『NHK、鉄の沈黙はだれのために』

■ 【書評】                 木下 真志

  4.『NHK、鉄の沈黙はだれのために-番組改変事件10年目の告白』
       柏書房、2010年 (2000円+税)  永田浩三 著
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本書は、NHK教育テレビで2001年1月30日に放送された「「ETV2001」シリーズ
「戦争をどう裁くのか」の第二回「問われる戦時性暴力」の内容が、国会議員ら
の圧力によって放送前に改変された事件」(6頁)の番組プロデューサーによる
告白である。朝日新聞、NHKをはじめ、マスコミが大きく報道し、最高裁まで争
われたことで、広く知られるようになった事件である。『世界』誌上でも頻繁に
議論された。副題にあるように、放送日から、既に10年が経過した。関与したと
される有力政治家のひとりや、改変に関与したNHK職員の一部は既に他界してい
る。
 
  著者は1954年生まれで、定年を前にNHKを辞め、現在、武蔵大学社会学部メデ
ィア社会学科の教授である。放送日の直前には、右翼団体がNHKに乱入したこと
もあった。この乱入の2日前には、右翼団体を名乗る者から著者宛に批判の電話
が局にかかっていた。まさに、命がけの番組作成であった。にもかかわらず、放
送直前に、「NHK」の判断で番組は改変された。

 一読して、大きな事件に巻き込まれた当事者としては、冷静な叙述であること
に感嘆する。ときに、個人的センチメンタリズムもみられるが、あれだけ報道さ
れた事件の「被告」としては致し方のないところであろう。
 
  多くの人の協力を得て構成された番組が、直前になって重要部分をカットされ
た著者の無念は想像に余りある。著者が、番組のために証言をしてくれた元兵士
や識者にたいし、申し訳ないという気持ちを持つに至る描写は出色である。
 
  公共放送であるNHKは、民放以上に信頼に足る番組作りが求められることを再
認識した。また、NHK関連予算が国会の承認を要することで、政治家からの無言
の圧力に日々さいなまれている実態も的確に記述されている。 評者は、政治学
を専攻する者として、次の箇所が最も心に残った。
 
  さまざまな事例との関連において、関係者からの証言として、著者は次のよう
に紹介し、著者の認識を提示している。「簡単に言えば、証拠があろうがなかろ
うが、敵と見なせば徹底的に排除するという意思を、権力は持ちうるという。ひ
とりの人間の人生を握りつぶすことなどたやすいのだ。国家の大儀というものの
前にあっては、その手続きの不当さ、乱暴さなどはどうでもいい。

 ルールを守れと指示するべき側が根本的なルール破りをする。しかも、彼らに
は弾圧しているという意識すらなく、むしろ、なぜわかってくれないのだという
被害者意識が強い。弾圧などしたくないのに、弾圧させるほうが悪いというわけ
だ。(中略)…慰安婦問題に対する向き合い方を見ても、事実に向き合えず、意
気地がないように見えるのは、権力の側だという気がする」(241頁)。

 それにしても、テレビのプロデューサーという仕事は、いっときに多くの番組
の製作に関与しなければならないという事実に驚嘆する。また、夜を徹して取材
・議論したことが、放送される機会のないまま眠ってしまうこともあるのだ、と
評者の認識の甘さを実感もした。番組作りは共同作業であり、そのときどきに異
なるメンバーでチームを組むので、私=評者のいる世界とは、交友関係の広さが
格段に異なることも知ることができた。
 
  わたしたち視聴者には、常に限られた情報しか与えられない。誘拐のような人
命に係わることだけでなく、一般的なニュースであっても、フィルターを通し、
「問題」ないことしかわたしたちには知らされない。逆に知らなくていいこと(
動物園のウリボーの背中に乗った小猿の映像等々)が繰り返し報道されることも
ある。

 低俗な娯楽番組が蔓延し、ウェブ上で無責任な意見表明が頻出する昨今、昨年
の検察不祥事や足利事件、過去に政界をゆるがした諸事件、現在も政界で問題と
なっている事件等々について、権力側、当事者、報道する側それぞれの主張が公
平に私たちに伝わっているか、再考することの大切さを著者は訴えているような
気もした。ちなみに、この番組は、NHKアーカイブスの視聴可能番組リスト
(「公開番組ライブラリー」)にはないそうである。
(朝日新聞2010年10月3日付「読書欄」に、中島岳志・北大准教授による紹介が
ある)
                (評者は大学嘱託研究員)

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