■【北から南から】

英国・コッツウオルズ便り『英国の子育て・教育』(8)   小野 まり

   「プレゼンテーション能力」
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 前回は中等教育での歴史の授業を通じて、生徒個々のプレゼンテーション能力
も測っているというお話をしましたが、このプレゼンテーション能力は、グロー
バル化が叫ばれている今日の日本においても、切望されている人材の最重要スキ
ルのひとつではないかと思います。

 このプレゼンテーション能力とは、自己の考えを他人に上手に伝えるコミュニ
ケーション能力が備わったうえではじめて生きていくわけですが、ではこのコミ
ュニケーション能力を英国の教育現場では、どのように学ばせているのでしょう
か。

 元来、欧米人は日本人よりも自己表現に長けているといわれますが、ことイギ
リス人に関しては、日本と同じ島国のせいか、米国や欧州大陸(特にラテン系)
に比べ、とてもシャイ(内気)な性格のように思えます。これは現地での生活を
通して実感していることなので、具体的に例を挙げればきりがないのですが、あ
る意味、日本人にとって海外特有の自己主張を要求される場面は少ないので、
「とても居心地のいい外国」のひとつではないかと感じています。

 とはいえ、ひとたび意見を求められると、小学校低学年あたりから、現役を何
十年も前に引退したような高齢者まで、自分の言葉でしっかりした意見を堂々と
述べる姿を見ていると、同じ島国の我々とはまったく違った凄さを感じます。こ
れが同じ小さな島国でありながら、外交面でのパンチ力の強さの違いなのかと、
考えさせられるばかりです。

 ではこの自己主張が、教育現場で培われていると感じられているカリキュラム
をご紹介しましょう。それは、中等教育にあがると“必須”科目として登場する
「演劇(ドラマ)」の授業です。

 義務教育の最終仕上げにあたるGCSE(義務教育終了証明試験)のために選
択科目が中心となる15歳までのほんの3年間だけですが、この演劇の授業をど
の生徒も受けることになります。わずか3年間の演劇の授業で、誰もがコミュニ
ケーション能力を伸ばせる訳ではないと思いますが、「人前で話すこと・表現す
ること」の基礎の総仕上げ訓練のようにも見えます。

 通常、小学校には演劇の授業はありませんが、クリスマスの時期になると、必
ずといっていいほど開催されるのが、キリストの生誕劇の発表会です。多民族国
家といわれる英国で宗教劇とは、やや違和感を覚えますが、英国の一般的な公立
小学校には、「チャ-チ・オブ・イングランド~~小学校」と名づけられた、い
わゆる英国国教会付属の小学校が多くあります。

 そのため、朝礼には聖書の朗読や賛美歌の唱歌がおこなわれ、クリスマス時期
には毎年、同じように生誕劇の練習とその発表会が一大イベントとなるのです。
ただ面白いのは、劇のあらすじは同じですが、その演出は毎年工夫されるため、
6年間異なる演出の生誕劇を子ども達は演じることになります。 

 息子の小学校は全校生徒100人満たない小さな学校でしたので、毎年児童全
員がその劇に出演していました。おそらく大規模な学校でも、やはり全員が何か
しらの役を演じると聞いています。日本でいえば学芸会のようなものですが、こ
のクリスマスのイベントで、子ども達は恥ずかしながらも色々な役を演じ、両親
や先生達をはじめとする、多くの大人達に大いに褒められるわけです。

 小さい時からこうした機会が幾たびも与えられた子ども達は、人前で話すこと、
表現することに対しての自信を、自然に身に付けていくのだと感じます。また、
特にユニークな発想や、他の子とは違った意見であればあるほど、まわりの大人
達がその意見を尊重するところも、子ども達にとっては自己表現することの楽し
さを培い、コミュニケーション能力の発達にも繋がっていっているのではないか
と思います。

 いま、日本で求められている「グローバル人材」とは、語学力もさることなが
ら、他者とのコミュニケーション能力が一番大切なことだと、誰もが感じている
と思います。世界の垣根がこれだけ低くなった現代において、同じような小さな
島国の内気な国民性を持っていても、やりかた次第では、十分なコミュニケーシ
ョン能力、プレゼンテーション能力が育つはずだと、ここ英国で確信しています。

 (NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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