『SARSの時のこと(2)

【北から南から】中国・深セン便り

『SARSの時のこと(2)』

佐藤 美和子


 新型肺炎と呼ばれる疾病発生の事実が、発生地の広東省にて一般市民に広く知れ渡ったのは、2003年2月、旧暦の新年である春節休暇が終わった頃のことだったと思います(その年は、2/1が春節初日でした)。知れ渡ったとはいえ、肺炎に似た症状で重症化しやすいらしい、という程度の認識で、当初はその実態までは伝わっておらず、SARS(重症急性呼吸器症候群)という正式名称もまだついてはいませんでした。

 実は私、たまたまなのですが、それよりも一ヶ月余り早く、広東省で奇妙な病気が発生しているらしいということを知っていました。

 当時私は、広東省東莞市のとある日系企業に勤めていました。
 工場のラインで働く社員のほとんどは、10〜20代の高卒か専門学校卒の女性ワーカーです。それとは別に、社内の清掃や備品の手入れを専門に担当する30〜40代位のスタッフが何人かいました。清掃スタッフは、ライン勤務のワーカーとは世代や学歴などの背景が違うせいか、他の社員たちとはあまり交流を持たないようでした。もちろん中国語ができない日本人駐在員とも、ほぼ没交渉だったと思います。

 社員の大半は、社内で唯一の日本人女性である私の顔を見知っていたようですが、逆に私の方は大勢の若い女性ワーカーの顔を覚えるのは至難の技です。しかし朝夕の出退勤の際に必ず出会う清掃スタッフたちは、女性ワーカーより年齢層が高めで区別がつきやすいため、彼らの顔はすぐに覚えられました。私が最初に覚えた広東語の挨拶、「ゾウサン!(早晨=おはよう)」が言いたくて、いち早く顔が覚えられた彼らと挨拶を交わすようになり、のちに時々立ち話をするようにもなりました。

 中国では旧暦で新年を祝うので、春節の長期休暇には多くの社員が帰省します。対して西暦の正月休暇はわずか3日間のみ、地方出身者が帰省するには短期すぎます。しかし地元・広東省出身者ならば、東莞からはバスでせいぜい数時間程度の距離。近くて交通費が少なく済むせいもあって、広東人社員たちはお正月のような短い休暇でも、ちょくちょく帰省していたようです。

 2003年のお正月明け、初出勤日に顔を合わせた清掃スタッフの一人と新年の挨拶を交わした時のことです。彼がすっと声を落として、こんな話を耳打ちしてくれました。

 「僕の実家は広東省○○というところでね、近いからこの正月の3連休に帰省してきたんだ。そのとき故郷の親戚に聞いたんだけど、親戚の家の近くの村で、治療法がわからない変な病気が流行っているんだって。その村では死者がもう何人も出ていて、今ではその隣の村にも広がっているらしい。地元政府がこの病気の噂を他の地域に広めてはいけないと緘口令を敷いたってことは、実はそれが恐ろしい病気だからじゃないのかって、親戚たちはすごく怖がっていた。

 病気について詳しいことは僕もよくわからないんだが、でももうすぐ春節休暇があるだろう? あなたが日本へ帰国するんならいいけれど、もしこっちで旅行するつもりなら、広東省内は避けたほうがいい。特に田舎のほうには行っちゃいけないよ。あ、それとこの話は内緒だからね」

 その頃の私はまだ広東省の地理に疎く、残念ながら彼の故郷だという地名は聞き取れませんでした。長らく口コミが基本伝達手段だった中国では、都市伝説がとても多いので、私もその話をまるっと信じたわけではありません。でも、「緘口令が敷かれた」というくだりに何となく空恐ろしいものを感じたため、この彼の耳打ち話はいまもしっかり記憶に残っています。まさか彼の言う「変な病気」が、のちに世界に広まって大変なことになるとは、当時はまったく想像だにしませんでした。

