『012年は選挙の年』

■ 【北から南から】

米国・マヂソン便り(9)-2012年は選挙の年-    石田奈加子

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 来年の十一月の第一火曜日にアメリカ合衆国大統領選挙があります。多分ご存
知だと思いますが、大統領の任期は4年間ですから4年ごとに選挙があります。
再選されれば二期、合計八年間務めることが出来ます(二期以上はだめ。) 選
挙までまだ一年以上もありますのにこの夏から早くも共和党の人々が次々に立候
補の名乗りを上げ、民主党の現役オバマ大統領も正式に再選を目指す手続きをし
てすっかり選挙態勢になっています。

 一昔前には選挙の年の一月位まで再選を目指す現役の大統領を除いて共和党も
民主党もはっきり立候補者の意思を示さなかったものですが、近年ではどんどん、
どんどん選挙運動が早い時期から始まるようになっています。まったくの話、大
統領選挙が決着するやいなや、もう四年先の予想が始まる。現在でも2012年を越
えて2016年の予想が――オバマ氏が12年に再選されたとしても16年には両党とも
新しい候補を立てることになるので――来年の選挙に加えて論じられる有様です。

 ニュース機関やコミュニケーションのテクノロジーが発達して即座にニュース
が世界中に伝わるようになったこともありますが、選挙の結果を一刻も早く決め
たい、知りたい、というような心理状態にだれでもが駆り立てられているような
雰囲気です。そんな状態ですから、新しく当選した大統領はもう当初から四年後
の再選で頭がいっぱいになる。ニュースメディアなどはその予想を書き立てる。

 議会に提出される政策は選挙に勝つための政策だと勘ぐられ、大統領のスピー
チは選挙演説だと評される。殊にオバマ氏は史上はじめての黒人大統領で――彼
の当選自体は彼の思想ならびに政策に賛成する、しないに関わらず画期的な出来
事でした――敗北した共和党はその途端からオバマ氏を一期だけの大統領にする
ために全力を挙げている感じ。上院の少数党リーダーのミッチ・マコーネル議員
はオバマ氏を一期だけの大統領にすると宣言してはばからない。あからさまな人
種偏見、有色人種に対する嫌悪、侮蔑を感じないわけにはいきません。

 この二年半ばかりのオバマ行政府の政策、国会議会の有様を見ていますと、共
和党も民主党も国の行政をまともに運営していくというより、次の選挙で政権を
獲得するのだけが目的のように思われます。オバマ氏は折角画期的な大統領当選
を遂げたのに右からも左からも攻撃される羽目になっています。

 アメリカ合衆国は民主主義を標榜する国ですから色んな政党が一応理論的には
合法的に作れるのです。50年代の赤狩り、Cold-warを思うと不思議なようですが
共産党もずっと合法的に存在するのです。この三十年位いの間に主力の二党がだ
んだん似たような思想、政策になり、心ある選挙民達は本当に投票したいような
人を選ぶのでなくLesser-evilを選ばされるのかNone-of-the-aboveと公言するか
に追い込まれているのが現状です。過去何回かの大統領選にどの党にも属さない
独立候補として、あるいは緑の党の候補として出馬した人々があるのですが、緑
の党から出たラルフ・ネーダーが(彼は数回立候補しています)一度2%の得票
をしたのが最高位いで少しももり上がりません。

 昨今の目も当てられないようなお粗末な国会議会の有様に少なくとも強力な第
三政党の必要が提言されるのですが普通の(?)アメリカ人には共和・民主両党
以外に政党が出来るとは考えられないもののようです。2008年の大統領選を契機
に出現したTea Partyは今のところでは独立した党ではなく共和党の過激右派で
す。けれども国会議会には何人かの独立候補がいますし、州議会以下地方議会に
は独立ならびに緑の党で選抜された議員が少しは選出されています。ウィスコン
シンの知事選には毎回農民党から出る人がいます。

 四年ごとの大統領選に加えて二年ごとの全国的選挙があります。下院議員の任
期は二年ですから毎偶数年には選挙に臨まねばなりません。上院議員は六年です
ので選挙に出馬するのは大統領選の年のこともあり中間選挙のこともあります。
ウィスコンシンでは現在上院議員を務めている民主党の議員が今期で退任する、
再選には出ないと表明しましたので来年の選挙には共和党も民主党も新しい候補
を出して戦うことになります。

 下院議員の数は人口に比例する数を選ぶことになっていますので州ごとによっ
て違いますが上院議員は一律大きな州も小さな州も二人と決まっています。ウィ
スコンシンでは昨年の中間選挙の時全国でも一番進歩的とみなされていた民主党
の上院議員が共和党の国をあげての攻撃にあって千万長者のビジネスマンに敗戦
しましたので民主党としては来年の上院議員選は大統領選に劣らず必死の戦いに
なると思われます。

 アメリカでは十年ごとに国勢調査が行われます。2010年がその年でした。その
結果の人口移動にもとずいて各州の選挙区の区画変成をせねばなりません。昨年
の中間選挙ではウィスコンシンばかりでなくいくつもの州で知事なり州議会なり
が共和党の独占になったので、その議会が決める選挙区改正は単に州の政治に関
わるだけなく大きく国政に影響することになります。

