『英国の子育て・教育』(8)「真の学力とは」(その3)

■【北から南から】
英国・コッツウオルズ便り『英国の子育て・教育』(8)

「真の学力とは」(その3) 小野 まり

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 読み書き・計算の基礎学力の低下は、ここ英国でも度々話題にあがります。そ
の度ごとに、全国学力テストの内容を変更したり、はたまた、その学力テストそ
のものの存在の意義が問われれば、数年間は廃止したりと、実に目まぐるしく変
化する英国の教育現場です。

 このような教育現場の持つ柔軟性は、日本との大きな違いを感じますが、根本
的な違いは、その「教え方」「学び方」でしょう。例えば日本の場合、算数の足
し算では「1+1=□」と回答を求める教え方をしますが、英国では「1+□=
2」といった具合に、回答ではなく、途中式を求めます。掛け算、割り算なども
同様です。

 そのせいか分かりませんが、日本では小学2年生で習得する掛け算「九九」で
すが、こちらでは小学3、4年生になっても延々と掛け算や割り算を学んでいま
す。算数そのものの捉え方が、日本にくらべ「なぜそうなるのか?」といった理
論的な考え方を生徒に求めているように思えます。

 国語(英語)では、学齢にあわせた読み物を各自に与え、1冊1冊読み込んで
いきます。日本のような名作の一部分を抜粋して寄せ集めたような教科書はあり
ません。ひとつの物語を読み、その感想文などを書き、また別の物語へと読み進
んでいきます。学齢があがっていくと、優れた詩や散文をクラス全員で読み、そ
の後に児童ひとりひとりが同じような形態の詩や散文を作り上げていくといった、
創作作業が増えていきます。

 算数でも国語でも、決められた回答を導き出すのではなく、何故そうなるのか、
自分はどう思うのか、理論的な思考を徹底的に促すような教え方が、英国の初等
教育では行われています。

 さらに中等教育では、こういった思考能力の鍛錬的教育がさらにグレードアッ
プしていきます。例えば、中学1年生の歴史の授業には、小学3年生で学んだ、
世界大戦が再びでてきます。そのなかの課題のひとつは「1944年の『D-デ
ィ』(ノルマンディ上陸作戦決行日)の戦場にいた、一兵士の日記を作りなさい。
」というものでした。

 日記というのは、一兵士になったつもりで書かないと出来ません。そのために
は、その歴史の背景、その後の歴史に与えた影響、その兵士が置かれた状況、そ
の戦歴などなど、授業以外にも図書資料や戦争映画のDVDなどを観て、その事
象を様々な観点から探っていく作業が必要です。日本の歴史授業のように、時代
別に起こった出来事を次々と覚えていく授業とは、天と地ほどの違いがあります。

 ではここで、英国の子ども達は上記のような課題をどういった形で仕上げてい
くのか、その1例をご紹介しましょう。日記の設定は今から68年以上も前の時
代です。真新しい白いレポート用紙に書いたのでは味気がありません。そこでま
ず、紙をコーヒーで染色し、時代がかったようなセピア色にします。

 乾かしたところに、数箇所焦げ目をつけます。さらに赤インクで血糊の演出。
近くにいた「戦友」が撃たれ、その返り血を浴びた。もしくは、日記の著者その
ものが、最後は敵の銃で命を落とした・・・。それを針と糸で製本し、「日記帳」
の完成です。そして、製本した日記帳に自分の想定した当時の戦闘の数日間を綿
々と綴っていくのです。

 ときには祖国に残した家族への思い。鉛筆書きの戦場の模様をスケッチした
「挿絵」入りの戦場レポート。史実に基づき、当時の兵士になった気持ちで「日
記」が8~10頁に渡って書いてあります。これだけ凝った作業をした生徒には、
最高点のグレードAで評価されます。

 もちろん、教師は課題の提出形態について、詳しい指示は出しませんので、な
かにはレポート用紙にさらっと書いて出す生徒もいます。つまりは歴史の授業を
通じて個々の「想像力」や「プレゼーション能力」も測られているわけです。

 国語については、中学2年時でシェークスピアの戯曲のなかのひとつを精読し、
これまたあらゆる観点から研究を進めていくといった授業に発展していきます。

 英国の中等教育の授業内容、特に人文系をみると、日本の教育との違いに愕然
とします。実際、中学、高校での授業などは、お恥ずかしい話「睡魔との闘い」
(苦笑)だった我が身。実際に英国で授業を受けている息子に、「授業中、眠く
ならないの?」と質問したら、「何で眠くなるの?」と、逆にこちらが質問され
てしまいました。

 つまり、日本のような受け身の授業ではなく、能動的な姿勢を常に生徒に求め
ているのが、英国の授業であり、教育なのです。

 何世紀にも及ぶ世界や日本の膨大な歴史の流れを、ただただ覚えていく歴史授
業。例え部分的にでも、1篇でも多くの名作に<浅く>触れていく国語の授業。
日本の教育では、英国の子ども達も知らないような、幅広い知識は得られても、
それが果たして「世界で通用する真の学力」なのかは、非常に疑問です。

 この英国式の教育は、今日の日本に求められている、「自ら考える力」を育て
る教育ではないかと思います。その証拠に、中等教育後半の科目選択時に「歴史」
を選択すると、就職の際に有利なのだそうです。なぜなら、英国の歴史授業の解
釈は、ひとつの事象について、どのようにして当時の人々は対応・解決していっ
たかというものを学ぶことだと考えれています。それはすなわち、現代社会にお
いても、さらに企業のなかにおいても、毎日起こる「事象」について、自ら解決
しようとする力が、「歴史」の授業を通じて培われているはずだと思われている
からだそうです。

 義務教育時点で、このように実社会に出た際に役立つ能力に直結する授業が、
果たして日本にあるでしょうか? 基礎的な読み書き・計算はともかく、保健や
家庭科、技術以外に社会で役立つ能力がついた科目があったか・・・。考えても
すぐに思い浮かばないところが、我ながら情けないところです。

 (NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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