『納涼』

【北から南から】中国・深セン便り 

『納涼』

佐藤 美和子


 暑いです。
 何年住んでもこの気候に慣れるどころか、むしろ歳を取るにつれ、ここ中国華南地方の高温多湿が体にずっしり堪えるようになってきました。

 早朝6時頃に犬の散歩に出ても、日が昇る前だというのに、既にむわっと肌にまとわりつく重たい空気で、早朝の爽やかさは全くありません。散歩を夜9時以降と、日が暮れた数時間後に変更しても同じ。最低気温27度前後、最高気温33度前後、湿度75〜95%なので、たとえ日の射さない深夜明け方でも、気温の変化がほとんど感じられないのです。

 最近、マンションの中庭を散歩しているほかの住人たちの会話を聞くともなしに聞いていて、あることに気づきました。部屋に戻るエレベーターに乗り合わせた人たちが、今日はシャワーを浴びるかどうか?という相談をしているのをしょっちゅう耳にするのです。えっ、真夏なのに、シャワーを浴びずに寝るという選択肢があるの???

 「私はお昼にシャワー浴びているから、今夜はもういいわね。あなたはどうします?」
 「わしも今日はすぐ寝るとしよう。今日は散歩も短めだったから、汗もかいていないしな」

 「あんたたち、今日は汗かいた?」
 「ううん、僕たち今日は走ってないから、汗かいてなーい!」
 「そう? じゃ、子供たちはお風呂はもういいみたいだから、帰ったらあなた、先にシャワー浴びちゃってね」

 えーっ、この猛暑のなか、汗をかいていないと言うのですか? 私なんて、クーラーがついているリビングから、クーラーを入れていない寝室に物を取りに入るだけで、もう汗ばんでしまうんですけど……。外出しようものなら、ものの数分で全身汗みずく、シャツもジーパンも色が変わってしまうほどです。しかしエレベーターの中の人たちを見渡してみても、顔中に汗を噴き出させているようなのは、どうやら私だけみたい……。

 今年2014年は、暑くなるのが例年に比べて遅めでした。うちのマンションでは、毎年5月1日にプール開きをしているのですが、今年は5月中頃まで、気温が足りず順延になっていたほどです。しかしその後はその分を取り戻すかのように一気に気温が上がったため、体がなかなか順応してくれません。暑くて暑くて、我が家は連日、クーラーつけっぱなし状態です。

 そういえば、当地シンセンで知り合った中国北方出身の友人たちも、今年の暑さは殊に堪えると口をそろえて言っていました。もしかしたら、中国南方出身者は、生まれたときからこの気候の中で育っているため、私や北方出身者とは暑さに対する皮膚反応が違うのかも知れません。

 そんな南方人の不思議行動を、もう一つ。
 彼らは夕飯を済ませると、「納涼にいこう」と、家族揃って近所のスーパーに出かけていきます。特に買い物をするわけではありません。クーラーが効いたスーパーにやってきては、店内をぶらぶらと散歩したり、フードコートのベンチに陣取って家族団らんしていたり、中にはベンチに横になって、気持ちよさげに寝入ってしまっている猛者もいます(笑)。さすがに高級ショッピングセンターではそういう人々を見かけませんが、夜のローカルスーパーでは、就寝前の『納涼』散歩にやってきたパジャマ姿の人々を目にします。

 前からこの南方人の『納涼』、不思議に思っていたんですよね。いくら店内はクーラーが効いていて涼しくても、自宅からの行き帰りで汗びっしょりになってしまう。パジャマで出かけてきている人たちは、家に帰ったらシャワーを浴びて、また別のパジャマに着替えるんだろうか。それは却って二度手間ではなかろうか?と。このからくりは、暑さに慣れている南方人はあんまり汗をかかない、という事だったのかと、最近気づいた次第です。

 この『納涼』、スーパーや夜の話だけではありません。
 うちのマンションのプールは、終了が22時。幼稚園児や小学校低学年の子供でも、そんな遅い時間までプール遊びをしていたり、マンション中庭を家族で散歩していたりします。私も、別のマンションに住む友人に、海岸沿いの公園などへの『納涼』夜散歩によく誘われたりします。

 でも私にとっては、夜になっても30度近い気温の中での散歩なんて、ちっとも『納涼』には思えないんですよね……。用もないのにわざわざそんな暑い外に出かけるなんて、むしろ我慢大会か罰ゲームみたいな(笑)。よって、『納涼』散歩のお誘いはいつも丁重にお断りしているのですが、中国人はこんなに暑くても食後は消化のためといって散歩に出かけたり、本当に健康的です。いや、私が人並みはずれたナマケモノというだけのことかな?

