【北から南から】中国・深セン便り

『近頃ちょっと便利なもの』

                               佐藤 美和子


 SARSの頃のお話を連載している途中なのですが、今月はちょっと中断して別の話題にします。今回の話題はもうすでにさほど新しい話題ではないのに、そうこうしているうちにもっと古くなっていく……と気になって仕方なかったのです、すみません。

¶ 91年の北京留学時代に知り合い、今はアメリカに移住している中国人の親友が、今年の夏の一時帰国ついでにシンセンまで会いに来てくれました。そのとき、彼女になかなか便利なものを教えてもらいました。「Uber」という、スマートフォンアプリです。これは、スマートフォン(以下スマホ)のGPS機能を使って自分の現在位置を発信することで、Uber に登録している白タクハイヤーを呼び出せる、一種の配車システムです。

※ アメリカ在住の友人はユーバーと発音していましたが、日本ではウーバーと呼ばれている模様。中国語表記では「優歩」、発音はヨウブゥ。

¶ 実は我がマンションでは、ここ数年タクシーをつかまえるのに、とても苦労するようになっていました。
 理由は、いかにも中国的な、オドロキの裏事情です。本来は、マンションゲート脇にタクシー乗り場がちゃんとあったのです。たいてい客待ちの空車が数台待機していたので、いつでもほぼ待たずにサクッと出かけられていました。ところが数年前、そのタクシー乗り場が突然撤去されてしまいます。ゲート周辺には以前から、白タクの客引きが何人もたむろしていたのですが、とうとうその白タク連中が結託してマンション管理会社にワイロを握らせ、タクシー乗り場を撤去させてしまったのだそうです。

 そして一体どういう奥の手を使ったのか、彼らは公安方面にも手を回しました。マンションゲート前でのタクシーの停車は違反、という風に交通ルールを変えさせたのです。一時停車すらダメとなれば、タクシーは客待ちどころか、タクシーに乗って帰ってきた住民がゲート前で下車することも出来ません。タクシーは、住人の自家用車で混雑しているゲート入り口に並び、わざわざマンション駐車カードを取ってマンション構内に入ってから、乗客を降ろさねばならなくなりました(さすがにこれは苦情が殺到したのか、今はまたゲート前でも一時停車ならOKとなっています)。
 当初はルール変更を知らず、一時停車して罰金を取られたというタクシーが続出、しまいには出先からタクシーで帰宅しようとドライバーにマンション名を告げると、あからさまに嫌がられる始末……。それなのに、白タクは今まで同様、ゲート周辺に停車していてもなんらお咎めなしなのです。なんという理不尽!

 かといって、ウチのマンションはあまりにも規模が大きすぎるため、最寄りのバス停までは徒歩15分もかかってしまいます。しかもそのバス停へ行くには、陸橋を上り下りせねばならず、買い物カートやスーツケースなどの大きな荷物があるときには大変です。一年の半分以上が酷暑というシンセンで、市バスの利用はちとツライ……。それに、中国の市バスには時刻表というものがないのですよ。いつやって来るかわからないバスを、炎天下でPM2.5を肺にたっぷり吸い込みながら20〜30分待つこともザラにあり、時間が読めずとても不便なのです。

 タクシー乗り場が撤去され、さらにタクシーの一時停車が禁止になったせいで、マンション周辺を流すタクシーの台数はガクッと減りました。そのために、タクシーをつかまえるのにかかる時間として、外出するときは30分ほども余裕を見ておかねばなりません。やっと来た一台のタクシーをめぐり、他のタクシー待ちの人と取り合いや口論に発展することもありましたね……。

¶ そんな話をシンセンに遊びに来た友人に愚痴ると、
「それなら、Uber を使えばいいじゃん! タクシーより割安だし、すっごい便利よ?」
と教えられたのです。

 アメリカ・サンフランシスコで設立された配車システムの Uber は、専用アプリをスマホにダウンロードし、代金の決済方法などのユーザー登録をしておくことで利用できます。決済方法は、中国ではネットショッピング等に必要な『支付宝』という、日本の Paypal に似た電子マネーサービスを利用する人が多く、そのほかクレジットカード払いも可能です。つまり、Uber は一般のタクシーと違い、現金のやり取りが発生しないのです。

