■いき詰まった小泉政権       大田 博夫

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 「小泉政権が行き詰まった」というのは最早当たり前になった。その象徴とすべきことは、小泉政権の重要課題である郵政民営化法案が衆院で可決したものの、その差はわずか5票で、自民党内の造反が目立った。参院でも難航し、与党からも反対が出そうだ。

 しかし、実際には小泉内閣は5年目を迎え、5番目に長い政権である。もし来年の任期切れまで続けば、吉田、佐藤政権を超えることはないものの池田、中曽根内閣を抜いて歴代3位の長期政権になる。好き嫌いは別にして、小泉総理に対する評価は、ある程度一生懸命やったのではないかと受け取る半面、政策的には閉塞状態にあると見るのが現段階ではないか。

 これまでの自民党は派閥中心、派閥均衡の上に運営されていたが、その派閥は今やまったく有名無実だ。党内派閥は資金の不足と効用を失ったため、往年のような影響力を無くしている。たまたま最近、日本歯科医師会が1億円を橋本派に手渡した容疑で大騒ぎしているが、1億円が目立っほどになったことは、裏返せば、派閥の力とカネがなくなったという証拠でもある。

 従来の派閥なら内輪の序列順に、大臣になれる順番も決まっていた。しかし、小泉内閣になってからは、派閥序列による推薦者は絶対受け入れない、総理に忠誠を誓う好ましい人物だけを採る。つまり、派閥無視、年功序列の人事慣行を打ち破った。派閥についていても大臣になれないし、有利さもないとなれば、派閥政治は機能しない。実質上派閥は解消した。これが小泉政権の大きな特色だ。

 最近の世論調査で小泉政権の評価を見ると、発足時には80%の圧倒的な支持率があり、その後も50%台が長く続いていたが、現在は朝日新聞の調査(6月)で支持が43%、不支持が39%、日経調査(7月10日)では43%が支持、43%が不支持という状態、一方各党の支持率はといえば、依然として自民党が30%を占め、民主党は13%だ(朝日6月調査)。日経調査(7月10日)で自民38%、民主24%だ、次の政権を狙う民主でさえ、自民の半分程度。公明党3%、共産党2%、社民党2%にいたっては、それぞれの野党の力不足を顕著に示す。

 こうした中、小泉政権で、いま、最もトゲになっている問題は靖国参拝と郵政民営化の二つである。太平洋戦争中、私自身チモール島に出兵経験があり、靖国に祀られている戦友もいる。しかし、総理大臣の靖国公式参拝はいろいろな問題をはらむのではないかと思っている。特にA級戦犯の合祀をめぐる問題について、自民党のタカ派で「極東裁判」の正当性を否定する向きがあるが、中国・韓国・東南アジア諸国に迷惑をかけた事実は事実として真正面から受け止め、謝罪しなくてはならないだろう。朝日の調査でも、周辺国との歴史問題は「まだ決着していない」と言う人が60%に上っている。

 小泉総理は先に中・韓の代表と会った際、謝罪とお詫びの「村山談話」を引用したものの靖国参拝への姿勢を依然変えず、意固地になっている。だが、彼が「大政治家」であるならば、そういうことに拘る必要は無い。むしろ中国と仲良くし、韓国とも友好を結ぶというのが重要ではないのか。靖国参拝に拘れば対アジア外交は台無しになる。世論調査(朝日6月)でも、靖国参拝を「続けたほうがよい」とする意見が36%ある半面、「やめた方がよい」が52%に上る。世論を率直に受け止めずに意地を張ることは、かえって大宰相としての小泉氏のアキレス腱になるだろう。

 それを懸念してか、河野衆院議長が「靖国参拝はやめた方がよい」と忠告し、古賀遺族会長も同じ趣旨の発言をしている。自民党内ではタカ派の連中が多く、靖国問題は譲るべきではないという意向が強いけれど、総理・総裁としての大きな行政・政治の上からは、個人的信条はあるにせよ、靖国参拝に固執する態度はいただけない。そこで、代案として、外国に見られるような「無名戦士の墓」を造るべしとの提案がでている。

無名戦士の墓には出身地の分からない戦死者を祀っている所もあるが、かって棚上げされた福田官房長時代の国立戦没者慰霊碑構想のような、正式な外国の元首が来訪しても堂々とお祈りできる無宗教の追悼施設が必要ではないかという主張である。もっとも、ようやく政府もこうした研究に参加する気配を見せてきてはいる。

 一方、小泉政権の懸案の一つである日本の国連安保理・常任理事国への参加問題。日本はドイツ・インド・ブラジルとともに鋭意工作中だが、この安保理拡大4カ国案に対しては、歴史認識に絡んで反日感情の強い東南アジア諸国や中国・韓国などが反対。米国も日本プラス1だけを認める対抗案を表明しているため、政府の願望は暗礁に乗り上げた形である。

 憲法改正問題については、衆参両院ならびに各党の改正案がほぼ出揃った。だが改正には国会の三分の二の多数決が必要な上、国民投票を行わなければならないこと等の制約があって簡単には手続が進まないし、法案が通らない可能性がある。革新政党は9条擁護を中心スローガンに掲げるし、自民党あたりは9条を改定して集団的自衛権を確立しようと意気込む。つまり、焦点は憲法第9条をどう取り扱うかだ。改正の焦点は浮かび上がっていながらも、多くの難題を前に、歩みはややスローダウンしたのではないか。