 この情報を、もしおしゃべり好きで噂話大好きな若い女性ワーカーたちが知っていたら、恐らく瞬時に噂話に尾ひれがついて、社内中に広まっていただろうと思います。実際、秘密のはずの情報が社内中に広まったこともありましたし。けれどこの時、私が耳打ちされた情報が広まらなかったのは、情報源が他の社員とあまり接触をしない清掃スタッフだったからだろうと、今ではそう思っています。

 次に私がその疾病のことを耳にしたのは一ヵ月半後、春節休暇が明けた頃です。
 その時も、最初に教えてくれた人とは別人ですが、やはり清掃スタッフの口からでした。
 「ねぇ、あなたはお酢、買えた?」
と、とつぜん奇妙な質問をされたのです。
 えっ?お酢を? 何で???と問い返して、新たな情報を知りました。

 「最近、広東省で怖い病気が流行っているって噂があるの、知らないかい? 何でも、殺菌効果のあるお酢がその病気の予防に有効なんだって。室内で、平鍋に白酢(無色透明の穀物酢で、中国では多種ある食酢の中でも価格が最も安い)を加えたお湯を沸かし続けて、酢を蒸発させるんだ。そうすれば、たとえ室内の空気中に病原菌が漂っていたって、お酢の効果で死滅するんだよ。

 僕もその話を聞いて、おととい急いで街に出て商店街を回ったけれど、その時にはもう手遅れだったよ。どの店もとっくに売り切れていて、しかも最終的には値段が一瓶100元もしたらしい。白酢なんて、普段は一本2〜3元(当時のレートで約28〜45円)程度なんだよ? それが今では100元以上に跳ね上がっていて、100元札を持っていっても売ってもらえないんだってさ、まったくひどい便乗値上げだよ」

 その翌日、東莞市の中心部にあるジャスコへ買い物に行きました。
 熱帯気候という土地柄のせいか、広東人はとても宵っ張りです。それなのにこの日、いつもなら閉店間際まで大勢の家族連れやカップルでにぎわうジャスコが、閑散としていて驚きました。病気の噂が広東省内で出回りだして間もない頃だったため、みんな外出を控えたのだろうと思います。

 私は普通に食料品や日用品の買出しに行ったのですが、日本輸入品が並ぶコーナーを見ていると、そばにいた50がらみの夫婦連れが、あっ、これってお酢じゃないか?と声を上げました。見ると、旦那さんのほうがミツカンすし酢のボトルを手にしています。中国語では、酢という字は日本語と少し違うのですが(中国語では、つくりが乍ではなく昔)、ラベルの雰囲気でなんとなく酢だと分かったようです。

 その夫婦、買おうか買おうまいか、しばらく逡巡していました。
 白酢はここでも売り切れていたから、もうこれを買っちゃおうか。でも、一本40元弱(約570円)って高いわよ。いやでも、白酢だってすごい値上げされてて100元するらしいぞ、だったらこっちの方が安いじゃないか。これ、日本製って札に書いてあるけど、中国のお酢と一緒なのかしら、これも白酢と同じような効果があるかどうか、分からないじゃない? うーん、でもこの日本の酢ももう残り3本だぞ、いま買わなかったらこれだってすぐに売り切れちゃうんじゃないか?

 結局、現実的な奥さんの意見が勝ったようで、ミツカンすし酢は棚に戻されました。そんな夫婦の会話を聞くともなしに聞いていた私、お酢なんてさらさら買う気などなかったというのに、思わずその日本製すし酢、一本お買い上げてしまいました……。一本のお酢を買う買わないで、真剣に相談していた夫婦の会話、それと普段と違って閑散とした店内の異様な空気、さらにラスト3本のすし酢がひっそり棚に残っている様子に気持ちがなんとなく急かされて、つい冷静さを失ってしまったようです(笑)。

 後日、お酢の蒸気殺菌、いちおう試してみましたよ。
 お湯が沸騰して蒸気が上がりだすと、むせ返るような酢のニオイが部屋に充満して、病気の予防どころか逆に喉がやられるんじゃないかと思いました。白酢ではなく、すし酢を使ったのが敗因……というわけではないと思いますが、でも私は無理!と、試したのはその一回こっきりです。

