■ 【書評】 

   1.『TPP反対の大義』 農文協ブックレット  農文協刊 定価800円
     ~ TPPは何をもたらすか ~         小塚 尚男
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 2010年12月に初版、2011年2月には6刷りをしているブックレットである。ブッ
クレットとは言え初版からわずか2月で6刷りとは驚異的である。ブックレットな
ので気軽に短時間で読める。142頁だが、その中で執筆者は政治・経済学者、哲
学者、農学者、農家、生協、漁協、自治体関係者など総数26人が執筆している。

 限られたページなので1頁しかない人もいるが、単なる反対キャンペーンでは
なく、たとえ1点でも自分の主張をしているのが、この本の価値である。宇沢弘
文を筆頭にした15人の学者、研究者の小論を読めば「TPPとは何か」その本質
と、日本の政治、経済、社会への影響を理解できる。

 「TPP反対の大義」少しく意味不明のところがあるが、本書「まえがき」にお
いて、「『大儀』とは『人の道』というほどの意味ですが、これとあわせ『国民
的大義』とは、TPP反対を農業・農家保護の問題としてではなく、商工業、消費
者も含む全ての国民の問題として論じることであり、日本社会の存立に関わる問
題として論じることを意味しています。」と説明している。

 まずTPP(Trans-Pacific Partnership環太平洋経済連携協定)であるが、FTA
(自由貿易協定)の一種であり、2006年にシンガポール、ニュージーランド、チ
リ、ブルネイの四カ国で発効させたFTAである。四ヶ国合わせて2640万人足らず
の小国が中国の台頭に抗して通商国家として活路を求めたのがTPPだったのであ
る。アメリカは2009年11月に関与を表明したことにより「小国のFTA」 から「帝
国のFTA」に豹変した。

 そのきっかけは2005年に中国が「ASEAN+3(日中韓)による共同体構想を提案
したのに対し、除外されたアメリカはAPEC(アジア太平洋地域・21カ国)規模
での自由貿易圏構想を提案しFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の研究に入っ
た。日本も07年、米中の間に挟まってASEAN+3に、さらにインド、オーストラ
リア、ニュージーランドを加え「ASEAN+6」構想を出し参加を表明している。
(以上田代洋一) 「アメリカがTPOに注目したのは、それが自由化率の高い=
『質の高い』FTAだからであった。」(服部信司)
 
  前原誠司前外務大臣は、在任中の10年10月「日本のGDPの第一次産業の割合は
1.5%です。1.5%を守るために、98.5%という大部分が犠牲になっているのでは
ないか」という乱暴な発言をしている。「食品産業全体(農漁業+食品工業+関
連流通業+飲食業)のGDPシェアは9.6%であり、また農漁業を除く食品産業の就
業者は775万人にも達する。」(小田切徳美)と明確に訂正している。
 
  農水省は同じく10年10月に、「日本がTPPに参加して関税を撤廃した場合、食
料自給率が2009年度の40%から14%にまで低下する」という試算を公表した。日
本の農業は壊滅的打撃をこうむるだろう。それに対し10年11月に設置された「食
と農林漁業の再生推進本部」は、同年3月に閣議決定した「新基本計画」が出発
点に据えられるべきだろう。

 それは「世界最大の食料純輸入国である我が国は『経済力さえあれば自由に食
料が輸入できる』という考え方から脱しきれていない。-中略―食料の安定供給
を将来にわたって確保していかなければならない」し、日本は「穀物を中心にし
ながら、自国で供給可能なものの増産を通じて食料自給率を向上させることが基
本だ。」としている。
 
  食料自給率であるが、日本の穀物自給率はOECD30カ国中の26番目であり、先進
国の枠内での著しい低位性が明らかだ。同じ穀物自給率が25%前後の韓国、オラ
ンダ、ポルトガルとは人口規模で著しい差がある。韓国は日本の25%、オランダ
は13%、ポルトガル0.8%に過ぎない。輸入量の桁が違う。人口が1億人を超え
るOECD諸国8カ国は84%以上の自給率水準を有しているに示されるように日本は
1億人以上の全ての人口大国・地域(8カ国にアメリカ、EC,メキシコが加わる)
においても自給率の特異の低位性を特徴としている。(以上 谷口信和)
 
