【映画批評】82

■【映画批評】                川西 玲子

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  フランスのジャン=ピエール・ジュネ監督は、「アメリ」の世界的成功によっ
て、おしゃれで可愛い映画をつくる人だと認知されたようだ。だが本来は、独特
のブラックユーモアと風刺を特徴とする、ダークファンタジーを描く作家であ
る。1991年に、核戦争後のパリで人肉を売る肉屋を描いた「デリカテッセン」を
ヒットさせ、その名を知られるようになった。
 
  2004年に「ロング・エンゲージエント」が公開された時、「アメリ」のイメー
ジを維持したい配給会社はこれを愛の物語として宣伝したし、そのつもりで観に
いった若い女性が多かった。だが「ロング・エンゲージメント」は、愛の物語で
あると同時に、対テロ戦争が深い陰を落とした映画だったのである。私はこの映
画を観て、ヨーロッパの文化人がアメリカが発動した対テロ戦争に、強い衝撃を
受けていることを感じた。
 
  そのジャン・ジュネの新作が「ミックマック」である。主人公は父親を地雷除
去作業で失い、自分も流れ弾に当たって仕事を失いホームレスになった男性だ。
そんな彼が仲間たちと、知恵を絞り廃材を使って軍需産業をとっちめる話だとい
う。それをジャン・ジュネが独特のブッラクユーモアで描くというのだから、期
待も膨らむというものだ。
 
  観てみたら期待以上の面白さだった。ただ面白いだけではない。切なくて何だ
か泣けるのである。これは弱き者たち、持たざる者たちのレジスタンスである。
廃材を集め、その中で身を寄せ合って暮らしている彼らは、それぞれに過去を背
負って生きている。そんな彼らを「連帯」させるという視点は、癒しで終わりが
ちな日本映画が持ち得ない思想である。
 
  アフリカ系が多く登場して、ヨーロッパの多民族化を実感させる。フランスと
イスラム世界との歴史的関係を示唆するエピソードが描かれ、自爆テロの背景を
伺わせる終わり方が見事だ。弱き者たちが、非暴力を貫いて知恵で勝負する様子
も素晴らしい。これは夢物語かもしれないが、こういう物語を紡ぎ出せる知性に
喝采を送りたい。いかにもジャン・ジュネの新作を楽しみにしていたという感じ
の、センスの良さそうな人たちが観に来ていた。
 
  今の時代、非戦運動は文化によるこのような側面的支援を受けないと難しい。
直接的な政治行動を忌避する日本社会では、特にそうだ。伝えるということがと
ても難しくなっているのである。恐らくどんな社会運動や市民運動も、世代の断
絶に悩んでいることだろう。運動における高齢化をどう乗り越えていくか。表現
方法にこだわる必要がある。センスが問われているのだ。
 
  私は昨年、沖縄の戦後史をテーマにした上映イベントを企画した時、ちょうど
いい映像作品がないのに驚いた。今の若者が観てわかる素材がないのである。一
方安室奈美恵の登場以後、沖縄のイメージが変わったこともあって、沖縄で撮影
された映画も数本ある。
 
  だがそこに描かれているのは、癒しの島としての沖縄だ。沖縄の現実とあまり
にもかけ離れている。一方、沖縄自体がそれを前面に出して観光客を誘致してい
ることも事実だから、全く難しい。観光は唯一の産業でもある。
 
  沖縄が背負ってきた歴史を踏まえつつ、その延長線上に存在している日常を描
き出した映画はないかと、私はいつも探している。だから映画館で「ニライの
丘」の予告篇を観た時、ピンと来るものがあったのである。私を惹きつけたはこ
ういうキャッチコピーだ。「楽園ではない沖縄の中学生のリアル」。
 
  調べてみると沖縄国際映画祭のpeace部門に出品された作品で、北谷村と吉本
興行が製作したという。吉本興行が関わっているということに引っかかったが、
取り敢えず観にいってみることにした。
 
  感想はまぁまぁ。父親が自分にだけ厳しく、空手を習わせてくれないことに不
満を持っていた中学生が、実の親子ではないことを知って感情を爆発させる。そ
れをきっかけに、少しずつ父の生きてきた時代背景がぼんやりと浮かび上がって
くるのだ。
 
  いつも三線を弾いているガールフレンドの祖父が、実はかつて基地で働いてい
て、ベトナム戦争中は銃の修理をしていたこと。実の父は米兵と喧嘩をして怪我
をし、アメリカに渡って空手を教えていたこと。そこで結婚して戻ってきて、ハ
ーフの息子と近くで暮らしていること。育ての父の親友は暴力団になっていて、
そこに本土の大学を出て沖縄に戻ってきた若者が入っていること。
 
