されます。

 狩猟の対象になる動物は種々様々です。鳥類は七面鳥(野生の)、雉、雷鳥、
鶉、ヤマシギ、ジュズカケ鳩(これは大変可愛らしい鳥で狩猟を許可するという
話が出たときに市民の多くは反対で市民と公との間での議論の末数年前に許可に
なりました)、カナダ鴈、水鳥など。獣では鹿、兎、栗鼠、狐、熊、コヨテ、山
猫、アライグマなど。狼、アナグマ(Badger ウィスコンシン州のシンボルです)

  マーモット、ジャックラビット(野うさぎー適当な日本語が見つかりませんで
した)、ムササビは保護種で狩猟できません。このように種々の動物や鳥を獲っ
てもいいのですがやっぱり関心を集めて一番話題になるのは野生の七面鳥と鹿狩
りです。

 野生の七面鳥は春四月から五月に掛けて解禁になりますがその他の鳥、獣類は
すべて秋、九月から一月はじめ頃まで。それぞれの獲物の種類と地域によって狩
猟解禁の期間が決められます。

 鹿狩りが解禁になるのは毎年十一月感謝祭をはさんでの九日間です。この初め
と終わりに週末をすえた一週間には大勢の勤労者がこぞって鹿狩りのために休暇
を取るのが通例で、会社や工場によっては経営者の方から妙な理解を示して閉業
にしてしまいます。そうしますと休業で解雇されたということで従業員たちは休
暇を願い出る代わりに一週間分失業保険を貰うことが出来ます。

 州の自然、資源は州の役所(Dept. of Natural Resources)が管理しますが、
鹿の頭数(人口?鹿口?)の調整、分布、繁殖の状態を把握するのは重要な任務
です。鹿狩りをする人たちはその年の鹿の繁殖状態によって一人当たり何頭まで
とか、立派な角のある牡鹿は一頭だけとか、もっと捕ってくださいとか、色々な
規則があり、射止めた鹿は札をつけてD.N.R.に届ける義務があります。鹿が増え
すぎた年などは狩猟期間が終わってから有志を募って特別部隊を出したりします。

 仕留めた鹿は勿論仕留めた人がまず自宅用の食料にするのですが、州当局は余
分の鹿を低所得者用のFood Bankに寄付するよう奨励しています。鹿寄付制度は
2000年にはじまり2010年の季節までに70,000頭が寄付され310
万ポンドの肉がとれたそうです。

 この数年D.N.R.が頭を悩ましているのは鹿の間に蔓延している病気(Chronic
Wasting Disease)です。これは大小の鹿類(Deer, Elk, Moose)の主に脳神経
系統を犯す病気で致命的なものだそうですが今のところでは人間に害があるとは
立証されていない由。十年ほど前にイギリスに始まりヨーロッパ諸国で大問題に
なった食料用の家畜の脳を冒す病気(名前を忘れました)に似たものに思われま
す。それでもD.N.R.はC.W.D.の流行っている地域の鹿は検査が済むまで食べる
な、と警告しています。

 昨年から十歳の子供から、その子供の責任を持っている大人が付いている限り
狩猟をさせてよいことになりました。はじめそれがニュースになった時、十歳の
子供に銃を持たせるなんて、と当然反対の声が上がりました。でも、考えて見れ
ば、これは銃を持つことが目的なのではなくて狩猟することなので、狩猟は恐ら
く人間が始めて立って歩くようになった時からずっと続いている営みであり、あ
る時期には生存のするために不可欠だったに相違なく、いつの時代でも子供は歩
いて親についていけるようになればすぐにでも親に同伴して狩猟に参加して生き
ていくのに必要な知恵、技術を学んできたと思います。

 ですから十歳の子供が大人に同伴して鹿狩りを覚えるのは無思慮なことではな
い、Open CarryとかConcealed Carryとかとはわけが違うと思います。ただ、幼
時から動物を殺すのに快感を覚えるのは危険だ、何物であれ殺生はだめだ、とい
う立場からなら赤信号を出すことも出来ます。また、弾の飛び交うところに子供
を連れて行くのは危険だということもあります。

 狩猟は危険ですか?絶対に危険です。人間のやることですから間違いは必ず起
こります。毎年鹿狩りの期間中何人かの人が獲物と間違えて撃たれたり、不注意
から銃が暴発したりして死にます。銃とは関係ないけれど、樹の上に取り付けた
物見台(獲物に隠れて獲物のくるのを待つ)から落ちて死ぬ人もあります。

 身近なところでは、もう大分前の話ですが私の勤め先で私のすぐ上の人が鹿狩
りの事故で亡くなりました。奥さんの連れ子のティーンエージャーが誤って銃を
発砲したのに撃たれて亡くなったそうであまりぞっとしない話ですが刑事事件に
はなりませんでした。週末がおわって月曜に出勤しましたら、テッドが昨日猟の
最中に亡くなったということで、まったく吃驚しました。ショッキングで気が転
倒している上に彼の残した仕事の引継ぎ、後始末であわてたものです。

 数年前のことですがもっと悲惨な事件もありました。私有地の猟場へ一家族の
親類一同が7-8人連れ立って出かけましたら、樹の上の物見台にモン族の青年
が座っていた。私有地ですから勿論持ち主の許可なしでは入れないわけですから
皆口々にその青年を罵倒し、ほかの場所へ移動しようと歩き始めましたら樹から
下りた青年がその一群を後ろから撃ってたちまち3,4人を殺してしまった。

 西部劇でもないけれど後ろから撃つのは最高に卑怯な行為ですからもうまった
く言い訳もなにもあったものではありません。殺された人数も多いし(しかも同
じ家族の人々です)猟場の持ち主は白人、犯人はラオスからの移民というわけで
全国的なニュースになりました。事件の取調べに対して青年は猟場の一群が様々
の人種偏見の罵言を浴びせたのでカッとなったと陳述したそうです。

 爽快でスリリングであるはずの鹿狩りをめぐっての目も当てられない悲劇です
が、まったく文化も仕来りも違うところからろくに準備もなく移植された人々の
悲劇でもあります。この事件の直後ウィスコンシン大学ではモン語を教える授業
を設置するといい、州の諸役所の規則、通知は皆英語、スペイン語、モン語の三
ヶ国語で発表されることになりました。鹿狩りに関する規則はいうまでもありま
せん。

 鹿狩りは年毎に5億ドルからの商品売り上げをもたらし、州の経済活動全体に
10億ドル以上の効果を与えるということですので、州にとってはおろそかにで
きない非常に重要な産業であるわけです。その季節に街に出ますと自動車の屋根
の上に鹿を積んでいるのを見かけたり、ふと気が付くと前に止まっている車のト
ランクから鹿の頭がぶら下がっているということしばしばです。

      (筆者は米国・ウイスコン州・マジソン在住)

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