【エッセー】

■【エッセー】             高沢 英子

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 前号でご紹介した日本熊森協会から、会員証と共にくまもり通信が送られてき
た。通算59号、18ページほどの小冊子ながら、豊富な写真と、活発な活動報
告で、全国に活動の領域が続々と広がっている状況が生き生きと伝わってくる。
会員数はいま22500名に達しているという。日本全体の人口から考えると、
まだ微々たる数ではあるが、それらの一人一人が光となって広げるであろう輪を
考えると、これからの先行きが楽しみである。

 しかし、現実に山形県一県だけで、この八年間に月の輪クマの捕殺数1800
頭、などという報告を読むと心がしんとしてしまう。
  確かに山中で熊に出くわした恐怖は、なまなかのものではないことは、多くの
体験談でも語られている。私の娘の夫は若い頃から一人で山歩きをするのが好き
だった。あるとき大台ケ原の山中を歩いていると、突然耳元でブルンブルンとバ
イクのエンジンをかける音が響き渡った。こんな山中で?と不審に思って振り返
ると、熊が立ってじっと見詰めていた、という。目を逸らせては危険だ!と直感
した彼は熊の目を見詰めたままじりじりと後ずさりして、その場を逃れて事なき
を得た。のちになって、誰も信じてくれないが、と前置きして娘に話したという

 私はもともと熊の生態について詳しいことはなにも知らなかったが、今度のこ
とがきっかけで、少しばかり調べてみた。熊はあの巨体で、人間世界に最も身近
に生息している動物であることから、外国でもどこか神秘なヴエールに包まれて
考えられていることが多いという。反面童話や民話にしばしば登場する動物でも
ある。

 くまのプーさんは蜂蜜が大好物である。北欧あたりでは、くまのことを「蜂蜜
食い」とも呼んでいるというから、多分好物なのだろう。一説に依れば、蜜ばか
りでなく巣を襲って幼虫も食べるというから、蜂にとってくまは天敵らしい。と
もあれ、生来おとなしく、草や木の実のほかは昆虫を食べる程度で人畜を襲うこ
とはめったにない<森の人>なのだという。
 
  久しぶりに三重県から上京した姪に会う機会があり、熊森協会のことを話して
みると、三重県はいま、野生動物が里に出て被害を与えているケースが日本で最
も多いのだ、という。伊賀から伊勢にかけて、峠道に鹿が出没するのは日常茶飯
事で、猿にいたっては、しょっちゅうその辺をうろついている、というかつてな
い事態が生じているらしい。彼女のつれあいは、もともと県庁の農事関連の役人
で、現在は県の農協連合会の理事も務めているので、かねがね、野生動物の生態
変化は大きな問題と話しているという。津市の住宅地のすぐそばの田圃や畠では
最近シカ除けに高い鉄の柵を張り巡らせている農家も増えているそうである。そ
して伊賀の彼女の実家の周辺は、もともと古くからの山林地主が多く、やはり山
の荒廃と人手不足には、村人も少なからず悩んでいるという。「それにしても猿
や狸が家の軒先に来る、というようなことは昔はなかったねえ」と話したことで
あった。

 1999年、環境庁が国会に提出した法案「鳥獣ノ保護及ビ狩猟二関スル法律
」によって、こうした野生鳥獣はいわゆるワイルドライフマネジメント(野生生
物管理)という名目のもとに、科学的?計画的に行政が保護管理をすることが定
められ、結果はひと(役所)が決めた頭数調整によって野生動物の大量殺戮が正
当化され、実行されるに至っている。「野生動物の生存頭数調整」。とはいかに
苦肉の策とはいえ、短絡的で自分勝手すぎる施策ではないだろうか。人間に野生
動物の生存数をきめる権利など本来あるわけがないのに、あまりにも傲慢で、あ
る意味で無智、無策としかいいようがない。
  兵庫県では今年シカの殺害数を二万頭ときめているという。

 熊に始まった問題は熊にとどまらず、野生動物全般の人との共生問題として真
剣に根本的に考え直さねばならない問題だと思う。
  自然環境破壊、農山村の荒廃、仕事がなく、経済効率を求めて都会に流出して
ゆかざるを得ない若者たち、地域人口の高齢化と激減が叫ばれて久しいが、一向
に歯止めのかからない歯がゆさを感じながらも、あちらこちらで現実を変えよう
と立ち上がっているひとびとのニュースも聞かれるようになった。日本熊森協会
の働きもその一つである。暗い現実に目を向けるときりがないくらいだが、ここ
ろある人々が実際に立ち上がって、何らかの成果を上げ、希望の光がかすかでも
見えるのは嬉しい。オルタに毎号寄稿されている行方市の浜田氏のレポートも、
同じ路線での奮闘の記録であると思う。

 たまたま最近<お一人さまの老後>という本が、75万部突破という新聞広告
を見た。中身は読んでいないのでなんともいえないが、まやかしと見せ掛けと矛
盾だらけの介護保険を擁護する御用学者の本が、これほど世間の注目を集めると
いうことに驚いている。読者層の大半は、多分まだ惚けていない老人予備軍だと
思うけれども、高齢化の進む日本で,個々の人たちにとって、老後というものが
いかに切実な問題であるかがこれでも分かる。

 しかし、それならば、せめて自分の老後について心配するついでにでもいいか
ら、いずれ、子孫に託してゆく国土の荒廃に目を向け、少しでもそれを食い止め
、豊かさを取戻すことにも関心を抱いてほしいと願ってやまない。まず最初に関
心をもつ、ということが全てのはじまりなのだから。

      (筆者はエッセイスト・大田区在住)

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