【オルタ100号を歩んで】

■【オルタ100号を歩んで】             加藤 宣幸

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  メールマガジン「オルタ」は今月号で創刊100号を迎えた。創刊から8年余
の歳月は長くも短くも感じる。十分な準備もないまま数人の友人に執筆を依頼
し、配信先のメールアドレスも手もとにある何十枚かの名刺を頼りに始めたのが
今となっては懐かしい。

 当時、旧友の久保田忠夫君が編集していた紙媒体の同人誌『余白』が、表紙に
朝倉摂さん、巻頭文を鶴見俊輔氏から頂くなどして、まさにスタートしようとし
たとき、肝心の久保田君がそのゲラを手にしたまま急逝するというアクシデント
に見舞われた。そして『余白』が掲げた『戦争・国家・人間』というテーマを引
き継ぎつつも、まったく新しく平和のためのオルタナテーブな発想を目指す web
メデイアとして、メールマガジン「オルタ」が創られた。

 「オルタ」創刊号には『一人一人が声をあげて平和を創ろう』・『手づくりの
市民メデイア』と新メデイアのミッションが高々とうたわれ、ブッシュがイラク
戦争を開始した2003年3月20日を忘れないため、創刊日を2004年3月
20日と定めた。以来100号まで毎月20日の発信はかたくなに守られている。

 3.11の東日本大震災がおきるまでは、全世界のメデイアが3月をイラク戦
争の開戦月として繰り返し検証・報道してきた。私たちが3.11の悲しみを抱
きつづけ復興を誓うのは当然だが、3.20の不条理な開戦日についても決して
風化させてはならない。それは死傷した多くの市民や兵士を悼むだけでなく、愚
かな戦争を再び繰り返さない為である。「オルタ」はささやかな市民メデイアだ
が毎月20日に発信することで一人一人の市民が戦争反対の意思を明確に表明し
続けて行きたい。

 数人で始まった「オルタ」の執筆陣は韓国・中国・アメリカ・フランス・イギ
リス・タイ・台湾など海外の人々を含め、大学教授・名誉教授・研究者・ジャー
ナリスト・有力な国会議員など180人を超えている。無料配信数が1万数千と
いう数は、無差別な層を対象とする商業用 web メデイアと比べれば大した数で
はないが、一貫した主張を限定した人々に送信するメデイアとしては、バックナ
ンバーがHPで広く開かれていることも合わせて、一応評価されるものと自讃し
ている。

 しかし「オルタ」の特色は配信数の多寡ではなく、100号・8年余という歳
月の流れのなかで、「オルタ」が軸となり、読者と執筆者そして執筆者相互に信
頼が醸成され、非組織的ではあるがある種のコミニテーがつくられてきたことだ
と思う。それは規約で縛ったりメンバーを排除したりしたのではなく、「オル
タ」の積み重ねた歩みそのものが執筆者を増やし、独自の基調を醸し出したものだ。

 アフガン・イラク戦争の不条理に反対するのが創刊の契機のひとつだったが、
9年に及ぶイラク戦争は市民にもおびただしい犠牲者を出しながら、アメリカ軍
は実質的に敗北し、間もなくアフガンからも撤退が予定されている。実在しない
大量破壊兵器を理由に開戦を強行したブッシュ大統領、これを積極的に支持した
日本の小泉首相もすでに去った。世界には、この戦争は一体なんだったのかと考
えない者はいない。そして今もアラブ・中東の緊張は続き、北朝鮮3代世襲政権
の動向も定かではない。

 国内に目を転じれば、政権交代こそあったものの普天間・3・11・TPP・消費税
とまさに自民党時代と変わらない政治がつづき国民は鬱々としている。原子力安
全神話の崩壊に見るようにこの国の政・官・学・報・指導層の劣化は目を覆うば
かりだ。いくつかの要因があるにせよ、多額の原発マネー流入が彼等を歪め、退
廃させた主因の一つであるのは明らかである。

 この国をどこから変えるのか。内外情勢をより深く分析し社会の不正を監視し
世論を形成するマスメデイアの役割は大きい。「オルタ」はまったく、ささやか
な市民による手つくりのミニメデイアではあるが、常にマスメデイアとは違うオ
ルタナテーブな視点をお届けし、日本を変える役割の一翼を担いたいと思う。