 私はたった一回で懲りましたが、SARSが収束するまで、東莞のあちこちの家庭ではみなツーンとお酢のニオイを漂わせていました。特に強烈にお酢を焚いていたとあるお宅では、広東人のおばあちゃんが毎日大音量でカセットテープのお経を流しつつ、室内に設えた祭壇にお線香を上げるのを日課にしていました。煙がたくさん出る中国式のお線香に、ツーンとお酢のニオイが混じり、その家の周辺はすごいことになっていました。あのお宅の洗濯物、衣類もタオルもみーんなお酢とお線香のニオイを吸い込んじゃって、ご家族は大変だったろうなぁ……。

 会社経営をしている東莞人の知人に、素晴らしく目端の利くひとがいます。
 この人、お酢に新型肺炎の予防効果があるらしいという噂を聞きつけるやいなや、手にしていた仕事を一時うっちゃって、お酢の買い付けに走り回りました。社長の彼自身だけでなく、数人の部下と手分けして東莞市内を駆け回り、何ダースもの白酢の買占めに成功したそうです。

 もし、彼が単に買い占めて高く転売するような人なら軽蔑するところですが、すでに半端なく裕福な彼はそんなはした金には興味がありません。転売しなかったとすれば、彼、買い集めたお酢をどう使ったと思います?

 数人掛かりで買い集めたお酢のすべてを車に積み込むと、取引先各社の責任者に携帯で緊急アポをとりつつ、あちらへ3本こちらは1ケースと、社長の彼自らがお酢をただで配り歩きました。そう、取引先への陣中見舞いと称し、お酢をプレゼントして回ったのです。その頃にはお酢はすでに入手不可能となっていましたから、この思いがけないプレゼントはことのほか喜ばれたそうです。中国語で言うところの「雪中送炭」、日本語なら「干天の慈雨」でしょうか。

 しかも今後取引量拡大が見込める客先には、その顧客経営陣の分だけでなく、顧客が元請け先に付け届けするための分まで勘定して多めに進呈したというのですから、彼の機転にはいやはや恐れ入るばかりです。

 まだ値上がりしていないうちに買い集められたので、彼にとっては一本あたり2〜3元程度の投資でしかありません。それをお酢が市場からすっかり消え失せた頃に配り歩けば、2〜3元のお酢が生み出す価値は100元では済みません。しかも、取引先が元請けに付け届けする分まで贈るという行為は、その取引先にはお酢という品物だけでなく、中国人にとってとても大事な『面子』をも贈ったことになるのです。

 実は彼自身は、噂になったお酢の予防効果を信じていませんでした。多くの取引先の人たちだって、まるまる信じていた訳ではないでしょう。けれど実際に手に入らないとなれば、人間、念のために欲しいと思ってしまうもの。いわば、お酢はお守りのようなものなのです。

 彼は、重要取引先や経営陣でなくても、知り合いの外国人駐在員に欲しがる人がいれば、少しお譲りしていたようです。
 「たとえ君のように多少中国語が出来たとしても、やっぱり外国人は情報の速さでは地元中国人に敵うはずがないよ。きっとほとんどの外国人駐在員は、出遅れてお酢が買えなかったんじゃないかな。情報が即座に入ってこない外国暮らしでは何かと不安だろうから、知り合いの外国人には頼まれたらあげるようにしてるんだ」

 彼のような人が大量に買い占めたことによって、買えなかったと嘆いていた清掃スタッフやジャスコの夫婦連れのような人たちには気の毒ではありますが、SARSの治療薬を買い占めた訳ではないので、私は経営者の彼の話を聞いて、これが広東商人というものかと感嘆しきりでした。

 そして彼は、
 「君はお酢が効くなんて信じる人ではないだろうけど、念のために君にも一本あげるよ」
と私にも申し出てくれたのですが、恥ずかしながら自分を見失ってすでにミツカンすし酢を買っちゃった後でしたので(笑)、丁重にお断りしました。
 次号に続きます。

(筆者は中国・深セン・日本語教師)


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