  それら全てに、まるで空気のように見えないアメリカがのしかかっているので
ある。だがこの映画は、それらをぼんやりと暗示するだけだ。大学を出た若者
が、どうして沖縄に戻って暴力団に入っているのか。実の父はどうして米兵と喧
嘩になったのか。だがそういう政治的な背景は語られない。この物語はあくまで
中学生の現実を描いているからだ。
 
  60年以上米軍基地と隣り合わせで暮らす中で、アメリカ文化は日常に深く浸透
している。本土にはないハンバーガーショップ、空手道場に通ってくる米兵の子
ども、自然に出てくる英語。沖縄の日常がさりげなく描かれている。これが「楽
園ではない沖縄の中学生のリアル」である。
 
  これを物足りないと見るか今風と見るか、意見が分かれるところだろう。だが
もはや、沖縄と言えば安室奈美恵などのタレントと、癒しの島というイメージし
か涌かない若者たちに、政治的な言葉が届かないというのも事実なのである。こ
の現実を拒否していると、市民運動は高齢化によって消滅するかもしれない。私
はそれに強い危機感を感じているので、絶えず新しいアプローチを模索してい
る。だが答は出ない。
 
  両作品とも、このメルマガが出る頃にもかろうじて上映しているはず。ネット
で調べて、ぜひ足を運んでみてほしい。

 ところで、23日から六本木で東京国際映画祭が開幕する。特に「アジアの風」
部門に出品される新作を、私は毎年楽しみにしている。その中から今回、特にお
薦めしたい作品を紹介しよう。
 
  まず中国映画「重慶ブルース」。離れて暮らしていた息子が警察官に射殺され
たことを知った父親が、真相究明のために重慶を訪れる。かつて暮らしていた重
慶は、工業都市として発展していた。
 
  「北京の自転車」で、ベルリン国際映画祭審査員特別賞を受賞した王小師監督
の新作。父親を演じるのは、中国ニューウェーブの到来を世界に告げた名作「黄
色い大地」で、八路軍兵士を演じた名優、王学圻。この俳優の顔を見ているだけ
で、この四半世紀における中国の激変ぶりがわかる。28日と31日に上映。
 
  次に「ブッダマウンテン」。高校を卒業したものの、親に反抗して大学受験を
拒否した三人の若者が、共同生活を始める。やがて間借りした家の大家の過去を
知ることになり、三人は人生に対して前向きの気持ちを取り戻していくのだっ
た。90后と呼ばれる、90年代生まれの若者たちを描いた注目作である。24日に上映。
 
  次に韓国映画、「黒く濁る村」。人気コミックの映画化である。20年間音信不
通だった父が死んだという知らせを受けて、ヘグクは山奥の村を訪れる。無事に
葬儀を済ませたものの、村人の様子がおかしい。不審に思ったヘグクは父の死因
を調べはじめた。やがて、知らなかった父の素顔や村長の正体、30年前に起きた
集団殺人事件が明るみ出る。
 
  ヘグクを演じるのは若手演技派のパク・へイル。韓国で歴史的ヒットを記録し
た「グエウル 漢江の怪物」では、民主化運動上がりで職に就けず、酒浸りにな
っている男を演じていた。韓国映画の実力がわかる一作である。29日に上映。
 
  次にトルコ映画「ラン・フォー・マネー」。小さな店を出している男が、ひょ
んなことから大金を手にする。この大事件は彼の平凡だった生活を変え、周囲に
悲劇をもたらしてしまうのだ。中東で最も西欧に近く、日本と同じような立場に
あるトルコ映画をこの機会に是非観ていただきたい。27日に上映。
 
  最後に、ほとんど観る機会のないウズベキスタン映画「追憶」。田舎で平凡な
がら幸せな生活を送っている男が、ある日雷に打たれてしまう。その日から、男
の内面が少しずる狂いはじめるのだ。正気を保つために、男は世界の意味を探ろ
うとする・・・。24日と28日に上映。
 
  東京国際映画祭は今年で23回目。バブル期に始まったが、最近はスポンサー探
しが大変で、運営資金は往時の十分の一ほどに減っているという。優良なアジア
映画を世に出してきた実績があるだけに、頑張って欲しいものだ。

             (筆者はメデイア批評家)

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