 実際の利用方法は、以下のとおり。

1、スマホのGPS全地球測位システムの機能をONにしておく。
2、Uber アプリを立ち上げると、自分の現在地周辺地図が表示されるので、乗車したい位置と目的地を入力し、希望の車種ランクを選択する。ランクによって利用料金が違い、中国では「人民優歩」ランクが最安値、「高級轎車」が最高級。それぞれ、目的地までのおおよその所要時間や料金、乗車定員数が表示されるので、懐具合や状況に合わせて選ぶ。
3、「点撃用車(配車オーダー)」をタップ。
4、配車オーダーをキャッチした Uber 登録ドライバーが応答すると、スマホにそのドライバー情報(氏名・携帯番号・車種・車のカラー・車両ナンバー)、さらにあと何分で到着するかという情報が送られてくる。
5、近づいたらドライバーから電話がかかってくるので、自分の現在地など細かい場所を口頭で伝える。
6、車がきたら、乗り込むだけ。目的地はすでに車を呼び出したときに通知してあるので、改めて伝える必要なし。下車後はドライバーが決済すると、ユーザーのスマホにかかった料金の通知が送られてくる。通知をチェックしたら、ドライバーのサービスや態度などに対する評価をつけて、終了。

¶ Uber に登録しているドライバーは、自家用車を利用して、空き時間に稼ぐことができます。登録条件には搭乗者保険の加入以外に、車輌価格が15万元(現在のレートで290万円弱)以上であること、車輌経過年数は5年以内、といった規定があります。そのせいか、私が友人と利用したときはいつも比較的高級車でしたし(……たぶん。スミマセン、わたし車オンチなんです)、また普通のタクシーとは比べ物にならないほど綺麗でした。というのも、タクシーは大抵一日2交代勤務制で二人のドライバーが共用しており、つまり車両はタクシー会社所有物であることが多いのです。自分のものでなければ丁寧に扱わないという中国人気質のせいで、綺麗な状態を保てているタクシーはめったに見かけません。その点、Uber 車輌は個人所有の自家用車なので、どれもピカピカに磨かれていました(笑)。

 Uber ドライバーは、専業でやっている人と、兼業の人がいます。好奇心旺盛な友人は、毎回利用するたびにドライバー氏にあれこれ質問していたのですが、最初はちょっとしたアルバイトのつもりで兼業からスタートしたが、思ったより儲かるので思い切って会社を辞め、専業に転向したところだ、という人が何人かいました。タクシー会社勤務のような規定の出退勤時間もないし、自分のライフスタイルに合わせて自由に働きたい時だけ働く、というのはいいですよね。実働きの時間はわかりませんが、兼業の人は毎月5000元(約95000円)程度の副収入になっていると言っていましたし、今月はまだ締め日前だがすでに1万元以上稼いだ、という専業の人もいました。ちなみに2015年のシンセン市最低賃金は全国最高値、フルタイム勤務で2030元(4万円弱)/月です。

 Uber 登録ドライバーには、乗客が支払う乗車料金以外にも、働きに応じてさまざまな奨励金が貰えます。その奨励金額は、受注件数だけでなく、利用客がつける評価によっても変わってきます。なのでどの Uber ドライバーも、タクシードライバーよりうんと愛想がいいのですよ。タクシーのように、目的地によって不平不満を言われることだってありません。オーダーを一旦受けたら、Uber ドライバー側からのキャンセルは基本禁止とされており、もしキャンセルすれば評価がガタンと下がってしまうため、Uber では乗車拒否といった問題も起こりません。

 反面、タクシーの乗車拒否はしょっちゅうです。シンセン市のタクシードライバーの勤務交替時間は、なぜか夕方6時というピーク時に設定されています。ドライバーは交代のために車を会社に戻さねばなりませんから、その時間帯は自分の会社と同じ方面へ行く客しか乗せたがりません。よって17時半〜19時頃は、タクシーを捕まえては行き先を問われ、方向が違うからと断られる……を何度も繰り返す羽目になります。何故わざわざそんなピーク時を選んで交替するのか疑問に思っていたのですが、なんでも一台のタクシーを共用する二人のドライバー間で、売り上げに差がつくとトラブルになるので、丁度ピークの時間帯を境に交替するのだとか。自分たちの都合を優先し、利用客の利便性は無視する中国タクシー業界の姿勢が、2014年に導入されたばかりの Uber が中国で一気に広まり、市民に受け入れられた理由の一つだと私は思います。

