『英国の子育て・教育』(5)』

■【北から南から】

英国・コッツウォルズ 英国の子育て・教育』(5)
「びっくり仰天の英国初等教育」(その2) 小野 まり─────────────────────────────────

  日本と英国の公立初等教育の現場をくらべると、その違いに驚くことばかりで
すが、特に教師の労働環境が保護者の目から見ても日本とは大きく異なることが
わかります。今回は、その違いをいくつかご紹介しましょう。

 まず第1の違いは、英国の小学校には日本の学校にあるような「職員室と職員
机」がありません。あるのはブレイクタイム(大概は午前中の4時間授業の間に
ある20分ほどの休憩時間)とランチタイムに集う職員専用の部屋です。そこに
は各自の事務机などはなく、大きなソファーとティーテーブル、そしてお茶を入
れるための給湯所と、紅茶用のミルクやランチに持参したサラダやヨーグルトな
どを冷やしておくための冷蔵庫、学校によっては電子レンジやオーブンといった
ミニキッチンも備えた、いわば休憩のための大部屋のみです。

 クラスを担当している先生は、教室内に教師用の机を持っていますが、日本の
職員机に見られるような「書類の山」などは、ほとんど見かけません。放課後も
授業が終われば、児童を保護者に引き渡すと同時に、自分たちも帰途につきま
す。つまり、日本のような授業以外に発生する雑多な事務作業は皆無に近いと想
像できます。

 また日本の小学校の先生にとって大きな負担だと聞く、運動会や卒業式といっ
た行事も、まったく無くはないですが、実に簡素なスタイルです。例えば「運動
会」。こちらではサマータイム中の陽が長くなる6月頃に開催されることが多い
のですが、事前の練習などはほとんどありません。爽やかな初夏の午後6時過
ぎ、「スポーツデー」と称された放課後に、日中帰宅した児童が保護者と共に、
再び学校に集まります。そこで繰り広げられるのは、短距離走やリレーなど、前
もって練習が必要な「見せる」ダンス競技などはまずありません。

 仕事帰りの父兄も参観できる夕刻からの開催は、夏場なら夜の10時近くまで
明るい英国ならではで、実にのほほんとした運動会です。教師陣も、授業を離れ
て児童や父兄らと親睦を楽しんでいる・・・といった光景がそこにはあります。

 また卒業式も、日本のような立派な式典は行われません。入学式に関しては、
まったく無いに等しく、各学期の始業・終了式も存在しません。普段と変わらず
学校が始まり、普段と同じように学期末を迎える・・・。通信簿もなく、その受
け渡しもないので、気をつけていないと「あれ、もう今日から夏休みが始まる
の?」なんて子供に質問さえ出てしまう有様です。

 そして極めつけは、日本の小学校なら4年生頃からあるクラブ活動がないこと
です。これは公立の初等教育に限らず、中等教育の場においても「放課後の部
活」はまず存在していません。存在していても、教師が部活の責任を努めること
は皆無で、おそらく外部のスポーツインストラクターの指導による、いわば、学
校の体育館を間借りして運営されているものがほとんどです。

 日本で教育を受けた者にとっては、これといった行事や節目節目の式典がな
く、さらにクラブ活動もないとなると、実に物足りない学校生活に見えるのです
が、その反面、教師も児童も本当の意味での「ゆとり」が感じられることも確か
です。

 そしてイベントの規模は小さいながらも、子供たちが喜んで参加する季節的な
行事はよく行われます。例えば、年に1度の「ワールド・ブックデー」は、各自
が好きな本の主人公に変装して登校する日で、その時期になるとスーパーストア
などの子供服売り場には、様々な衣装が並びます。

 またチャリティに寄付するためのイベントや、学校の運営資金を集めるための
バザーやファッションショーなども、子供たちが楽しみながら参加する学校行事
となっています。但しこれらの行事を牽引するのは、先生たちではなく、保護者
です。日本の先生方にとっては、さぞ羨ましい労働環境と思われるかも知れませ
んね。

 さて、なんとも楽ちんそうな英国の先生業ですが、肝心の児童の学力向上に
は、かなりのプレッシャーがあるようです。それというのも、英国の義務教育に
は4段階のキーステージがあり、各ステージごとに全国共通試験が行われます。
この成績結果は、児童個々への影響はあまりないのですが、全国の学校の成績順
位が発表されますので、この成績が芳しくない場合は、教師や校長のクビ、さら
には学校の存続そのものが危ぶまれる場合もあるのです。

 何しろ1クラスの定員が最大で30名、大概は担任のほかに副担任、ときには
保護者がヘルパーとして入り、教師ひとりが面倒を見る児童は多くても10人程
度です。基礎学力の目安となり、試験科目にも課せられているのは国語、算数、
理科の3教科のみ。教科書がありませんので、個々の力に合わせた個人指導が基
本です。

 初等教育の場においては、児童数が多すぎて目が行き届かない、といった言い
訳は効かず、各児童の試験結果が教師の腕にかかってきているようなものなの
で、そのプレッシャーは半端ではないようです。もっとも、例え試験の結果が悪
くても、あまり深刻にはならず、まぁ仕方がないか・・・と、潔く諦めるのも、
この英国ならではなのですが・・・。

 次回は、恵まれている環境でも、世界基準でみると、なぜか好成績を収められ
ない、英国児童の学力について、考えてみたいと思います。

(NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

                                                    目次へ