 ウィスコンシンでは上・下両院と知事が全部共和党に占められ、今年の初めか
ら公務員・教職員組合活動の事実上の停止、選挙人の投票時の政府発行の証明書
の必要等の政策が次々に成立し、前代未聞の大規模な民衆闘争にも関わらず民主
派、進歩派は大きな敗退を経験してきました。そして今州議会は選挙区改正の義
務を利用して出来るだけ速やかに共和党に有利なように選挙区の線を引いてしま
おうと急いでいて民主党や進歩派は「不正だ」といって苦戦しています。

 もっともこれはいまに始まったことではなく、特別の言葉(Gerrymander)ま
であります。選挙人に対する身分証明書提示の義務はウィスコンシン以外でも幾
つかの州で立法化されています。その必要の理論的基礎は不正投票を防ぐためと
いうことなのですが統計的には不正投票は殆ど問題にならないほど少数でしかな
いそうです。

 本当の理由は、主として民主党に投票する少数人種(黒人・メキシコ系等)、
低所得者、教育程度の低い層、老齢者を選挙権行使から除外すること、この層の
人々は概して運転免許書を持っていなくて、選挙用の身分証明書を取得するのが
難しい(お金がかかる、どうしていいか分からない)、それに一時的に他州に居
住している学生層が投票するのを難しくするのにあるようです。

 政策による選挙の操作以外に今アメリカの選挙制度で大きな問題は選挙運動に
でたらめに多額のお金がかかるということです。メディアなどでは候補者の政策、
思想、経歴などはさておき、まずどれだけ選挙運動費を集めたかを問題にします。
まるで最高額のお金を集めた人が必然的に当選するような口ぶりです。勿論お金
が集まるということはそれだけ支持があるというには違いありませんがそのお金
がどこから出ているかということは非常に重要な問題です。

 オバマ氏が2008年の選挙に臨んだときOn-line のWebsiteを使って多額の選挙
資金を集め、これは大口からのものではなくグラスルーツの一般人からの拠出で
あると宣伝したのはまだ記憶に新しいことです。そのオバマ氏がこの夏ニューヨ
ークで選挙運動費を募るために財界関係者を対象の晩餐会を開きましたが、その
会費がなんと一皿35、800ドルだったとのこと。こんなお金をあてにしなければ
選挙に臨めないというのでしたらまず普通の市民が立候補するなどということは
ありえないことになります。

 選挙運動費が年々始末に終えないほど高騰してきているのに対して国会では運
動費制限、献金額の制限、献金者を明記する等の法案が議論されるのですが、ま
ともに法律にならないし、一度なってもだんだんなし崩しに無効にされてしまう。
昨年には国の最高裁が選挙費献金について企業を個人と同等に扱う、政治献金の
権利を憲法に抵触しないと裁決したに至ってはアメリカ政治の根本、三権分立そ
のものがあいまいになってしまっている有様です。

 首都ワシントンD.C. には種々のロビー・グループ、各企業、特に金融関係、
外国の利害関係、様々の利益団体があって、多額の政治献金をします。各種の労
働組合もロビーの一つで民主党に対する大きな政治献金のもとなのですが、今年
の初めからのウィスコンシンをはじめ幾つかの州における公務員・教職員組合制
限法の通過は各州の財政建て直しには関係なく来年の選挙に向けて民主党にいく
資金を枯渇するための共和党ならびに保守派の政策といわれます。

 その上、各州の議会に提出された組合制限法法案はあるプロ企業の右翼グルー
プが作成したものを州の保守派議員がそれぞれに取り上げて立法化させたもの、
つまり右翼シンク・タンクの全国的な政策ということです。もう一つ非常に大き
な問題は市民の選挙に対する無関心、選挙の重要性に対する認識不足(か、食傷
の果ての無気力)があります。民主主義の旗印を掲げて途方もなく多額の経費と
人命を費やして「民主主義ー★選挙制度」をよその国に輸出するのに懸命な合衆
国のお膝元で投票率は恐ろしく低い。

 大統領選挙の時でもせいぜい60%ほど、普通は50%あたり、予備選挙のと
きには8%のこともある。マディソン便りで何度も持ち出したウィスコンシンの
悪名高い現知事は49%の投票率の選挙で52%を獲得して当選しているので事
実上有権者全体の26%弱に支持されていることになります。これで全州民の承
認、委任を受けているというのではどこかおかしいと思われます。

 選挙のときに大勢の同志を動員して投票にのぞむグループははっきりした政策
の要求のあるグループで低い投票率の中で多数を占めるのは当然の成り行きです。
昨秋の民主党ならびに進歩派の総倒れは利益企業や右翼億万長者などの多額のお
金が流れたことにもよりますが、市民の間での政治的無気力に大きな原因があり
ます。来年の大統領選挙に向けてはっきりした旗印を確立して出来るだけ多数の
有権者を動員する必要は進歩派の大きな課題と思われます。

 今夏の大統領と共和党議員団の間での負債上限上昇をめぐる無様な駆け引きに
あきれ、合衆国の外交政策の稚拙さに不満を覚えた人々の間では、民主党内でも
オバマ氏に対抗する大統領候補を擁立すべきではないかという声さえ出ています。
実際、消費者運動の指導者ラルフ・ネーダー(今回は自身で出馬せず)はプリン
ストン大学教授のコーネル・ウエストと共に民主党の予備選挙討論会を開催して
オバマ氏と政策を論じ合う候補を現在真剣に勧誘中です。

         (筆者は米国・ウイスコン州・マジソン在住)

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