『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』い

【書評】

『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』

小榑 雅章/著  暮しの手帖社/刊

色平 哲郎


『暮しの手帖』という家庭向けの雑誌をご存知だろうか。
花森安治と大橋鎭子が前身の『スタイルブック』を銀座で創刊したのは、1946年。
敗戦から一年後、戦後の大混乱期に家庭の婦人向けに
ファッションや食べ物、医療や健康関連の記事を並べた。

『暮しの手帖』がありきたりの総合雑誌と違うのは、
さまざまな商品テストを、大企業や政府に迎合せず、自前で行った点にある。
編集部B室(科学室)を中心に飲食物の成分分析や細菌検査を徹底的に行い、
その結果を記事にまとめた。
日用品テストも行った。
いわゆる「調査報道」の道をひらいたと言えるだろう。

1967年、小学生だった私は鮮明に覚えている。
『暮しの手帖』に「ポッカレモンの大瓶にビタミンCは入っていない」という記事が載り、
ショックを受けた。
当時、ポッカレモンという清涼飲料水は「生レモンの3倍」もビタミンCが強化されており、
どんどん飲みましょう、とテレビで宣伝されていた。
宣伝のせいでとても売れていた。
(『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』暮しの手帖社 204ページ)。

わが家の食卓にもポッカレモンの大瓶が載っていたが、
急にウソにまみれた毒のように見えた。
『暮しの手帖』の記事づくりは、
企業や政府、警察の発表をそのまま流す「発表報道」の対極にある。
一般企業から広告を取らず、自立と自律を貫いた。

石油ストーブの転倒による出火に関しては、初期消火で
「とにかく引きおこすこと、どうしても引きおこせないと見たら、
すぐバケツ一杯の水をかけること」
と主張。
「毛布をかぶせよ」
と指導していた東京消防庁は
「シロウトが何を言うか。ケシカラン」と激怒する。

ならば、と戸建ての家でさまざまな火災を起こし、
どんなふうに燃え、どう消せばいいか実証実験を行った。
最終的に「石油ストーブ水かけ論争」は『暮しの手帖』が勝利を収めた。

なぜ、花森たちはかくも「実証」にこだわったのか。
物事の原因と結果に執着したのか。
根底には「戦争」への悔恨と、二度と騙されてたまるものか、
という強烈な思いがあったようだ。

「ぼくも含めて、みんな正しい戦争だ、聖戦なんだと、信じていた。
だまされたのだ。
これからはぜったいにだまされない、
だまされない人をふやしていくことが大切なんだ。
暮しの手帖を創ったのは、まさにそのためだ。
お国のためではなく、じぶんたちの暮しが第一、という社会にするためだ。
そういう国になっているのか、そういう政治になっているのか、
国にも企業にもだまされない、しっかり見極める人々をふやしていく、
それが暮しの手帖の使命だ」(前掲書 376ページ)

花森はこんな詩を残している。

民主々義の〈民〉は 庶民の民だ
ぼくらの暮しを なによりも第一にする
ということだ
ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら
企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら
政府を倒す ということだ
それが ほんとうの〈民主々義〉だ
(花森安治 『暮しの手帖』第2世紀・8号「見よぼくら一戔五厘の旗 」より、1970年)

 (評者は長野県・佐久病院・医師)


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