『英国の子育て・教育(3)』

■【北から南から】
   米国 コッツウォルズ                   小野 まり

『英国の子育て・教育(3)』 「英国式バイリンガル教育」

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 英国の公立小学校に英語を母語とせず、理解も困難な児童が転入してきた際、
その学校と転入生の仲介役となって手助けをするのは、EMAS(エスニック・
マイノリティーズ・アチーヴメント・サービス)から派遣される、特別に訓練さ
れた英語教師です。

 これは私の住むグロスターシャーの場合ですが、学校から連絡があると大概は
1週間以内に、派遣教師が児童との顔合わせのために来校します。その後は、基
本的に週に2回、各2時間ずつ、その児童の英語教育のために定期的に学校へ通
ってきてくれます。

 その指導期間は、児童の英語力の進捗具合によってまちまちですが、だいたい
2~3年からそれ以上という、基本的にはとても丁寧な指導期間が設定されてい
ます。ただ近年では、増大する移民の数に派遣教師が追いつかないのが現状で、
我が家の場合も、2年目を過ぎた頃から徐々にスケジュールが合わないという理
由で、派遣の回数がどんどん減っていきました。ただそのタイミングは、あくま
でも担当した児童が、学校の授業についていけると判断した上での場合です。

 では、実際にEMASの派遣教師によって行われている英語学習について、ご
紹介していきましょう。まず最初のうちは、教室から外れて別室での個人教授で
す。息子の場合は低学年(日本の小学2年生)でしたので、遊びに近い古典的な
ゲーム玩具を使って語彙を増やしていきました。教師はもちろん英語しか話しま
せんし、英語しか理解しません。ただ対面式ですので、お互いの意思の疎通は想
像よりも難しくなく、英語は頭だけではなく、口・耳・目・手・足と身体のすべ
てを用いて学んでいきます。

 半年、1年と通常の授業を外れて個人教授を積み重ねていきますが、児童の英
語力がだんだんと付いていくに従って、対面式のレッスンがなくなり、通常の授
業にEMASの教師が付いて児童をサポートする形に変わっていきます。この段
階で、児童にとって弱い点を確認しながら、さらなる英語力アップに努めていき
ます。

 こう書いていくと、EMASの教師が付いている間、さぞ宿題や家庭での補習
が必要なように思えてきますが、いま振り返ってみると、家庭で補助的な学習を
強いられたことはまったくなく、他の生徒と同じ宿題を課せられる以外、特別な
勉強はしていませんでした。むしろ家庭では、母語を大切にするように、「親が
無理に英語で話すことはない」と言われたほどでした。

 もっとも、子供が英語を話せないということは、その親も話せるわけがない・・
・というのが当たり前で、これが移民の多い英国の常識なのでしょう。EMAS
のプログラムも、その前提で組まれていますので、家庭での英語学習はまったく
期待していないようでした。

 ただし、EMASの英語レッスンを受けている間、一番重要なのは児童本人の
意思と保護者の協力だと教師も言っています。普段の授業は、すべて他の児童と
同様で、特別な扱いを受けずに進みますので、言葉の通じない学校での最初の数
ヶ月というのは、本人しか分かりえないストレスや苦労があったと思います。

 この時期、家庭において特別な英語学習はしませんでしたが、EMASの教師
から親への依頼は、子供を励ますことでした。とはいえ、親の都合で突如英語圏
の学校へ放り込まれた子供に向かって、日本式に「がんばれ!」と言ったところ
で、頑張れるかというと、それは到底無理といのも。ではどうすればいいかと言
えば、ただただ褒める、『褒め殺し』の励ましです。

 これは親の言うことを素直に聞いてくれる小学生の低学年の間までかもしれま
せんが、EMASの授業に限らず、日本の小学校になくて英国の小学校にあるも
のは児童を褒めることです。どんな小さな出来事でも見逃さずに、適したタイミ
ングで「褒める」。その先生や親からの褒め言葉が、その子にとってかけがえの
ない支えとなり、真の頑張りに繋がっていくのだと感じました。

 この、いわば<英国式バイリンガル教育>ともいえるEMASのプログラムは、
かつてはひとつの教室に、英語を母語としない子供たちを集め、一斉に英語教育
をする形式だったそうですが、その授業体制では子供ひとりひとりのフォローが
出来ず、また進捗度も低いことから、現在のような個々の子供に教師が付いて教
える形になったそうです。
   
  公立校ですので、このEMASの個人レッスンももちろん無料で受けられます。
なんと贅沢な英語教育だろうかと、今だに感心するばかりです。実際、現地校に
転校して半年ほどたった時、ラジオから流れてくるニュースの内容(もちろん英
語)を日本語に訳して教えてくれた息子に驚嘆した事が、いまでも思い出されま
す。

 現在17歳の息子も、7歳から数年間お世話になったEMASの担当教師につ
いて、「今の自分がいるのは、B先生のおかげ。」と、英国で一番の恩人のひと
りとして忘れることができないようです。

(筆者は英国・コッツウォルズ在住、
  NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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