 目下、自民党が抱える一番の問題は郵政民営化だ。郵政民営化は小泉総理のキャッチフレーズ的な思いつきと独りよがりの面があり、実際に民営化すれば国民にプラスになるのかと言う疑問や、かえって不便じゃないかとの批判が多い。特に田舎の郵便局は「隣組の世話役」と言っていいほど密着しているゆえ、民営化すれば、むしろ官僚化する恐れもある。党内にも綿貫前衆院議長を中心とする反対派が非常に強く、衆院では僅か5票の差で通過したが、参院での可決は予断を許さない。

否決されれば小泉内閣にたいする不信任であるから、解散する、反対論者は公認しないぞと脅かしながら必死になって賛成に誘導する作戦をとっているが内閣支持率の急速な低下など世論の風向きの変化は反対派を勢いづかせているから小泉総理の思惑どうりには進みそうもない。

 小泉氏の経済政策について採点(5点満点)すれば、不良債権処理はたまたま巧くいったので4点、民営化と規制改革は3点、だが、財政改革は2点、依然、公共事業を削減して歳出を抑えているにもかかわらず、財政の赤字基調がなかなか解消していないからだ。年金、医療などの社会保障も2点、消費税を上げて財源に充てる以外に無いと思うが、小泉総理は任期中は引き上げないと断言し、なお、こだわり続けているので、政府は財政のやりくりにお手上げ状態だ。社会保障の財源確保には妙案がないから、ある程度は消費税を上げざるを得ない段階にきているのではないかと思う。

 とはいえ、個人所得税に対しても各種控除の廃止・削減して増税に向かう可能性が強まっている。受ける年金が減り、税金が高くなる事態が起きつつある。これも小泉政権の大きなハードルではなかろうか。

 次の総選挙で政権を獲得したい民主党は、3-4割が松下政経塾出身と米国留学経験者や若手官僚からの転身者などで占め、若い党員層に左右されている。もちろん、岡田党首、小沢一郎、菅直人氏らもいるけれど、彼らはもう「過去の人」。やがて民主党は若手が担う政党になるだろう。組織も政策もまだまだ未熟だが、新しい候補者を見つけて充実を図っている。次期政権を取れるかどうかは疑問ながら、前回の参院選では比例区の獲得票数が自民党を上まった実績から、無党派層には民主党に期待する向きがある。

 7月2日に行われた東京都議選では、自民党が後退して50議席を割り、民主党は伸びて第2党となり、無党派層をシフトした。小泉総理は来年の任期切れと同時に辞めると明言している。では誰が後継者として有力かと言えば、永田町的な考えだが、今のところ、安部普三氏である。祖父岸信介、父晋太郎の血統に加え、前回総選挙における党幹事長としての指揮がうけているわけだ。彼は拉致問題を強硬に主張する右よりの政策論者で、「靖国へは必ず参る」というタカ派的な性格が強い。もし、任期中に小泉氏が病気で倒れるようなら、暫定的には福田元官房長官が有力視される。福田氏は手堅いし、官房長官時代には田中真紀子外相を操ったように裏工作も若干できるが、表面上は派手な大宰相としての風格にかける。だから本格的な総理・総裁の座に着くことは無いと見ている。そのほか中二階組の与謝野、平沼、古賀、高村、亀井氏らの名が上っているけれど、いずれも「決め手」がない。詰まるところ、安部普三しかいないというのが現在模様である。

《 以下 Q&A 》

Q 小泉氏が躓くとすればどんな形か。A 来年の任期満了まで続くと思うが、郵政民営化が通らず、解散となったら党はガタガタする。これが一番の要素。それにイラクの自衛隊が戦闘に巻き込まれた場合だ。

Q 今の自民党に本当に気骨がある政治家はいるのか。A 「これぞ総理の器」と言う人はいない。ただ、平沼、高村氏らの「中二階」組を飛び越えて、谷垣財務相や町村外相のような新しい総理・総裁候補がでてくる可能性はある。

Q 独自外交をしないとアジアでまた孤立すると思うが。A そうした観点から、総理大臣に誰がいいかといえば、加藤紘一氏だ。宰相としての識見とか、眼力では随一。だが残念ながら党を結集するだけの勢力になっていない。

Q 直面する困難な問題を解決する政治家は現れるか。A 小泉氏の力は依然として残るから、彼が推す人物が最も有力だ。それは小泉政権の政策をやってくれる安部氏だろう。加藤氏はしっかりしているが、同氏を盛り上げる勢力が無い。亀井氏が担ごうとした石原知事は、副知事をめぐる都政で躓いたので可能性は消えた。

Q 最有力の安部氏はタカ派。中国が懸念する「日本の右傾化」だ。A その通り。だから『総選挙のとき安部総理相手なら戦いやすい』と民主党の若手は言っていた。

Q 若さは力だから世代交代を思い切ってやるべきだ。A その考えに従うと、若い世代とは言えないが、今の自民党には谷垣か町村氏あたりしかいないことになる。

       (筆者は元朝日新聞政治部記者・政治ジヤーナリスト)