  アメリカをはじめとする欧米先進諸国の食料自給率・輸出力の高さは、手厚い
政府支援の証である。逆に日本の食料自給率が低いのは、過保護だからではなく、
農業保護水準が低いからである。(鈴木宣弘・木下順子)。農業産出額に対す
る農業予算の割合、いわば財政の農業支援度ともいうべき率をみると(2005年
度)、アメリカ65%、ドイツ62%、フランス44%、イギリス42%に対して日本は
たった27%である。(田代洋一)

 TPPは単に日本の農業VSそれ以外の産業という構図にはならない。特に問題な
のはEUのように労働者の国境を越えた移動の自由化を重要な目的にすることであ
る。そうなれば自由貿易圏内の労賃は同じになる。中国の労働者が大量に日本に
来る。日本人の賃金は、中国人の賃金に限りなく近づくことになる。(森島賢)

そればかりではなく、金融、医療など、労働者の移動を含むサービス分野の多く
はきわめて開放が困難であるし、繊維、皮革、皮革製品、履物などの軽工業品に
も重要品目は少なくない。これまでアジアを中心に進めてきた柔軟性のあるFTA,
EPA(経済連携協定)の段階的拡張は一気に覆され、産業構造、雇用、そして国
民生活全体に劇的な変化がもたらされることは間違いない。
(鈴木宣弘・木下順子)

 巻頭論文の宇沢弘文「TPPは社会的共通資本を破壊する」を筆頭に、むらと農
家経営をを守り日本の国土、自然を守る道、すべての国民が末永く日本の国土、
地域社会で安らかに暮らしていける道、その土台となる農業の大義、地域内循環
型経済づくりの展望等それぞれの筆者が述べている。全筆者の共通するところは
TPP反対の大義である。

 本書は小冊子ながら読み応えがあると共に、TPP反対の格好の入門書ともいえ
る。しかし、「ではどうするか」はほとんど論じられていない。わずかに飯国芳
明が「モンスーン・アジアの経済圏は特異な自然・社会条件下にある。-中略-
経済発展の進展に伴って協同の可能性は広がる。」として、「日韓台の一人当た
りのGDPは1万ドルを上回り、農業保護率は50%に近い。

 今後中長期的には日韓台のグループが接近し、より高次な協同が実現する可能
性は少なくない。経済体制や歴史的経緯などからみて中国を含む北東アジアの経
済圏が経済発展に伴って無理なく協同できるとは考えられない。当面、中国との
協同は日韓台とは異なった形(例えば、食の安全性に関わる連携強化や農業構造
転換などの経験交流など)で展開すべきであろう。」と主張している。

 それに対し、服部信司は、農業問題から離れているが、「今や、中国との貿易
はアメリカを上回り、中国への日本の現地投資は他地域を抜きんでている。この
中国を除くTPPでいいのだろうか。中国をふくめた形-緩やかな経済連帯―で、
東アジア=APECと日本の発展を展望すべきだろう。」としている。今後大いに議
論しなければならない。

 その場合、関曠野の「WTOの2010年の2月の発表によると、世界貿易は09年度
に12%という第二次大戦後最大の縮小を記録した。」として、さらに「(アメリ
カの)グローバリゼーションの本質は貿易の拡大ではなくて、ドルの基軸制が可
能にした『体制の危機の輸出』である。」として、TPPは「各国は"建前は自由
化、本音は保護主義"で、トラブルが絶えないことになろう。」として挫折する
公算が大きいとみている。もうひとつ「国際エネルギー機関は2010年11月に『世
界の原油生産は2006年にピーク(増産の限界点)を越したとみられる』と発表した。

「もう世界成長はありえないのだ。」として「エネルギーと食料の自給度を高め
る政策を、国を挙げて推進する必要がある。」としている。以上二点の関の指摘
は、議論を進めるに当たっての抑えておくべき点だろう。まずは一読をお薦めす
る。
              
  (筆者は参加型システム研究所研究員、生活クラブ生協神奈川顧問)

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