¶ 中国で Uber が一番最初に導入されたのは、上海です。けれど Uber を教えてくれた友人がいうには、本格的に広まったのは北京に導入された後だったそうです。元々アメリカ発祥のものなので、Uber というものをすでに知っていた北京在住の欧米人がまず盛んに利用し始めました。中国語が話せない外国人にとって、タクシードライバーとの意思疎通は難しいが、Uber ならスマホの地図で迎えに来て欲しい地点と目的地とを指示できるので、言葉ができなくても利用できます。土地勘のない外国人は、タクシーに遠回りされて料金を騙されることもままありますが、Uber なら事前に料金情報が自動的にスマホに送られてくるので、騙される心配はありません。たとえドライバーが道を間違って遠回りになってしまったとしても、料金に上乗せされることはないのです。また Uber が導入されている国であれば、中国で使っていたのと同じように訪問先の国でもすぐに利用できる、というメリットもあります。

 北京には、外国人が夜な夜な集う、バーが集中している三里屯というエリアがあります。深夜はタクシーを捕まえるのに苦労するものですが、Uber でいつでも車が呼び出せるから、遅くまで飲んでいても大丈夫!と外国人が重宝がっているのをみて、北京市民も恐る恐る利用し始め、若者を中心に広まっていったのですって。そして中国では世の習いとして、何かがヒットすると、間髪おかず模倣が始まります(笑)。初めは幾多の類似模倣アプリがわっと出現したそうですが、今ではほんの数種類にまで淘汰された模様です。

¶ 友人には Uber の利用を勧められたものの、結局、私は自分では利用していません。誰か中国人の友人と一緒に利用するのであればいいのですが、Uber はいわば一種の白タク行為ですので、どんなに便利でも単独利用には少々不安を感じるのです。実際、昨年インドでは Uber 利用客の女性が Uber ドライバーにレイプされるという事件がありました。そのうち悪意をもった Uber ドライバーに、山の中にでも拉致されて身包みはがされる、なんて事件も出てくるかも知れません。トラブルが発生しても、個人所有の乗用車が使われる Uber は営業車輌に見えないため、乗っているのが他人かどうかなんて、外見には全くわからないのです。

 それに私は、スマホの紛失や故障、情報抜き取りなどの危険性を考慮して、スマホにお財布機能を持たせていません。よって、支払い方法が電子マネーサービスのみという Uber は、私には利用できないのです。

 そんな私に、今度は元教え子の一人が現金で支払いができるタクシー呼び出しアプリを紹介してくれました。現金支払いとスマホ決済サービス(つまりスマホのお財布機能)のどちらも利用が可能な、今のところ中国シェアNo.1の「滴滴出行」というアプリです。

 使い方は Uber とほぼ同じですが、こちらはタクシーを呼び出すこともできるし、Uber のように白タクを呼び出すこともできます。配車オーダーを発信後はたいてい数分以内に応答があるので、私はいつも家を出てマンションゲートに向かって歩きながら発信しています。そうするとほぼタイムラグなしにタクシーに乗り込め、夏の暑い時期にタクシーを待ちながらジリジリ陽に焼かれることもなくなりました。

 このアプリがガイコクジンの私的に助かるのは、目的地の住所やビル名・店名に、読み方を知らない中国語漢字があるときです。時間があれば事前に辞書アプリなどで発音を調べておくのですが、「滴滴出行」は目的地を入力してから配車オーダーを出すので、タクシードライバーに口頭で目的地を告げる必要がありません。読めない漢字が使われた目的地を入力するときは、住所がかかれているサイトからコピー&ペーストするもよし、中国語の場合は手書き入力という機能があるので、読めない漢字でも日本人なら手書きでスマホに入力できてしまいます。
 でもこれは少々便利すぎて、却って新しい中国語漢字を覚えるチャンスを失っているような気がしないでもないです……。

 そうそう、この「滴滴出行」アプリには、ちょっと面白い機能がついています。たとえばタクシードライバーが行くのを嫌がるような辺鄙な目的地だったり、渋滞必至な場所だったりすると、タクシー呼び出しをかけてもなかなかオーダーを受けるタクシーが現れないことがあります。そんな時、このアプリは「チップを〇元つけますよ!」という意思表示ができるようになっているのです(笑)。日本でもバブル時代、深夜の繁華街でなかなかタクシーがつかまらない時、指に挟んだ一万円札をヒラヒラさせてアピールしたと聞きますが、この機能は進化した現代バージョンという感じでしょうか。

注:Uber についてですが、私が書いた状況は中国の場合です。日本では道路運送法の関係で、試験的に運用されているのはいまだ東京のみのよう。また利用料金は中国では一般タクシーより割安ですが、日本ではタクシーより少し高めに設定されているなど、中国とは状況が違う点が多々あることをご了承ください。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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