 そのためにはメデイアとしてより読み易くする工夫を一段と重ね、内容も一層
の充実を図って、配信網の整備などにも取り組み、編集体制も個人的なものから
編集委員制などを取るようにしたい。さらに少しでも多くの人々に私たちの声を
届けるために web メデイアの特性を生かし、「オルタ」と連動する映像メデイ
ア『オルタ2チヤンネル』(仮称)の創設なども考えてメデイアミックスとして
のステップアップも目指したいと思う。

 100号の歩みを振り返ると、編集を担った私の不注意で幾たびか間違い送信
や校正ミスを犯し、関係者にご迷惑をかけたことが反省される。ただ、何号つづ
くのかと思われながらも皆様のお力添えで100号まで続けられたのは、私個人
としては率直に言って嬉しい。毎月締切りに追われる8年余の歳月は確かに忙し
かったが、今となっては苦しかったことより楽しいことだけが思い出される。

 編集者として嬉しいのは何と言っても、思わぬ人から読んでいるよと声を掛け
られたり、あの記事は良かったなど読者から反応を頂いた時だが、国内ばかりか
外国からも購読の申し込みがあったり、企画した原稿が充実し、しかもタイムリ
ーであった時なども内心から喜びが込み上げてくる。

 「オルタ」に載った久保孝雄氏の論文が篠原令氏の尽力で中国の高級雑誌『領
導者』に2回も全訳掲載されたり、「オルタ」執筆者である河上民雄・西村徹・
岡田一郎氏などが執筆した単行本『海峡の両側から考える』が、高沢英子さんの
関係で韓国語版が出版されたりして、メデイアとして評価されたのも嬉しかった。

しかし、なによりも「オルタ」を軸にして編集部や執筆者相互そして一部の読者
とも濃い人間関係が築かれたのが大きな成果である。

 執筆者をめぐる楽しいエピソートはいくつもあるが、アメリカから毎月寄稿さ
れる武田尚子さんは、夫君が中国で事業をされており、夫君と同行されて深セン
に行かれたときに、私たちは「オルタ」の寄稿者佐藤美和子さんと現地でお会い
できるようにお世話し、帰途の東京では執筆者有志と会食会を持ったり、その武
田さんのご子息がジャズでグラミー賞を受賞された朗報を東京の仲間で喜びを分
けあったりしたのは忘れ難い。

 「オルタ」が100号を迎えられたのは、なんといっても、お忙しい中をご寄
稿いただいた執筆者の方々をはじめホームページの更新・編集・送信・印刷・発
送などすべてをボランタリーでやって下さった多くの方々のおかげである。

 創刊のころから、長くお力添えいただいている方々のお名前を一人一人挙げて
感謝することはできないが、強いてあげれば80才を越えられている河上民雄・
久保孝雄・竹中一雄・力石定一・西村徹氏など諸先生のご支援、とくに大阪の西
村先生には、創刊直後から今でも毎月御寄稿戴く外に、時にお会いし、励ましを
受け続けてきた。

 勿論、長老の方々だけでなく荒木重雄・石郷岡建・榎彰・岡田一郎・北岡和
雄・篠原令・高沢英子・武田尚子・富田昌宏・佐藤美和子・羽原清雅・濱田幸
生・初岡昌一郎・船橋成幸・山口希望・前島厳・望月喜市・横田克己氏など錚々
たるレギュラー執筆者からお力を戴き続けた賜物であり改めて御礼申し上げ、今
後とも一層のご支援をお願いしたい。

 また、執筆者のほかにも毎月忙しいなかをボランタリーでホームページにアッ
プして下さる西風陽子さん、増野潔さん、土居厚子さん、印刷・発送をしていた
だく山崎正樹さん。一万数千のアドレスを管理してくれる加藤公男、長年、文章
整理・レイアウトなど発信できるようにしてくれた加藤真希子など家族の協力に
も感謝したい。

 そして、尊敬する老ジヤーナリストむのたけじ氏の
『戦争が始まってしまってはダメなのだ。ジヤーナリズムは戦争を始めさせない
仕組みを作らなければならない』『希望は絶望のどまん中に』
を自戒の言葉として今後とも精進することをお誓いしたい。

           (筆者はメールマガジン「オルタ」代表)

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