 昼間や週末の納涼先で人気なのは、IKEAというスウェーデン系の家具量販店です。
 まず大型家具店なので、広々としています。レストランも併設されており、それほど高くなく食事ができます。それに、IKEAで売っているソフトクリームは小ぶりながら、たったの1元(約16円)です。子供がぐずってソフトクリームを二つ三つ買ってやっても、とっても安上がり。大人は、無料の会員カードを作っておけば、平日に限りコーヒー一杯が無料で飲めます。入り口付近には、子供用プレイランドまで用意されていて、子連れ家族にとっては丸一日をそこで充分楽しく過ごせるのです。

 店内はもちろんクーラーが効いていて、しかもおあつらえ向きなことに展示品のベッドやソファがたくさん並んでいるのです。夏の暑い日、快適にくつろぐのに、これ以上の場所はありません。特に週末や連休にIKEAへ買い物にいくと、ほとんどのベッドやソファは思い思いにくつろぐ人たちで満員御礼! この衝撃的な光景を初めて目にしたときは、正直ちょっとクラクラしました(笑)。

 ダブルベッドで、夫婦と子供、川の字になってお昼寝中の3人家族。二人掛けソファで、いちゃいちゃしている学生カップル。事務机に座り、持参のタブレットやスマートフォンでネットしたり動画を見て楽しんでいる人など、もう完全に自宅レベルのくつろぎっぷりです。子供用品のコーナーでは、子守さんが展示品のベビーベッドに赤ちゃんを寝かせ、風邪を引かないようこれまた展示品の掛け布団もちゃんとかけてやって、お布団の上からぽんぽん叩いてリズムを取りながら子守唄をハミング……なんて自由な人たちなんだ(笑)。この状況を黙認しているIKEAって、相当心が広いと思います。

 こちらでは、本屋さんがなぜか図書館のような扱いを受けています。
 広東省では北京に比べ、本屋さんが驚くほど少ないです。日本みたいな町の小さな本屋さんはほとんどなく、書城と呼ばれる大型書店に集中しています。最近、友人に中国語テキストの代理購入を頼まれて、久々に書城に行ったのですが、相変わらずの無法地帯っぷりでした。

 まず本屋さんなのに、大勢の人々が立ち読みしています。ですので中国で買う本は、既に折り目がついていて、まるで中古本のような風合いをしていることが多々あります。私は中国で買った本は、まず表紙全体をアルコール消毒液でキレイに拭いてから読んでいます。だって、買ったときはもう、なんとなく薄汚れているんですもの……。

 立ち読みしている大勢の人たちですが、ずっと立ちっぱなしだと、疲れますよね? 彼らはそのうち、通路にしゃがみ込んでみたり、隣の本棚にガッツリもたれ掛かってみたり、時々体勢を変えつつ一心に本を読みふけっています。各自があまりに読書に熱中しているので、こちらがその辺りの本を見たいときは、脇によけてもらうのも一苦労です。

 児童書コーナーは、もっとすごい。大勢の子供たちが売り物の本や漫画を抱えて床にぺったり座り込み、足を投げ出した姿勢で熱中しているので、児童書コーナーの通路は通り抜けることは出来ません。保護者らしき人が、子供と一緒になって座り込んで、児童書を読みふけっていることも(笑)。IKEAのようにお昼寝こそできないものの、店内はクーラーが効いているので、長時間居座って気持ちよく読書に励む人たちでいつも賑わっています。

 こんな風に売り物の書籍を図書館扱い、店内も避暑地扱いされているというのに、書店の店員さんたち、なぜかハタキもかけないし、注意もしないんですよねぇ。子供がほかの本を床に積み上げて椅子代わりにしていたときは、さすがに止めさせていましたが(笑)。本を読むのはいいことですし、涼しく過ごす知恵といえばそうなんですが、せめて折り目をつけながら読むとか、他の本にもたれ掛かって本のコンディションを損なうとかをせず、控えめに楽しんで欲しいものです……。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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