いのちの沙汰もお金次第 期待と幻想に踊らされていいのか?

【コラム】風と土のカルテ(30)

いのちの沙汰もお金次第 期待と幻想に踊らされていいのか?

色平 哲郎


<医師の色平哲郎さんは、1990年代初頭に「命をお金に委ねる時代が来る。逆にお金のない圧倒的多数の人たちが臓器を売る側になりかねない」と強い危機感を覚えた。その危惧は現在の環太平洋連携協定(TPP)にも通じるという。(『生活と自治』編集部 山田衛)>

●薬価を自由に操作すれば

 米国絶対の市場開放路線を歩み続ける安倍政権ですが、実はひたすら強化される規制があるのだと、先月号の終わりで申し上げました。
 それが何かといえば医薬品開発など、企業の「知的財産権」。この分野は米国が最も得意とする「お家芸」です。

 現在、米国から日本に向けての最大の輸出品目は「薬と医療器材」、2番目が穀物、3番目は航空機です。
 エイズウイルス(HIV)の治療薬を例に考えてみましょう。
 その価格は開発承認された直後は高かったのですが、後に大きく引き下げられました。大ざっぱにいえば二十数年前の医学界に、ちゃんとしたHIV治療薬はなく、いい治療薬が出てきたのが20年前でした。実に高価で、飲めば生きられると分かってはいてもほとんどの人が手に入れられなかったのです。

 その薬価がある時100分の1に下がりました。おかげで途上国、とりわけ東南アジアでは1千万人ぐらいの人が生き延びられるようになりました。
 ところが、HIV治療薬の特許権、知的財産権を保有する米国には一部の薬の価格を現在の55倍にするというプランがあるそうです。

 その医薬品が服用できなければ、人が死んでしまうという命の綱の医薬品の価格が企業の都合だけで自由に操作されるのを許していいはずがありません。

 その価格が引き下げられたのは、患者団体が企業と政府を相手に必死に交渉したからです。
 開発企業も、価格を下げれば途上国で売れるという理由でしぶしぶ納得したそうですが、逆に価格が高騰すれば患者に恨まれるのはその患者の眼前にいる医師なのです。

●3段階のイノベーション・医療技術革新

 人の生死を左右する医療技術の歴史には3段階のイノベーション(技術革新)がありました。第1次医療技術革新は抗生物質の開発でした。戦時中、日本人男性はどんどん死んでいき、戦後も20歳ぐらいの男女がずいぶん亡くなりました。結核です。

 それが抗生物質のストレプトマイシンであっという間に完治したばかりか、療養のための病院のベッドまで不要になったのです。政府は陸軍病院を国立療養所にして結核療養所にしていましたが、患者が激減、医療費が激減しました。
 こういうものを「完全技術」といいます。

 第2の技術革新は40年ぐらい前に一般化しましたが、残念ながら不完全技術でした。病気を完治させることができません。診断はできても、根治・完治しきれない技術でした。

 しかし、患者の側からすれば、第1次技術革新の感動が心から消えていませんから、医師のところへ行けば何とかなる、何とかしてくれるだろうという期待度だけは高まっているわけです。現実には医師の持っている技術は第2次までのものしかありません。残念ながら万国共通の現実です。

 第3次医療技術革新は二十数年前から米国で起きていますが完全技術なのでしょうか。仮に完全技術なら大変なことが起こると思いました。
 なぜなら、ストレプトマイシン並みの完全技術のように、がんを完全に治せる「魔法の弾丸」が発明されたら、ノーベル賞を10個もらえるでしょうが、最大の問題はこれがいくらになるかです。

 いまは故人となった医師の中川米造さんは、わたしの師匠筋にあたりますが、「もう仏教もキリスト教もなくなるね」とおっしゃいました。命をお金に委ねる世界の到来です。米国人も、日本人も、中国の一部富裕層も、お金を持っている人たちが長生きし、逆にお金のない圧倒的多数の人たちが「臓器を売る側」になりかねないと危機感を持ったのを覚えています。

 ですが、わたしが観察している限りでは、第3次医療技術革新の新技術は不完全技術。これを一部のマスコミが、あたかも完全技術のように報じるわけです。
 そうした報道には確かに事実も含まれています。たとえば100の病気があるとして、そのなかの一つや二つに対しては有効であるのは確かです。
 ただし、ほかはまったくわからないし、それは「この病気には効いた」と紹介されたにすぎない点に留意しなければなりません。

 ところが、そんな話が頻繁に報じられるようだと「どこかにいい治療技術があるのに医師が隠している」「自分たちがたまたまたどり着いていないどこかにいい医師がいるに違いない」と、だれもが誘導されがちです。

 メディアがメディカル(医療)をぶち壊してしまう。
 とんでもないペテン———

 わたしが親しくしていただいていた医師の加藤周一さんは「報道を読み解く力のない日本人がメディカル・リテラシー(医療を読み解く力)を持てるはずがない。だから自分の目の前にいる医師を信じればいい」と繰り返し指摘されていました。
 つまり、医療は完全じゃなく、その現実を知らないままに過大な期待と幻想をいだいても仕方がないということです。

 そんな患者心理を利用して金もうけをするのは簡単ですが、医師が商売人じゃ困るのです。医師は職人で真面目にオペ(手術)して、診察して真面目にカルテ書いてというのが、これまでの日本の医療。そんなわたしたちの常識が過去の話にされようとしています。医療でお金を稼ぐ、露骨にいえば経済成長のためのビジネスに医療を位置付け、お金が払えなければ医者にはかかれない社会がつくられようとしているわけです
 だから都市近郊のフツーの人たちの老後の問題だとわたしは再三申し上げてきました。

 TPPは農業問題じゃありませんよ。「T」はとんでもないのT、「PP」は「ペテン」の「プログラム」。そんな秘密交渉ですから、賛成か反対かと問われても、ほとんどの人には判断のしようがありません。
 そんな恐ろしい選択に直面させられているのと考えてみる必要があるはずです。

 「真理は細部に宿る」といいますが、TPP交渉の舞台裏で交わされた念書が
日本の将来を縛る、日米という非対称な力関係に日本は確実に縛られるでしょう。だから、反対とか賛成とかのレベルを超えたところで危険なのです。
 すべての日本国民は健康で文化的な暮らしをおくる権利を有するという日本国憲法に込められた基本的人権と生存権保障という「公益」が大きくゆがめられようとしている現状に、より多くの人が目を向けてくれるのを祈るばかりです。(談)

 (佐久総合病院医師)

※この記事は生活クラブ生協連合会が発行する『生活と自治』2016年7月号から著者および編集部の許諾を得て転載したものです。


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