【編集後記】88

【編集後記】 

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◎地震・津波・原発の大震災発生から1か月余がたっても、激しい余震はつづき
原発事故の終息も見えない。評価レヴェルが5から7に悪化し、当該地域の農
・漁業者は生業を奪われ、周辺の農漁村も風評被害に泣くという惨憺たる状況に
ある。
 
  オルタとしては先号に引き続き、震源海域鹿島灘に近い茨城県行方市で農
業を営むオルタ同人濱田氏からの現地報告『苦しい時には笑うんだー大震災と放
射能の村からの便りー』と濱田氏を激励する武田尚子・吉田健正両氏からのメッ
セージ及び『「原発のあと」を考える』船橋成幸、『大震災から学ぶこと』横田
克己、『「福島原発暴発阻止行動プログラム」結成へ』(転載)など主として原
発事故を契機とした提言や、在日中国人段躍中氏の『日本社会と手を携えてこの
自然災害に打ち勝とう!~中国民間と在日中国人による日本大震災応援~』とい
う救援活動報告を【東日本大震災】として特集した。

◎4月10日付け朝日新聞は、東日本大震災発生を機に中国における尖閣問題・ロ
シアの北方4島・韓国の支援キャンペーン盛り上がりなどで近隣諸国の国民感情
や外交方針に対日改善の機運が少し出てきたと報じたが、この折角の機運もすぐ
に福島第一原発のあいまいな情報の出し方、はては汚染水の海洋放出事前無通告
などから、一転して疑心や、反発を生んでいるという。

 ことに汚染水放出について、隣国への事前説明を欠いたことについて、日本外
務省は海洋汚染についてのロンドン条約は船や飛行機からの海洋投棄を禁じてい
るので陸上からの放出は該当しないから違法ではないという詭弁を弄し、まこと
に品位を欠いている。もっと隣国や全世界に対し誠実に向き合うべきである。

◎世界からの好意は救援隊員数の多寡では測れないが「トモダチ作戦」として沖
縄の海兵隊まで繰り出し「同盟」を誇示した米国は別格としても、ロシアが160
人、韓国が107人といち早く派遣したのに中国から15人というのに奇異を感じた
人もいよう。これについて朝日新聞GLOBE版は「中国側は当初ヘリコプター搭載
可能な病院船の派遣や救援隊80~100人の派遣を打診してきたが、日本側が調整
する毎に削って最後は中国側を押し切って15人に決めたという。

 その理由は受け入れ国の順位が米国は「ランク1」で中国は「ランク4」と受
け入れ優先度が低く、さらに米軍が管理する三沢基地に中国隊を入れさせない為
だった」と報じている。これらが事実なら、わが外務省とは呆れた役所である。
これでは諸外国から戦後一貫して米国のご機嫌をとる以外に「外交」など全くな
い日本外務省と言われても仕方があるまい。

◎日本が天災・人災に見舞われている間にも、世界の潮流は大きく動いている。
世界のどこを見ても、アメリカ一国ではコントロールできなくなっている現実が
ある。日本外務省はアメリカが未来永劫世界の支配者として君臨し続けると思い
こんでいるようだが、それでは日本外交の選択肢を無くす。もっと世界の大局を
見よ。と日本外務省の視野狭窄を厳しく指弾する石郷岡建日大教授に「北方領
土」をめぐってぎくしゃくする隣国ロシアの最近の動向を伺った。

◎今月は毎号筆者の生活体験を通していきいきと中国社会の断面をレポートして
頂いている佐藤美和子さんから放射能騒ぎに怯える中国の人々の様子が伝えられ
た。なお、今号からは『上海便り』が石井行人氏によって連載され、これで中国
から2本・米国から2本の現地便りが始まることになった。
 
  なお、高沢英子さんのエッセー『私だけの部屋』、増野潔さんの書評『アメリ
カとともに沈みゆく自由世界』、「NPO地の塩食菜くらぶ」杉本美樹枝さんの濱
田さんへのメッセージなどは折角ご寄稿いただきながら、震災特集で全体の紙数
が多くなり、次号に回せざるを得なくなりました。著者・読者にご迷惑をおかけ
したことをお詫びします。

◎大震災(3・11)の以前と以後に日本はどう変わるのかが問われている。オルタ
にも編集力強化策として、毎月オルタのHPに素晴らしい写真を寄せられる増野潔
さんから執筆者・読者との双方向性コミニケーションのためにフエイスブックへ
参加せよとの提案があった。十分に検討すべきだと思う。

◎オルタはPCをやらない人々に毎号数十部を印刷・郵送しているが、87号からこ
の作業をボランタリーで矢野凱也・山崎正樹両氏にお引き受け戴くことになっ
た。長年、これを担って下さった加藤真希子氏のご支援に改めて感謝したい。

◎4月6日、学士会館で執筆者の羽原清雅・飯田洋・荒木重雄氏と懇談したが、席
上、羽原氏の新刊上梓祝いを兼ね、かねてから同氏が提唱されている『全国社会
運動資料センター』(仮称)設立の動きを始める会を開こうと盛り上がった。

                   (加藤 宣幸 記)

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